超弦理論

I
 超弦理論とブラックホール
(Super String Theory and Black Hole)


     
6000万年光年彼方のおとめ座の方向
M87星雲の中心の太陽質量の65億倍の
ブラックホール  2019年4月に撮影
 ブラックホールのイメージ図  ブラックホールの特異点に出現する
カラビ・ヤウ多面体と6次元の空間を
動き回る超弦集合体の黒い帯
 ビッグバンのイメージ図

 NHKが特集する最先端の数学や科学理論の番組には目が離せないが、とりわけ2014年3月に放送された
”神の数式”という番組は圧巻だった。
 それは、この宇宙の現象の全てを説明するたった一つの数式があるはずだ、という科学者たちの探求の足取りを追うもので ;
 1.この世界は何から出来ているか : アインシュタイン方程式
 2.重さはどこから来るのか : ヒッグス粒子
 3.宇宙は何故始まったか  : ビッグバン理論
 4.異次元宇宙は存在するのか : 超弦理論革命


の4つの理論を中心に、”神の数式”に至る道筋に迫ろうという趣旨だ。
 とりわけ、超弦理論革命の番組にて、ブラックホールの特異点に出現するカラビ・ヤウ多面体と、その6次元の空間を動き回る、超弦が集合した黒い帯が現れた説明には驚かされた ; 
なんだなんだなんだなんだなんだ・・・・・・・・・と、心の中で叫んでしまったほど。
 一生のうちで、これほど驚いたことはなかった。
ブラック・ホールの特異点が一体どうなっているのか? 実は専門家が書いた本を何冊か読んでみても、何一つ肝心な点については説明されてはいないというのが実情だった。
 何しろ最大のものでは太陽の数百億倍もの膨大な空間と質量とが
無限小にまで圧縮されているような ”点” を従来の物理学の理論では説明できないからこそ特異点と呼ばれているのだが。 
 その特異点にカラビ・ヤウ多面体が出現し、6次元の多次元空間を超弦の集合体が動き回り、その動きにより熱が発生してブラックホールから熱が放射される !!!! とは、目からウロコどころの驚きではなかった !!!!
 だが、この驚きはほんの手始めに過ぎなかった。
 超弦理論について調べてみると、従来の概念を全て覆すような新たな宇宙像が現れてきて、21世紀は、まさに超弦理論こそが、宇宙の全てを書き示す”神の数式”として台頭してくるのだと、実感させられる。
 が、それに至るまでには、様々な本や、過去50年余りの”日経サイエンス”のバックナンバーを読み直し、かれこれ6年余りかかって、ようやく整理できたのです。
 
 ブラックホールとは、太陽の8倍以上の質量の星がその最期に超新星爆発を起こしてつぶれ続け、シュヴァルツシルト半径(事象の地平面)と呼ばれる、強い重力で光さえも脱出できない境界が形成され、更に収縮を続けて最後に特異点と呼ばれる10-35mのプランク長と呼ばれる極限の点にまで縮小してしまっている場所だ。
 そこでは時空の曲率が無限大(空間が極限の点にまで圧縮されている)、圧力も無限大と、あらゆる理論が説明不可能な場所だ。
 このような天体はアインシュタインの相対性理論に基づいてドイツの物理学者シュヴァルツシルトの解から導かれるものだが、当のアインシュタイン自身は説明不可能な境界の出現はあり得ないと、1932年にそれを否定する論文を書いたほど奇妙な存在だった。
 だが、1939年に重力崩壊する天体が最終的にはブラックホールになりうると証明したのは、ロバート・オッペンハイマー (1904-1967) だった。 
 彼はアメリカの原子爆弾開発の指導者として名高いが、実は理論物理学者としても超一流の存在だった。
 しかしオッペンハイマーの証明には現実のブラックホールの実態を正しく説明しきれないという弱点があった。
オッペンハイマーはブラックホールが完全な球体と仮定して計算したのだが、実際にはブラックホールは回転しているため僅かに赤道部が膨らんでる。となるとオッペンハイマーの証明が適用できなくなるのだ。
 数々の学者たちがその証明を試み、ことごとく失敗した中で、1965年に、宇宙には特異点が不可避的に存在することをトポロジー(位相幾何学) と呼ばれる数学的な背理法に基づいて証明したのが、イギリスの数学者ロジャー・ペンローズ (1931~) だった。
 ペンローズはこの業績によって2020年度のノーベル物理学賞を受賞したが、識者曰く、この受賞によりようやくノーベル賞がペンローズに追いついた、と感想を述べたほど。
 同様の思いは、南部陽一郎が2008年に遅すぎたノーベル物理学賞を受賞した時にも多くの科学者が抱いたに違いない。 
 宇宙に無数のブラックホールが存在することは20世紀後半には確実と考えられ、2016年2月に二つのブラックホールが合体して放たれた重力波が観測されたことから、ブラックホールの存在が直接確認された。
 さらに2019年4月に、6000万年光年彼方のおとめ座の方向のM87星雲の中心にある太陽質量の65億倍もの大きさのブラックホールが世界各地の望遠鏡の映像を連結するという手法で地球規模の大きさの望遠鏡を構成して撮影された映像が公開され、光さえ脱出できず決して見えない筈のブラックホールの姿を見ることができた。
 M87星雲から放たれる巨大なエネルギーの正体が何か、数十年昔からの大きな謎であり、当時は反物質と物質の衝突などという SF 紛いの説さえ出たことがあったほど。
 銀河系の中心にも太陽質量の400万倍の巨大なブラックホールが存在すると考えられている。 

