シューベルト 即興曲 作品90-4 (D899)
演奏 : 藤村るり子 (1926 ~ )
”老人ホームでの85歳のおばあさんの超絶ピアノ演奏” という見出しを You Tube で見かけて聴いてみた。
演奏が始まってほんの 1~2 小節聴いただけでこの演奏がただものではないと、一体この人は誰なのかと気にはなったが、とりあえずは演奏に聴き惚れてしまった次第。
シューベルトのこの即興曲、作品90-4 は数あるシューベルトの作品の中でもとりわけ清冽な美しさをたたえた曲なので、ピアニストが演奏会や録音でも必ず取り上げる屈指の名曲だ。
したがって、手持ちのCDで、アルフレート・ブレンデル、田部京子、フリードリッヒ・グルダ、クリフォード・カーゾン、エリーザベト・レオンスカヤ、カティヤ・ブニヤティシヴィリ、ラドゥー・ルプー、グリゴリー・ソコロフを聴いてみた。
さらに You-Tube でスヴャトスラフ・リフテル、マリオ・ジョアン・ピリス、エフゲニー・キーシン、リリー・クラウス等々、シューベルトの演奏では定評のあるピアニストの演奏も全部聴いた。
それから、改めてこの演奏を聴いてみたが、前述の名だたるシューベルト弾きたちの演奏と肩を並べる、比類のない水準だ。 演奏技術の高さはもちろんのこと、何よりも音楽性の高さに心を打たれた。
このピアニストは一体誰なのかと、調べてみて、ついにそれが判明した。
演奏しているのは、藤村るり子さん(旧姓、加藤るり子さん : 1926年 ~)、1941年の第10回日本音楽コンクール、ピアノ部門で1位となった方と判明したのは、彼女の孫に当たる方が、経歴と共に、この演奏を You Tube に公開したものだった。
この後、ヨーロッパで研鑽を積み、ロンドンでは短いながら師事したリリー・クラウスをして、”遠い異国から来たピアニストがこれ程の演奏をするとは ‼ ” と感嘆せしめたという逸話が紹介されている。
率直なところ、リリー・クラウスは、”負けた” と思ったのだろう。
85歳の藤村るり子の演奏でさえ、全盛時代のリリー・クラウスの演奏を凌ぐ出来栄えなのだから。
もし第二次世界大戦がなかったなら、彼女は世界の音楽界で活躍したに違いないと確信させられる程の高い音楽性と演奏技術に恵まれた人なのです。
そして日本では東京芸術大学でピアノ科の教授を務めると同時に放送や各地での演奏活動を続けて来たとのこと。 長年第一線で活動していたからこその85歳のこの演奏があるのだと、実感。
2018年に複数のルートで公開されて以来合わせて150万回を超えるヒットがあり、必ずしもクラシック音楽に興味のなかった大勢の人たちをも感動させるほどの出来事となったことを嬉しい驚きで受け止めた。
60年前にかつての弟子だった方から、音を聴いただけで先生の演奏と分かったとの投稿があり、聴く人が聴くとそこまで分かるものなのだと、改めて感心。
演奏の終わりに、”誕生会コンサート” とあるので、これは老人ホームではなく、どこか由緒あるホテルのロビーか、大型の暖炉が備わった風格のある佇まいのサロンでの演奏と思われますが。
映像と録音は、一般の方がビデオカメラで収録したもの。
現在なら、一般向けのビデオカメラでも放送に使えるような高画質で撮れるが、窓際の逆光での条件故、彩度が低い。そのうえ、一般用ビデオカメラの録音用のマイクと音響回路はとてもクラシックの、とりわけピアノの録音には、到底使えるような水準ではない。
そのため映像の質も、ダイナミックレンジの狭い不安定な音質もお粗末なものだが、そういう不利な条件を超えて、音楽の素晴らしさが伝わってくる、それほどの演奏であるということ感動させられる。