アンデシン・中性長石 (Andesine/Andesite)
自然の銅薄片が拡散されたサンストーンとアンデシン 3.20 - 10.50ct | 人為的な銅箔片が拡散処理されたアンデシン・サンストーン 0.65 - 7.7ct | |
Tibet | 内モンゴル産の黄色のアンデシンの処理品の可能性 |
化学組成 (Formula) |
結晶系 (Crystal System) |
モース硬度 (Hardness) |
比重 (Density) |
屈折率 (Refractive Index) |
(Na,Ca)【Al1-2Si3-2O8】 | 三方晶系 (Triclinic) |
6 | 2.69-72 | 1.550-561 |
アンデシン・中性長石とは、南米、コロンビアのアンデス山脈中のマルマート (Marmato) 産の粗面岩様の
火山岩に命名された、安山岩とも呼ばれる岩石の主成分となる斜長石の一種です。
斜長石は曹長石 (Albite : NaAlSi3O8) と灰長石 (Anorthite : CaAl2Si2O8) の2種の鉱物を構成するナトリウムとカルシウムとが様々な比率で混合した固溶体のアルカリ長石と呼ばれる鉱物です。
アンデシンが中性長石と呼ばれるのは、曹長石成分のナトリウムと灰長石成分のカルシウムをほぼ等量含み、斜長石族の中間に位置することから命名されたものです。
中性長石そのものは、世界中に普遍的に存在する安山岩の主成分ですから何処にでもありますが、宝石質の結晶が発見されたのは実に21世紀になってからのことで、最も新種の宝石です。
疑惑に満ちたアンデシン・サンストーンの登場
宝石としてはムーンストーンとサンストーンの地味な種類しかなかった長石族ですが、2002年にコンゴ産と称する、深紅のアンデシン・サンストーンの登場によって、世界の宝石業界の注目を浴びました。
以前のサンストーンは、微細な天然の酸化鉄片を含む灰曹長石(Oligoclase) がインドやタンザニアで採掘され、手ごろな値段のアクセサリー等には使用されていました。
さらに1980年頃からアメリカ・オレゴン州の天然の銅薄片を含む赤や緑、多色の曹灰長石 (Laradorite) のサンストーンが登場し、ファセット・カットされる透明度が高い結晶も少なからずあったため、一部のコレクターから注目されました。
コンゴのニーラゴンゴ火山産と称するルビーのように深紅の透明度の高いサンストーンは、それまで知られていたサンストーンと比べると格段に美しく、当初は最上級品にカラット当たり数万円と遥かに高値で取引されるほどの人気の宝石となりました。
しかしながら、当初は、300カラットしか採掘されずに絶産となった筈が、原石も結晶標本も一向に姿を現わさず、カットされた石だけが止まることなく市場に溢れ続けたことから、次第にその素性に対する疑惑が世界の宝石界から湧き上がってきました。
第一、ニーラゴンゴは珪酸分が少なく、大量の二酸化炭素を含む、世界でも特異なアルカリ玄武岩溶岩成分の火山であり、この溶岩から珪酸塩鉱物である斜長石結晶が成長することはあり得ません。
すなわち、2002年にたまたま大噴火を起こして大きな被害を出して有名になった火山名を商業的に利用しただけの ”真っ赤なウソ ”であることが明らかになりました。
ではその正体は一体何なのかと追及される中で、実際の産地は中国、内モンゴル、チベット等々、新たな出所が取り沙汰され、さらに、これらの産地の淡黄色のアンデシン原石が人為的な銅薄片の拡散処理を されたものではないかと疑われるようになりました。
2005年になって、既に2002年からチベットにから天然のサンストーンが発見され、原石やカットされたルースが市場に姿を見せているという情報が世界に流れ始めました。
と、市場に姿を見せているアンデシン・サンストーンが天然のものか、あるいは人為的な加工されたものなのか、情報が交錯していました。
チベットと内モンゴルの現地調査
こうした状況下で 2008年と 2010年に、当時全宝協の研究員だった A. Abdriyim を中心に、フランス、スイス、香港、タイ、GIA等の専門家や宝石商達と共にチベットと内モンゴルの産地を訪れました。
その結果、チベットからは、間違いなく天然の銅薄片を含むアンデシン・サンストーンが採集され、一方
内モンゴル産のアンデシンは、宝石質ではありますが、銅薄片を含まない金色のアンデシン結晶であることが確認されました。
ただ、2000㎞以上も離れた地で発見された二つの産地のアンデシンは、銅薄片以外は驚くほど化学組成等が似ていて、その後の天然と、人為的な拡散処理品との識別を困難にしているという問題が、現在に至るまで残されています。
エヴェレストと首都ラサの中間点、標高5000m のチベット高原の町バイナン付近の地図 | 標高5000mのチベット高原の漂砂鉱床 Zha Lin 鉱床 |
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0.10-1,14g Zha Lin | 0.25 - 1.55g Yu Lin Gu | 0.37 - 2.92g Nai Sa - Bainang |
チベットの隣接する三か所で採集されたアンデシン結晶は、銅薄片により赤や緑に発色しているもの、銅片を殆ど含まず金色のものがあります。
写真のように、漂砂鉱床から水摩礫として住民によって手掘りや簡単な道具にて、人気が高い赤い結晶片が優先的に採集されているとのことです。
2006年から2010年の間に最大200㎏のアンデシン・サンストーンの水摩礫が採集されたと見積もられています。