ホーキングのブラックホールの情報パラドクス

  車椅子の天才として知られるホーキングはペンローズと共にブラックホール研究の第一人者であり、宇宙はブラックホールと同様の極微の特異点から始まったという、今日の宇宙主導する理論を提唱したことで知られる。
 1970年代初頭にベッケンシュタインと共に計算したブラックホールのエントロピーの数式と熱の放射、情報の消失の問題提起は、物理学界に投げかけられた大きな課題であった ;

 

 エントロピーとは熱力学や統計学の言葉で、系の乱雑さや無秩序を表す ; 例えばエアコンから吹き出された暖かい空気が次第に部屋に行き渡って部屋の温度が平均化されるようなことを意味する。
 ブラックホールのエントロピーとは、ブラックホールが熱を放射していつかは蒸発するということ。
前述のように、ブラックホールの特異点とは膨大な空間と質量とが極限の点にまで縮小して圧力が無限大となっている天体だ。
 普通ならそのために温度も無限大になるのではないかと考えられが、しかし理論上では、宇宙で最も冷たく、例えば銀河系の中心にある太陽の400万倍もの質量のブラックホールの特異点の温度は絶対温度から1兆分の1度という極限の低温であると考えられている。
 だが、無限大の圧力下で一切の動きが停止している筈のブラックホールが何故熱を放射するのかという根本的な疑問が提示された。
 19世紀にマクスウェルやボルツマンが説明したように、熱はミクロの世界の分子の運動によって発生するものだから、無限大の圧力下で全てが停止しているブラックホールの特異点から熱が発生するとは考えられないからだ。
 さらにブラックホールに落ち込んだ情報は脱出することが出来ずに内部にとどまり、熱の放出によって蒸発して行くブラックホールと共に永久に失われてしまうという結論に達した。
 だが量子力学の原則では情報は決して消失しないとされていたが、ホーキングの主張に対して、物理学界は25年にわたって解答を出すことができなかった。
 熱の問題については、超弦理論の数学を駆使した計算により1995年に当時カムラン・バッファとアンドリュー・ストロミンジャーとが導き出した結果が、ホーキングたちが出した計算値と完全に一致した。 
 さらに明らかになったのは、全ての物質の根源は、量子力学の標準模型では大きさを持たない”点”でできていると考えられているのだが、超弦理論では、物質は極微の大きさの猛スピードで振動する ”ひも” でできていて、その”ひも” こそはブラックホールの分子に他ならない。と、驚くべき結論が引き出される。
 超弦理論とは異なるがループ重力理論による計算でも同じ結果が得られ、さらにインドのタタ研究所での計算からも同じ数式が導かれて、熱の放射の問題は解決された。
 もう一つの情報の消失の問題については、オランダの物理学者のヘーラルト・トフーフトやアメリカの物理学者レナード・サスキンド達がブラックホールに落ち込んだ情報は消失せず、その表面に書き込まれて残っているという主張をして20年余りに及ぶ論争が展開された。
 が、1997年にプリンストン高等研究所のフアン・マルダセナがゲージ重力対応と呼ばれる超弦理論の数学の計算に基づいて、トフーフやサスキンドらの主張を完璧なまでに証明し、20年余に及ぶ論争に決着がつけられた。
 ホーキングが提示した難問に超弦理論が明快な答えを出した事実は、この理論が20世紀の物理学である量子理論に代わって、21世紀の物理学を主導し、クォークや原子等の物質を形成するミクロの世界から宇宙論に至る広範な分野を説明する有力な手段として台頭してきたことを示すものだ。
 さらに最新の超弦理論から導かれるのは唖然とするほど斬新な宇宙の姿だ  曰く ; 

