木彫彩色 「 時 」  松崎幸一光 ・ 東京


   
 
 
   

 
   
     
     

  この木彫作品は、今年度の第67回日本伝統工芸展にて、日本工芸会奨励賞を受賞した作品だ。
つい最近の 「NHK日曜美術館」 にて紹介されたもの。
 作者は、東京・足立区にある大正9年に設立された100年の歴史を持つ、江戸木目込人形、江戸節句人形等の伝統的なひな人形や五月人形製作技術を受け継ぐ3代目の職人が、新しい造形に取り組み製作したもの。
 本体に軽い桐を、繊細な造作を要する顔には、緻密な木目の桂を使用して彫刻刀だけで仕上げている。
写真で分かるように、顔の部分は研磨せずに彫刻刀による切り出し作業とごく少ない目鼻の凹凸をつけて最小限の彩色のみで仕上げられている。
 伝統的な人形とは正反対の製作技法だが、それでいて、あるいはそれゆえに、なんとも言えないたたずまいと、まさに永遠の時の流れを凝縮させたような魅惑的な存在感のある作品だ。
 ギリシアのアルカイック様式のコレーを偲ばせる素朴な造形だが、アルカイックの作品がその後、紀元前5世紀以降の古典期のリュシッポス、ポリュクレイトスやプラクシテレス等の写実を極めた彫刻作品とは異なる魅力を持つように、この一見素朴な木彫像のたたえる何とも言えない詩情性には感嘆するしかない。
 おそらく作者の松崎幸一光(こういっこう)は、家業の写実性の高い伝統的な人形作りにいそしむ一方で、伝統に捉われない自由な造形への想いを深めていったのだろう。
 その結果として、素朴な、しかし確かな造形技術と感性溢れる素晴らしく魅力的な作品の出現となった。
日本伝統工芸展の様々な分野の作品も、いずれも新しい境地を目指す作家たちによる、創造性と洗練の極みの作品群には、まさに営々と受け継がれてきた伝統の技と、感性の鋭さにはただただ感嘆するばかりだ。
 けれども、余りにも鋭い感性と完成度の高い作品群を目にすると、工芸品とは言え、到底自分のものにして日々の生活の中で使えるような代物でなくなっているのも事実なのだ。 
 一体、どこの誰が購入して使うのだろうと思うばかり。
しかし、この作品なら、手元に置いて、日々眺めていたいという気持ちになる稀有な彫刻なのです。
 問い合わせたところ、残念ながらこの作品は一品ものであり、既に三越にて販売済み。
同じものを製作する予定はないとのこと。
ともあれ、このような作品の存在を知ることができただけでも幸いと、せめて、ホームページに残して偲ぶのみです。


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