宝石読本

 

IV 豪奢と静謐  − ルビーサファイア 

 

1. ルビーサファイアという宝石

 

ビルマ モゴク産ルビー 
結晶196.1ctとルース15.97ct
スミソニアン自然史博物館
Logan Sapphire 423ct
スリランカ産
スミソニアン自然史博物館
無色透明なコランダム
0.9〜1.5ct
タイ、スリランカ産

 

 宝石の魅力が比類のない光と色の織りなす美しさにあることは言うまでもありません。
奇しくも光の三原色でもある赤、青、緑に相当するルビー、サファイアとエメラルドの三種の宝石が存在するのは、何と不思議な偶然かと思わずにはいられません。
 深紅のルビーの豪奢なたたずまいと,静謐さに満ちたサファイアの深い青、そしてエメラルドの輝かしい緑と,如何なる新種の宝石が現れようとも、古来より珍重されたこの三つの宝石の地位が揺らぐことはないでしょう。
 ところで,実はルビーとサファイアとは、鋼玉(コランダム)と呼ばれる同じ鉱物であるということはご存知でしたか ? 
 そして鋼玉は酸素とアルミニウムとの化合物です。
 大気圏を含む地下15kmまでの、地表付近の元素の構成比を調べたクラーク数という資料によると、酸素が47%,アルミニウムが8%と、この二つの元素で実に地殻の元素の半分以上になります。
アルミニウムは酸素と珪素についで3番目に多く存在し,金属としては最も多く鉄の2倍もあります。
鋼玉はしたがって地殻に豊富に含まれる元素の化合物で、その化学組成は, Al2O3,酸化アルミニウム、つまりアルマイト。
 そうです,あのお弁当箱と同じ物なのです。
 そして、アルマイトを溶かして冷やすだけでコランダムの結晶となります。
もっともアルマイトを溶かすためには2250℃という高温が必要です。
 不純物が非常に少ない純粋なコランダムは無色透明で、しかも高い屈折率により強い煌めきを示します。
 けれども、ダイアモンド以外の無色の宝石は今日では全く人気がありませんから、無色透明なコランダムが宝石用途として用いられることは殆どありません。
 ところが、ひとたび1%程度の微量のクロムを不純物として合むことにより、1000倍もの価値のある深紅のルビーになるのです。
 この不純物のさじ加減たるや全く微妙なもので、これが0.1%となるとピンクになり、もはやルビーとは呼ばれずサファイアとして値段も一桁ほど下がってしまう。
 かといって、それが多過ぎて5%を越えると灰色のエメリーと呼ばれる工業用の研磨用途の鉱物になってしまいます。
 赤以外の全ての色の鋼玉はサファイアと呼ばれ、それぞれの色に因んで、グリーン・サファイアとかゴールデン・サファイア等と呼ばれますが、青い色が最も多く,単にサファイアと呼べば青いサファイアを指します。

ルビーとサファイアの成因

 ルビーとサファイアはその生産地の殆どがオーストラリアからタイ、カンボジア、ベトナム、ビルマ、インドとスリランカ等、アジアの宝石と言えるほど、産地が偏在しています。
 これらの宝石が何故、どのようにして出来たのか、また何故産地がアジアに集中しているのかは長い間の謎でありました。
 アルミニウムと酸素という、地殻の55%を占める元素によるありふれた組成にも拘らず、世界の他の地域では少なく、特別な生成条件が想定されますが、まさしく次に述べるようにアジアの特別な環境下で結晶したことが近年解明されたのです ;

