金緑石・クリソベリル(Chrysoberyl)

世界の天然と合成のクリソベリル 0.48 - 9.56ct


化学組成
(Formula)
結晶系
(Crystal system)
結晶形
(Crystal form)
モース硬度
(Hardness)
比重
(density)
屈折率
(Refractive Index)
BeAl2O4 直方晶系
(Orthorhombic)
1/2  3.70−74  1.74−76
    金緑石:クリソベリル
  クリソベリルの名はギリシア語の ”khrusos = 金色の と beryl=緑柱石”に由来します。すなわち金色の緑柱石を意味します。
昔は緑柱石の一種と考えられていました。これが独立した鉱物であると判明したのは1789年のことです。
 金緑石の黄色、金色、黄緑、淡緑、褐色等の色合いは鉄とチタンとを不純物として含むためです。極めて稀に純粋な無色のものがあります。また1986年ごろからタンザニア南部のトゥンドゥルーから主にヴァナジウムを含む爽やかな青緑色のクリソベリルが採れるようになり、ミント・クリソベリルとして市場に流通しています。
 クリソベリルは宝石としては知名度が低いのですが、キャッツ・アイまたはアレクサンドライトと言う宝石名ならご存知の方も多いことでしょう。実はいずれも同じ鉱物です。
 キャッツ・アイは包有物のためシャトヤンシーと呼ばれる猫の目のような光学的な効果を見せる種類、アレクサンドライトは不純物として微量の酸化クロムを含み、太陽光で緑色を,白熱光では赤く見える変種です。
 いずれもクリソベリルより稀なため、大変高価な宝石です。
 さて、本家のクリソベリルですが、一般には殆ど知られていないのは、もともと比較的稀な宝石であることと、今日では淡黄緑色の宝石の人気がなく、余り宝飾用途に使われないためです。
 ところが19世紀後半のヴィクトリア女王時代のイギリスでは淡黄緑色の宝石は非常に人気があり、クリソベリルやペリドット等を使ったアンティークの宝飾品が骨董市等でよく見かけます。 
 クリソベリルはダイアモンド,ルビーに次ぐ高いモース硬度を持つため、18世紀から19世紀の時計の軸受け用としても多く使われてもいました。
クリソベリルの結晶
 交差三連双晶 Ø18x12mm
ブラジル
石英上の結晶 12mm
Espirito Santo州
19世紀の版画に描かれた
交差三連晶の図と猫目石
  クリソベリルは斜方晶系に属する鉱物ですが、多くの場合Cyclic Twin と呼ばれる六方晶系を思わせる交差三連双晶で産出します。
 その幾何学的な美しい結晶形は図案などにも用いられるほど魅力があります。
 クリソベリルは主にペグマタイトと接触変成鉱床に産する比較的稀な鉱物ですが、チェコ、スイスアルプス、イタリアアルプス、スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、ロシアのウラル山脈、インドのオリッサ州とラジャスタン州、スリランカ、ビルマのモゴク、オーストラリア、カナダ、アメリカのコネチカット州とコロラド州、ブラジルのバイア州、エスピリト・サント州、ミナスジェライス州、アフリカのガーナ、ジンバブエ、ザイール、マダガスカル、タンザニアと、世界各地で産出します。
 しかし宝石質の結晶となると産地は限られて、ブラジル、スリランカ、タンザニアがそれぞれ特徴のある宝石の主な産地です。それに加えて、近年ではインドの各地からアレクサンドライトやキャッツアイも含むクリソベリル産出の報告が相次いでいます。
スリランカのクリソベリル (Chrysoberyl of Srilanka)

1.29ct 8.1x6.25mm 5.17ct 10.8x9.65mm 2.46ct 8.7x8.0mm
Ratnapura
  スリランカは遥かな昔から数十種類に及ぶ宝石の産地として知られています。その中には当然ながらクリソベリルが含まれています。
 スリランカ産のクリソベリルには一般に鉄とチタンとが多く含まれ、アレクサンドライトも含めて濃褐色の物が多く、長い間、独立した鉱物というよりは、トルマリンの変種と考えられていました。そんなわけでスリランカのクリソベリルは稀に美しいキャッツ・アイが脚光を浴びるに止まっています。
 1980年代以降、スリランカでのクリソベリルの産出は大幅に落ち込んでかつての面影は見られません。
 とは言え、全くクリソベリルが採れないわけではなく、金色のもの、極めて稀な無色透明なルースなどが稀に市場に姿を見せます。


