エメラルド(Emerald)

 

1. コロンビアのエメラルド (Colombian Emerald)
 
 0.35〜1.5ct コスケス産 14.2ct ほぼ完全無欠のムソー産(1940年代)
 計 42ct
3.34ct 8.8x8.3mm  ムソー産 83.1ct
Average Colombian emeralds Cosquez Mine Flawless Muzo emeralds Puerto Altura pit, Muzo  Muzo emerald

 

 
 1.76ct 5.19ct Muzo Cosquez Cosquez Muzo Gachala  1.05ct  
Cosquez Mine 1.60ct Muzo Mine

 

コロンビアのエメラルド産地 (Colombian emerald localities)

   

   コロンビアのエメラルドは首都ボゴタの周辺に200以上の鉱山がありますが、主要産地は左の図の左下のボゴタから東に約50kmのガチャラとその北北東30km程のチボール地区があり、ブエナ・ビスタ、チボール、ラス・ベガス・デ・サン・フアン、ムンド・ヌエボ、ソモンドコ等の鉱山があります。
 ここからおよそ30kmの幅で北西に100km程のエメラルド鉱床帯が伸びています。
したがって、この地図には表示してありませんが、チボール地区とムソー地区との間に無数の鉱山が存在します。
 ボゴタのほぼ100km北には最大のムソー鉱山地区があり、テケンダマ、サンタ・バルバラ、エル・チューロ、ポルベーロス等の鉱山と、隣接するコスケス、ペーニャス・ブランカス、それに新しいラ・ピータ鉱山もムソー地区と見なされています。
 コロンビアのエメラルド鉱床については、宝石読本の”エメラルドの歴史”に詳細を述べましたが、世界の他の鉱山とは全く異なる成因を持ち、大きく美しい結晶を産出します。
 しかし成因は同じでも、例えば10kmしか離れていないムソーとコスケスの鉱山では地質は全く同一ではなく、不純物の違いにより、微妙に色合いやインクルージョンが異なると言われています :
 曰く ; ムソー産は青みがかかった緑、コスケス産は黄味がかった緑、またチボール産は最も包有物が少なく、透明度が高い ・・・・等。
 しかしながら、一般に売られているエメラルドは結晶であれ、ルースであれ鉱山が明記されている例は稀です。 とりわけコロンビアではどんな石であっても業者は例外無く余りにも名高いムソー産と主張しますが、あまり信用できません。
 したがって、素性の確かなエメラルドを見る機会は、特別のルートで産地から直接入手する事の出来る博物館や個人のコレクションとに限られます。

ムソー・コスケス地区
(Muzo-Cosquez area)

1. ムソー鉱山


1759ct
コロンビア国立銀行蔵
220〜1796ct
コロンビア国立銀行蔵
3.9x3cm
Zweibel Collection
高さ 45mm
Sams Collection
ヒューストン自然史博物館
(Banco de Colombia Collection) Zweibel Collection Huston Museum

 

 
無傷のフッカー・エメラルド
(Hooker Emerald) 75ct
 スミソニアン博物館
ムガール・エメラルド 218ct 5,1cm
(Mugar Emerald) 
Smithsonian Collection Allan Caplan Collection 

 

 ムソー地区に在る中心的なテケンダマ鉱山と、エル・チューロ、サンタ・バルバラと、最近開発されたポルベーロ等が狭義のムソー鉱山と言えます。 
 上記の結晶はこれらムソー地区の鉱山からと言われますが、コロンビア国立銀行蔵の素晴らしい結晶はコスケス産との説もあります。
 また75カラットの大きさながらほぼ無傷のフッカー・エメラルドや、”ムガール”と呼ばれる、1695年の年代が彫刻されたインドのムガール帝国時代のエメラルドもムソー産とされています。
 冒頭の写真の各6〜14カラット、5個で合計42カラットの1940年代にムソーに産したエメラルドは、ロシアの熱水法の合成エメラルドのような完全無欠のルースで1993年秋にパリでオークションに出されたものです。推定200万ドルとの事でした。

2.コスケス/ラピータ鉱山 (Cosquez / Lapita Mine)
コスケス鉱山 100ct
スミソニアン自然史博物館
(Smithsonian collection)
コスケス鉱山
個人蔵
コスケス鉱山
Martin Zinn Collection
ラ・ピータ鉱山 
 2.5cm
Cosquez Mine Lapita Mine
 コスケス鉱山はムソー地区の10km程北にあり、ほぼ同じ地層にありますが、他のムソー地区と比べて、黄味がかった深い緑の美しい結晶が特徴です。恐らくムソーと呼ばれる石の相当部分が、実はコスケス産であったと考えられます。
 1990年代後半から豊かな鉱脈が発見され、現時点ではコロンビアのエメラルドの75%程度を占めるほどの生産量を挙げています。
 コロンビアは世界の70%を占めていますから、コスケス鉱山だけで世界のエメラルドの供給の半分をまかなっていることになります。
 1998年にコスケスと、その北東 10km のペーニャス・ブランカス鉱山とに隣接してラ・ピータ鉱山が開発されました。
 色合いはペーニャス・ブランカス鉱山産に極めて近く、コスケス産ほど黄色くなく、チボール産ほど青くないのだそうです。
 40 カラット以上の大きなルースやキャッツ・アイ・エメラルドも産するとのことです。

