宝石読本


天然と紛らわしい偽装合成ルビー
(Synthetic Ruby Immitations)

様々な合成ルビー(Varieties of synthetic rubies) 1.25 - 54.15ct
  火炎溶融法は19世紀末から20世紀初頭にフランスの化学者、ヴェルヌイユによって確立されたルビー、サファイア、スピネル等の製造技術です。天然ではあり得ないほど大きく完璧で美しい色の宝石の大量生産が可能となりましたが、却ってそのために合成宝石が市場では全く受け入れられないと言う皮肉な結果を招いています。
 この方法で生産される宝石のほぼ全てはその硬度、透明度、光学特性等の特性を活用した精密、化学、エレクトロニクス等の産業分野に使われています。
が、近年では中国で主に国内の宝飾用途に大量生産され、一部は海外の量販販路に流通し始めています。
 さらに、安価な火炎溶融法のルビーを偽装処理して高価な天然や天然に近いフラックス法の合成ルビーに見せかけたルビーが姿を現しています。

火炎溶融法合成ルビー(Flame Fusion Synthetic Ruby)
 54.15ct 24x20x11mm 40.20ct 21.8x17.5x10.4mm 4.14ct 12.1x6.9x4.8mm 極めて透明度の高いスター・ルビー 6.28ct 12.0x9.9x5.3mm
   写真はいずれも火炎溶融法で作られたままのルビーです。天然では5カラットを越える内包物の無いルビーは極めて稀、あれば天文学的な値を呼ぶほどの代物です。また近年とみに人気が高いパパラチアと呼ばれるオレンジを帯びたピンクのサファイアや、透明度の極めて高いスター・ルビーも、共に天然では滅多なことではお目にかかりません。そうした世にも稀なルビーを火炎溶融法では、カラット当たり30円から500円(生産原価ではなく、カットしたルースの市販価格です)と、ガラス並,タダ同然の値段で大量生産が可能です。
 合成スタールビーは、かつて不透明な地にくっきりとスターが浮き出るものが世に出たことがありますが、余りの安っぽさに姿を消していました。ごく最近出現したのは極めて透明度が高く美しいものです。天然のスター・ルビーは主に透明な繊維状ルチル結晶の内包物によってスターが現れます。この合成スター・ルビーは30倍の顕微鏡で拡大すると、極めて微細な水滴或いは気泡状の内包物が内部に見られます。その正体は不明ですが、この内包物により透明なボディーに鮮明なスターが現れると思われます。
 
 これらはいずれも紛れも無い本物のルビーではありますが、現実離れした美しさと大きさのために容易に天然とは識別が可能です。

急冷ひび割れ処理のルビー(Quench Crackled treated Ruby)
5.87ct 10.9x8.8x6.3mm 6.92ct 12.1x9.6x6.1mm 指紋状の包有物
(Finger print inclusion)

中央下に火炎溶融法特有の
カーブした成長曲線が見える
(Curved striae in center bottom)
  火炎溶融法の安価な合成ルビーを高価なフラックス法の合成ルビーやさらに高価な最上級の天然ルビーに見せかける急冷ひび割れ処理をしたものが近年タイや中国で盛んに行われるようになっています。

 製造方法は : 火炎溶融法の合成ルビー片を加熱して水中に投げ込み急冷すると結晶に蜂の巣状の罅が出来ます。これを硼砂に埋めて高温高圧の炉に入れると、融解したガラス状の硼砂が罅の中に入り込んで、フラックス法の合成ルビーや天然ルビー紛らわしい特有の指紋状の包有物や亀裂が入って透明度に欠けるルビーとなります。これをカットする事で、火炎溶融法の合成ルビーが天然のルビーそっくりに変身するのです。即ち完璧なルビーをわざわざ手間隙かけて傷だらけのルビーにするという馬鹿げたことをしているわけです。仔細に観察すると石の表面に達する亀裂が必ず見つかります。また蜂の巣状の包有物は天然やフラックス法の合成ルビーの包有物とは一見似てはいますが、急冷処理に特有のものです。熟練した宝石の専門家であればそれと分かります。
 これを販売している業者はこのルビーがこうした処理がされている事実をきちんと公表し、値段もカラット当たり150円と妥当です。
しかし、タイやアフガニスタン、ケニア、マダガスカル等のルビー産地で天然のルビーに混じって、このような処理を施したルビーの原石やルースが混入している例が近年激増しているため、世界の宝石商にとって大きな脅威となっています。