ロシアのクリソベリル(Russian chrysoberyl)

 ヴィクトリア朝時代等、かつての欧州で最も人気のあった宝石のクリソベリルの主要な供給先の一つがウラル山脈のタコワヤ川流域の鉱山でした。
 宝石用途だけではなく時計の軸受け等、精密工業用にも欠かせない材料として重宝されました。
 現在ではほぼ絶産となり、写真すら見る機会がありません。
 従って、小さいながら(といっても、クリソベリルの大きなルースは滅多にありません)素晴らしく透明度の高いウラル産の金色のクリソベリルは古典的な産地の貴重な標本です。
1.35ct 6.7x5.8mm
Ural Mtn. Russia

     ブラジルのクリソベリル (Crysoberyl of Brazil)

 0.48ct
6.2x4.2mm
 1.04ct
7x5mm
   
4.7ct 12.5x8.70mm 2.63ct 11.3x8.3mm 0.83ct(Ø 5.6mm) - 1.03ct(Ø6.3mm) 0.73ct
7x4mm
1.05ct
7x5mm
 ブラジルではバイア州、エスピリト・サント州とミナス・ジェライス州の各地にクリソベリルを産出しますが、20世紀後半の半世紀ほどはその産出量の95%を占めていたのはミナス・ジェライス州の北東にあるサンタナ川とアメリカーナ川流域に、Barro Preto、Faisca、Gil,Cilindro等の主要鉱山の他に、およそ20ヶ所ほどの鉱山が稼動している一帯です。この地帯はアクアマリンで有名なパドレ・パライソやマランバイア、アラスアイの東側に隣接しています。
Barro Preto Mine
世界のクリソベリルの殆どを産出するサンタナ川と
アメリカーナ川流域 − 黄色の印が主要な鉱山
 1910年当時の採掘風景
 
ブラジルで最初にクリソベリルが発見されたのは1805年のことです。1828年には8kgもある結晶が発見されて、リオ・デ・ジャネイロの財宝に加えられたとの記録があります。 
 ブラジルではクリソベリルは”クリソリータ”と呼ばれて大変珍重され、渇望された宝石であリましたから、新しい都市が”クリソリータ”と命名されるほどでした。
 サンタナ川流域でクリソベリルが発見されたのは1846年のことです。20世紀半ば頃からブルドーザーやウォーター・ガン等が導入され、この地域がブラジルの、すなわち世界のクリソベリル(キャッツアイも含む)の大半を生産する産地として君臨するようになりました。
 上記の地図にあるように20ヶ所程の鉱山がありますが、いずれも残積鉱床、あるいは沖積鉱床を掘っているわけで、実質的には上記の河川の流域全てが鉱床であると考えられます。写真のBarro Preto鉱山の位置ですが、ブルドーザーが掘っている堆積の背後の花崗岩ペグマタイトがクリソベリル鉱脈を含む源母岩地帯と考えられています。
 世界のクリソベリルの大半を占めるといってもその量は微々たるものす。
過去200年、バイア州とエスピリト・サント州等、ブラジル全体の生産量は数万カラットに過ぎないだろうと推定されています。 
 すなわちクリソベリルとは大変稀少な宝石です。
ペグマタイト鉱床での宝石生産量についての資料は大変少ない、というより殆ど存在しないというのが現実ですが、この地帯の鉱山の断片的な生産量の情報を幾つか挙げてみます ;
 主力鉱山であるGil−Barro Preto の一つの鉱山の1968〜1973年までの5年間の宝石質クリソベリル原石の採掘量は500グラム、そのうち、キャッツアイの原石の比率は約20%。また同じ鉱区で日本の企業が1979〜1980の2年間に重機を導入しての採掘で得られた原石は6kg。1985年には40人の鉱夫が働いて採取された宝石質原石は1週間で平均100グラム。
 大体100グラムの原石から30〜40カラットのクリーンなルースが採れ、そのうち20%ほどがキャッツ・アイである。
 というのが、世界のクリソベリルの供給の大半を占める産地での産出状況ですから如何に稀少なものかお分かりでしょう。
 そんなにも稀少なクリソベリルですから市場で殆ど見かけないのも当然ですが、たまに見かけてもカラット当たり30ドル程と、その稀少さと採掘の苦労とを考えれば信じられないような値段です。

