超新星1987A (Super Nova 1987A)
マゼラン星雲にあるタランチュラ星雲(左上) 近くに出現した超新星1987A(右下) |
1997年、ハッブル宇宙望遠鏡 が撮影した3重リングを持つ超新星 |
同2003年頃の超新星周囲のリング | リング構造のCG図 |
1987年2月23日、太陽系からおよそ16万8000光年彼方のマゼラン星雲にあるカジキ座の方向に超新星が出現して、今年で30年になる。
肉眼で見ることのできる超新星の爆発は数百年に一度しかない機会であり、世界中のありとあらゆる望遠鏡や観測装置による観測により、これまで天文学者と物理学者が考えていた、超新星爆発の仕組み、爆発時に起こる現象等々の理論の大方が正しいこと、しかし、従来の理論とは異なる新たな事実も次々と発見され、天文学と物理学のさらなる発展への大きな刺激となる出来事だった。
1987A以前に肉眼で観測できた超新星の出現は1604年に出現し、ケプラーの観測、中国の古文書、日本でも藤原定家の明月記の記述等に記録があり、現在ではその残骸が ”かに星雲”として知られている。
SN1987Aは南半球からしか見えないマゼラン星雲にあるため、最初の発見は南半球チリのアタカマ砂漠の高地にあるラス・カンパーナス天文台だった。
超新星発見のニュースは直ちに世界中に伝わり、その後ありとあらゆる手段での観測が始まったが、地上の望遠鏡では南半球のチリ、オーストラリアと、南アフリカの望遠鏡が活躍した。
さらに1987年2月5日に打ち上げられたばかりの Ⅹ 線観測衛星 ”ぎんが”、その後各国から打ち上げられた、ハッブル宇宙望遠鏡、スピッツァー赤外線観測衛星、チャンドラーX線衛星、朱雀X線観測衛星、コンプトン・ガンマ線観測衛星等々によって広範な電磁波長での観測が現在も行われている。
とりわけ、超新星1987Aの出現をチリの光学望遠鏡での発見より3時間早く捕えていたのが、日本の神岡鉱山地下に設置されていたカミオカンデによるニュートリノ観測であった。
太陽以外からのニュートリノを初めて観測し、さらにニュートリノに質量があること等、物理学の解明に大きな発展をもたらしたことで、小柴昌俊がノーベル物理学賞を受賞した。
が、それだけではない。
ニュートリノ観測等の詳細な分析により、爆発のエネルギー、爆発した星の大きさ、質量、星の重力崩壊理論、爆発した星が中性子星になったこと、超新星爆発により重い元素が生成された等々、過去に天文学者や理論物理学者によって積み上げられてきた数々の理論が正しかったことが確認されたが、逆に想定外の様々な発見も多々あり、天文学の発展に重要な出来事となった。
光より3時間早くニュートリノが到達したことで、爆発した星が太陽の20倍の質量の青色巨星であったことが判明した。
超新星爆発時に可視光、赤外線、紫外線、ガンマ線、X線等、あらゆる種類の電磁波が放射されるが、爆発した星の内部の想像を絶する電磁変動に攪乱されて、可視光を含めて電磁波は直ちに星の表面に出てこられない。
一方電荷を持たず電磁変動の影響を受けないニュートリノは数秒で通り抜け、爆発のエネルギーの99%を直ちに持ち去り周囲に放射される。
ニュートリノが光より3時間早く地球に到達し、地球のあらゆる物体を1平方センチメートル当たり1000億個のニュートリノが透過して行った。
カミオカンデIIに湛えられていた3000トンの純水に含まれる膨大な陽子の殆どをニュートリノは素通りして行ったが、それでも、13秒間に11個のニュートリノが陽子と衝突して放射されたチェレンコフ光が検出された。
たった13個のニュートリノがもたらした情報は、しかし、前述のように、太陽の20倍の大きさの青色巨星が縮退してII型の超新星爆発爆発を起こし、1053エルグという膨大なエネルギー(太陽が過去45億年間に放出した1000倍のエネルギーに相当する)を僅か10秒で放出して中性子星になった等々、この超新星に関する様々な事実を明らかにし、ニュートリノ天文学の幕開けを飾る、輝かしい成果をもたらした。
三重リングの謎
赤色巨星と青色巨星連星の合体寸前のCG | 合体の衝撃で2方向に噴出したガス | 超新星爆発の衝撃波で輝くガス | 3重リングの形成 |
超新星爆発後から10年後の1997年にハッブル宇宙望遠鏡が撮影した美しい三重のリングの映像はまさに息をのむ驚きだった。
一体、宇宙に、どうしてこんな不思議な、美しいリングが形成されたのだろうかと大いに好奇心をそそられたが、有り難いことに理論物理学者の野本憲一等によって見事に解明してくれた(日経サイエンス 1997 4月号) ;
