バッデリー石とキュービック・ジルコニア
(Baddeleyite & Cubic Zirconia)

 

バッデリー石 5.37x3.16x2.27mm
 0.54ct Sri Lanka
バッデリー石のKimzeyite仮晶 1cm
Perovskite Hill Arkansas U.S.A.
チタン着色のキュービック・ジルコニア
 7x5mm 2.025ct

 

  化学組成 結晶系 モース硬度 比重 屈折率
 Baddeleyite ZrO2  単斜晶系   5.88-6.07  2.23-27
 Cubic Zirconia  Zr(Ca/Y/Mg/Hf)O2  等軸晶系  8 - 8½  5.60-6.00  2.15-18
 

 バッデリー石の名を知っている鉱物ファンは非常に少ないと思われます。
普通の鉱物図鑑等には掲載されてはいませんし、鉱物フェア等でも,殆ど見かけない地味な鉱物です。
 しかし必ずしも稀少な鉱物ではなく、ジルコンと共に漂砂鉱床やキンバーライト、ランプロアイトと言ったダイアモンドを産する高温起源の岩脈等に発見されます。 
 インターネットで捜してみたところ、最初の発見地スリランカ、Rakwana の他に、オーストラリア西部の安定陸塊、同じくアフリカ南部の安定陸塊、ブラジル、ミナス・ジェライスのポソス デ カルダスとサンパウロのジャクピランガ、アメリカ モンタナ州のサファイア鉱山とアーカンサス州のチタン鉱山、カナダのモンレアル、フィンランドのオウトクンプ、ドイツのアイフェル山地の三ヶ所、イタリア、ヴェスヴィアス火山のモンテ・ソマ、ロシアのコラ半島、ウラル山脈北部、スウェーデンのコベルグ等々,鉱物ファンには馴染み深い土地や、何と日本の岡山,備中からも発見されているとあり、さらに月の岩石にも含まれている、と即ち広汎な地域に発見されている鉱物です。 
  またロシアの会社では精製したバッデリー石をトン単位で売っているとのサイトまで出てくる有様です。
オーストラリアやアフリカの安定陸塊にジルコンと共に発見されるバッデリー石は、微量に含まれるルビジウム87とストロンチウム87の比率を測定して、いずれも10億年前後の年代測定の有力な手がかりをもたらしています。
 ロシアからトン単位で輸出されるバッデリー石は顔料やセラミックの材料となります。
 そんなわけで,鉱物ファンよりはむしろ地質学者や化学,薬品,窯業の専門家の間ではかなり知られた鉱物であり,化合物です。 
  知る人ぞ知るバッデリー石ですが、2001年にスリランカから暗緑褐色をした亜金属光沢の宝石質の結晶片、14.54ct、13x12x7mm の発見が報告され、続いて冒頭の写真のルースが報告された時には,”ついに出たか !”、と世界の宝石コレクター達を興奮させるニュースとなったものです。 
 何故なら、バッデリー石こそは、究極のダイアモンド・イミテーションとして年間10億カラット(200トン)も合成されているキュービック・ジルコニアの天然のカウンター・パートに相当する鉱物に他ならないからであります。
 正確には、同じ酸化ジルコニウムという化学組成ではあっても,この二つの鉱物は結晶系が異なる同質異像の関係にありますから全く同じ鉱物とは言えません。
 1937年にドイツの鉱物学者によって天然のメタミクト化されたジルコンの包有物としてキュービック・ジルコニアが発見されています。
 1969年には非常に化学組成の近いタジェナライト [Tazhenarite:(Zr,Ti,Ca)O2] がバイカル湖の西のタジェラン山地で、また同じグループに属するジルケナイト [Zirkenite:(Ca,Th,Ce)Zr(Ti,Nb)2O7] もコラ半島のアフリカンダ山地、カムチャッカ半島とブラジル,サンパウロ州のジャクピランガから発見されています。 
  酸化ジルコニウムは温度の違いにより多様な結晶系を示す物質です。 キュービック・ジルコニアは言わば無理やり等軸晶系になるように手を加えられた特異な結晶で、本来なら常温では単斜晶系のバッデリー石になるのが自然な姿です。
 膨大な量のキュービック・ジルコニアが市場に出回っている中で、その天然の鉱物である宝石質のバッデリー石の出現は言わばミッシング・リンクが遂に発見されたとの思いで受け止められたものです。
  キュービック・ジルコニアとは何か ?
   キュービック・ジルコニアは正確には ”安定化等軸晶系ジルコニア (Stabilized Cubic Zirconia)” と、実に奇妙な名称で呼ばれます。 
 前述のように1937年にジルコンの包有物として発見された微細な結晶がX線解析の結果、等軸晶系の酸化ジルコニウムと判明しました。発見者はとりわけこの鉱物には注意を払わなかったようです。
 このため単斜晶系の天然のジルコニアであるバッデリー石に対して、結晶系に因んでキュービック・ジルコニアと呼んだその無頓着な命名が以後定着してしまいました。
 同じ化学組成の鉱物が温度や圧力の異なる生成条件下で結晶系や特性が変るのはダイアモンドと石墨、高温型と低温型の水晶等々、良くある事です。
  酸化ジルコニウムの場合はこの違いが顕著に現れます。 
加熱の際には1180℃で単斜晶系から正方晶系に、さらに2370℃で等軸晶系へと移行し,2700℃で液相へと変化します。
 さらに安定剤として酸化イットリウムを加えた場合には1900℃前後で六方晶系の相が存在すると推定されています。
 逆に高温から冷却される場合は2650℃で液相から等軸晶系へと移行し、1720℃付近では等軸晶系と正方晶系とが混在する相となり、1000℃付近で等軸晶系と単斜晶系の混在する相へ、840℃で単斜晶系へ移行します。
 常温,常圧時には酸化ジルコニウムは単斜晶系で安定しますから、天然に等軸晶系の酸化ジルコニウムが存在する事は、特別な条件が必要となります。恐らく最初にジルコン中に発見された等軸晶系の微細な結晶は高温で生成したままジルコンの結晶中に閉じ込められてしまって、生成したときの結晶系が保たれた稀なる例と言えましょう。
 毎年膨大な量が合成されているキュービックジルコニアは、したがって、常温で安定させるために酸化イットリウム、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化ハフニウム等の物質を4〜15%程度添加しますから、ジルコニアというよりは、合成タジェナライト、または合成ジルケナイトと呼ぶべきでありました。
 
