宝石鑑別証
(Gem Identification Report)
偽の証明書 (Fake certificates)
これらはインド、パキスタン、アメリカ等にある宝石鑑定機関が発行した宝石の鑑別書を装う、偽の証明書の一例です。
いずれも世界各地に実在する鑑定機関の名前を装う名刺大の用紙にガラスや合成宝石の写真を貼り付け、重さと寸法、カットの形状と、該当する宝石のデータを挿入してでっち上げた偽物です。
この1年ほど、主に大阪、愛知等、関西の複数の業者がネットオークションに、この手の偽証明書を使って、偽物ルースを出品しているのが目につきます。
偽物ですが、印刷されているQRコードだけは本物で、スマートフォンで読み込んで検索すると、それぞれの鑑定機関のホームページに辿り着きますから、本物の証明書と思う人がいるかもしれません。
が、ここに掲載されている天然の宝石 ; ブラジル産、10.12ct のツァヴォライト・ガーネット、12.03ctのサファイア、11.07ct の天然ルビー、11,75ct の天然エメラルド、9.82ct のタンザナイト等々天然の本物であれば博物館級の逸品ですが、いずれも3,000円から1万円程度の値付けで出品されています。
オークションですから、競り合えばさらに高騰しますから、10カラット超の天然ルビーなら安いと、途方もない高値で競り落とされる可能性もあります。
しかしながら、少しでも宝石に詳しい人なら、これは怪しいと、手を出すことは決してないでしょう。
まず、いずれも博物館級の最上級のルースが1万円程度の筈がありません。
10カラットのピジョン・ブラッドの最上級のルビーは、たとえ加熱処理されていても、まず1億円はします。
ブラジルにはツァヴォライト・ガーネットは産しません。しかも同じ紙面にアンドラダイトとも表記がありますが、ツァヴォライトはグロシュラー・ガーネットであり、アンドラダイトではありません。
専門の鑑定機関がこういう間違いをすることは決してありません。
愛知県の業者に至っては、大きさも、カラット当たりの値段も異なる、博物館級のエメラルド、ルビー、サファイアとタンザナイトを、いずれも同じ値段の11,480円と、不可解な値付けをしているなど、怪しいこと限りありません。
そのうえ、世界各地の異なる宝石鑑別機関が、同じ大きさで、同じ体裁の名刺サイズの証明書を発行するなど、あり得ません。
どうやら、関西の業者がこうした偽の証明書を偽造して、商売仲間に売りさばいているのだと想定されます。
手の込んだ偽物の証明書をでっち上げて、100円もしないガラスか合成品を天然と称して1万円程度で売ろうという、ケチな詐欺商法ではありますが、殆ど価値のないガラスや合成品を、例え1万円でも、買わされた方にとっては不愉快極まりありません。
今回は、まともな証明書についてまとめてみました
ソーティング・メモ (Sorting Memo)
ルースを買うと要求しなくとも添付されることもある、専門の鑑別機関がルースがどんな宝石なのか、重さと加熱やガラス含侵等の処理の有無を検査した証明書です。
検査機関により、写真付き、無し、大きさや体裁も異なりますが、まずこれがあれば、それぞれのルースの素性が確かめられます。
専門機関による簡易の証明書ですから、一件が3,500円程度と手軽に確かめられます。
各種ある中では、日独宝石研究所のメモが、カットの種類と詳細な寸法が添付されていますから、万一のすり替え等の恐れもなく、安心できるメモです。
正規の宝石鑑別書 ( Certificate of Gem Identification )
宝石は天然か合成、あるいはガラス等の偽物、あるいは天然でも加熱の有無やコバルトやベリリウムの拡散処理、ガラス充侵、コーティング処理、染色処理等々、無数の処理により価値が大きく左右されます。
とりわけ近年では、天然の原石の加熱処理の際に、紛れ込んだクリソベリルが高熱で分解し、含まれるベリリウムが同時に加熱処理されたサファイアの結晶内部に入り込んで、天然には滅多に見られないパパラチア・サファイアの最上品を偲ばせる発色を惹き起こし、世界の宝石関係者を震撼させた事例など、従来の技術では検査が出来ない事例や、高度の技術による偽装事件が多発し、宝石業界は対応に追われました。
