若い婦人の肖像
ポッライウォーロ兄弟(Antonio i Piero del Pollaiuolo)
”ハムレット”でオフェーリアを演じる アナスタシア・ヴェルチンスカヤ | Antonio del Pollaiuolo ( 1429 - 1498 ) | Piero del Pollaiuolo ( 1441 - 1496 ) | |
" Hamlet " 1964 Russia | 52.5x36.2cm ca.1465 | 45.5x32.7cm ca.1465 - 1470 | |
ベルリン 国立絵画館 (Gemäldegalerie, Berlin) | ポルディ・ペッツオーリ美術館 (Museo Poldi Pezzoli) Milano |
世界のどの美術館を訪れても無数の肖像に出会うが、数ある肖像画の中でとりわけ忘れがたいのが冒頭の二枚の肖像画だ。 いずれも15世紀のフィレンツェで生まれたポッライウォーロ兄弟の手になる作品で、ほぼ同じころに描かれた。 写真の無い時代には人々の面影を記録として残すためにも肖像画は唯一の手段であったから、とりわけ裕福な貴族や商人は 着飾った花の盛りの娘たちを美しく描いてもらおうと、当代一流の画家を求めて殺到した事だろう ポッライウォーロ兄弟は中でも最も人気の高い肖像画家であったことは間違いない。 彼らの残した肖像画は、フィレンツェのウフィツィ美術館、ニューヨークのメトロポリタン美術館等々で見ることができる。 いずれも真横から描いた肖像で、髪の毛一本から、身に着けた装飾品、衣装の図柄や質感等が詳細に描かれている。 これらを見れば、当時のフィレンツェで若い女性の髪形や装飾品、衣装のデザイン等どんなものが流行っていたか、風俗の 研究家にとっても貴重な資料となるだろう。 ミラノの街中の貴族の個人のコレクションが邸宅ごと美術館として残されているポルディ・ペッッツオーリ美術館にある、弟の ピエロの作品はこの美術館の中でも”白眉”と言える作品で、カタログの表紙にもなっているほど。 何よりもモデルとなった、婦人というより、未だうら若い少女の初々しさが心に残る。 ベルリン国立絵画館にはもちろんフェルメールの二点の作品を目当てに訪れたのだが、思いもかけず冒頭の”若い婦人の肖像”に 出会ってすっかり魅了された。 これは兄のアントニオ・ポッライウォーロの作品だ。 兄弟の残した肖像画は世界各地の美術館に数多くあるが、ベルリン国立絵画館にあるこの作品こそはあらゆる肖像画の中でも 至高の傑作と言って差し支えないだろう。 何よりもモデルとなった若い婦人の妖精のような美しさにはただ感嘆するのみ。 べルリン国立絵画館にはドイツでは最高の、世界の主要な美術館と比較しても屈指のコレクションがあり、デューラー、クラナッハ ブリューゲル、レンブラント、ジョット、フラ・アンジェリコ、ボッティチェリ、ラトゥール、カラヴァッジオ、ティツィアーノ、ティントレット、 ラファエロ、ベッリーニ、プーサン、ボッシュ、さらに二点のフェルメール等々、呆然とするような作品が目白押しに並んでいて、一日 だけで見るには到底時間が足りない。 この美術館を訪れたのは1970年代末にただ一度だけだったが、この絵に出会った時に、1964年に公開された旧ソヴィエト時代の映画 ”ハムレット”にてオフェーリアを演じた女優のアナスタシア・ヴェルチンスカヤの姿が鮮やかに蘇ってきた。 この映画は旧ソヴィエトが総力を挙げて制作したものであり、脚本はパステルナーク、音楽はショスタコーヴィッチ、主役のハムレット から、墓掘り人、旅回りの一座に至るまでのこれ以上の適役はないというほどの構成で仕上げられ、世界的に高い評価を得たものだ。 だが、この映画でもっとも印象に残ったのがオフェーリアを演じた女優、アナスタシア・ヴェルチンスカヤの妖精のような美しさだった。 美しいだけではなく、ハムレットに冷酷にあしらわれて正気を失い、憑かれたように踊る場面など、哀れさがひしひしと伝わってくる絶品と 言える演技力も見事だった。 ポッライウォーロの肖像画を見た瞬間、忘れもしない、ヴェルチンスカヤの姿が蘇ってきた。この映画は一度しか見る機会が無かったが 最近DVDで半世紀ぶりに見ることが出来た。 見れば見るほど肖像画とオフェーリアを演じたヴェルチンスカヤとが瓜二つに見え、髪飾りのデザインまでそっくりなのには感心した。 映画の製作スタッフは、この肖像画を参考に衣装デザインを考えたのではないかと思えるほど。 この肖像画には作家の辻邦生も感銘を受け、”十二の肖像画による十二の物語” の中で、この肖像画も含むダ・ヴィンチやレンブラント 等による十二の肖像画に想を得た短編集を書いている。 その短編集の表紙にはこの肖像画が使われている。 |