      我々の宇宙は10500種類もある無数の泡宇宙の中の一つに過ぎない
      だが、無数にある多宇宙の大半は物質も生命もない空虚な空間に過ぎないか
あるいは、ブラックホールばかりが出来て、短時間でつぶれてしまう、といった
多様な宇宙が次々と生まれたり消えたりしている
      時間も空間も幻想にすぎない

 これらの情報は、1990年代から日経サイエンスに掲載された数十の論文等で説明されてはいたのだが、いずれも難解を極めるものでまるで理解できなかったというのが実情。
 冒頭に述べたNHKの番組を契機に改めて読み直し、さらに、末尾に挙げた様々な参考図書を何度も読み返して、ようやく、超弦理論を理解したとは言えないが、ともあれ、この理論が示す斬新な宇宙像がおぼろげながら把握できるようになった次第。 
 30年余りの胸につかえていたもやもやがようやく晴れた。
とは言え、この30年余り、超弦理論の発展や、宇宙観測に特化した世界各国の様々な人工衛星観測等による新たな宇宙像の展開には、改めて なんだなんだなんだなんだという驚きが次々と惹き起こされるばかり。

 超弦理論の展開と、ダーマター、ダークエネルギー等については、いずれ整理して書く予定で準備中。

参考図書

相対論的宇宙論   佐藤文隆・松田卓也     1974年     講談社ブルーバックス
 ホーキング宇宙を語る    スティーヴン・W・ホーキング    1989年    早川書房
 絵で分かる量子力学   小暮陽三    1990年   日本実業出版社 
 量子論の宿題は解けるか   尾関章     1997年     講談社ブルーバックス
 クォーク 第2版    南部陽一郎    1998年    講談社ブルーバックス
 超ひも理論となにか   竹内薫     1997年     講談社ブルーバックス 
 図解雑学 量子論    佐藤勝彦    1999年   ナツメ社 
 現代物理学が描く突飛な宇宙を
めぐる11章
  スティーヴン・ウェッブ     2005年    青土社 
 相対性理論がみるみるわかる本    佐藤勝彦    2005年    PHP研究所
 宇宙137億年の歴史    佐藤勝彦    2010年   角川選書 
 宇宙論入門    佐藤勝彦     2008年    岩波新書 
 宇宙のランドスケープ    レオナルド・サスキンド    2006年   日経BP社
 ブラックホール戦争    レオナルド・サスキンド    2009年    日経BP社
 エレガントな宇宙    ブライアン・グリーン    2001年    草思社
 宇宙を織りなすもの 上・下    ブライアン・グリーン    2009年    草思社
 隠れていた宇宙 上・下    ブライアン・グリーン    2011年   草思社
 宇宙のダークエネルギー   土井守・松原孝彦     2011年    光文社新書 
 超ひも理論への招待    夏梅誠   2011年    日経BP社 
 重力とは何か   大栗博司     2012年     幻冬舎新書
 超弦理論入門   大栗博司     2013年    講談社ブルーバックス 
 無の本 ゼロ・真空・宇宙の起源    ジョン・D・バロウ    2013年    青土社
 ワインバーグの宇宙論 上・下   スティーヴン・ワインバーグ     2013年    日本評論社 
 ワープする宇宙    リサ・ランドール    2007年    NHK出版
 宇宙の扉をノックする    リサ・ランドール    2013年    NHK出版
 ダークマターと恐竜絶滅    リサ・ランドール    2016年    NHK出版
 宇宙は「もつれ」で出来ている ルイーザ・ギルダー 2016年 講談社ブルーバックス
 
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