  合成キュービック・ジルコニア
    ジルコニアは常温では単斜晶系に相変化してしまいますから、敢えて,添加剤を加えて等軸晶系の結晶とするのは  二つの理由からです ;
 一つは等軸晶系の場合のモース硬度、8 - 8.5の値はルビー,サファイアに次ぐ硬さで、トパーズやスピネル,エメラルド等より硬く,宝石として理想的な耐久性があります。
 単斜晶系の場合,モース硬度は 6.5と低く,宝石としては相応しくありません。
 次は、ダイアモンドと同じく等軸晶系で複屈折がなく、さらに分散値もダイアモンドを僅かに超える値で見事なファイアーをみせるため、肉眼での識別が殆ど不可能なことです。 
 GGGやYAG、チタン産ストロンチウム等、前の世代のダイアモンド・イミテーションと比較して,キュービック・ジルコニアはモース硬度,屈折率、分散等の基本的な特徴がダイアモンドに最も近く,究極のダイアモンド・イミテーションと呼ばれる所以です。
 そのため世界各地で合成への挑戦が試みられましたが,純粋なジルコニアの場合の2750℃と言う途方もない融点の高さが最大の障壁となりました。
 添加剤を加えた場合には融点は下がりますが,しかし,もっとも高温に耐えられるイリジウムの坩堝でさえも2683℃が限度ですから、材料が溶ける前に坩堝のほうが溶けてしまいます。
 従ってそれまで他の宝石の合成に適用されてきた火炎溶融法、熱水法、フラックス法、等々いずれの方法でも合成は不可能でした。
 最初に合成に成功したのはフランスの科学者達です。
坩堝を使わずに酸化イットリウムを12.5%添加して1969年に15mmの大きさの結晶を得る事が出来ました。
 しかし本格的な量産技術の開発に成功したのは当時のモスクワにあるソビエト科学アカデミーの物理学研究所でした。
酸化ハフニウムを添加し、スカル・メルティング(Skull Melting)と言う新しい合成技術を用いた合成法で1970年代初頭でありました。 スカル・メルティングとは,下記の写真と図のように中空で中に冷却水の流れる銅管の壁の内部に材料を入れて4MHz,100kWの高周波電流で加熱する方法です。
 これによって3000℃の高温で材料を溶かす事が出来ます。
 壁の底面と周囲は冷却水を流して冷やされますから、冷えた固体となったジルコニアで覆われ、内側の材料が溶融して結晶が生成されます。即ち材料自身を容器とする優れたアイデアです。
 結晶が合成された後に周囲の壁には白いジルコニアが付着して頭蓋骨のように見える事からスカル・メルト=頭蓋骨溶融法と名付けられとのこと。
 ソビエトではこうして出来た結晶を研究所の略称FIANに因んでフィアナイト(Fianite)と呼んでいます。
その後スイスのジェヴァヒルジャン社が同様の技術を用いて,ジェバライト(Djevalite)を、またアメリカのセレス社が Cerene, その他商品名は、CZ, Cubic Z, C-OX, Diamonair、等々20余りの名称で市場にキュービック・ジルコニアが導入されました。 
 本格的な生産は1976年に始まりましたが,たちまち他の全てのイミテーションを駆逐し、1980年には6000万カラットに達し(うちファセットは1350万カラット)、現在では10億カラットと、ダイアモンドの10倍の生産量になっています。
 数量の増加につれて価格は劇的に低下し、当初はファセット石の卸売り価格がカラット当り40ドルでしたが,1980年には4ドルに、現在では1ドル以下になっています。
 主な生産国はロシア,スイス,フランス,台湾等です。日本では生産されていません。大電力を必要とするため,電力コストの高い日本では競争力がなく参入が阻まれています。
 さらに、当初はレーザー等,産業用の光学素子として開発されたキュービック・ジルコニアですが, 結局ダイアモンド等の代替が主な用途となっています。
 日本では合成宝石は全く需要がありませんから、日本のメーカーの進出が見られない理由でもありましょう。
 ただし、全くの偶然からキュービック・ジルコニアが室温から絶対零度に近い極低温までの温度帯で高温超伝導体とほぼ同じ熱膨張率を持つ事が見出されました。従って高温超伝導技術が実用化された暁には、その応力フリーの保持体として再び最先端技術の分野で脚光を浴びる事になるでしょう。
 

