宝石読本(Gem Episode)


ルベライト(Rubellite)

14.99ct 21x8.5mm
Ouro Fino Mine Jonas Mine ? Cruzeiro Mine
Minas Gerais, Brazil
ルベライトの名前 (About Name)

 ルベライトとはラテン語の "rubellus:赤味を帯びた”を語源とする赤い色合いのトルマリンの宝石名です。
ルビーも同様にラテン語の"rubeus : 赤"を語源とし、いずれもよく似た色合いの宝石です。
 トルマリンには成分の違いにより10種を越える変種がありますが、赤い色合いを示すのは主にエルバイトとドラヴァイトです。
 赤はマンガン・イオンによる発色ですがマンガンの量が少ないと淡いピンクになり、ピンク・トルマリンと呼ばれます。
クロム発色によるルビーが、色が淡いとピンク・サファイアと呼ばれるのと同様です。
 理想的な色はモゴク産のルビーの”ピジョン・ブラッド”と同じ、紫や褐色味のない真紅の色です。確かにかつてブラジル、アフガニスタン、ビルマで真紅のルベライトが採れました。
 が、ルベライトの大半は鉄やチタン等の不純物により、エルバイトは紫色を、ドラヴァイトは褐色を帯びています。ルビーやスピネルと同様に不純物の鉄が多くなると赤黒い翳りを帯びてきます。
ルベライトの産地 (Rubellite localities)

 宝石質のトルマリンは全てペグマタイト鉱床に産します。
トルマリンを産するペグマタイトは世界に無数にあるのですが、宝石質のルベライトの産地となるとブラジル、マダガスカル、ナイジェリア、モザンビーク、ビルマ、アフガニスタン、シベリア、と極めて限られています ;

ブラジルのルベライト (Brazilian Rubellite)

 世界で最大にして最良のルベライトの産地はブラジルのミナス・ジェライス州です。
中ではゴヴェルナドール・ヴァラダレスの南東70kmのジョナス鉱山群一帯とその北200kmのアラスアイーサリーナス一帯との二ヶ所が最も豊かなルベライト産地です。
 とは言え、宝石質のルベライトがペグマタイト鉱脈から何時でも採れるという訳ではありません。
何年か何十年かに一度、偶然に晶洞が発見された時のみに限られた数の結晶が採れるだけというのが現実です。
 ジョナス鉱山群からは1978-79年にピンクからピジョン・ブラッドの結晶群で埋め尽くされた晶洞が発見され、史上最大のルベライトの発見でした。
 近年では2003〜2004年頃にも晶洞が発見され、少量のルベライト結晶が市場に出回りました。
 世界最大のトルマリン鉱山のクルゼイロ鉱山はゴヴェルナドール・ヴァラダレスの北西70kmにありますが、1966年に発見された重さ14kgの結晶からは"ピジョン・ブラッド:鳩の血色”と形容される最上のルビーを偲ばせるルベライトを産しました。
 冒頭の写真の宝飾品がそれですが、色合い、透明度共に空前絶後のルベライトといえるでしょう。
その後1971年に複数の晶洞から400個の宝石質のルベライト結晶を、さらに1983年と84年にも何十kgもの結晶が発見され、単一の鉱山としては最大にして最良のルベライト鉱山でした。
 クルゼイロ鉱山のほぼ真北、200kmのアラスアイとサリーナスの町との間100kmの一帯もトルマリンとアクアマリンに富む鉱脈地帯です。
 その名もルベリータ(ルベライト)と呼ばれる町があるくらいです。
ルベリータとアラスアイの町の中間にあるオウロ・フィーノは現在では世界で最良のルベライトを産する鉱山です。
 写真のように広大な土砂の堆積中に水磨礫が散らばっている漂砂鉱床ですから、晶洞を掘り当てるような大発見はありませんが、安定した産出があります。

2.06ct 9.2x8.2mm 2.72ct 10.5x7.2mm 3.17ct Ø9.2mm Max 41ct João-Pinto Mine

クルゼイロ鉱山
(Cruzeiro Mine)
オウロ・フィーノ漂砂鉱床(Ouro Fino alluvial deposits) サリーナス鉱山(Salinas Pegmatite Mine)


"イタチアイアの薔薇 :The Rose of Itatiaia"
43x33cm 400kg
 Keith Proctor Collection
1977年に発見された結晶 18.5x9mm 2004年産 12cm   
Jonas-João Pinto-Itatiaia-Farra-Lajão-Matias Mine group Salinas Mine

 ジョナス鉱山は一つの鉱山ではなく、周辺にジョアン ピント、イタチアイア、ラジョン、マチアス等々多くの鉱山、坑道を従える一大鉱山群です。
 ジョナス鉱山での歴史的なルベライト晶洞発見の詳細は”宝石ホール :ジョナス鉱山”をご覧ください。
 結晶標本、宝飾品共にトルマリンの正確な産地が明記されることはまずありません。
さらに産地としてしばしば標本が取引された地名が記されます。
 ジョナス鉱山のルベライトは、鉱山に近いコンセリェイロ・ペーナの町やさらに大きなゴヴェルナドール・ヴァリャダレスと記されている例が数多くあります。

