エレクトロヴォイス (Electro Voice)

SENTRY 500


     
Electro Voice SENTRY 500   SENTRY 500SFV


 周波数特性   クロスオーヴァー周波数    出力音圧レベル     寸法    重量  
 40 - 18kHz ± 3dB   1,500Hz    96dB     69x60x33cm
   32kgs  

 SENTRY 500 はアメリカの業務用音響メーカーの Electro Voice 社が1980年代初頭に発表したプロ用のモニター・スピーカーだ。
 奥行きの浅いほぼ真四角のキャビネットに10インチのウーファーと2インチのドーム・ツイーターをCDホーン(Constant Directivity Horn : 定指向性ホーン)と呼ばれる、細いビームとなりがちな中高音域の音を広範に広げる役割のホーンに収めたスピーカーは, ”歩哨、見張り” を意味する SENTRY のモデル名で発表されたものだ。
 Sentry500 はおそらくマルチ・チャンネルで録音されたソースからスタジオでのステレオへのミキシング・ダウン用として開発されたモニター・スピーカーと思われる。
 96dBという極めて出力音圧レベルが高い、すなわち高感度で微細な入力にも鋭敏に反応するシステムは、ウーファーの振動系と位相を併せてCDホーンの奥に取り付けられたドーム・ツイーターにより、広い周波数帯域を正しい位相で再生しようとする設計意図に基いたものだ。

 音楽ソースを正確に再生することを目的とするプロ用のモニターとして開発されたシステムだが、その音楽性の高さから発売当時から評判が高く、EV社ではキャビネットとCDホーンをチーク仕上げとした美しいコンスーマー仕様モデル500SFVを追加したほど。
 1980年代初頭に、ペアで40万円~50万円と、高価なスピーカー・システムだったが、未だに一部のファンには人気が高く40年近く経った現在でも中古の品が15万円余りの高値でもあっという間に売れてしまうほどだ。
 エレクトロヴォイス社は大半がホール用の高級音響システムを手がけていて、コンスーマー用としては1970年代にはパトリシアンやジョージアンといった、76㎝や45㎝の超大型ウーファーを使用し、高さが120㎝-170㎝、重量が100㎏を超えるような巨大なスピーカー・システムを出していた。
 半世紀も昔に一台当たり100万円を遥かに超えるような値段のスピーカー・システムは、オーディオ・フェアのような特別の機会でもない限り見ることも聴くことも出来ない、言わば幻のブランドだった。
 当然秋葉原のオーデイオ店で見かける機会もなく、せいぜい小型のユニット、SP-8Cを収めたシステムを聴くくらいしか出来なかった。
 
風のように軽やかな低音を奏でるエレクトロヴォイスのプロ用音響システム

 本格的なエレクトロヴォイス社の劇場用システムを聴いたのは1970年代後半、三田にある笹川記念館のホールでのことだった。
 たまたま、このホールを仕事で使う機会があり、テストをしていた時のこと、といっても、ナレーションとバック・グラウンド・ミュージックの音出しを確認していただけのことだったが、一聴してJBLでもアルテックでもない、かつて聴いたことのないほどの音質の素晴らしさに驚いて、舞台裏の音響システムを確認したところ、それがエレクトロヴォイスの超弩級大型システムと分かった次第。
 何が素晴らしいかというと、全帯域にわたってホール全体に軽やかに音が広がり、どこの席でもどんな子細な音も鮮明に聞き取れること、とりわけ風のように吹き抜ける軽やかな低音域の見事さは圧巻。
 本格的なプロ用の音響システムの実力にただただ圧倒された。
 愛聴している様々なプログラムをかけ替えて何度も聴いてみたが、まさに舞台の上に演奏家がいるかのような自然な音色で再生される様は未だに忘れ難い経験でありました。

 オーデイオの世界でよく聞く表現に”重低音”という言葉がある ; どしん、ずしんと来る音で、ほとんどのオーデイオ・マニアやオーデイオ店でこれぞオーデイオの”神髄”と有難がっている音であり、表現だ。
 しかしながら、ヘビーメタルのロックならともかく、クラシックのコンサート・ホールで”重低音”を聞くことは決してない。 
 たとえマーラーやブルックナーの大編成の交響曲で千人のオーケストラがフォルテッシモで演奏をしても、響いてくるのは、重いどころか、風のように軽やかに吹き抜ける、しかし確実に低い音なのだ。
 ロック・コンサート等でどしん・ずしんと響く重低音は実はアンプやスピーカの歪なのだ。
観客が数千人も入るような会場で100Hzより低い音を無理やり再生すれば、業務用の大出力のアンプでさえも悲鳴を上げ、ましてスピーカーは盛大に歪を発生してしまう。その歪が重低音として聞こえるだけの話。
 アコースティックの楽器ではエレクトロニクスで増幅したりしないから歪は皆無、本当の低音は風のように軽いのだ、とエレクトロヴォイスの劇場用システムで思い知らされた。

 そんなわけでEV社の比較的手ごろな値段と大きさの SENTRY500 は一度は手元でじっくりと聴いてみたいスピーカーだったが、何しろ市場でめったに見かける機会がなく、数年前にネット・オークションで見かけて落札したら、何と我が家から遠くない倉庫みたいな古道具店にあったのが冒頭のモデルだった。
 何処かのスタジオで長年使いこまれていたらしく、キャビネットのあちこちに擦り傷があり、サランネットも埃と汚れにまみれ、音質調整用のツイーターカバーのウレタンスポンジもボロボロ、ウーファーのエッジも多数のひび割れありと、年代物故あれこれ問題はあったが、音楽を楽しむ分には一向に差支えがなかった。
 サランネットを洗い直し、キャビネットも塗装し直し、ウーファーのエッジは和紙で強化し、ツイーター・カバーも手元にあったスポンジを装着し、紛失していたアッテネーター抓みは、なくてもペンチで回るから調整は可能としても、無いと見栄えが悪いので、とりあえず赤いダミーをつけてアクセント代わりと、とりあえず一通り整備を済ませて使っている。
 10インチ径のウーハーでは風のように軽やかな低音は期待できないが、しかし96dBの高能率は微細な音にも鋭敏に反応して、モニターとしては勿論のこと、何よりも空間にきっちりと定位して広がる様々な楽器の音色や人の声の自然な再現性は、音楽を愉しむためのスピーカーとしても素晴らしい水準にあると、感嘆するのみ。