アクースティク・ラブ : ボレロ
(Acoustik Lab : Bolero)


       
 マンガー・ユニット マンガーユニットを使った Stella  Elegance  Bolero  Bolero  Monitor Audio
Studio 5II


   発売年  寸法 cm  重量  ユニット構成  音圧レベル クロスオーバー
周波数  
定価 
Bolero  1990  19.5x22.5x30  7.5kgs 低音用: 12.5cm
高音用: 2.5cm逆ドーム
90dB  3.2kHz  30万円
Stella Elegance   1996 37x126x40  59kgs   低音用:22cm x 2
高音用:20cm マンガーユニット
90dB 150Hz 268万円 

 アクースティク・ラブはスイスのスピーカーメーカーだ。
設立されたのは1984年。 時計職人の修行をしていた Gerhard Schneider が趣味のオーディオから、自分の好みの音のスピーカーを作りたいと、なんと18歳で会社を設立し、20歳の1986年に最初のモデルを発表したというから凄い。
 最初に発表した Argon というスピーカーがどんなものか分からないが、その4年後に発表した Bolero というモデルが世界的な評判となった。
 ボレロはフランスのリヨンの東、サン・テチエンヌ(St.Etienne)にあるフォーカル社のスピーカー・ユニットを採用し、キャビネットはドイツ製で、黒のピアノ仕上げ、アイベ(いちい)、青、茶、グラファイト仕上げのエラブル(かえで)、ウォルナットとオークの7種の異なる仕上げのラインアップで発表されたもの。
 仕上げによって値段は異なるが、大体ペアで30万円前後と、この大きさでは、1990年当時は破格の高価なスピーカーだった。
 24歳の若者が、7種類もの異なる仕上げの洗練されたデザインで高価なスピーカーを企画し発表するだけでも異例の出来事であったが、そのデザインに相応しい際立った音質の高さが評判となった。
 実際にボレロを入手したのは2010年と、発売後20年後のことだった。
オークションに頻繁に登場し、相当古いモデルにも拘わらず10万円近い値段で取引されるというスピーカーがどんなものなのか、聴いてみたかったからだ。
 同じ部屋の二つのシステムのスピーカー(Tannoy III LZ Monitor Red、 Electrovoice Sentry 500、Sonus Faber Concerto Domus, Piega C-3、 Yamaha NS-690II, Cabasse DorisII、Monitor Audio Studio5II) と聴き比べたが、いずれも高性能のスピーカー故、ボレロが際立って素晴らしいということはもちろんない。 
 優秀なスピーカーはいずれも高性能の音響変換器であるから、周波数特性、歪率、指向性といったデータは似通っていて、如何なるプログラム・ソースであれ、問題なく、高い水準で再生できるからだ。
 にも拘らず、どのスピーカーにも個性があるのがオーディオの世界の面白いところだ。

 ボレロの奏でる音とは、ソロの器楽曲や人の声、小編成の室内楽を聴いたときに、他のスピーカーとは異なる存在感を示すことだ。 
 具体的には、ヒラリー・ハーン、五嶋みどり、加藤知子、前橋汀子、イザベル・ファウスト等々のバッハの無伴奏バイオリン曲を聴き比べた時に、主にボレロを中心に聴いて、他のスピーカーと比較したと言えば、その特徴が推し量れるだろう。
 ボレロで聴くと、密度が高く透明感にあふれる音場空間が再現される。
もちろん他のスピーカーでも同じ演奏なら同様に再生されるのだが、ボレロに切り替えると、その凝縮された空気感は、ただものではないと言わざるを得ない。
 大きさの割には破格の高価なスピーカだが、それだけのことはあると実感させられる。
 製造から30年近く経っているが、ピアノ仕上げのキャビネットこそ細かな擦り傷などあるものの、古いスピーカーに避けられない低音、高音ユニットのエッジは健在で、今後も十分楽しめる。
 このスピーカーのユニットを製造したFocal は現在では Focal/J.M. Lab として、完成品のスピーカー・システムの分野で数々の優れたスピーカーを生み出し、有数のブランドになっている。
 とりわけ、逆ドーム型の高音ユニットは世界の超高級スピーカーの高音用に数多く採用されている。
ボレロもそうだが、この逆ドームツイーターを使ったシステムは、いずれも前面バッフルの角を切り落としたり、三角形の細身の部分に取り付けるなどの工夫を施している。 思うにこのツイーターの指向特性が広いために、バッフル面からの反射とそれによる音の干渉を最小にするためだろう。 
 ボレロの音の密度の高い再生能力はこのツイーターに負うところが大と思われる。 
もちろん優秀なツイーターにはそれに見合った、優秀な中低音が不可欠であり、Focalのスピーカー・ユニットの高性能が今日世界的なスピーカー・ブランドになった Focal/J.M. Lab の躍進の基になったのは間違いない。

Stella Elegance
 
 冒頭の写真の Stella Elegance は Acoustik Lab が1996年に発表した究極のスピーカーだ。
このモデルにはドイツの音響研究者、J.F. Manger が20年余の年月をかけて開発した、一般にマンガー・ユニットとして知られる BWT ( Bending Wave Transducer : 屈曲波変換器 )と呼ばれる口径20㎝の大型のツイーターが使われている。 ツイーターといっても周波数特性が 80Hz - 30kHz という、きわめて広帯域のユニットだ。
 屈曲波というのは、人間の筋肉の動きやバクテリアの運動、超音波モーターの駆動に使われる振動波とのことだそうで、音響工学の分野ではよく知られたものとのこと。 
分かりやすい例えでは、バイオリンの平らな表面から発生する音が屈曲波とのこと。
 このマンガーユニットは平面の振動板の中心から外周部へと振動伝搬するエネルギーが音の振動に変換される仕組み、すなわち弦楽器の発音の仕組みを再現したスピーカーユニットとのこと。

 言ってみれば、小型のボレロで音楽再生の一つのマイルストーンを打ち立てたゲルハルト・シュナイダーという天才が、究極のスピーカー・ユニットを素晴らしく美しいキャビネットに組み込んで仕上げた一世一代の傑作と言えるでしょう。
 
 こういう途轍もない作品が出てくるのが、オーディオという世界の醍醐味なのですね。



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