 

マダガスカルのクリソベリル (Crysoberyl of Madagascar)
結晶 21cm
Ambatondrazaka
ミラノ自然史博物館
クリソベリルの交差三連双晶 21mm
Ambatondrazaka
1.27ct 7.22x5.93mm  イラカカの宝石鉱床 イラカカの漂砂鉱床での選鉱作業
マダガスカルでの宝石産出は既に16世紀半ばには知られていて、17世紀半ばにはトパーズ、アクアマリン、ルビー、サファイア、エメラルドが報告されています。本格的な宝石の採掘が始まったのは19世紀末からで、20世紀初頭には年平均300kg程、多い年には1トンを超える原石の産出が記録されています。
 宝石の他に砂金、ボーキサイト、チタン、鉄、銅、マンガン、ニッケル、鉛、黒鉛、石炭、ウラニウム、トリウム等々、極めて豊かな鉱物資源に溢れる土地なのです。
 1990年代末には豊かなサファイアやルビー鉱床が島の各地に相次いで発見され、現在、ルビーの産出では世界で屈指の地位にあります。
 マダガスカルのクリソベリルは主に島の東海岸のAndilamena,Ankazobe、FinarantsoaーIlakakaのペグマタイトから発見されます。古くは1920年頃にはクリソベリルが報告されていましたが、1990年代半ば頃に首都Antananarivoの北180km程のAlaotra湖付近の東側10kmに広がるペグマタイト地帯から宝石質の透明な結晶が発見されました。殆どが交差三連双晶で大きいものでは径5cm ほどあり、最大では10cmに達する美しい結晶を多く産しました。しかしこの鉱床はたちまちのうちに枯渇してしまい、今では数少ない標本が世界の博物館や個人のコレクションとして残されているのみです。
 しかし1998年半ばに島の南東部イラカカ川流域に豊かで多彩な宝石を産出する漂砂鉱床が発見されました。たちまち3万人もの鉱夫達が押し寄せて、至るところが無秩序に掘り返され、2,3ヶ月にして巨大なスラム街が出現しました。
 イラカカ鉱床は長さ200kmに及び、その巨大さに加えて、サファイア、ルビー、トパーズ、トルマリン、ジルコン、スピネル、ガーネット、アクアマリン、モルガナイト、ゴッシェナイト、カイアナイト、アンダルーサイト、紫水晶等々多彩な宝石と共にクリソベリル、キャッツアイ、アレクサンドライトも発見されます。24カラットものルースがとれたアレクサンドライトが発見され、10万ドルの値がつきましたが、さらに日本人バイヤーが途方もない値段で買い取ったという既に“伝説”となった逸話が生まれるほど、イラカカの鉱区は膨大な可能性を秘めているようで、今後どんな宝石が発見されるのか楽しみです。


タンザニアのクリソベリル (Crysoberyl of Tanzania)

2.16ct 8.0x6.7mm 0.94ct 6.8x5.8mm 1.48ct 8.4x6.0mm 1.08ct 7.2x5.3mm
 タンザニアはスリランカやブラジルと並んで多様な宝石を産し、1980年代頃から台頭してきた宝石産地です。とりわけ1990年代以降は次々と新産地や新種の宝石が発見され、世界でもっとも注目されています。
 クリソベリルは、マニヤラ湖付近にてエメラルドやルビーと共にクロムを含む変種のアレクサンドライトの産出が知られていました。
 1994 年にこれまでになかったミント・グリーンから青みを帯びたエメラルド・グリーンのクリソベリルがタンザニア南部、トゥンドゥルーの広大な漂砂鉱床から発見されました。
 こうした色合いは実は同じ頃ロシアや京セラから発売されたヴァナジウム発色の合成クリソベリルと酷似しているために話題となりました。
 クロムを含むと色変わりをするアレクサンドライトになりますから、クロムとは似た性質を持っているヴァナジウムを含めば色変わりしそうなものですが、タンザニア産の天然、ロシア製、京セラ製の合成のいずれも全く色変わりをしません。がチェルシー・フィルターには反応して赤く見えます。
 タンザニア産の天然のクリソベリルは0.4wt%のV2O3と0.2wt%のFe2O3を含み、さらにガリウムとクロムと錫とを微量含みます。
 なお、同様のクリソベリルはビルマからも発見されたとの報告がありますが、詳細は不明です。

