アウゲライト(Augelite: 燐礬土石)

 

アウゲライト 1.10ct 7.3x5.4mm
White Mountain California U.S.A.
アウゲライト ルース 3.45ctと結晶
Champion Mine White Mountain
California U.S.A.
ロス・アンジェルス自然史博物館
結晶 2.5cm
Champion Mine
White Mountain
チャンピオン鉱山産
アウゲライトの結晶形
 
          黄鉄鉱と共生するアウゲライト  8x5x2cm                最大の結晶 12x3mm Augelite 3.5x2cm
Rapid Creek Yukon, Canada
San Jose Mine, Oruro, Bolivia

 

結晶系 単斜晶系
化学組成 2Al2O3・P2O5・3H2O
モース硬度 4
比重 2.70
屈折率 1.574-588

 

 アウゲライトはその劈開面が真珠状の光沢を示すことから、ギリシア語の"Auge=輝き”をとって命名された名前です・・・・と、この鉱物について私が分かるのはそれだけ。 その後,日本語名として燐礬土石と命名されていることが分かりました。燐酸と礬土(アルミナ : 酸化アルミニウム)を主成分とする化学組成に因むものでしょう。
 上記の特性は50年も昔の鉱物大事典に出ていたものですが化学組成は妙な式でAl2PO4・(OH)3とした方がもっともらしいと思います。その後の資料では化学組成は全てこちらの式に統一されています。
 化学組成や比重、屈折率などはトルコ石に近い鉱物ですが、宝石質の燐酸塩鉱物は燐灰石を始めブラジリアナイト、ベリロナイト、ヘスフォライト等、ペグマタイトに良く見られます。 
 ともかく、水分を含む燐酸アルミニウムの結晶なら何処にでもありそうで、実際こうしてルースや結晶標本が存在するのですが、しかしあらゆる鉱物の中で、また宝石としても、これほど知名度の低いものは無い、と敢えて宣言しても良いでしょう。どのような鉱物なのか、産状なのか殆ど資料がありません。

 最近インターネットにて検索した資料によると、アウゲライトは1868年、スウェーデンの鉄鉱山で最初に発見されたとありますから,意外と古い時代から知られていたようです。
 スウェ−デンでは他に3ヶ所、フィンランド,チェコ、シベリアから各1ヶ所、アメリカでは6州から計8ヶ所、カナダ、ペルーとブラジルから各1ヶ所、ボリヴィアの鉄鉱山等から6ヶ所と、偏在していますが,世界の20ヶ所余りから発見されています。
  
 私自身、長い間このルースをすっかり忘れていましたが、今回たまたま燐酸塩関連の宝石結晶を整理していたところ、見なれぬ透明なルースが転がり出てきて、少なからぬ時間を費やして、ようやく十数年昔、初めてツーソンの宝石フェアへ行った時に入手したものと判明した次第です。
 当時としては正体の分からない、しかも何の面白みもない石に支払ったカラット当り130ドルという値段が果たして妥当なのか否か、全く判断が出来ませんでした。入手したのは言わば無知ゆえの怪我の功名であったかもしれません。
 その後あらゆるフェアで稀少宝石専門の業者のブースを訪ねたり、またネットショップで当りましたが、ついぞルースにも、また結晶にもお目にかかれませんでした。 
 ルースの産地のカリフォルニアの White Mountain とはずっと、サン・ディエゴに3000もあるペグマタイト鉱床の一つかと想像していました。 白いペグマタイト鉱脈の露出した大きな丘が白い山と呼ばれるのはいかにもありそうな地名です。 
 カリフォルニアの地図を眺めていて、ヨセミテ公園の東側ネヴァダ州境近くに標高 4342m の White Mountain Peakを見つけましたが、さてこの山が産地なのか否かは不明でした。
 新たな資料により,まさしくこの山が宝石質アウゲライトの、恐らく世界で唯一の産地であると判明しました。 

チャンピオン鉱山 カリフォルニア州モノ郡 White Mountain山脈 
White Mountain山脈にあるチャンピオン鉱山全景
標高2800m
1935年時の写真 
中央に連なる穴が紅柱石採掘の名残りの洞窟
アメリカ,カリフォルニア州のサンフランシスコからほぼ真東の方向、ネヴァダ州境に南北に沿って White Mountain 山脈が伸びています。その最高峰、標高 4342m の White Mountain 山の西側の斜面、標高2800mの地点に1919年、アンダルーサイト(紅柱石)の鉱脈が発見されました。
  この地域に紅柱石が存在するとの情報を得て探鉱調査をしていた地元のチャンピオン磁器会社の社長が、豊富な紅柱石の鉱脈を発見したのです。 
 早速設立された Champion Sillimanite (珪線石) 鉱山により1920年代から30年代にかけて、紅柱石の採掘が行われました。 写真のように標高 2800mの急峻な崖にある鉱脈の採掘は困難な作業であったに違いありません。
鉱石は数Kmをラバに積んで運び、さらに780mの標高を下って,ようやくトラックに積み代えることが出来たとのことですから、鉱山が如何に不便な場所にあったか偲ばれると言うものです。
 全く産出しなかったのに,何故、紅柱石ではなく珪線石が鉱山名につけられたのか不思議です ? 
恐らく採掘の目的が耐火材や磁器の材料であったため、耐火材として使われる珪線石の名が鉱山名につけられたのでしょう。 
 しかし実際に採掘されたのは紅柱石と、その他、美しい結晶で評判となった金紅石(ルチル)や、水晶、斑点状に青く着色したサファイア、塊状のトパーズ、長さ3cmに達する板状のディアスポール (AlOOH) の結晶、葉蝋石 (Pyrophyllite:Al4Si4O10(OH))、さらにベルリン石 (Berlinite:AlPO4)、スヴァンベルグ石 (Svanbergite:SrAl3SO4PO4(OH)6)、世界中でここが唯一の産地であるウッドハウス石 (Woodhousite:CaAl3SO4PO(OH)6)、トロール石 (Trolleite:Al4(PO4)3(OH)3)、そして宝石質のアウゲライト結晶、と言った極めて珍しい多彩な燐酸塩鉱物の数々でした。