超新星爆発を起こした星は、爆発以前に写真が撮られていて、サンドゥーリアク SK-69 202 と呼ばれる、太陽半径の50倍の大きさを持ち、太陽の10万倍の明るさの青色超巨星であった。
青色超巨星が超新星爆発を起こすことは、実は専門家にとっては大きな驚きであった。
一般には超新星爆発を起こすのは太陽半径の1000倍もある赤色超巨星というのが、それまでの定説であったからだ。
この青色超巨星が生まれたのは6000万年前のことと考えられている。
生まれたときから巨大な質量を持つ星は、その巨大さ故に、内部で激しい核融合反応が起こるために高温となり青白く輝くが、早々と、燃え尽きてしまう。
一方、宇宙の星の大半を占める太陽程度の大きさの星は、ゆっくりと100億年ほどかけて質量を消費し、その最期に膨張して、赤色巨星となり、燃え尽きて収縮し、白色矮星となってゆっくりと冷えてゆくと考えられている。
誕生後50億年を経た我々の太陽も、後50億年ほどたつと地球の軌道を飲み込むほどの半径が100倍ほどに膨張する筈だ。
さて、青色超巨星のサンドゥーリアク SK-69 202 は実は、以前は太陽半径の1000倍もの大きさの赤色超巨星と連星を成していたが、爆発の2万年前に二つの星が合体したと考えられる。
青色超巨星を飲み込んだ赤色超巨星は、しかし余りにも巨大に膨張して希薄な巨体になっていたために、合体の衝撃で分裂し、2方向にガスを放出して消滅してしまった。
飲み込まれた青色超巨星は、既に寿命を迎えていた上に、合体時に赤色超巨星の質量の一部を吸収したことで核融合反応が急激に進行し、合体の2万年後に鉄の中心核が一気に重力崩壊を起こすII型の超新星爆発を起こしたものだ。
輝く三重のリングは、こうして、爆発によってまき散らされた物質が作り出す中心の輪と、高速で放射された高エネルギーの紫外線やⅩ線、ガンマ線等が、以前に放出されたガスの輪を明るく照らすことで見せる宇宙の壮大なショーであると、判明した ;
ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した1990年の写真では超新星爆発によりできた周囲のリングの半径が3/4光年、1997年6月時には秒速300㎞の速さで拡がり、1/10光年のダンベル型に成長していた爆発した星の破片が周囲のリングに衝突し始めていた。
直径1.4光年の2つの大きなリングが中心リングを挟んで上下方向に1光年離れて存在している。
2003年1月には中心のリング全体が真珠の首飾りのように輝いている。
爆発した超新星内部の放射性元素の崩壊で放たれたガンマ線は周囲の破片にぶつかり紫外線に変換されて、上下方向の2つのリングを輝かせている。
と、遥か16万光年も彼方で起こった超新星爆発について、その詳細な仕組みや時間の経過を鮮やかに解明してくれる理論物理学者の頭脳にはただただ感嘆するばかりだ。
天文現象というのは、一般には、何千万年、何億年という、宇宙の遥か彼方で、まさに天文学的な時間の単位で起きていることを観測して分析するという作業だ。
ところが、超新星1987Aの出現は、僅か16万光年という、宇宙の規模からすれば至近距離にて起こり、日々刻々と新しい現象が進行している様子を観測し、検証するという、天文学者や、理論物理学者はもちろん、私のような一般の野次馬にとっても千載一遇の機会に他ならない。
以下の図表及び写真は超新星1987の爆発の仕組みと、日々刻々と変化する様子をハッブル宇宙望遠鏡、チリのアルマ(Atacama Large Millimeter /Submillimeter Array)赤外線観測望遠鏡団、チャンドラーX線宇宙望遠鏡、でとらえた映像だ。
上段 : 3波長の合成写真 | |||||
下段 : 異なる波長による観測 | |||||
ALMA | Hubble | Chandra | |||
超新星1987A爆発時の内部の構造図 | ハッブル宇宙望遠鏡(HST)の可視光写真の超新星周囲のリングの推移 | 赤外線 | 可視光 | X線 |
青色超巨星爆発時の内部構造
誕生した星は殆どが水素から成っているが、巨大な重力により、中心部の水素がヘリウムに変換される核融合反応が起きて星が輝き始める。
青色超巨星では重力により中心部の温度が2億℃に達するとヘリウムが酸素と炭素に変換され、さらに7億℃の高温になるとネオン、マグネシウム、さらに珪素、硫黄、カルシウムの重い元素へと核融合が進行し、星全体がタマネギのような様々な元素の層で形成され、最終的に鉄の中心核が出来る。
爆発寸前の青色超巨星の中心部の温度が50億℃を超え、高エネルギーのガンマ線により中心部の鉄の核が分解されると鉄のコアが自らの重さを支えきれなくなって重力崩壊が起き、超新星爆発が起こる。
