氷晶石 (Cryolite )
2.45ct 7.46x7.46x5.40mm | 水中での見え方 | 氷晶石結晶 (Cryolite Crystal) 最大の結晶 3mm |
Mont Saint-Hilaire, Quebec, Canda |
氷晶石結晶 6x5x3cm | イヒトゥートの氷晶石鉱山 |
Ivigtût、Arsuk Fyord, Greenland |
化学組成 (Formula) |
結晶系 (Crystal System |
モース硬度 (Hardness) |
比重 (Density) |
屈折率 (Refractive Index) |
Na3AlF6 | 単斜晶系(Monoclinic) | 2 1/2 | 3.0 | 1.338 |
氷晶石 (Na3AlF6) が1799年にグリーンランドのアルスク・フィヨルド (Arsuk Fjord) イヒトゥート ( Ivigtût, Ivittuut) にて発見された時に外観が余りにも氷に似ているので氷の石 (ギリシア語で Krios = 氷 と lithos = 石) と命名された鉱物です。
写真の2.45ctのルースは我がコレクションの中では最も見映えのしないものですが、しかし極めつけの稀少な標本です。
まず、氷晶石そのものが極めて珍しい鉱物で、標本として見かける機会さえ、滅多にありません。
氷晶石は一般にはただの溶けかかった氷のような白濁した塊に過ぎず、写真のような、僅かに結晶面を示すグリーンランドの原産地標本でさえも博物館級の稀なる品です。
氷晶石を知ったのは ピーター・バンクロフトが世界の100か所の鉱物産地を訪れて書いた "Gems & Crystals" にてグリーンランドのアルスク・フィヨルドの原産地鉱山の写真が紹介されていたことからです。
写真のように北緯60度の北極圏の、フィヨルドの水が溢れて流れ込んで来そうな場所にて世にも稀な鉱物の鉱床が発見され、採掘されているという事実の方が鉱物そのものより興味が深かったという印象を抱いたものでした。
氷晶石が一般に知られるようになったのは、この鉱物が電解溶融法によるアルミニウムの精錬用としての用途が見出されたためです ; アルミニウムは天然にはボーキサイト : ギプス石(α-Al(OH)3、ベーム石 (α-ALOOH) 、ダイアスポア (β-AlOOH) 、等のアルミナ水和物の混合した状態で存在します。 天然に豊富に存在するアルミニウム資源ですが、ここからアルミニウムだけを分離して取り出すのは困難を極めました。
ようやく1825年に、塩化アルミニウムのカリウムアマルガム還元法によって初めて金属アルミニウムの分離に成功しましたが、この方法は極めてコストが高く、1855年当時で、1ポンド(450グラム)当たり500ドルと、銀より高く、年間生産量は1トン程度で推移していました。
1886年になってようやく、フランスのエルー (P.L. Héroult : 1863 - 1914) と アメリカのホール (G.M. Hall : 1863 - 1914)との、奇しくも生年と没年とが同じ二人に拠って、全く同じ年に、別個に、氷晶石浴によるアルミナの溶融塩電解法が発明され、以来、今日に至るまで、ホール・エルー法と命名されたこの技術がアルミニウムの精錬に使われています。
この技術により、アルミニウムのコストは1ポンド当たり18セント(1950年)へと劇的に下がりました。
それでも4トンのボーキサイトを処理して2トンのアルミナに精製し、更に1トンのアルミニウムを得るためには13,000-14,000kwhの電力を要し、これは同じ1トンの銅の精錬に必要な電力、1200kwh、同じく亜鉛の場合の4,000kwh と比較すると膨大な電力を必要とし、アルミニウムが電気の缶詰と言われる所以です。
電力コストの高い日本では、したがってアルミニウムの精錬は行われていません。 もっとも、使用済みのビール缶や建築資材等を溶融し、アルミニウムを回収する分には遥かに安いコストで可能です。
氷晶石で興味深い事実は、この鉱物の屈折率が1.388と、ほぼ水の屈折率と同じ値であることです。
したがって氷晶石を水中に浸すと、まるで水中の氷のように見えます。
長年、水と同じ屈折率の氷晶石が水中でどんなに見えるのか興味を抱いていましたが、今回ようやくにして、実現できました。
さて、世界で唯一の氷晶石の鉱床だったグリーンランド・イヒドゥートの資源はホール・エルー法の開発により、1962年までのまで103年間に350万トンの氷晶石を産出して枯渇しました。
現在は蛍石を原材料として人工の氷晶石が合成されてアルミニウム精錬に使われています。
氷晶石は世界の特異なペグマタイト鉱床にごく稀な鉱物として発見されます。
今回入手したのはカナダのモン・サン-チレール産とのこと。
ここは特異なペグマタイト鉱脈から世界にも稀な鉱物結晶の産地として知られている採石場です。
1990年の "Mineralogical Record" の Mont Saint Hilaire 特集号に氷晶石の結晶の写真でも載っていないかと探したのですが、モン・サンチレールでも氷晶石は極めて稀で、最大でも2mm程度の結晶が発見されたのみ、と一行書かれているだけでした。
30年も昔の記事ですから、その後大きな結晶が発見され、カットされたのは間違いありません。
まるで見映えのしないルースですが 2.45 カラットと博物館級の大きさの稀なる標本ではあります。