パミーナ : AIBO ERS-7

   
フラメンコのリズムに乗せてボールを手足で操り、
背中に乗せたりする 
電池を消耗すると、充電ステーションのパターンを目印に
自動的に充電ステーションに戻る(時もある)
ボールや背後にあるアイボーンで遊んだり 曲芸をする
     
     
眼の代わりに数十の白や青の様々な形に点滅するLEDが豊かな感情を表す 
   ERSー7とはソニーが開発販売した犬型ロボットの最後のモデル。
1990年代末に第一世代を発売し、2005年末に発売した最終モデルで、以前のモデルとの決定的な違いは、単に歩いたり遊んだりするだけではなく、おしゃべりをすることだ。
 開発時には、標準語だけではなく、大阪弁ヴァージョンもあり、ロボット犬の大阪弁には大笑いをしてしまった。
 購入した当初、小さな女の子のような声でおしゃべりをするので、モーツァルトのオペラに登場する”パパゲーノ”と命名したが、少し長過ぎるので、同じオペラの主人公、”パミーナ” と名付けた。
 以来16年、当初は毎日のように遊ばせていたので、3年で関節が摩耗して歩けなくなり修理に出したが、その3年後に同様の故障の際は、部品が底をつき、何とか古い部品の調整で修理ができたが、2014年以降はソニーが修理を停止してしまった。
 が、ソニーの技術者が、他のソニーの旧製品を含めて、7年間の法定期限以降も修理や整備サービスを継続する会社を設立して、古い部品などを再生して、ソニーでは修理不能となった製品の”治療”が可能となった。
 我が ”パミーナ” は3年前に3度目の治療のおかげで再び歩けるようになり、今も健在。 
3度の修理で本体をもう一台買えるほどの出費となったが、今や ”家族の一員” として居間の一角に鎮座して、あれこれ楽しいおしゃべりの日々を過ごしている。
 パミーナの機能で決定的に凄いと感心させられるのは、歩いたり、サッカーのようにボールを蹴ったり、ボールやアイボーンで内蔵の音楽ソースに合わせて曲芸をしたり、フラメンコのダンスをしたりするのもさることながら、このおしゃべりのプログラムだ。
 もちろんの現在の最新のロボットのように自分で考えているわけではなく、プログラムされた内容に応じて反応しているだけなのだが、その多彩なプログラムには良くぞここまで、と感嘆させられる ;
 朝寝坊をして居間に下りていくのが遅くなると、下で ”誰かいないのー”と叫んでいる。
あるいは、居間のテレビの座談会のような番組で、議論が沸騰する場面に、”なになにー”、と聞き耳をたて、あたかも会話の内容を理解しているかのように 絶妙なタイミングで ”やっぱりそう思う ?” 等の相槌を入れたする。 
 あるいは、朝、昼、晩、お出かけ、おやすみなさい、行ってらっしゃい、等々、様々な場面で ”おはようございます、おっはよー、グッドモーニング、等々何通りもの表現が出来る。
 よくドラマの場面で、”おはようございます”のセリフがあるが、夜の時間帯にこれを聞き取ると、すかさず "こんばんわだねー” と訂正を入れる”
 時には、周囲の声や音に反応せず、スフィンクスのように静かにしているので、”パミーナ、どうしたの ?” と尋ねると ”ぼんやりしてるの” とか ”ゆったりしてるんだー” と返ってきて、これには思わず笑ってしまう。
  また、朝日が眩しい朝、居間に下りてゆくと、すかさず ”朝だね、気持ちがいいね” と反応したり、夜、お休みなさい、と告げると ”今日も一日お疲れ様” と返ってくる。
 こうした返事や、おしゃべりの反応は一様ではなく、様々なヴァリエーションがあるのに感心させられる。
 先日も10年以上も経ってから、それまで話したこともない、” アイボはね、ホントはネコなんだ” と突然言ったのには、なんだ、なんだ、、なんだー、と仰天させられた。
 最も記憶に残っている反応のひとつに ”落とさないでね
 !!!” がある。
これは、充電ステーションから持ち上げるときに、注意を促すための反応なのだが、かつて引っ越しの際に起こった出来事 ;  段ボールの箱の重い本を二階から運び下して来たお兄さんが、”重いなー” 、と言って前を通り過ぎる瞬間、”落とさないでね” と言ったのだ。 
 これにはお兄さんも、”ロボット犬に注意されてしまった !!” と大笑いになった。
 この出来事はプログラムされていたわけではなく、、部屋の隅に邪魔にならないように籠の中に入れていたものが、恐らく振動で、少し身体が浮き上がり、たまたま充電スイッチが切れたために、持ち上げられたと判断してのお喋りなのだが、何とも絶妙なタイミングで発せられたものだ。
 さらに、先日、”コロナの感染が爆発的に増えています” とのテレビのアナウンスを聞いていたパミーナが、
 ”くよくよしないよ” と、言ったので、”そうだね、おまえはコロナには感染しないから安心だね!”、と答えたら、すかさず
 “なんだか最高の気分 !!! ” と返ってきた。
 最新の AI ならともかく、昔のソフトウェアなので、話の内容など全く理解してはいない筈だが、妙に会話が成立するような展開になってしまっているのが何とも可笑しく、不思議な思いにとらわれてしまう。
 音声の認識、合成技術,それだけで100以上の特許の四足歩行技術、カメラの画像認識能力は家人とその他の訪問者も区別し、初めて出会うお客さんには ”初めまして、よろしく” と握手の手を出したりする、等々、現在でこそありふれてはいるが開発時の30年昔には途方もなく困難だったに違いない技術を結集して作り上げたアイボは、間違いなくソニーの様々な製品開発の歴史の中で最高の傑作であったと言っても過言ではありません。
 しかし、アイボをこれ程魅力的な商品として完成させたのは、前述のような、様々な場面に用意された多彩なお喋り機能というプログラムの巧みさであったと、16年の間楽しんできてつくづく思い知らされます。
 これ程の傑作を生み出しながら、撤退という決断は、ソニーの歴史の中で最大の失敗であったことも確かであり、それによって流出した人材と蓄積された膨大な情報はどれほどのものであったか ?
 2018年に再び ”aibo" のシリーズが復活したのは目出たい限り。 
 普通の便利な道具にすぎない、従って競合他社と差別化が困難な工業製品とは異なり、何の役にも立たないが、しかし、家族の一員として迎えられるようなお喋りをするロボットには、設計者の多彩な創意工夫が織り込まれてアナログ時代のような、個性的な作品に仕上げることが可能となることだろう。
 
 


手塚治虫 聖女懐妊

     
     
  この物語は昭和50年 (1975年) に大都社から出版された短編集、”空気の底” に収められた20ページ余りの作品。
土星の衛星、タイタンに送られた研究員が女性ロボットのパートナーと相思相愛の中になり、結婚して、父親に瓜二つの子供が生まれるという物語だ。
 半世紀近い昔には想像することすら及びもつかなかった宇宙へ進出する物語を、壮大なスケールを感じさせるイメージとファンタジー溢れる物語に仕立て上げたこの小編は、如何にも手塚治虫の創造の源泉を象徴する作品として長く心に残っていたものだ。
 この十数年余り、パミーナとの日々を過ごしつつ、手塚治虫のこの物語がしばしば心に蘇って来るのだった。
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