バストネス石 (Bastnäsite)


Bastnäsite crystal and faceted stones


 
6.48g 15.6x15.5x8.8mm 0.17ct Ø3.05mm  0.43ct 3.6x3.5x2.5mm 2.20ct 8.80x6.28mm
Zagi Mtn., Northwest Frontier Province, Pakistan


化学組成
(Formula)
結晶系
(Crystal System)
モース硬度
(Hardness)
比重
(Density)
屈折率
(Refractive Index)
バストネス石 (Bastnäsite)  (La,Ce)(CO3)F 六方晶系
(Hexagonal)
4-41/2 4.90 - 5.20 1.72-82
名前の由来と産状

 19世紀初頭にスウェーデンの首都ストックホルムの西北西凡そ180kmにあるバストネス(Bastnäs)鉱床地帯から報告され、その地名に因んで命名されました。
 希土類元素のセリウム(Ce)を主成分としますが、セリウムの他にランタン(La), ネオジウム(Nd), イットリウム(Y), トリウム(Th) 等の希元素を含み、それらの成分比により Ce, La, Nd, Y, Th 等の語尾がつけられて表示されることがあります。
 石灰岩、苦灰岩等の炭酸塩の岩脈の貫入、接触変成帯、燐酸塩ペグマタイトの熱水鉱脈に生成する鉱物です。
近年話題になっているレア・アースの主要な鉱物がこのバストネス石です。
 原産地のスウェーデンの他に、中国四川省、アメリカ・カリフォルニアとネヴァダ州との州境のマウンテンパス鉱山、内モンゴルの Bayan Oba 等が重要な産地です。
 一般には団塊状、皮膜状、微細な結晶の集合体として産します。
 が、1999年末にパキスタンからアフガニスタン国境に至るカイバー峠に近いゼイギー (Zagi ) 丘陵地帯にて宝石質の大きな結晶が発見され、この数年、カットされたルースが市場に登場しました。
 当初はごく小さなルースが大半で、希少性からかなり高価な水準でしたが、ほんの半年ほどからは1カラットを超える大きなルースがカラット当たり数千円程度と手ごろな水準に下がってきました。

セリウム等の希土類元素

 原子番号58 のセリウム(Ce)は1803年に新元素としてガドリン石から分離され、1801年に小惑星第一号として発見され、ローマ神話の女神ケレス(Ceres)の名をとって命名されたセレスに因んで名づけられたものです。
 実は周期律表の57番目の枠には一つの元素ではなく原子番号57のランタンを筆頭に71番のルテチニウムまでの15種のランタノイド系と呼ばれる希土類元素群が入り、しかしそれぞれの分離が困難を極めました。
 1803年に最初に分離された筈のセリウムも実はランタンからガドリニウムに至る複雑な元素の化合物であることが、1839年にようやく判明し、1907年に最後のルテチウム (Lu) の分離と発見に至るまで、何と100年余りの科学者たちの悪戦苦闘の長い歴史がありました。
 原子の周期律表を提唱したメンデレーエフも何故57番目の枠に数多くの元素が入るのか理解できず悩まされました。 
その理由は ” ランタノイド ” 収縮という、特異な特性によることが後に明らかになりました。

ランタノイド収縮

元素名 ランタン (La) セリウム (Ce) ガドリニウム (Gd) ルテチウム (Lu)
原子番号 57 58 64 71
電子配置
4 f 軌道
電子数
0 2 7 14
イオン半径
(R
3+ Å)
1.172 1.15 1.078 1.001

