金緑石・クリソベリル(Chrysoberyl)

2.キャッツアイ・クリソベリル( Cat's-Eye Chrysoberyl)

 

原石 317.7ct と キャッツアイ 72.68ct
 L.Caplan Collection
Faisca, Americana 渓谷
 Minas Gerais, Brazil
Maharani
 Cat's−Eye Chrysoberyl
 58.2ct
Sri Lanka
スミソニアン自然史博物館
Smithsonian Institution
Cat's−Eye Alexandrite
上 白熱光 下 太陽光
32.69ct 径 17mm
 
Sri Lanka
Cat's−Eye Alexandrite 
 白熱光 18.5ct
Malacacheta Minas Gerais
Henry Kennedy Collection
 今日では猫目石というよりキャッツアイと呼ぶのが一般的になっていると思います。 
キャッツアイというのは正しくは猫の目のような光学効果のことで、ダイアモンド以外の殆どの色石にこの効果が現れるため、一般にはキャッツアイ・シリマナイト、キャッツアイ・アパタイト等々、猫目石効果を現わす宝石名をつけて呼ばれます。 
 しかし、ただキャッツアイといえばキャッツアイ・クリソベリルを指すほど、この極めて稀少で、したがって高価な宝石名が日本では一般的になっているのはいささか驚きでさえあります。
 何しろ街頭で “キャッツアイ“の看板を見かける事も稀ではなく、何かと思えば美容院やらカラオケ、スナック、バー、キャバレー・・・・と、その語感がたいそう好まれているようなのです。

 さて、冒頭の写真はいずれも博物館級の大きく美しいキャッツアイです。
ともかく稀少な宝石で、どんなに小さくても途方もない値段で、しかも小さいと全く見映えがしないのがカボションカットされたキャッツアイという宝石の特徴です。
 そんなわけで私のみすぼらしいコレクションではなく世界の大富豪や博物館の逸品を紹介します。
 最初の写真は世界的なダイアモンド商であったラザール・カプランのコレクションで原石と一緒という貴重な資料です。キャッツアイの原石は素人目にはただの石ころにしか見えません。
 ブラジルのサンタナ−アメリカーナ川流域でクリソベリルが発見された当時、発見者の牧童達は見映えのしないキャッツアイの原石を投げ捨てていたということです。
 二番目は世界でもっとも美しく完璧と呼ばれる、スミソニアン博物館蔵のマハラニ・キャッツアイです。
恐らく世界最大のキャッツアイは英国王室が保有する 312ct の Cake Eye と呼ばれるキャッツアイでしょう。
 最後の二つは稀少な中でもさらに稀少な、大きくて見事なキャッツアイ・アレクサンドライトです。
余りにも稀少なので一般の宝石店はもちろんのこと、世界的な宝石フェアでも、また予算に限りのある世界の博物館でさえもそうした逸品を簡単には入手出来ません。
 それらは限られた大富豪のコレクションとして秘蔵される運命にあります。
しかし、アメリカではそうした個人のコレクションがまとめて博物館に寄贈されて、大勢の人々が楽しめるようになっています。
 ロス・アンゼルス自然史博物館の Hixon Collection、ヒューストン自然史博物館の Sam's Collection、  
ニューヨークのアメリカ自然史博物館の J.P.Morgan Collection 等の宝石ホールがいずれも個人のコレクションが中心となって展示されているものです。
 