合成クリソベリル(Synthetic Chrysoberyl)
   
Synthetic Chrysoberyl 合成クリソベリル
2.3ct 8x8mm
Kyocera
Synthetic
天然クリソベリル
2.16ct 8x6.7mm
Tanzania
 天然クリソベリル11.14ct
Tunduru, Tanzania
合成クリソベリル
1.00 1.12ct
Russian Synthetic
ロシア製合成クリソベリル
9.56ct 13.1x13.1x8.1mm 
 9.56ct 13.1x13.1x8.1mm
Russia
 2.3ct ea. 8x8mm Kyocera 

 

  クリソベリルは18世紀はじめ頃からフランスの科学者たちによって合成されています。宝石用としてはキャッツアイやアレクサンドライトが1980年頃から一部市場に出るようになって来ました。 
 クリソベリル本体も1970年代後半にはチェコの科学者が熱水法での合成技術の一連の特許を獲得していました。しかし天然のクリソベリル自身が人気のある宝石ではなかったためでしょう、合成品が市場に出ることはありませんでした。
 ところがタンザニア産からヴァナジウムを含むミント・グリーンからエメラルド・グリーンの新種のクリソベリルが発見されるとほぼ同じ頃にロシアと京セラから同じヴァナジウム発色のクリソベリルが発売されるという偶然が重なりました。
 ロシア産は1996年にFloating Zone法による合成が発表され、1.8wt%の酸化ヴァナジウムと0.2wt%の酸化クロムを含むが、天然とは異なり、鉄と錫とガリウムを含まないという分析結果が出ています。
  9.56ctの合成クリソベリルはおそらくノヴォシビルスクの研究所製と思われますが、合成としても異例の大きく無欠の見事なものです。
 製造者が不明なので、当初、現在は合成クリソベリルの製造を中止しているキョーセラ製かと思いましたが、どうやら、ロシア製の稀なルースの放出品だったようです。
京セラの合成クリソベリル (Kyocera's Synthetic Chrysoberyl)
引き伸ばされた気泡
 ヴァナジウム発色
2.3ct 8x8mm
チタン発色
2.3ct 8x8mm
引き上げ法による
結晶の成長
カーブした成長曲線 60x
  京セラのクリソベリルは引き上げ法による合成です。
これは高温で溶けた材料を回転させながらゆっくりと結晶を引き上げる方法です。 
 非常に高純度の単結晶が得られる方法でチョクラルスキー法とも呼ばれます。
 緑はほぼロシア製と同じ成分による発色ですが、鉄分が増えるにつれて色が濃くなります。
ピンクは0.2wt%のTiO2を含むため合成のチタン発色サファイアと似た色合いとなります。
 天然にはピンクのクリソベリルは存在しません。
これは天然には三価のチタンが殆ど存在しないためです。この色は合成に独特のものです。
 さて、天然と合成とでそっくりの色合いのクリソベリルが偶然にも同じ時期に登場するという出来事が起こりましたが、幸い合成品はロシア製も京セラ製も、写真でみるような引き伸ばされた気泡やカーブした成長曲線が見えるものがあるということで、比較的簡単に天然と合成との識別が可能です。 
 もちろん全ての石にこうした特徴を持っているわけではなく、上の写真の二つの京セラ製の緑とピンクのルースは全くインクルージョンを含まないクリーンな石です。
 しかし天然にはそんな完璧な結晶は存在しませんから、却って合成と分かります。

 写真の合成クリソベリルは2000年代初頭に試験的に生産販売したものと考えられます。
京セラでは2017年現在もルビー、サファイア、エメラルド、オパール、アレクサンドライト等、様々な宝石の生産販売をしています。 
 
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