 詳しい説明に入る前に,ざっと地球の構造についておさらいをしておきましょう ;
地球は半径6400kmの卵のような構造をしています。
 中心部の黄身に当たる部分は半径が3500kmの核と呼ばれる、温度が4000℃前後と高温ですが,圧力が150万〜400万気圧と高いため、溶けずに固体の鉄やニッケルなどの金属になってと考えられています。
 その上部の卵で言えば白身に当たるマントルと呼ばれる部分は、深さが100km〜2900kmで温度が800〜3500℃、圧力が1.6万〜150万気圧、主に酸素と珪素とマグネシウムからなる橄欖岩からなると考えられています。このマントルは固い岩石ですが、長い年月にはアスファルトが流れる様に,ゆっくりと対流して,およそ四億年の周期で全地球的な大陸移動を起こしていることが分かって来ました。
 白身を覆う薄い皮膜のような部分に相当するのが地殻と呼ばれ、大洋では厚さが10km程度、ヒマラヤ山脈の地下では30km程の厚さがあます。地球全体では約十数枚のプレート(板)に分かれていて,地下のマントル対流の流れに乗って年に1〜10cmの速度でゆっくりと動いています。
 一番外側の卵の殻に相当する部分は大気圏です。一般の常識では航空機の飛ぶ10kmの対流圏までが大気圏と思われるかも知れませんが、地球的な規模では約100kmの高さの成層圏も大気圏に含まれます。
 さて、ルビーとサファイアが結晶したのは、大陸と大陸とが衝突し、一方が地下に潜り込んで行く過程で地下24〜48kmの地殻の最深部からマントル最上部、温度が500〜800℃,圧力が8000〜16000気圧の条件下であったと推定されています。
 ただしこのような条件は地球の至る所にあります。にも拘らずアジア地域にサファイアとルビーの産地が集中しているのは、さらに沈み込んでいった地層の成分の違いが重なったものです。
 具体的にはインド・オーストラリア・プレートがユーラシア大陸の下に沈み込んでいった時、ボーキサイトやラテライトのようなアルミナ分に富み、珪酸(SiO2)分の少ない地層分から上記の条件でルビーとサファイアとが結晶したと考えられています。
 珪酸分が多いと、紅柱石(Andalusite)、珪線石(Silimanite)、藍晶石(Kyanite)と,いずれも珪酸分とアルミニウムとが結びついた結晶になってしまいます。これらの鉱物も美しいものは宝石になり、紅柱石や、珪線石とそのキャッツ・アイは稀に宝石店でも見かけることがあります。
しかしルビーやサファイアと比べれば、全く地味な宝石に過ぎません。
 すなわち、ルビーとサファイアとは地下深く珪酸分の少ない地層で結晶した鉱物です。
 そのルビーとサファイアとが地上に運ばれたのは、更に深く地下数十kmの深度で生まれた玄武岩マグマが、地上まで数時間から1日ほどの早さで上昇した際の火山活動であったと考えられています。
 このような激しい火山活動を引き起こしたのは、1億5千年ほど昔に、ゴンドワナ大陸として一体であったインド大陸が、アフリカや南極大陸から離れて北上を始め、ユーラシア太陸に衝突し始めた地球規模の大規模な地殻変動で、5千5百万年前頃でありました。

 今日、オーストラリア、カンボジア、タイ、インド、スリランカの河岸の砂傑や畑の中などに発見されるルビーとサファイアとは、それを地上まで運んだ玄武岩体が、その後長い年月の風化作用で失われてしまった後に、耐久性のある宝石だけが残されたものです。
 ただ、最も品質の良いビルマのルビーとサファイアの成因は別の成因と考えられます。
花崗岩マグマが片麻岩と石灰岩の層を貫人し、局地的な熱変成作用により、結晶大理石の中にルビーとサファイアが結晶したと考えられています。
 同様に幻の宝石と呼ばれるカシミール産のサファイアの場合は、花崗岩ペグマタイトと呼ばれる、鉱物結晶が大きく育つ条件の中で結晶したものです。
 ただ、ビルマのルビーやサファイアの産出量は非常に少なく、カシミールのサファイアも良質の結晶の鉱脈は最初の数年間で掘り尽くされてしまいました。 即ち、ビルマやカシミールのサファイア鉱脈は特別な条件で出来た、稀な例と考えられます。 
 
ルビーの色の秘密
  古来からルピーが尊重されたのは、他に類の無い輝かしい深紅の色合いによることは問違いありません。 ルビーの赤い色は前述の様に微量のクロムを含むためと説明しましたが、さらにあの豪奢な煌きは他の宝石とは全く異なる仕組みによるものです ;