 猫の目のような光学効果は下記のような仕組みで起こります :
キャッツアイ結晶
とカットの方向
光の反射と散乱によるキャッツアイの出方
 この効果は宝石鉱物に微細な繊維状、針状、チューブ状の鉱物結晶が包有物として平行に並んで入っている時に、針状包有物が伸びている方向が底面に平行になるようにカボション・カットされると起こります。 
 カボションに入った光は内部の針状の包有物に当って反射したり散乱されて出てきますが、カボション状に磨かれた宝石がレンズの働きをするので、石の表面の上部近くに円錐状に集まってゆるい焦点を結んだり、あるいは角度によっては焦点を結びませんが針状の包有物の伸びに直角な方向に伸びた光の帯となって現れます。 これが猫の目のような光学効果として見えるのです。
 何やら難しくて分かりにくいかもしれませんが、よくシャンプーの広告でモデルの女性の長く艶のある髪に光が当って一瞬、一筋の光の帯が伸びるのと全く同じ事が起こるのです。 
  カボション・カットされた宝石の場合はレンズのような集光作用で、鋭い光の帯となって強調されるというわけです。
 さて、これはたいていの色石の宝石に起こると説明しましたが、しかし一般には珍しい現象で、その上稀にあっても透明度や色の純度が失われてしまって魅力的な宝石となる例は少ないのです。ところがクリソベリルの場合には20%程度と、非常に高い比率で起こります。他の宝石と異なり、クリソベリルには他の鉱物ではなく、細長い液体のチューブ状の包有物が発達しやすく、また液体のチューブであるために石自体の透明度があまり損なわれずに、光の反射が強く、鮮明な光の帯が出るという特徴があるのでしょう。
クリソベリル・キャッツアイの需要と供給
 キャッツアイの産地はクリソベリルと重なりスリランカ、ブラジル、マダガスカルが主要な産地です。
クリソベリル自体が稀少な宝石で年間供給量が1万カラットにも達しませんから、キャッツアイとなればさらに少なく、年間1千カラットにもならないだろうと思われます。
  その割には日本の宝石店で頻繁に見かけられるのは、世界の供給の大半が日本市場に向けられているという特別な事情があるからです。 日本では稀少な宝石に対する需要が異例に高いのです。
 かつては主要な供給国はスリランカでしたが、1980年以降は産出が激減し、ブラジル、ミナス・ジェライスのSantana-Americana川流域が供給の大半を占めています。 
  そして1990年代末に新たに発見されたマダガスカルのイラカカ川流域がスリランカに代る新たな供給源として台頭してきています。 
  さらにインドのオリッサ地方等各地でも新たに有望な産地が報告されていますが、現在のところその規模や品質についての詳しい情報はありません。
合成キャッツアイ・クリソベリル
  大変稀で高価なキャッツアイですから、当然ながら合成品が世に出ても不思議ではありません。 
しかし残念なことに合成キャッツアイ・クリソベリルは市場に出たことはありません。
  かつて合成キャッツアイと称する宝石が売り出されたことはありますが、それはクリソベリルではなく、チタン酸マグネシウムであったとの事ですが、現在では全く市場で見かけることはありません。
 また1983年には住友セメントがキャッツアイ・クリソベリルの合成に成功して世界的な特許を取ったという記録があります。
 フローティング・ゾーン法で結晶したクリソベリルを冷却した後に再び熱処理を施すと言う方法です。
製品として市場に出たか否かは不明ですが、1983年以降、世界の主な宝石関係の資料に全く記載がありませんので、恐らく商品化には至らなかったと考えられます。
 その理由はたった一つ。 日本がキャッツアイの最大の市場なのですが、日本では合成宝石は全く受け入れられない、と言う事情から、と推定されます。
 また京セラも1986年にチョクラルスキー法と、リチウム・モリブデン酸によるフラックス法にてオリーヴ・グリーンと茶色の2色のキャッツアイ・クリソベリルの合成法のアメリカでの特許を申請していますが、商業化はされていません。
 現在市場にあるのは、やはり京セラが1986年に特許を申請し、チョクラルスキー法による合成キャッツアイ・アレクサンドライトです。

 

 化学組成、比重、屈折率などの特性は天然と一致します
 が京セラ製の合成品が天然と大きく異なるのは、キャッツアイ効果は天然の場合の針状のチューブや包有物ではなく、左の写真にあるように、長く伸びた平行な波打つ成長曲線によって起こります。
このため天然との識別は簡単です

合成キャッツアイ
アレクサンドライト
キャッツアイ部の拡大 45X

クリソベリル・キャッツアイの価格について
  クリソベリルが大変稀少な宝石であることは前回のクリソベリル編で説明しました。
もっとも、普通のクリソベリルは今日全く人気がないため、滅多に見かけることはありません。
 稀に見かけてもシトリン並みのありふれた宝石の一つ程度の評価です。
 ところがそれがひとたびキャッツアイとなると、たちまち値段が跳ね上がります。 
良質の3カラットの大きさでカラット当り1800〜2200ドル、10カラット級ではカラット当り3500ドルになりますから、1個当たりでは3万5000ドルです。 これは宝石商の卸の仕入れ価格ですから、宝飾品に加工して、一般消費者への売値では1000万円を超えることになります。
 途方もない値段ですが、実はこんなに高いのは、その需要の大半が日本向けで、値段が高騰しているからに他なりません。
 どんなに高かろうと、いや、高いからこそ価値があると考えるのが日本の風変わりな消費者心理と言うもののようです。
 世界のキャッツアイ・クリソベリルの殆どは日本市場に流入しています。 
もちろん大半は10カラットではなく1〜3カラット程度の比較的小さな石が多いのです。
 キャッツアイに限りませんが、カボションカットの宝石は大きさの割に重くなるので、実は1〜3カラット程度では全く見映えがせず、実用的な宝飾品としては4〜5カラット級の石が望ましいのです。 
 その辺の大きさはアメリカが主要な市場です。
アメリカの本当のお金持ちにとって手ごろな値段とサイズと言うことなのでしょう。
 すなわち日本では、見映えのしない割高な小粒な石が大衆向けに、そして途方もない値段の10カラット超級が大金持ち向けと言う興味あるクラス分けがなされています。
 魅力的な宝石ではありますが、それにしても、日本人が何故こんな途方もなく高額な宝石に執着するのでしょう ?
 かつて、50年ほど昔ですが、日本の首相がスリランカを訪問した時に1000万円のキャッツアイを買った事が社会的な話題になりました。
 当時の1000万円は今日の数億円に相当するでしょう。 
と言っても、同じ品質のキャッツアイ・クリソベリルを今求めるとしたら、数億円もする筈はなく、やはり1000万円くらいのものでしょう。 この40年間に日本円の価値が上がったということです。
 さらに稀少なキャッツアイ・アレクサンドライトについては、余りにも数が少なくて、一般的な相場と言うものがありません。
 したがって偶に出現した時には、個々の石毎にその品質や色合い、大きさに応じて値段が決められることになります。 
 最上級のダイアモンドのカラット当り2万ドルに匹敵するか、それを上回る値段になるのは間違いありません。


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