 原子は陽子と中性子から成る核と、軌道上を回る電子によって構成されています。
図の左のランタンの原子番号の57は陽子の数を示し、同時に57の電子を持つことを意味しています。
 1個の電子しか持たない水素原子は電子軌道は一つですが、陽子の数が増えるにつれて、電子の軌道は外郭に何重にも増えてゆきます。 
 それぞれの軌道に入ることの出来る電子の数は,最内郭では2個、2番目は8個、3番目は18個 ・・・・と数に限度があり、普通の元素では原子番号が大きくなるにつれ、電子は内側の軌道からから順番に収まり、次第に外側の軌道に入ってゆき、大きな原子半径を持つようになります。
 ところがランタノイド族の元素では、原子番号が増えると、即ち増えた電子は内側の4f 軌道と呼ばれる4番目の軌道に入ります。
内郭に電子が増えると、電子間のクーロン力が増大して原子核を内側に引っ張ることになり、質量が大きくなるにもかかわらず原子半径は逆に小さくなって行きます。
 これが ”ランタノイド収縮”と呼ばれます。
 (同様な現象は周期律表の89番目の枠に入る原子番号89のアクチニウムからウランやプルトニウムなどを含み原子番号103のローレンシウムまでの15のアクチノイド族の元素にもおこり、”アクチノイド収縮”と呼ばれます。)
 即ち、ランタノイド族の元素は図のようにいずれもそっくりの電子配置構造をとります。 
 元素の色、溶解度、化学結合等の化学的な特性を決定するのは最外郭の 5f、5p軌道の電子ですが、その数が同じなので19世紀の科学技術では分離が極めて困難でした。 
 そのため、ランタノイド族の15の元素の分離と特定に100年余りもかかってしまったのです。


中国による希土類元素禁輸騒動

 ランタナイド系の元素は希土類元素呼ばれます。 確かに地殻中の存在量は決して多くはありませんが、しかし日常使われている銅や鉛とほぼ同じ比率で存在します。
 ただ、鉱石からの分離が困難なこと、さらに世界での資源が偏在し、とりわけ埋蔵量の多い中国での採算を優先した環境破壊を惹き起こす採掘方法が圧倒的な価格競争力を持ち、アメリカ等他の産地での相次ぐ鉱山閉鎖をもたらして、中国が独占的に供給するような体制になっていました。 
 そうした状況下で、尖閣諸島の領有権を巡って中国政府が日本政府への高圧的な手段の切り札として希元素資源の輸出制限措置をとりました。
 実はこれらの希土類元素を使用した高性能磁石や半導体等の最先端技術を駆使した部品と製品の多くが日本製なので、世界の産業界を震撼させるような騒動になったというわけです。
スウェーデン、バストネス鉱山 (Bastnäs Mines, Sweden)

ストックホルムの西北西180km、バストネス鉱床帯のあるVästmanlands
ストックホルム北東約20kmの島にはイッテルビー(Ytterby)村がある
ズリ山での鉱石採集 1975 地下坑道での採集 1992 イッテルビー鉱山

黒いアラナイトを伴うバストネス石 幅 3cm
Bastonäsite with black allanite
Riddarhyttan 鉱床帯の地質構造図 (Stratigraphic block diagram showing the geology of ore field)
REE( Rare Earth Element : 希土類元素)
Allanite : (Ce,Ca,Y)2(Al,Fe+2,Fe3+)3(SiO4)3(OH)
  スウェーデン中央南部一帯では千年もの昔から鉄、銅、コバルト、セリウム等の金属を求めて、数千の鉱山が開発されてきました。その中心となる Riddahyttan 鉱床帯には15の鉱区に大小300の鉱山が在り、14世紀央から主に鉄鉱石が、さらに17-19世紀には銅の採掘が行われてきました。 
 その中で最も古い歴史を持つのが、大小60の鉱山があり、20が銅、残りが主に鉄鉱石、さらに、モリブデンやコバルトの採掘も行われて来たバストネス鉱山群です。
 地質構造図の左下が新バストネス鉱床で石英斑岩中に貫入した熱水脈に銀、コバルト、ビスマス、銅 と共に希土類元素鉱物のスカルン鉱床が形成されています。 地質図下部中央の旧バストネス鉱床に金、モリブデン、タングステン、トルマリンと銅の鉱脈が存在します。
 さらにストックホルムの北東20kmの島にあるイッテルビー( Ytterby ) の村の鉱山から採れたガドリン石からは多彩な希土類元素が発見され、この村名に因んでイットリウム(Y)、エルビウム(Er)、テルビウム(Tb)、イッテルビウム(Yb) の4つの元素の名前がつけられました。 
 ついでに, 67番目の希元素のホルミウム(Ho)はストックホルムのラテン語の古名、ツリウム(Tm)も北欧地域のラテン語の古名、またスカンジウム(Sc)はスカンジナビアと、北欧に因む元素名は多いのですが、この地域の豊穣な鉱床と、分析に携わった当時の北欧の科学技術水準の高さの賜物です。