  皆さんは例えば赤い色の車が黄色いナトリウム・ランプ照明のトンネルの中に入った途端に色を失い灰色になってしまうことを経験されたことがあると思います。黄色の光の中では黄色以外の他の全ての色が、また青い光の中では青以外の全ての色が色を失い、灰色となってしまいます。
 ところがルビーに限ってはそうはなりません。黄色であれ、青であれ、ルビーは如何なる光の中でも深紅の輝きを失いません。
 何故なら、ルビーには、目に見えない赤外線から紫外線まで、広範囲の電磁波に反応して赤い光を発光する、特別な仕組みがあるためです
 ルビーがこのような現象を起こすのは、不純物として含まれるクロム原子が、広範な周波数帯域の電磁波のエネルギーを受け取ると、原子が励起されて高いエネルギーレベルまで持ち上げられためです。しかし入射するエネルギーが絶たれると、再び元の低いエネルギー状態に落ちて行きますが、その際に、受け取ったエネルギーを、赤い光の周波数に相当する電磁波として放射する、という仕組みになっているためです。


ルビー・レーザーの原理

 こうしたルビーの不思議な特徴を利用して20世紀の最大の発明の一つといわれる技術革新がありました。ルビー・レーザーの開発です。
 ルピーの結晶の両端を平行に切り、そこに鏡面メッキをして強い光を当て続けると、内部で放射された光は結晶両端の鏡面で反射を繰り返し、更に入力される強い光でエネルギーが高まり続け、一定のレベルを越えるとついに発振して、極めて強力な光を放射するようになります。
 これこそは人類が初めて得たレーザーで、1960年に初めて光の増幅と発振とに成功しました。
当時はしかし、レーザー(Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation : 誘導放出放射による光増幅)ではなく、光メーザー(Microwave Amplification by
 Stimulated Emission of Radiation : 誘導放出放射によるマイクロ波増幅)と呼ばれました。 というのはその3年前にエメラルド結晶による、光ではなく、もっと波長の長いマイクロ波と呼ばれる赤外線領域の電磁波の増幅と発振の成功が先立ってあり、当時の技術の中心はメーザーであったためです。
 レーザーによって光が増幅され,発振される仕組みは、実は無数の光子がボース・アインシュタイン凝縮という特異な単一の量子状態となっている現象です。レーザーは最先端の量子効果現象を目の当たりに観察出来る稀有な例です。それが今や、CDやDVD等のごく普通の商品や、医学、産業など広範な分野で活躍していますが、宝石のルビーがその発端となったのです。

・キューブレーザー(Table Top Tera Laser)

 
ルビーレーザーが開発されて間もなく、レーザーの核融合への応用の検討が始まりました。
核融合とは恒星の内部で起こっている水素や重水素、三重水素等の元素が核融合により膨大なエネルギーを放出してヘリウム等のより重い元素に変換される反応です。
 この反応を地上で実現できれば,エネルギー問題は一挙に解決されます。
 しかし,そのためにはこれら元素のイオンを恒星の内部と同様の、最低、数千万度、密度を10の20乗以上のプラズマ状態にした上で、核融合反応が起こる一定の時間を維持しておく必要があります
 このため日本,ロシア、アメリカ,ヨーロッパ各国では天文学的な研究費を投じて,トカマク、ステラレーター、ゼータ・ピンチ等々の磁場による巨大なプラズマ閉じ込め核融合炉の開発を行ってきましたが、中々上記の条件を達成出来ず、実現の見とおしが全く立っていないのが現状です。
 こうした状況の中で、従来とは全く原理の異なるハイパワー・レーザーによるイオンを照射する爆縮法が他の方法より1000倍もの高いイオン密度を実現できるため、核融合の実現に最も近い技術として注目されています。
 とりわけTキューブレーザーは従来の巨大な装置とは異なり、超小型で核融合反応を実現できる可能性があるため、
T-Cube : Table Top Tera :卓上のテラワット(1兆W)核融合レーザーと呼ばれます。
その技術の核となるのが電気的,光学的に最も高いエネルギーの発振が可能な三価のチタンを添加したサファイア・レーザーです。



医学用レーザー用
の合成ルビー結晶
レーザー加工例
T・キューブレーザー用
合成チタン添加サファイア

 

サファイアの色の秘密

 ルビー以外のすぺての色の宝石となる鋼玉はすぺてサファイアと呼ばれ、多彩な色の発色には様々な原因があります。
一般にサファイアと呼ぱれる青い色は1%の酸化鉄と0.1%の酸化チタンを含むことにより最も美しい深い色となります。