アフリカのルベライト
(African Rubellites)
     
2.46ct 8.8x8.8mm 4.21ct 11.2x9.4mm  1.87ct 9.8x6.8mm 3.47ct 10.9x10.5mm  2.80ct 8.8x7.7x6.3mm 
Madagascar Mozambique 
  アフリカでルベライトを産するのはマダガスカル、モザンビーク、ナイジェリアとナミビアです。
マダガスカル産のルベライトにはエルバイトの他にドラヴァイトやリディコータイト等の成分を多く含むものがあり、やや褐色を帯びて見えるものが多いのが特徴です。
 アフリカ産の中では包有物が少ないために透明度が高く、最も美しい色合いのルベライトが見られます。
 モザンビークも古くから濃いピンクのトルマリンを産しました。さらに褐色を帯びた美しいドラヴァイト系のルベライトもみかけます。
現在アフリカ産ルベライトの大半を占めるのはナイジェリア産です。
 ナイジェリアには各地にペグマタイトがありますが、ルベライトの主要な産地は首都ラゴスの北凡そ150km余り、隣国ベニンと国境に近いオグボモショ(Ogbomosho)の郊外に1998年夏に発見された漂砂鉱床です。
 ここはパライバ型のトルマリンを産したイロリン(Ilorin)から50kmほど南西です。
発見から最初の3ヶ月で歩留まりが30%と質の高い宝石質のラフが1000kgも採取されました。
 下記の写真のようにやや褐色を帯びた濃淡様々な赤からピンクのルースが得られます。
ルベライトにしては包有物が少なく、透明度が高いのが特徴です。
 
19x17mm 13.56ct 20x10mm 3.85ct 10.05x9.05x6.30mm 2.40ct 8.8x7.7x5.1mm 2.42ct 8.7x7.6x6.4mm 
Nigeria 

アジアのルベライト (Asian Rubellites)

人の頭ほどの大きさのルベライト群晶
British Museum
200ct, Nuristan 32.8cm, Pech 34x24mm
Mogok, Burma Afghanistan Malkhan, Siberia, Russia
  ルビー、サファイア、スピネル、ペリドット、翡翠等々、代表的な宝石のしかも最良の質の宝石を産するビルマはまた、トルマリンもかつては有数の産地でした。
 既に18世紀初頭にはモゴク周辺を始め、各地のペグマタイト、さらに錫やタングステン鉱山の副産物として宝石質のトルマリンが採掘されていました。
 永年の採掘の結果、鉱脈はほぼ枯渇したと見られますが、しかし現在でも細々とした産出は見られます。
奇跡の土地のビルマであれば再び豊穣な鉱脈が発見される可能性も大いにあるでしょう。
 上のスケッチのルベライトの群晶は18世紀末に当時のビルマ王からの贈り物で現在は大英博物館が誇る標本として一般公開されています。 
 近年アフガニスタンから採掘されるスポジューメン、トルマリンやアクアマリン等の素晴らしい結晶にはただただ感嘆するのみですが、実はアフガニスタン産のエメラルドやラピスラズリはローマ時代から世界に知られていました。
 14世紀にチェコで製作された王冠に使われていたルビーが実は、恐らくアフガニスタン産のルベライトと識別されたのはつい最近のことです。
 シベリアのバイカル湖の東南の広大なペグマタイト地帯はトパーズやトルマリンの産地で19世紀から中国人によって開発されていました。
 かつてシベリアがルベライトの有力な産地であった名残で、現在も赤紫色のトルマリンがシベライト(Siberite)と呼ばれることがあります。
 多くの未開発の鉱脈が再開発されれば再びシベライトが脚光を浴びるかもしれません。

ルビーと間違えられたルベライト (Rubellite have been considered as Ruby)
260.86ct 4cm Burma
Treasure Room, Kremlin, Russia
The Saint Wenceslas Crown 1346−1387
Prague Castle, Czech
  鉱物学の知識が無かった昔は赤く透明〜半透明の宝石の多くがルビーと考えられていたのは止むを得ないことでした。
深紅のスピネルがルビーと考えられていた例はチムール・ルビーや英王室の帝国王冠の"黒太子のルビー”等が有名です。
 同様にルベライトも王室の宝物にルビーとして使われていた例が少なからずあります。
 いちごの彫刻はロシアのロマノフ王室が世界最大のルビーとして家宝にしていたものです。
1925年に鉱物学者のアレクサンドル・フェルスマンによってルベライトと判明しました。
 透明度にこそ欠けますが、まさにルビーとしか思えない色合いです。
 14世紀後半に製作された王冠は代々チェコ王室の戴冠式に使われていたものです。
中央下の100カラット余りの青紫色のスリランカ産サファイアの上の赤い石(39.5x36.5x14mm)は500年以上もルビーと思われていましたが、1998年の調査によってルベライトと判明しました。
 素晴らしいと透明度と色合いのルベライトです。製作当時の通商路を検証した結果では、恐らく他のスピネルやエメラルドと共にアフガニスタン産ではないかと考えられています。
ルベライトの市場価格 (Market price of rubellite)