パキスタン、ゼイギー丘陵地帯 (Zagi Mtns., Pakistan)
パキスタン北部地帯 ( KP : Khyber Pass)
Location map of northern Pakistan
トール・ガール山とゼイギー丘陵を背に立つ鉱物商
Herb Obodda, Zagi Mtns. in the back ground
and Thor Ghar Mtns. in the distance
ゼイギー丘陵を背にバストネス石採掘のポケットと発見者たち
Bastnäsite pocket and miners posing in front of Zagi Mtns.
  パキスタン北西部、ペシャワールの西凡そ20kmのカイバー峠に近いゼイギー丘陵で宝石質のバストネ石が発見されたのは1999年初頭のこと。 
  この地名は Zagi, Zaga, Zagai, Zegi, Zaguh 等々と様々な綴りで書かれますが、現地で話されるペルシア語系のウルドゥー語は母音のないアラビア文字を使っているために、アルファベット表示ではZgとなり、読む人により様々な母音が挿入されるのがペルシア語やアラビア語系の言葉の常です。
 現地では "Zaygii" に近い発音とのことで、ゼイギーと表記します。
 この地名はごつごつした地形が ”ぎざぎざした、歯並び” 似ていることに由来するとのこと。
 山と呼ばれてはいますが、実際には高さが150〜200m幅が 3x5km の、カーブル川に近い平原に横たわる岩だらけの丘陵です。
  バストネ石はゼイギー丘陵一帯とその背後のアフガニスタン側に北西に30kmの長さに聳える Spera Ghar, Thor Ghar (黒い山), Mulla Gohri 等4ヶ所から、20種余りの鉱物と共に発見されます。
 いずれも複雑な堆積岩からなるペシャワール盆地にアルカリ花崗岩のペグマタイト起源の岩体が隆起した地質ですが、現地の鉱物学者によると、バストネ石とを産する晶洞は、むしろアルプス型の熱水起源のそれを想起させるとのことです。
 
 希元素を含む鉱物結晶は : 

 バストネス石に近種のパリサイトParisite : Ca(Ce,La)2(CO3)3F2)、Rabdophane (Ca,La,CePO4)・H2O、ゼノタイム(YPO4)、その他 蛍石、金紅石、エジリン、ゲントヘルヴァイト (Zn, Fe,Mn)4 Be3(SiO4)3S、石英、曹長石、微斜長石、スフェーン、ジルコン等々、と、ペグマタイトやスカルン、熱水起源と多様な成因を持つ鉱物群から、この地の地質がどんなものか窺い知る事ができます。
 世界にも稀な鉱物の結晶に注目したペシャワールの鉱物商達が削岩機を現地の農民に貸し与えて採掘に当たらせているとのことです。 
 最近バストネス石の大きな結晶やルースが手ごろな値段で出回り始めたのはそのおかげでしょう。
 
14.61ct Bastnäsite
H. Obodda Collection
Bastnäsite matrix 3.6cm
William Pinch Collection
Bastnäsite cluster 6.6cm
Mountain Minerals Specimen
Bastnäsite 3cm ea.
W. Willson & R. Clark Collection
Bastnäsite  1.4cm
H. Obodda collection
Bastnäsite Crystal 1.2cm
F.Rietard collection
Zagi Mountain Thor Ghar. Mountain Mulla Ghori