その発色は次のような電荷移動(Charge Transfer)と呼ばれる仕組みで起こります ; 純粋なサファイアは無色透明ですが、普通は鉄とチタンが対になってサファイアの成分のアルミニウムの一部と置き換わっています。
 鉄はニ価の、チタンは四価の正電荷を持っていて,二つのイオンは非常に接近した軌道上にあります。
 そしてサファイアに光が当たると、そのエネルギーを受けて鉄からチタンへ電子が移動して二つのイオンは共に三価になりますが、
 この際に光の赤から黄色に及ぶ低い周波数帯域のエネルギーを吸収します。
このためサファイアからは吸収されずに残された高い方の周波数帯域の、青い光成分だけが出てくるので,青く見えるという仕組みです。
この電荷移動と言う現象はサファイア以外にも数多くの宝石の発色の原因となっています。

2.配位多面体による着色
   殆どの鉱物は正電荷を持つ陽イオンと負電荷を持つ陰イオンとが三次元的な交互に結合する結晶構造をしています。この構造は陽イオンを取り囲んで陰イオンを頂点とする多面体と考えられます。 この多面体の中心に、不純物として遷移金属と呼ばれるチタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅などが入ってくると、結晶間のバランスが変わって、可視光線の中の特定のエネルギー(波長)の吸収が起こります。 ルビーの場合は左の図の(c)八面体構造の中にクロムイオンが入って青から緑の広い周波数帯域(波長)が吸収され赤く見える訳です。 エメラルドも同様に八面体構造の中に不純物としてクロムが入って光の選択吸収が起こるのですが、結晶の大きさが異なり、イオン同士の結合距離が異なリます。その僅かな差が吸収する光の波長の差となって、緑に見えると言う訳です。


3.もう一つ、宝石の発色の重要な仕組みである着色中心(Color Center)と言う仕組みがあります。
  

   結晶の中では陽イオンと陰イオンとが三次元的に交互に規則正しく並んでいます。しかし結晶が成長する過程、あるいはその後に様々な原因で陰イオンが抜け落ちることがあります。
 すると、結晶の全体の電気的なバランスを取る為に、その陰イオンを補う形で、左の図の様に、負電荷を持つ電子が欠落を埋めますが、前述の配位多面体と同じような原理で、光の波長の選択吸収を生じて、宝石の着色の原因となります。
 このような発色の仕組みは着色中心(カラーセンター)と呼ばれます。
 水晶の紫、黄色、黒、様々な色のダイアモンドやジルコン等、多くの宝石の着色の原因がこの仕組みで起こると考えられています。


青以外のサファイアの発色は下記のような多様な原因が考えられています ;

 紫     :  鉄とチタンの電荷移送と三価のクロムイオンの配位多面体構造
 
緑     :  三価の鉄イオンと鉄とチタンの電荷移送と三価のクロムイオンの配位多面体構造
 
黄色    :  ニ価の酸素と三価の鉄との電荷移動、三価の鉄と三価のチタン等
 
橙・橙褐色 :  三価のクロムの配位多面体構造、三価のクロムと三価の鉄とのカラーセンター
 パパラチャ :  三価のクロムの配位多面体構造、四価のクロムとニ価のマグネシウムの電荷移動
 (橙がかったピンク)

かなり専門的になりましたが、要するに宝石の発色には実に様々な要因が重なっており、これがそれぞれの石によって、また産地によって特有の色合いを持つ理由でもあり、そこに宝石の多彩な色合いの尽きせぬ魅力があるのだということを理解していただければ結構です。

 

スター・ルビーとスター・サファイア

 このコランダムにスターを示す種類があることはご存知ですね
古来より神秘的なスターの光が現れる宝石として珍重されてきました。
 このようなスターが現れるのは下の図のように、コランダムの結晶にルチル(酸化チタン)が含まれているためです。
 ルチルの針状の微細な結晶が三方晶系のコランダムの三つの結晶軸の方向に沿って並んで成長している場合にこのような現象が起こります。
 コランダムの結晶を半球形のカボションカットすると、微細なルチルの結晶に当たって散乱した光がお互いに60度で交差する光の帯となり、レンズのようなカボション型の表面に浮き上がってスターが現れると言うわけです。
 しかし、本来ルチルの結晶が不純物として含まれるため、その量が多いとスターの出るルビーやサファイアは不透明になることが多く、必ずしも全てが美しい宝石になるとは限りません。
 下記の写真のスター石の数々は、所有者や産地等に因む固有の名前で呼ばれる、大きさと透明度と、美しい色と見事なスターと、全てに申し分の無い、歴史的な逸品です。
それぞれ、ニューヨークのアメリカ自然史博物館とワシントンDCにあるスミソニアン博物館の自然史博物館の宝石ホールに展示されています。