恐らくジョナス鉱山群産 14.99ct 21x8.5mm
(Probbly rubellite from Jonas Mine)
ナイジェリア、モザンビーク、マダガスカル、ブラジルのルベライト
(Rubellites from, Nigeria, Mozambique, Madagascar and Brazil)
2.06 - 14.99ct
 ルベライトはパライバ・トルマリンは別としてトルマリンの中ではインディコライトと並び市場評価が最も高い種類です。
 色合いはピンクから褐色味を帯びた赤、紫味の赤、紫と褐色が混じった黒ずんだ赤、混じりけの無い深紅と多様です。
 この色合いの多様さはピンク・サファイアからピジョン・ブラッドに至るルビーの色合いの多様さと良く似ています。
 さらに、一般に包有物が多く含まれて透明度が失われる事が多いのですが、ルビーやエメラルドと同様に重大な欠点とはされず、色合いの美しさからカボションではなくファセット・カットされるのがルベライトという宝石の特徴です。
 こうした色合いと透明度等の条件により、値段はカラット当たり10ドル〜500ドルと大きな差がありますが、しかしルビーやエメラルドと比べれば一桁も二桁も低いのがルベライトの一般的な市場価格です。
 冒頭のクルゼイロ鉱山産のモゴクのルビーのようなルベライトは40年余り昔に一度だけ採れたのみで絶産となりましたが、再び発見されればその美しさと希少性とでカラット当たり数千ドルの評価を受けても不思議はありません。

 指輪にセットされている14.99ctの石はブラジル産です。
詳細な産地は不明ですが、恐らくジョナス鉱山群と思われます。
包有物が極めて少なく異例の透明度を持っています。
 やや紫味を帯びてはいますが価値を大きく損なう黒ずんだ翳りは皆無、ルベライトでは最上級とされるクランベリー(つるこけもも)の色合いです。
 最大の大きさを得るために不定形にカットされていますが、この大きさのルースを得るためには最低でも直径、長さ共に3cm以上の透明な結晶が必要でしょう。
現在その大きさのきれいな結晶端を持つ宝石質の透明なルベライト結晶はコンパクト・カーが買えるほどの高価な水準です。
 したがって、それからカットされたルースも歩留まりを勘案すれば同様の水準となります。
そのような結晶やルースは一般の宝石フェアでは勿論、例えアメリカ・アリゾナ州のツーソンで開催される世界最大の宝石フェアでも滅多に見られません。
 これ程の大きく高品質のルベライトが稀にしか無いというだけではなく次のような理由があるからです ;
 ツーソン・ショーは一つのショーではなく、例年1月末から2月中旬まで、30余りの団体によって市内のホテルやモーテル、郊外の高級リゾートホテル、コンベンション会場、仮設のテント、果ては教会からガソリン・スタンド等々40ヶ所を越える会場で次々に開催されるフェアの総称です。
 会場の多くは一般に開放されていますが、宝石関係者に限定される会場も少なくありません。
とりわけ郊外の高級リゾートホテルには鉱物雑誌の表紙や特集,ポスター等を飾る博物館級の標本を専門に扱う業者がまとまっています。
 こういう会場には限られた会員しか入場できません。
一点でロールス・ロイス並みの値段の逸品も多数あるとなれば、商談とは無関係の冷やかしの客にはご遠慮願いたいとなっても止むを得ません。
 この指輪に使われたような石も大半はそういう会場に出展する業者が扱っています。
仕入れるのは例えば和光や御木本、田崎真珠と言った老舗の、しかも宝石好きの宝石商です。
 宝石が好きであればこそ、こんな逸品を手に入れ、それに相応しいデザインと熟練した職人の手になるプラチナと上質のダイアモンドとをたっぷり使った、溜息の出るような宝飾品に仕立て上げたと言うわけです。
 当然ながら値段も高級セダン並みの水準になってしまいます。
その価格帯となるとダイアモンド、ルビー、サファイア、エメラルド、アレクサンドライト等の高級宝飾品が選り取り見取りとなり、敢えてルベライトを選ぶのはごく一部の宝石愛好家に限られます。
 残念ながらそんな客は滅多には現れず、永年展示しても売れない場合も起こります。
が、高級宝石店がディスカウント店のようななりふりかまわぬダンピングをする訳には行きません。
 止むを得ず半値八掛け2割引といった類の値引きをして別の流通ルートに流します。個人ではとても出来ませんが、企業とあれば帳簿上で減価償却すれば済むこと。
 しかしながらそれでも売れず、もはや上等な枠の原価以下の捨て値になってしまい、ようやくツーソンで指をくわえて見ていたコレクターの手にめでたく納まったと言う次第です。
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