アウゲライトの産状と成因
晶洞の長さ4cm 燐酸塩岩脈 明るい部分はアウゲライトと
トパーズ 暗い部分がトロール石 黒いのは天藍石
晶洞の中は低温反応で生成した燐灰石とヴィゼ石(Viseite)
チャンピオン鉱山の鉱物の生成条件 
縦軸は熱水の圧力(単位は千気圧)横軸は温度(摂氏) 
略語: P:葉蝋石 Ad:紅柱石 K:藍晶石 Q:水晶
 V:水蒸気 T:トロール石 Ag:アウゲライト B:ベルリン石 
 White Mountain のチャンピオン鉱山一帯はこの山脈の断層帯に含まれていて、古生代のペルム紀(2.8〜2.25億年昔)から中生代のジュラ紀(1.9〜1.36億年昔)に渡って形成された変成火山岩層と変成堆積層との混在する地層から成り立っています。
 また断層の北側部分は白亜紀 (1.36〜0.65億年昔) のアプライト(花崗岩質の半深成岩) とペグマタイト岩脈とで断ち切られています。
 チャンピオン鉱山一帯は変成作用を受けた流紋岩から成っていて、断層に沿って白雲母ー曹長石−石英の片岩から成る流紋岩が現れています。
 鉱山の紅柱石は白亜紀の半深成岩の貫入による変成作用で出来たものと推定されます。
そして紅柱石が燐酸性の熱水との反応によってアウゲライトが生成されたと考えられます。
 上の図のダイアグラムはチャンピオン鉱山での主要な鉱物の生成条件を示します。 
 実験ではアウゲライトは350℃〜450℃で安定し、500℃を超えると不安定になります。
また350℃以下ではトロール石に変化します。
 ダイアグラムではアウゲライトはベルリン石 (AlPO4:アウゲライトから水酸基が離れた鉱物) と共存しますが、恐らく、熱水の圧力と温度の変化とがアウゲライトとベルリン石の生成条件を左右すると考えられます。  即ち、アウゲライトは紅柱石と燐酸性の熱水との反応する条件下にて、限られた温度と圧力の範囲の中で生成するために、稀にしか見られないのでしょう。
 チャンピオン鉱山では燐酸性の岩脈中に、結晶面を示しませんが真珠状に輝く劈開面を表すためアウゲライトと識別できる、最大10cmの結晶塊が得られます。採掘の初期には写真のような2.5cmもの結晶が発見されました、普通は美しい結晶は1cm程度の大きさであったとのことです。
 他の地域ではスウェーデンとボリヴィアの鉄鉱山にアウゲライトが発見される例が多く見られますが、恐らくは燐酸成分を含む熱水が母岩に含まれるアルミナ成分と反応して生成されたものと考えられます。
 ボリビアのサン・ホセ鉱山の黄鉄鉱と共生しているアウゲライト結晶は、ルースの入手以来10数年を経てようやくお目にかかりました。
 またカナダのユーコン州には緑柱石等を産する燐酸塩系のペグマタイト鉱脈がありアウゲライトも採れるとの情報があり、長い間捜し求めていました。
 ボリヴィアの標本とほぼ同じ時期にインターネットの稀少鉱物業者のホームページで見る事が出来ました。残念ながら標本は既に販売済みとなっていました。
 しかし最近、日本の鉱物関連サイトに良く見かけるようになりましたから、かなりの量が出回るようになったようです。 しかしながら、アウゲライトのルースは各地のフェアや稀少宝石専門の業者のサイトにも姿を見せず、幻の稀少宝石と言って良いでしょう。
 最初に出かけたツーソンの宝石フェアにて良くぞ手に入れたものだと思います。
とは言え、とりわけ魅力も無く,誰も知らない,したがって誰も捜し求める事も無い宝石ではあります。 2003年11月にロス・アンジェルス自然史博物館を十数年振りに訪れました。
 名高い Hixon コレクションと共に宝石ホールにはカリフォルニア産の宝石鉱物の結晶とルースが展示してあるコーナーがあり,チャンピオン鉱山産のアウゲライト結晶とルースの展示がありましたので冒頭に追加しました。
 それぞれ個人のコレクションですが,博物館の展示用に貸し出されているものです。


 

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