スターの出る原理 The Rosser Reeves
Sri Lanka 138.7ct
スミソニアン博物館
De Long Star Ruby
Burma 100.3ct
アメリカ自然史博物館

 

The Star of Asia
Burma 330ct
スミソニアン博物館
The Star of Bombay
Sri Lanka 182ct
スミソニアン博物館
The Midnight Star
Sri Lanka 116.75ct
アメリカ自然史博物館
The Star of India
Sri Lanka 563.35ct
アメリカ自然史博物館


ルビーとサファイアの色の加熱処理

 

色むらのある天然サファイア 淡色のサファイア原石 淡色のサファイア 淡色の原石と加熱加工
されたルース

写真のように、天然のサファイアには色にむらがあるものや、淡いパステル・カラーの物の方が圧倒的に多いのです。これらはそのままでも十分美しいのではありますが、宝飾品向けには、一般に均一な色合いや、色の濃いものが好まれるので、ルビーにせよ、サファイアにせよ、加熱処理により、むらを無くしたり、濃い色に変貌させることが行われています。

 無色や色の薄い原石が加熱により何故濃い青のサファイアに変貌するかといえぱ、次の様な仕組みです ;
 サファイアの青は前述のように不純物として含まれる鉄とチタンによる発色です。
 さて、サファイアには一般に酸化鉄と更にルチル(金紅石)という鉱物が不純物として含まれています。
 このルチルの化学組成はTiO2(二酸化チタン)です。これら不純物を含むサファイアを1300℃から1650℃前後の高温で処理すると、融点が2050℃のサファイアは溶けませんが、それよりも融点の低いルチルは溶け出し、還元されてチタン・イオンがサファイアの結晶格子の中に取り込まれ、同じく不純物として含まれる鉄のイオンとの作用で青いサファイアになるという仕組みです。
 逆に色が濃過ぎる石は、大量に含まれる鉄分や、チタン分を酸化させて取り去ってしまうことで色を薄めることが可能となります。
 また淡青や淡緑の原石を鮮やかな黄色に発色させることも行われます。
 さらに、ビルマのモンスー産のルビーの様に結晶の中心部の黒いサファイア成分を除去して鮮やかな赤いルビーに発色させるなど、広範な色の改善が行われています
 この操作は加熱の温度と時間の調整により、炭や薪、ガス等の燃焼による水分や一酸化炭素、水素分の酸化と還元作用が微妙な加減で行なわれることで、不純物の除去や、結晶内への適度な拡散をコントロールするものです。
これらの技術は長年の経験によりタイの宝石加工業者が獲得したもので、1970年代頃から盛んに行われるようになって来ました。
 近年ではこれらの技術が広く知れ渡り、オーストラリア、スリランカ、ベトナム、等、世界の主要な産地では、産出するサファイアとルビーの大半がこうした処理を施されています。
 熱処理をすることにより、ただの石ころのような原石が鮮やかに発色し、ぼやけた色が引き締まったり、色むらが均一化されるので、見映えが一段と改善されるのです。
 もちろん全ての原石が美しく変身するわけではなく、原石が欠けたりする事故もしばしばあるなど、危険も多いのですが、長年の経験により、原石の60〜80%と高い比率で色や透明度が改善されます。

スリランカでの加熱処理 タイの加熱処理 モンタナの加熱処理 アメリカの最新の加熱処理装置
 

  天然そのままにしか価値を認めないと言う意見もありますが、しかし天然に産出する美しい色の宝石も実は生成の過程で熱や圧力の作用にて美しく着色したものですが、全ての結晶に十分な時間と温度で加熱作用が加わったわけではありません。
 したがって天然の結晶は余り美しくないものが大半です。
 すなわち、自然に結晶する過程で中途半端な熱作用を受けたものを、もう一度人間の手をかけて完成させて、本来の美しさを引き出したものと考えれば良いでしょう。
 以前は役に立たずに放棄されていたスリランカ産の乳白色のギウダというサファイアの原石がこうした加熱処理によって素晴らしく美しい宝石に変身して市場に出るようになりました。
 今日、各種のサファイアが比較的に手ごろな値段で手に入るようになったのはこの加熱処理技術の発展により、飛躍的に供給量が増えたためです。
 また、この熱処理の結果は極めて安定していて、処理された後の色は半永久的に保たれます。
ただし、熱処理をしたものは専門家が調べれば識別できるので、すばらしく大きく美しい石や高価なものについては、天然か加熱処理されたか否かを確認した方が良いでしょう。