     

キュービック・ジルコニアの合成技術
 
スカル・メルト合成装置
米、Ceres Corporation
スカル・メルティング法の図 スカル内に生成した橙色の結晶 イットリウム添加のダイアグラム
縦軸が温度,横軸が添加物の比率
 

 

多彩な色のキュービック・ジルコニア

 

 
スカル・メルト法による結晶 
最大6.5cm
多彩な色のルース 2〜15ct ダイアモンドと酷似した無色透明のルース
5.5ct 9x7mm
 

 

4.75ct 14x7mm 7.1ct 14x7.5mm 10.3ct 15x10mm 4.07ct 9x7mm

 

7.9ct 12x10mm 12.7ct 12x10mm 左 白熱光 右 太陽光での色変化を示す、
ネオジウム添加のルース 10mm 8.9ct
 

 

 
2.53ct 12x6mm 7.6ct 10mm 2.7ct 12x6mm   7.6ct 10mm
 究極のダイアモンド・イミテーションとして華々しく登場したキュービック・ジルコニアですから、無色透明なものが大半です。
しかし添加物を加えてほぼあらゆる種類の宝石の代替として広汎な要請に応えられる多彩な色のヴァリエーションがあります。
添加物は一般的な鉄やクロム,マンガン等の他に様々な希土類元素が単独または複数、0.1〜2%程度加えられます。
 
  添加物
黄色ー橙色−赤   セリウム
オリーヴ色   クロム
藤色   コバルト,ネオジウム
黄色   銅,鉄
ピンク   エルビウム、ユーロピウム、ホルミウム
褐色ー紫   マンガン
黄色−褐色   ニッケル、チタン
琥珀色   プラセオジウム
  ツリウム,ヴァナジウム
黄色−琥珀色ー褐色   銅,鉄,ニッケル、プラセオジウム、チタ
緑−オリーヴ色   クロム、ツリウム、ヴァナジウム
藤色ー菫色   コバルト、マンガン,ネオジウム
     
 写真のように,まさにルビー、黄水晶、紫水晶、トパーズ,サファイア、エメラルド、パライバのトルマリン、アレクサンドライト効果と、多彩な美しい発色が得られます。 ダイアモンドと肉眼での識別が不可能なほどの見事なファイアーを見せる無色透明なものはもちろんですが、本来の高い屈折率のおかげで眩い煌きの色石も惚れ惚れするほど魅力的です。
 色石は生産量も少なく、また高価な希土類元素を使うため、無色透明のルースのようにカラット当り1ドルとは行きません。それでもせいぜい数ドルから10ドル程度とガラス並の水準ですから、どんなに大きなルースでもためらわずに買えるのが何よりです。 

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