天然の多色のアンデシン・サンストーン 0.45-15.41ct Tibet |
3.20ct 15.27x7.50x5.80mm | 3.40ct13.85x7.23x4.27mm | 10.50ct 18.13x10.68x6.66mm | 3.80ct 10.86x8.78x5.36mm |
7.70ct 16.2x12.2x7.2mm | 0.65ct 6.8x6.8mm | 2.36ct 10.0x8.0x4.9mm | 1.26ct 8.05x6.05mm | 1.13ct 10.0x8.0x4.2mm |
内モンゴル包頭市北方50㎞, 固陽県のアンデシン産地 | 採集されたアンデシン原石 2-5cm | 部分的に磨かれた透明度の高い結晶 最大 26g |
採れるのは全て淡黄色のアンデシン結晶 | ||
西安にて銅薄片の拡散処理されたサンストーン | ||
深圳にて銅薄片の拡散処理されたサンストーン | ||
漂砂鉱床の調査 | 淡黄色の原石と、銅の拡散処理された標本 |
チベット高原の産地に続いて、内モンゴル包頭市の北50㎞の固陽県の、既に現地では1992年頃から報告されていたアンデシン鉱床の調査が同じメンバーによって行われました。
鉱床はチベット同様、漂砂鉱床の堆積中にアンデシンの水摩礫が発見されますが、ここでは重機により地下10mの深さまで掘り下げて採掘し、年間100トンもの結晶が採集されています。
こんにち、世界で最も生産量の多い宝石であるダイアモンド原石の年間生産量は大体1億カラット (20トン)、カットされたルースの供給量は2500万カラット程度です。
ですから、これまで宝石として殆ど存在感のなかったアンデシンが突如、その5倍もの数量が市場に供給されるようになったわけです。
しかも、アンデシン原石は大きく、透明度が高いため、歩留まりが高く、推定で100トンの原石から数十トン (3億カラット)ものルースの大半が西安と深圳に送られて銅薄片の拡散処理により赤いサンストーンとして世界市場に流出していたことが明らかになっています。
天然の淡黄色のアンデシン結晶に銅薄片を拡散する技術は、中国の大学教授が2000年初頭には開発していましたが、その技術ノートが盗まれ、内モンゴルにて大量に採掘されるアンデシン原石に応用されて、コンゴ産等々、疑惑のサンストーンとして世界市場に怒涛のように流出したという、真相が明らかになりました。
中国政府は、こうした事実を把握していた筈ですが、折しも開催された2008年の北京オリンピックの際に、どういう魂胆か ”オリンピック・ストーン” と称する、赤いサンストーンを大々的に売り出したのでした。市場でのサンストーン・アンデシンの評価
2002年にコンゴのニーラゴンゴ火山産と銘打って華々しく登場した、新しい深紅のアンデシン・サンストーンですが、前述のように、その素性が疑われ、2010年までの2度の現地調査により、チベット産の天然のサンストーンと、内モンゴル産の淡黄色の原石に銅片の拡散処理をしたものとの存在が明らかになりました。
それまで、赤いサンストーンは1980年頃から姿を見せていた、オレゴン産の、アンデシンと近い化学組成のラブラドーライト種がありましたが、深紅のものは極めて稀にしかなく、コンゴ産の透明度が高い深紅のルースの登場はセンセーショナルな出来事となりました。
しかしながら、それがコンゴ産とは”真っ赤な嘘” の人為的な拡散処理加工されたものと判明して以来、宝石としてのアンデシン・サンストーンの価値は暴落し、まともな宝石商によって扱われる機会は激減し、ネット上の怪しげな業者たちが扱うカルト的な商品になり下がってしまいました。
もともと採集量が少なかったチベット産の天然のサンストーンは、この騒動に埋没して、殆ど市場から姿を消していましたが、ごく最近、カラット当たり1000円程度の、妥当な価格で再登場してきました。
大半は標本級ですが、しかし、中には写真の例のように極めて美しいものがあります。
天然と人為的な拡散処理品との識別
サファイア等、他の宝石へのコバルトやベリリウムの拡散処理は、天然にはない元素を処理したものですから、識別は容易です。
ところが、サンストーンの場合は、天然と全く同じ銅薄片の拡散が人為的に行われているだけで、識別は困難です。
中国内にて、高温で加熱処理された内モンゴル原産のルースに含まれるアルゴン同位体比(40Ar/36Ar) の測定値が、チベット産の天然のアンデシンのそれより低い値を示すことから、識別は不可能ではありません。
ただし、この方法は極めて手間と費用が掛かり、全ての宝石研究所で測定できるわけではないため、実際的ではありません。
アルゴン (Ar)
原子番号18のアルゴンは大気中におよそ1%余り含まれる気体です。
その名はギリシア語の〖働く〗( ergon : エルグという仕事単位やエネルギーという述語に否定語の an をつけた造語で、働かない、不活性なという意味があります。
全同位体の99.6%を占める最も安定な同位体の40Ar は地球誕生の過程で岩石に含まれる質量40の
カリウム40(40K) が電子捕獲による原子崩壊で出来たものです。
中国で拡散処理されたものは、処理時の高温のため、極微量含まれていた 40Ar が失われたために、処理されていないチベット産に比べて測定値に差ができたものと考えられます。
と、この20年、かつてなかった美しいアンデシン・サンストーンをめぐる様々な状況が明らかになってきましたが、一連の騒動により、宝石界での関心が薄らいでしまっているのが現実です。
しかしながら、チベット産のアンデシン・サンストーンには極めて美しいものがあるのは事実です。