このため、鑑定機関では以前にも増して高度な分析ができる様々な装置を導入して、最新の宝石学に基づく分析による検査を要求されています。
下記に示すような、精密な分析を依頼すると、全部で3万円ほどの費用がかかりますが、1個で数十万円から数千万円もする宝石を購入する際の安心料と考えるべきでしょう。
1. 日独宝石研究所 (Japan Germany Gemmological Laboratory)
ルビーやサファイアは産地により価値が大幅に異なる宝石ですが、日独宝石研究所は、長年の経験から、詳細な検査により、出来るだけ正しい産地の同定を心がけていて、そのレポートは最も信頼がおけるものです。
一般のレポートはA5版2枚に紫外線ー可視光の分光分析と、FTIRの分光分析とを組み合わせた計3枚のレポートに加えて、成分等分析による産地同定の結果を公表しています。
が20年余り昔にカシミールのサファイアを購入した際に添付されていたレポートはA4版8ページに、エネルギー分散型蛍光X線分析や、45倍~90倍のズームによる液体ー気体とパルガサイト結晶インクルージョン等の写真が添付され、紛れもなくカシミール産のサファイアと同定できる詳細な分析結果が添付されていました。
2.GIA (Gemmological Institute of America : アメリカ宝石学協会
1934年設立で世界の宝石学の先端を行くアメリカ宝石学協会の鑑定書です。
GIAも宝石産地の同定には力を入れていますが、測定データ等を公表していません。
専門家を信用せよ、ということなのでしょうが、やはり日独宝石研究所のように測定データを添付して欲しいものです。
3. 中央宝石研究所 (Central Gem Laboratory)
中央宝石研究所は日本を代表する宝石鑑定機関です。
A5版2ページと測定データが添付されたレポートを発行しています。
紫外ー可視分光とフーリエ変換型赤外分光分析の結果を添付しています。
4.全国宝石学協会 (Gemmological Association of All Japan)
全国宝石学協会の鑑別書 | 同じルースの日独宝石研究所の鑑別書 |
中央宝石研究所と並ぶ老舗の宝石鑑定機関です。
基本的な検査と測定をしていますが、光学測定等のデータを添付せず、産地の同定等を行っていないので、
一般には十分ですが、コレクターにとっては不十分です。
同じルースの日独宝石研究所の鑑定書との比較では、内容の違いは歴然。
その他の鑑別書
前述の主な鑑定機関の他にも、大小様々な鑑定機関が、独自に証明書を発行しています。
上2番目とした下段右のレポートはパライバトルマリンの証明書で、右上の二つの分析レポートでは、含まれる銅とマンガン等の含有率のデータが添付されています。
近年、特に人気のあるパライバトルマリンは、他の紛らわしい色の普通のトルマリンと識別するために、詳細な金属元素類の含有率の測定は必須の条件となっています。
全国宝石学協会のデータは、より新しい測定器を用いて、ごく微量のガリウムやビスマスの含有量まで分かり、専門家が見れば詳細な産地まである程度判断できるのです。
AIGS Lab Co. Ltd. (Asian Institute of Gemological Sciences) は世界の宝石産業の 中心でもあるタイの有力な宝石鑑定機関です>。 この鑑定書は、3.36ct のサファイアは加熱処理が行われているが、AIGSのサファイアの 判定基準に則って、”コーンフラワー色のサファイアと認められる” と判定しています。 |
と、鑑別書にも個々の宝石の産地同定への各機関の姿勢の違いこそ異なりますが、宝石の素性の特定については十分に信頼できます。
高価な宝石を購入する場合にはこうした鑑別書があるか否かを必ず確認する必要があります。
長年宝石ルースのコレクションをしてはいますが、ルビー、サファイア、エメラルド等の高価な宝石には
合成品、ベリリウム拡散処理品等々、巧妙な偽装品が次から次へと出現し、素人がその真偽を見極める
ことなど到底不可能というのが現実です。
最新の測定機器と膨大な情報と経験とを持つ専門家のレポート無しには、高価な宝石には決して手を出してはなりません。