チャザムを騙る急冷ひび割れ処理ルビー(Quench Crackled ruby sold as Chatham Flux Synthetic)
36.66ct 28.0x17.5x8.9mm 39.55ct 28.5x18.2x9.2mm 内部の亀裂と包有物の様子(internal crackles and inclusions)
 前述のひび割れ処理ルビーを入手してしばらくしてからネット上にチャザムの合成ルビーと称する大きなルビーを見かけました。
 40カラット近い大きさとカラット当たり120円の値段からすれば到底チャザムのフラックス合成ルビーとは考えられません。
何故ならフラックス合成法では40カラットどころか、5カラットを越えるルースが得られる程の大きく透明な結晶の成長は困難だからです。
 写真だけでは一見天然或いはフラックス法のルビーのようにも見えますから、好奇心から購入して調べたところ、勿論チャザムではなく予期したとおり火炎溶融法の合成ルビーに水冷ひび割れ処理をしただけの単純なイミテーションと判明しました。
 その旨指摘したところ、宝石鑑定機関による証明を出せと居丈高に開き直って来たのには唖然としました。この業者はヤフー・オークションに常時1000点ほどの品物を出展しています。が、その全てがよくぞ集めたと思うほどのガラクタばかり。要するに宝石の知識も興味も愛着も無く、単なる金儲けの種にガラクタ宝石を扱っているだけの業者(中国人?)なのです。

チャザムのフラックス法合成ルビー(Chatham Flux Synthetic Ruby)
1.26ct 6.8x5.4x3.7mm 包有物の拡大 火炎溶融法結晶を種に成長したフラックス法結晶 ー 両方の包有物が見える拡大写真 40x
Flux overgrown ruby on flame fusion crystal.
Both curved striae and flux inclusions are seen in magnified view.
 左の写真の1.26ctのルビーは包有物が多すぎてチャザムとしては規格外です。恐らくチャザム製の結晶標本からカットされたのでしょう。フラックス法に典型的な包有物が良く見られるので参考までに入手しました。天然のルビーならこれくらいの包有物はごく普通に見られます。
 チャザム社はフラックス法によるルビーやエメラルドを年間数百万カラット製造している宝飾分野では最大の合成宝石メーカーです。
フラックス法のルビー結晶の成長には数ヶ月もの時間がかかります。試験的には1000カラットを超える大きな結晶が得られますが、量産レベルでは大きくても数カラット程度の小さな不揃いの結晶が多数出来てしまうのです。リチウム、モリブデン、鉛の酸化物や弗化物のフラックス(溶剤)中に結晶した結晶を酸で溶かして取り出すのも大変な作業です。これらの結晶には多くの亀裂や包有物が含まれるため、宝石としてカットできるのは一部の透明度の高い部分のみ、せいぜい2〜3カラットの大きさのルースが大半です。それでも天然のルビーと比べると10倍も大きく透明度の高い美しい色合いのルースが得られます。と言っても合成品ですから高くは売れません。市販価格はカラット当たり300ドルが上限ですから、手間と費用とを考えると旨みのある商売とは言えないでしょう。
 チャザム社は1980年代初頭に、効率よく大きな結晶を得るために、試験的に火炎溶融法の結晶を種にその周囲にフラックス法で大きな結晶を成長させる事を試みました。上記結晶とルース内部の包有物の写真がその例です。包有物の写真には背後に火炎溶融法の特有の同心円状のカーブした成長曲線が写っています。即ち、フラックス法の結晶だけでは充分な大きさのルースが得られるだけの成長層が得られなかったことを意味します。結局これは試みだけで終わってしまいました。


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