ディフュージョン・サファイア


   熱処理に加えて、近年ディフュージョン(拡散)加工が行われています。これは無色のサファイアをコバルトやチタン化合物のなかに埋め込んで、2000℃と、サファイアの融点に近い高熱で処理することによりサファイアの表面に色をしみ込ませる(拡散させる)技術です。
拡散処理された石の出来映えは最上のビルマやスリランカ産のサファイアに匹敵します。



ディフュージョン・サファイア 処理前のルース 処理直後のルース 再研磨後のルース


  拡散処理されたサファイアは石の周囲だけに発色材がコーティングされていますが外見からは上質のサファイアそのものです。従って拡散サファイアと明記されて手頃な価格で宝飾品に使われれば十分に存在価値があります。
 普通に使う限り、耐久性にも問題はありません。
 もっとも、私自身は一度だけツーソン・ショーで写真の1.77ctのルースを見かけて入手したのみで、その後、宝飾品はもちろん、拡散処理と明記したルースを見かけたことことは全くありませんから、大量に行われているものではありません。
沃化メチレンのような液体に浸すとカットされた稜線沿いに色の濃い輪郭が浮かび上がって見えるので専門家であれば簡単に識別が可能です。
拡散処理サファイアの切断面 1.77ct 8x6mm
ルビーは何故稀少なのか ?
  世界でルビーの産地は極端に偏在しています。
即ち商業レベルで採掘されているのはビルマ、タイとカンボジアの国境地帯とヴェトナム。チベットからアフガニスタンへ連なるヒマラヤ等の山岳地帯と、アフリカ東海岸のケニア、タンザニア等が主要な産地です。
 インド産のスター・ルビーは大量に採れますが、不純物が多く、色も暗いあずき色で,宝石としてのルビーの範疇には入りません。
ルビーが稀少な宝石となるのは、不純物として含まれるクロムの存在が大きな理由です。
 即ち、冒頭で述べた様に、鋼玉は限られた条件でしか出来ませんが、さらにその鋼玉に適度なクロムが含まれるという条件が大変稀にしか起こらないからです。 
 何故ならクロムは珪酸分の少ない塩基性または超塩基性と呼ばれる火成岩に含まれる為です。 
ところが普通は鋼玉は一般には珪酸分の多い酸性岩質の、しかも珪酸分が多過ぎては他の鉱物になってしまうという,微妙な条件の下で生成します。
 即ち普通なら鋼玉にクロムが含まれることはあり得ません。
現実にルビーは存在しますから,実際にはあり得ない何かが起こったことになります。
 それはルビーが成長した地層がクロムを含む塩基性の地層に接触したり、貫入したといった、大規模な地殻変動を想定せねばなりません。
 事実インド大陸がユーラシア大陸に衝突し、もぐりこんでヒマラヤ山脈を作ったという事件が数千万年前に起こりました。
 アジアにルビーの産地が集中しているのは,過去の地殻変動と特別な地層と言う条件が重なったためです。



ルビーとサファイアの値段

 

ダイアモンドと異なり、色石の場合は、それぞれの石毎に色合いや透明度などが異なり、また国や個人によっても色の好みが異なるため、統一された価格基準が存在しないと言う特徴があります。
 とりわけ、ルビーの様に品質の差が大きい宝石となると、カラット当たり1ドルから10万ドルを超えるものまで、まさにピンからキリまでの価格差が付くほどです。
 とはいえ、1カラットの最高の物でビルマ産が1万5千ドル、タイの物が1万ドルと言うのが相場です。これが3カラットを越える物となるとビルマ産はカラット当たり3万ドル、タイ産は1万5千ドルとその差が広がり、5カラットを越える最上級となると、カラット当りではなくそれぞれの石につき幾らと言う算定の仕方になります。
 ルビーはエメラルド同様に大きく美しい結晶が得られません。5カラットを超える良質のルースは極めて稀で、10カラット超となれば、それこそダイアモンドを遥かに凌ぐ値段となります。
 写真の15.97カラットのルビーは1988年、ニューヨークのサザビーズのオークションにて363万ドルという、色石としては史上最高の値がつけられたビルマ産の最高級品です。
 同じ頃ロンドンのクリスティーズのオークションにて15.24カラット、D-FLと最上級に格付けされたダイアモンドの落札価格が41.6万ドルでしたから、10カラットを超える最上級のルビーがどれほど高く評価されるかお分かりいただけるでしょう。


