カバス : ドリスーII ブビンガ ・ プラオ ブビンガ
(Cabasse : Doris-II Bubinga ・ Prao Bubinga)
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おまけで付属していた ブビンガ仕上げのスタンド |
Cabasse :
Doris-II Bubinga |
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Cabasse : La
Sphère (ラ スフェール :球) |
切断模型 |
Prao
Bubinga (プラオ ブビンガ) |
フランスの大西洋に面した港町ブレストに本社と工場を構えるスピーカー・メーカー、カバス社は1950年の創業時から自社製のスピーカー・ユニットを使ったスピーカー・システムを発表してきた。
社長のカバス氏は1740年来の弦楽器メーカーに生まれ、音楽家と技術者という背景からスピーカーメーカーを起業した。
日本にもオーディオの黎明期から輸入されてはいたものの、日本円が1ドル360円、1ポンド1008円、フランスフランも1フランが120円と、輸入品はいずれも高価で高嶺の花であり、到底一般人が簡単に買えるような時代ではなかった。
そのうえ、オーディオと言えば、当時はイギリスとアメリカ製が大半で、フランス製に対する評価は殆ど確立されてなかったから、日本では殆ど売れなかっただろう。 現在の日本でもカバスというスピ-カー・ブランドは無名に近い。
が、ヨーロッパでは劇場や公共施設等、高い音楽性と信頼性とを要求されるプロ用の分野での実績が高く評価され、種類は多くはないが、着々とラインアップを揃え、2008年には超弩級のスピーカー・システム ”La
Sphère : ラ スフェール(球)” を発表した。
このスピーカーは、会社の創設以来のカバス社のスピ-カーに対する一貫した姿勢を究極の形で実現した理想のスピーカーといっても過言ではない。
今回紹介する Doris と Prao にもその設計思想は当然ながら取り入れられている。
Doris-II Bubinga
幅 |
高さ |
奥行 |
重量 |
出力音圧レベル |
発売年度 |
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低音 |
中音 |
高音 |
30cm |
64cm |
30cm |
15.5kg |
92db |
1992年 |
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21㎝ |
12㎝ |
2.5㎝ドーム |
カバスのスピーカーは50年昔から知ってはいたが、聴いたことは一度もなかった。 1年前に入手した Prao の音質のすばらしさに驚いていたところ、その上級機の
Doris を見かけて、その細身の縦長のプロポーションの美しさと、Prao と同じく美しいブビンガ仕上げというのが気に入って、上級機はさぞ素晴らしいに違いないと期待したためだ。
ブビンガとは、熱帯アフリカのマメ科の樹木で、緻密な木質と美しい木目で高級な家具に用いられる。
カバスのスピーカーには、他にもチークやメープル等、様々な素材が使われているが、見かけるのは圧倒的にブビンガが多く、モデル名にも敢えてブビンガと記載されているほど。
入手したドリスは、典型的なブビンガには見えないが、木材は一本毎に、また使われる場所によっても模様が異なるし、機銘板にもあるとおり、やはりこれもブビンガなのだろう。おまけに添付されていたスタンドはまさにブビンガそのもの。
思うに、社長のカバス氏はブレストという港町に暮らしていて、趣味で小型のヨットを持つほど船が好きなのだろう。
個人用の高級ヨットであれば、当然高級木材仕上げになるのは当然。
一昨年、地中海のクルーズで乘った客船の10階に及ぶ階段の壁が全てブビンガ仕上げだった。
実はカバスのスピーカーのモデル名は全て世界各地の船の名前から取っている ;
Doris(ドリス) : 大西洋で使われる平底のタラ漁船の呼び名
Prao
(プラオ) : マレーシア付近で海のシルクロード時代から使われていた通商用の船
Sampan Léger/Lourd
(サンパン レジェ/ルール) 中国の屋根付きの屋形船(レジェ:軽い、ルール:重い), 等々。
今回取り上げた Doris-II は、創業間もない時期に発表した Doris-I を40年余りかけて練り直したというモデルだ。
さて、ドリスの音質だが、一聴してその素性の良さが認められるほどに素晴らしいものだ。
とりわけピアノの存在感は特筆に値する。 この2年ほど、シューベルトのピアノ曲を様々なピアニストの演奏を聴く機会が多いのだが、同じ部屋にある8組のスピーカー : エレクトヴォイス
: Sentry500, タンノイ IIILZ Monitor Red,
ピエガ : C-3、ソーヌス・ファベール : Concerto Domus, ヤマハ : NS690II、モニター・オーディオ :
Studio-5II、アクースティク・ラブ : ボレロ、 と、いずれ劣らぬ優秀なスピーカーとあれこれ聴き比べしながら、結局、カバスのドリスで聴いている時間が最も長くなっていることに気付かされる。
ドリスによるピアノの演奏は、まさに眼前でグランドピアノが悠然と鳴っているかの如き、自然な存在感が際立っている。
比較的に大きなサイズの縦長の細身のキャビネットに、外見はあまり見映えのしない、21㎝口径の低音と12㎝の中音ユニットを前方に張り出す形で配置し、硬質プラスティックのドーム・ツィーターを一段と奥まった位置に近接して縦一直線に配置しているのは、3つのユニットの位相特性を揃えて、自然な音場空間の再現を狙ったものだ。
カバスは創業以来、極めて早い時期から位相特性を重視した自然な音場空間再生を目指してきた数少ないメーカーだ。
さらに、92dBという高感度による鋭敏な反応が、20次にも及ぶピアノの高調波が作り出す多彩な音色と、深々とした空間表現を際立ったものにしていると考えられる。