 

チボール・ガチャラ地区 (Chibor-Gachala area)
1929年産出 632ct
Patricia Emerald
アメリカ自然史博物館
チボール鉱山 4.5x3cm 
Keith Proctor Collection
ガチャラ地区
ベガ・デ・サン・フアン鉱山 858ct
スミソニアン自然史博物館

(Smithsonian Collection)
American Museum of
Natural History
Chibor Mine Vegas de San Juan <ine, Gachala
  チボール鉱山のエメラルドは、古来より青味がかかった透明度の高い結晶で知られていました。
とりわけ1920年に発見されたアメリカ自然史博物館蔵の高さ6cm、632カラットの ”パトリシア” 結晶は完璧な結晶形と素晴らしい色合いが見事です。1921年当時に6万ドルの値がついた程でした。
 残念ながら、間違い無くチボール鉱山産と素性の知れたルースを見たことがありません。 また膨大な資料にも一切、チボール産ルースの写真が存在しないと言うのも不思議です。 
 ガチャラ鉱山の858カラットの結晶は、あらゆるエメラルドの中で最も完璧で美しい色の結晶とされています。
 1967年にガチャラ地区のベガ・デ・サンフアン鉱山にて発見され, 世界一の宝石商、ハリー・ウィンストンが入手した後、1969年にスミソニアン博物館に寄贈されました。
 

エメラルドの産地別識別法

 
エメラルドの産出地域や鉱山別の特定は、比重、屈折率、色合い、インクルージョン等を精密に測定する事で可能です。
しかしながら、コロンビアの様に同じ成因の多数の鉱山がある場合は、その差異は極めてわずかなため、従来の古典的な方法での識別は困難です。
 このため、更に精密な分析には赤外線吸収スペクトルや電子走査顕微鏡、SIMと呼ばれる二次イオン質量分析法などの最新の技術が駆使されます。



   左の図はフランスのチームによる二次イオン質量分析法での鉱山別の分析結果で、数字の単位はパーミル(1/1000)です。
 この方法では結晶表面に顕微鏡で見ても分からないほどの微細な傷が出来るだけですから、貴重な宝石でも安全に調べることができます。
 エメラルドの場合は、結晶の65%を占める酸素原子の同位体の比率を測定します。
 酸素原子にはそれぞれ質量が16、17、18 の 3 種類の同位体があって、産地の地質や、結晶化の際の温度の違い等により、結晶に取り込まれる同位体の比率が異なってきます。
 セシウムのイオン・ビームをぶつけて、エメラルドの表面から叩き出された極微量の酸素18と酸素16との比率を測定した結果、鉱山別、産出国別の特徴あるデータが得られ、それによって、極めて隣接した鉱山のエメラルドでも酸素の同位体比率が異なり、鉱山が特定できます。
 自然界では酸素16が 99.76% を占め、酸素18の比率は 0.2% です。 エメラルドに含まれる酸素18の比率は産地ににより異なり、とりわけコロンビアのエメラルドは酸素18/酸素16の比率が他地域より高いことが判明しました。
 サンプルに用いられたエメラルドがそれぞれ :
1.ガロ・ロマン時代の首飾りはパキスタン
2.ルイ九世の王冠はオーストリア、ハーバッハタール
3.17世紀にカリブ海で沈没したスペインのガリオン船アトチャ号の積荷の2300個のエメラルドの一つがムソー地域のテケンダマ鉱山
4.インドのマハラジャの4つのエメラルドの内一つがアフガニスタン産、残りの3つはムソー地域産だが、それぞれペーニャス・ブランカス、テケンダマ、コスケス
と、鉱山までも明らかになりました。
単位は0/00 (パーミル)
 

 イスラエルでSIMにより行われた分析では、コロンビア産が 22パーミル と高く、堆積岩からの熱水供給と比較的に低い生成温度の影響、ブラジル産とザンビア産12パーミルは変成作用と高温下という成因が、タンザニアのエメラルドは火山性塩基性岩での高温下での成因のため8パーミルと最も低く、ナイジェリア産のエメラルドは花崗岩性のため少し高い9.5パーミルのデータが得られています。
 また、古代ローマの古墓地から発見されたエメラルドを赤外線吸収スペクトルと電子走査顕微鏡とで分析したローマ大学の調査では、エメラルドの産地はエジプト産と推定しています。 
 他に古代ローマの遺跡から発見されたエメラルドは、オーストリアのハーバッハタール、インド、エジプト、そしてロシアのウラル山脈等、多様なエメラルドの産地が特定されています。