スリランカ産 185.14ct
ゴールデンサファイア
スリランカ産
パパラチア 30ct
15.97ctの
モゴク産ルビー

ダイアモンド15.24ct D-FL
ビルマ・モゴク産
65.8ctのサファイア
スリランカ産
 サファイア
11.75ct

 そんな最上級でなければ、エメラルドと同様にカラット当り200ドル、300ドルと幾らでも値段に応じて色や透明度が上がって行き、ルピーの場合、1000ドル程度でも、結構きれいな石が買えます。
 1990年頃発見されたべトナム産については、ほぼビルマ産に準じた値付けが行われているようです。
 しかしベトナム産の殆どの石はピンク・サファイアです。
 サファイアの場合は、伝説のカシミール産の最上の青い石は最上のダイアモンドを超える水準です。
 ビルマ産のサファイアの最上級のものはカシミールのサファイアに匹敵する評価を得ています。
上記写真のサファイアは1988年にニューヨークのサザビーのオークションにて285万ドルの値がつきました。
続いてアフリカとセイロンのパパラチアがそれぞれ1000ドルから3000ドルの範囲に、ピンク・サファイアもほぼ同じ程度、紫が300から2000ドル、ゴールデン、カナリー・イェロ一が、数十ドルから300ドル、緑や無色の物はもう10ドルから50ドルくらいと、要するに丹念に捜して交渉すれぱ思わぬ掘り出し物に当ると言う楽しみがあります。
 さて、ピンク・サファイアというのは実はルビーの発色の原因であるクロムの含有量が低いのでピンクに見えるもので、限りなくルビーに近いピンク・サファイアと限りなくピンク・サファイアに近いルビーとがあります。 
 明らかにルビー、またはピンク・サファイアと断定されるルースの場合は一桁の値差が存在しますので、ルースがルビーとされるか或いはピンク・サファイアとされるかでは値段がまるで異なる、としばしば宝石の本に強調されています。
 しかしながらどちらか区別し難いようなルースは値段もルビーとサファイアとの中間となりますから、心配する必要はありません。
 青いサファイアについては欧米では黒に近い濃い色が好まれ、逆に日本ではやや淡い青と好みが異なります。したがって、色による値差は国によっても異なります。
 それでもカラット当り500ドル程度で十分きれいな青のサファイアが入手できます。
モンタナのサファイアはこの数年来急激に人気が出て来たので、今後値上がりする可能性があります。
 それでもカラット当り上限300ドル位で惚れ惚れするようなファンシー・カラーのサファイアが入手できます。がヨーゴ峡谷の加熱加工をしない石の場合は1000〜2000ドルと高価です。

 

世界のルビーサファイア結晶

 
さて、世界の宝石産地のルビーやサファイアが全て写真のような宝石級を産するわけではもちろんありません。むしろ大半の結晶は不透明だったり,色が悪かったりして、せいぜい鉱物標本にしかなりません。
 しかしながら、宝石級でなくとも美しい色や形の結晶であったり,こんな土地や国から ? と思うような産地もあります。
 ここではそうした結晶のいくつかを紹介します。


 
12x9x7mm 19x18mm
中国 山東省 
 15〜20mm
Mysor, Southern India
1980年 30mm
Kashmir
 27x24x22mm
Kola Peninsula, Russia
25x17x14mm
Rio Grande do Norte, Brazil 
         
40x30mm         20mm
Sivec Mtn, Prirep Macedonia
6mm
Andosilla, Val Malenco Italia
25x17x12mm 13x7x6mm 21x18x7mm  55mm
Madagascar
 Madagascar
19x7mm
Luc Yuen, Vietnam
1 - 3cm
Monghsu, Burma
サファイア結晶 1cm
 富山県東砺波郡利賀村高沼
方解石上のルビー結晶 21x14mm
Polar Ural, Russia

 

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