爆発時の高温の衝撃波で珪素が燃えて 56Ni が形成され、半減期 6.6 日で 56Co に崩壊し、さらに半減期 77 日で 56Feに崩壊する。これらの放射性元素の崩壊時にガンマ線が放出され、超新星が明るく輝くと理論的に予想されていたが、それが観測により実際に確かめられたという点で、天文学史上、画期的な出来事であった。
超新星1987Aの観測手段
9g | |||
Kamiokande II | Cerro Toloro、Chile | ALMA Array, Chile(2002~2014) | 南アフリカ天文台 (2005年9月~) |
この超新星爆発を最初にとらえたのはチリにある天文台だった。
400年ぶりに出現した超新星の情報は瞬時にして世界中に伝わり、ありとあらゆる手段での観測が現在に至っても引き続き継続して行われている。
が、何と言っても、カミオカンデII によるニュートリノ観測は特筆すべき出来事だった。
前述のように、超新星爆発で放出され、地球に到達したニュートリノをカミオカンデが最初に観測し、その分析結果が理論的に推定されていた超新星爆発時の様々な現象を裏付けたのだ。
超新星爆発は南天にある大マゼラン星雲で起こったので、可視光や赤外線等による地上からの観測は全て南半球にある天文台で観測が行われている ;
チリ ; アタカマ砂漠の標高2400m~5140mの高地に、アメリカ、ヨーロッパ、日本等が単独、あるいは国際的な共同運用で1980年代以降続々と大型天文台が建設されている。写真はほんの一部。
とりわけ最近完成し運用が始まったアルマはそれぞれ可動式の12mのパラボラ・アンテナが54基、7mのアンテナ12基とが直径16㎞に配置されて連動して動き、高い精度で赤外線観測を行うことが可能。
爆発したSN1987Aの観測で、鉄より重い重元素が超新星爆発により合成されると理論的に予測されていた事実が確認された。
上右のALMAが撮影した写真、中性子星の周囲1光年の広がりを持つ赤い色は、地球の質量の100個分に相当する重元素がまき散らされている様子を捉えたものだ。
南アフリカ : 2005年以来、ヨーロッパ南天文台(ESO)が運営する南アフリカ大型天文台(SALT : Southern Africa Large Telescope)が設置され口径10mの可視光ー赤外線望遠鏡による観測が行われている。
参加国は欧州15か国に加えてアメリカ、ニュージーランドと国際的。
NASA Hubble 1990~ |
ESA Herschel Infrared 2009 - 2013 |
JAXA Suzaku X-Ray 2005~ |
NASA Compton Gamma
Ray 1991~2006 |
NASA
Chandra X-Ray 1991 - 2000 |
超新星爆発の観測には地上の望遠鏡だけではなく、X線やガンマ線等、地上では観測できない電磁波検出用の衛星望遠鏡が大活躍した。 とりわけX線の観測では世界をリードする日本の衛星は 初代の ”はくちょう :1979”、2代目の”てんま : 1983”に続く3代目の”ぎんが”が1987年2月に打ち上げられたばかりで、早速観測に入った。その後1993年に”あすか”、現在は2005年に打ち上げられた5代目の”すざく”が爆発後の残骸からのX線を観測している。
NASAもハッブル宇宙望遠鏡による主に可視光の観測、コンプトン衛星でのガンマ線観測,チャンドラー衛星でのX線観測と広範な波長の電磁波による充実した観測体制を取っている。
ヨーロッパのハーシェル衛星では赤外線観測と、世界がそれぞれ得意な分野での観測を行っている。
スペースシャトルで観測機器の調整や交換が可能なハッブル衛星を除いては、他の衛星望遠鏡の寿命が短いのは、軌道変更や位置調整に必要な小型エンジンの燃料の搭載量に限度があるため。さらに位置変更用のジャイロの不調等々の制限によって短い間隔で新しい衛星を打ち上げる必要が出てくる。
が、こうした衛星による観測で得られた膨大な情報が、宇宙の様々な謎の解明に大いに貢献している。
しかし、観測の結果判明した事実に加えて、新たな謎が次々と浮上してくるために、理論の見直しと共に、さらに工夫を凝らした新しい技術や観測手段が検討され、天文学は、空前の熱気溢れる分野となっている。
興味深いことに、広大な宇宙を観測し探求する天文学の成果が、素粒子や量子理論、超弦理論といった、宇宙で最も小さな物質の素性を探る、最先端の理論物理学の分野の謎を解明するうえで欠かせない手段としても注目されていることです。