1992年製と、26年も昔のモデルだが、古いスピーカーで問題となるエッジやサランネットの劣化は皆無、キャビネットのくすみもなく、まるで新品同様の外観が嬉しいが、何よりも音楽の自然で爽やかな演奏を楽しめることに尽きる。
Prao (プラオ)
幅 |
高さ |
奥行 |
重量 |
出力音圧レベル |
発売年度 |
定価 |
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低音 |
高音 |
22cm |
40cm |
30cm |
8kg |
91dB |
1997年 |
¥99,600 |
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17㎝ |
2.5㎝ドーム |
フランス語の辞書では Prao とはマレー群島土民の帆船、と、何となくちっぽけな帆掛け船を思わせるような説明だが、実は大違い。
かつてヨーロッパとアジアを結ぶ海のシルクロードの中継の要所となったのがマレーシアであり、太洋を超えて航海が可能な100トンを超える大型の高速帆船が、シルクロードの時代からマレー半島で作られ、東西の交易を担っていたとは、NHKの番組、”海のシルクロード”で知ったことだ。
カバス社が、プラオという船の実態を知って命名したか否か、おそらくそうとは知らずに、定価がペアで10万円以下の普及版のモデルに命名したように思われる。
が、このプラオは同じ カバス の ドリス
の1年前に入手したものだが、普及版とは信じられないくらいの本格的な音楽再生能力を持っている。
プラオは、Infinity
: Renaissance 90、J.M. Lab : Opal 9、Vienna Acoustik
: AL-500 と共に仙台の8畳の和室で聴いているのだが、最先端の素材を駆使したユニットを使った、これら遥かに高価な他のモデルと比べても全く遜色がない掘り出し物だった。
ドリスと同じく、美しいブビンガ仕上げのキャビネットはともかく、現在ではベリリウムや炭素繊維、発泡金属、等々最先端の素材がひしめく中で、昔ながらの紙と硬質プラスチックというユニットの素材は一見、まるで見映えがしないから、店頭では注目を集め難い。
カバスのスピーカーが日本では殆ど知られてないのも無理はない。
が、1950年来の自社製のユニットを知り尽くしたカバス社にしてみれば、スピーカーの音質を決めるのは必ずしもユニットの素材だけではないと、確信を抱いて昔ながらの紙とプラスチックのユニットを使い続けているのだろう。
ウーファーのセンターカバーが異常に大きいが、これはヴォイス・コイルの口径が大きく、即ち強力な磁石が使われていることを意味する。
小型のキャビネットのスピーカーにしては出力音圧レベルが91dBと異例に高い。 クロスオーヴァー周波数が4.5kHzと高く、ウーファーが基本的な音域のほぼ全域をカバーし、ドーム・ツィーターには無理なく高調波成分を担当させるという設計は、さすがに社長が音楽家のメーカーらしい方針が貫かれているのだろう。
前述のように、数倍も高価なスピーカーと比較して全く遜色ないどころか、後に入手した3倍も高価な ドリス と比較しても大差は無い。
同じ設計思想のユニットを使ってラインアップを組むメーカーの製品であれば、高級機であれ、普及モデルであれ、普通の音量で音楽を聴く限り、大差はないという事実を再確認させられた。
La Sphère ( ラ・スフェール : 球
)
幅 |
高さ |
奥行 |
重量 |
出力音圧レベル |
発売年度 |
定価 |
低音 |
中低音 |
中高音 |
高音 |
70㎝ |
140㎝ |
70㎝ |
98㎏ |
91dB |
2008年 |
1,400万円 |
55㎝ |
21㎝ リングドーム |
10㎝ リングドーム |
2.8cmドーム |
オーディオ業界に限らず、日本にはフランス語やスペイン語の達人が皆無ではないにも拘わらず、英語やローマ字読みの支離滅裂な読みが横行している。
Cabasse もキャバッセ、カバセと呼ばれ、 La Sphère も ラ スフェア と、いい加減な発音で済ませている。
フランス語で女性形の名詞の ”球” の意味の スフェールに女性形の定冠詞の La が付いているに、定冠詞だけを ”ラ” と呼んで、そのあとの名詞を英語読みと言う、無知蒙昧さには唖然とする。
明治時代ならともかく、きちんとしたフランス語の読みの確認など、今の時代にその気になれば困難ではないだろうに。
さて、スフェールだが、その名のとおり、直径70㎝の巨大な球形のスピーカーはいわばスピーカーの理想である、呼吸球を実現したものだ。
即ち、巨大なシャボン玉が膨張と収縮を繰り返して発音する形が、最も理想的な発音体となるというオーディオ界の長年の夢が結実したものだ。
音楽の広い周波数帯域を滑らかに再現するには、一つのスピーカーユニットでは不可能であり、複数の大きさのユニットが分割された周波数帯域を受け持つというのが、現実のスピーカーだが、素材の異なる複数のスピーカーユニットを広い面積にばらばらに配置すれば、否応なしに音色の統一性と音場の位相のずれという致命的な問題が発生する。
そうした問題を抱えながらも、現実のスピーカーは様々な工夫を凝らして、実用上ほぼ問題なく音楽再生を楽しめるようにはなっている。
1950年の創設以来、いち早く、正しい音場再生を目指して、位相の問題に取り組んできたカバス社の最終回答が
ラ スフェールと言えるだろう。
音色の統一感の解決には、超低域を除く低音から広域までを、自社開発のハニカム素材で統一し、位相の問題には、中低音から高音までのユニットを同軸型で収めるという正統法の姿勢だ。
恐ろしく高価でいささか奇怪なこの姿は理想の実現のため一切の妥協を排した実験的なもので、これを部屋において音楽を楽しめるとは思わないし、カバス社としても売れる商品とは考えてもいないだろう。
が、この理想を商品に反映させた、現実的な価格とデザインのモデルは依然として高価ではあるが、すでに発売されているし、今後はさらに手ごろなラインアップとして世に出るだろう。