フランス・ピレネー山脈 トゥリムン採石場 (Trimouns Quarry Luzenac, Ariège, France)
採石場の位置 (Location map) Trimouns Quarry (採石場) 腎臓湖鉱床( Lac de Rognon pit) 滑石鉱床
( Miners in the talc zone)
  フランスとスペインを隔てるピレネー山脈東端のフランス側、サン・バルテルミー山塊の標高1800mの地に豊かな滑石鉱床が発見されたのは1841年のことです。
 20世紀初頭に100人ほどの人員で採掘が始まった鉱山は、1988年に世界的な鉱業企業である 英国のRTZ(Rio Tinto Zinc )傘下に入り、現在では最新鋭の機材を駆使して年間 40万トンの滑石を採掘しています。
 滑石(Talc : Mg3Si4O10 ・OH2)は輝石、橄欖岩、苦灰石等のマグネシウムの珪酸塩を主成分とする鉱物が熱水による変成作用を受けて生成する、モース硬度が1ともっとも柔らかな鉱物です。
 粉末を固めてチョーク、ベビーパウダーや化粧品、医薬品、製紙用等、日常生活にも身近に使われる鉱物です。
 Trimouns 鉱山の名はピレネー山中の周囲に三つの頂を見ることから命名されたもので、ラングドック語で三つの山を意味する (Très Monts : トゥレモン)に因む命名です。 
 ラングドック語は中世以来、現在も南フランス一帯で1300万人以上に広範に使われているラテン語直系の言語です。
 南フランスのみならず、10世紀頃から、ピレネーの東南側、スペインのカタルーニア語やそのバレンシア方言、北西海岸のガリシア語、さらにポルトガル語にも大きな影響及ぼした言語です。
Bastnäsite 7cm with Quartz Bastnäsite with Allanite Bastnäsite 2.5cm Parisite 5.5mm Parisite crystal system Synchisite 2.7cm with Dolomite


トゥリムン鉱床の地質と鉱物
 フランスとスペイン国境を隔てて東西に600kmにわたって伸びるピレネー山脈は古生代(前5.7億〜2.25億年)の石炭紀末期(〜前2.8億年)に起きたヘルシニアン造山運動と、新生代(6500万年〜)の第三期紀(〜200万年)に起こったアルプス造山運動との二つの地殻変動によって形成されました。
 トゥリムン採石場のあるサン・バルテルミー山塊は基底片麻岩盤、雲母片岩層で覆われたミグマタイト(結晶片岩〜片麻岩質の岩石と花崗岩質の岩石との混合岩盤)、それにやや変成作用を受けた古生代岩盤とが連続する地層から成ります。
 結晶片岩とサン・バルテレミー山塊の複雑な変成岩との接触帯に形成された滑石鉱床は1600万トンの埋蔵量があると推定されています。
 2度の地殻変動による造山運動でペグマタイトと熱水変成作用とで60種に及ぶ多様な鉱物が生成されたトゥリ・ムン採石場はカナダのモン・サン・チレール採石場と並ぶ世界的な希少鉱物の産地として知られるようになりました。
 とりわけ多彩なランタノイド族の希元素鉱物の美晶群は圧巻です ;

炭酸塩鉱物
 Bastnäsite-(Ce) : (Ce,La)(CO3)F
  Parisite-(Ce)  : Ca(Ce,La)2(CO3)3F2
  Synchisite-(Ce) : Ca(Ce,La)(CO3)2F

燐酸塩鉱物
 Monazite(Ce) : (Ce,La,Nd)PO4
  Xenotime-(Y) :  YPO4

珪酸塩鉱物
 Aeschynite(Y) : (Y,Ca,Fe,Th)(Ti,Nd)2(O,OH)6
  Chabazite-(Ce) : Ca2(Al4Si8O24)・13H2O
  Thorite  :  (Th,U)SiO4

酸化鉱物
 Allanite-(Ce) : (Ca,Ce,La)2(Al,Fe2+,Fe3+)3Si3O12(OH)
  Dissakisite-(Ce) : Ca(Ce,La)MgAl2((SiO4)3(OH)
  Gatelite-(Ce) : (Ca,REE3)4(Al2(Al,Mg)(Mg,Fe,Al))4(Si2O7)(SiO4)3(O,F)(OH,O)3
  Hingganite-(Y) : (Y,Yb,Er)2Be2Si2O8(OH)2
  Iimoriite-(Y) : Y2(SiO4)(CO3)
  Thortveitite-(Sc)  :  (Sc,Y)2Si2O7
  Törnebohmite-(Ce) :  (Ce,La)2Al(SiO4)2(OH)
  Trimounsite-(Y) :  Y2Ti2SiO9

 これらの希元素鉱物を産した鉱脈は殆ど掘り尽くされ、埋め立てられて、現在では植林されているので、標本採集は出来ません。


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