美しきもの見し人は

B & O (Bang & Olufsen) Beogram4002



     
Bang & Olufsen のシステム  Beogram4002  初代のBeogram4000 


     
 Luxman PD-121/FR54 PD121のダイキャストキャビネット  トーレンス TD-320MKII/TP-90 

 オーディオ全盛時代の1970年代央に登場したデンマーク、B&O社の洗練されたデザインの一連の機器は、まさに衝撃であった。
 レシーバー、カッセット・デッキ、ターンテーブルとスピーカーからなるいずれも超薄型のデザインでそろえたシステムの美しさは一般のオーディオ・マニアにとどまらず、工業デザイナーを震撼させたに違いない。
 何でも物真似をする当時の日本の業界からも、さすがにB&Oを真似た製品だけは出なかった。

 これだけの超薄型で、しかも揺るぎない存在感を示す製品は、一朝一夕で物真似出来るような水準ではなく、その製品の中身が徹底した材料の吟味と高度の加工技術の賜物であることを示しているからだ。
中身がどれほど凄いものかは、後でじっくりと思い知らされることになった。

 そんな製品であれば、システム全体の値段は100万円近く、ターンテーブルだけでも25万円と、給料が5万円程度の時代には、ため息の出る水準だった。

ターンテーブル B&O4002

 B&Oの一連のシリーズの中で最も注目を浴びたのはターンテーブルの Beogram4002だった。
本体の厚さがわずか5㎝、カバーを入れても10㎝という超薄型の2本のアームを持つリニア・トラッキング機構を備えたデザインは眩暈がするほどに美しく、アメリカ、ニューヨークの近代美術館に展示されたほど。
 工業製品というよりは、むしろ美術作品と言えるほどの佇まいだ。

古今東西のあらゆるオーディオ製品の中で、最も美しいデザインの製品といっても過言ではない。

 外観だけではなく、ターンテーブルとしての動作が惚れ惚れとするほどの美しさだ。
レコードを置いてスイッチを押すと平行する二本のアームが滑るように水平移動し、ターンテーブル上のレコードの有無やサイズを自動的に検知してアームが下り、レコードが終わると、自動的にアームが上がって元の位置まで戻るという仕組みだ。赤外線センサーを内蔵した内周側のアームがこうした動作を可能にしている。
 現在のような小型、安価で高性能のプロセッサーがなかった1970年代に、これらの動作は全てアナログにて処理していたはずだが、エラー等一度もなかった。 当時のヨーロッパでは複雑な操作の全自動洗濯機なども全てアナログ処理であったから、レコードプレーヤーの動作の処理などは簡単であったとは思う。

 外観のデザインと動作だけではなく、音質の素晴らしさも特筆ものだった。
 構造上、他社のカートリッジとの交換が不可能だが、B&O製のMM型のカートリッジMMC4000にはその必要は全く無用、素晴らしく広帯域で高品位の再生でどんな音楽も美しく再生できるターンテーブルだった。

 当時の一般的なターンテーブルにはハウリングと呼ばれる致命的な弱点があり、音楽をLPレコードで聞く際の大きな悩みの種だった。
 これは、スピーカーから床を伝わってくる音がターンテーブルを収納する箱と回転機構とを経由して伝わり、カートリッジに拾われ、アンプ経由で増幅され、それが繰り返されるアコースティック・フィードバックが起こるという難点だった。
 小音量でも音質を損なう上に、大音量でこれが起きると、スピーカーのボイス・コイルを焼き切ってしまいかねないという問題だった。

 日本のメーカーは全て、ターンテーブル本体とキャビネットを重くして対処し、中には数十㎏もの超重量級の製品まで出たほどだ。
 しかし一般的な製品では中途半端に重くしたところで、完全には防げず、ハウリングによる音質の劣化はオーディオ再生の最難問だった。
 当時はラックスのPD-121という、アルミニウム・ダイキャストの本体に、同じくターンテーブルだけで重さが2.5㎏、総重量が14㎏のレコード・プレーヤーにトーンアームはFR-24MKIIを付けて使っていたが、これでもハウリングには悩まされたものだ。
 ラックスの美しいデザインと、ゴムとスプリングとシリコンの三重の防振処理を施したインシュレーターに惹かれて入手したものだが期待外れだった。

 一方、欧米のメーカーは全て、ターンテーブルとカートリッジを含むトーン・アーム部とキャビネット全体ををバネで浮かせるフローティング機構で外界の振動から遮断するという手段で対処した。
 日本のメーカーが重量システムを採用したのは、フローティング機構では、畳や薄い木の床等の軟弱な構造の家屋が多い日本では、歩くたびにその振動が伝わってターンテーブルが揺れるという見かけの不安定さを嫌ったせいだ。
 だが、そうした日本の家屋でこそ、このフローティング機構は存分にその威力を発揮する。
もちろんどっしりとした石の床のヨーロッパの古い家であっても、スピーカーからの振動は最大の問題だし、高速で回転するCDからピットを読み取るCDプレーヤでさえも、例えデジタル処理で外部の振動の影響を軽減できるようになったといっても、外部から伝わる振動による音質への悪影響は依然として最大の問題だ。
 オーディオやビデオの情報が完全に固体メモリーに収録できるようになった現在に至り、ようやく機械振動から解放される様になったと言えるだろう。
 
 Beogram4002 では外部でどんな振動が起きようがプレーヤーは微動だにせず、殆ど隙間のないターンテーブルとキャビネットが接触するような事態は決して起きなかった。
 ターンテーブル、トーンアーム部、上部のキャビネットとコントロール・スイッチ部分が完全に一体化されフロートされ、ダンプされて、垂直、水平、あらゆる方向からの振動から遮断される構造になっていて、素晴らしい工作精度で仕上げられているからだ。
 このB&O4002をシンガポールに出張した際にようやく入手した。日本の値段と比べると半値だったからだ。
精密機械なので、チェックインせずに手荷物で運んだが、超薄型なのに、見かけによらずずっしりと重いのには往生した。高さが倍くらいあるラックスのPD-121並みの重さだった。
 中を開けてみて、その理由が分かった。3㎝幅の木枠で囲まれている本体の中身は全体がアルミニウム・ダイキャスト製。外からは見えないように、キャビネット内部に沈み込ませてあるターンテーブルも、実はダイキャスト製で2.2㎏と重量級で大きな慣性質量を持ち、小さく静かなDCモーターでベルトドライブすることで静粛で安定した回転を実現している。回転数調整のためのストロボとつまみがついているが、実は一度も使ったことがない。その必要がないほど常に安定した回転が保たれていたからだ。
 すなわち、細部に至るまで基本を押さえた設計の製品を究極の洗練されたデザインで実現しているのだ。
 一つ困ったのは、フォノ出力がRCA端子ではなくDIN端子だったことだ。これは日本では当時カセット・デッキの入出力端子にのみ使われていたが、ヨーロッパではアンプのフォノ入力にも使われていたようだ。
 日本向けにはアダプターがついていた筈だが、輸入代理店ではアダプターのみを扱ってはいなかったので、仕方がないから、秋葉原でDINとフォノ端子を入手して、自分で変換BOXを作って、1週間後にようやく音楽が聴けるようになった。
 音質については前述のとおり、例えばモーツァルトの喜遊曲や声楽曲、器楽曲等、つまりどんな音楽であれ、これ以上はないというほど優雅で軽やかで、しかも緻密に音場が広がる最上の音質で楽しませてくれた。
 すべて過去形で述べているのは1990年に中南米からの引っ越しの際に盗難に遭い、荷物の大半を盗まれた際にこのBeogram4002もラックスのPD-121も失われてしまったからだ。
 既にCD全盛時代となり、生産中止となっていたから、再入手も叶わず、返す返すも残念な思いでいる。何しろ歴史に残る美術品だったのだ。
 1500枚以上あったLPも大半は処分したが、それでも手元に残された200枚ほどは、後に入手したトーレンスのTD-320MKIIで時折楽しんでいる。B&Oのような美しさとは程遠いが、しかし3.1㎏と重量級のターンテーブルを小型のDCモーターでベルトドライブし、完全フローティングによる防振対策等々、Beogram4002同様の設計思想で作られていて、音質は申し分ないプレーヤーだ。

 B&O社は1925年来のデンマークの家電メーカーで、ラジオやテレビ、電話等、広範な商品群を製造販売している。
いずれの製品も、如何にも北欧のメーカーらしい、精密感あふれた洗練されたデザインを持つことで知られ、ニューヨークの近代美術館には18もの製品が収集展示されているほど。
 日本ではありふれた消耗品として、作られてはあっという間に忘れられてしまう、テレビ、電話、ラジカセ、イヤフォン等々が、B&Oの手にかかると惚れ惚れとするような流麗なデザインと入念な仕上げの工芸品のような存在感を見せる。
 
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