ブラジルのエメラルド(Brazilian Emerald)

 

バイア州と
ミナス・ジェライス州
カルナイーバ鉱山 54ct イタビラ鉱山産 サンタ・テレジーニャ鉱山産
キャッツ・アイエメラルド 
2.46ct 7.4x7.9mm
Emeralds from Bahia and
Minas Gerais
Carnaiba Mine Itabila Mine Santa Telezinha Mine Cat's eye

 

サリニーニャ鉱山産エメラルド結晶 カルナイーバ鉱山 8cm  カポエイラナ鉱山産380ctのエメラルド結晶
Emeralds of Salininha Mine Carnaiba Mine Emerald crystal 380ct Capoeirana Mine
 スペイン人が征服した南米・コロンビアにてエメラルドを着々と採掘していた頃、ポルトガル人もまた新たに手に入れたブラジルにて懸命にエメラルドを探していました。
  そして、後に”全ての鉱山”と呼ばれるようになった鉱物資源と宝石の宝庫であるミナス・ジェライス州の各地で緑色の宝石を探し当て、エメラルド山脈と命名しました。
 しかしながら、その緑の宝石はエメラルドに似てはいますが、トルマリンでありました。
ブラジルでエメラルド鉱脈が発見されたのは実に400年を経た1963年、それもミナス・ジェライス州ではなく、その北のバイア州でありました。
 しかし、ブラジルでのエメラルドは19世紀末頃から各地で発見の報告はあったのです。
バイア州のAnagé, Brumado, Ituaçu, Porto, ミナス・ジェライス州の São José de Corutuba, Araçuai, Guanhães, Joan Pinheiro, Juerana, Sabinopolis, 等、多くの地で発見されてはいたのですが、いずれも鉱物標本程度の品質であったり、鉱脈の品位が低く採算が採れなかったりで、鉱山の稼動には至りませんでした。
サリニーニャ (Salininha) 鉱山の発見
  1963年になり、ようやくバイア州サン・フランシスコ川流域にてエメラルドが発見されました。
サリニーニャ鉱山です。
 片麻岩と滑石片岩にレンズ状に貫入したペグマタイト脈にエメラルドが生成した鉱脈です。
明るい黄色味を帯びた半透明の小さな結晶は良く粒が揃っていますが、結局135kgのみを産出したのみで鉱脈が枯渇しました。
 サリニーニャのエメラルドにはクロムが少なく,鉄とヴァナジウムによる着色でチェルシー・フィルターに反応を示さない新しいタイプである事が特色です。
 これらの事実は後にアメリカと,イギリス,オーストラリアとに分かれるエメラルド論争を巻き起こしました。
チェルシー・フィルター(Chelsea Filter)
 エメラルド・フィルターまたは Beryloscope Color Filter とも呼ばれる。
 ロンドンのチェルシーにあるイギリス宝石学協会で開発されたため,一般にチェルシー・フィルターと呼ばれる。
 濃赤と黄緑と二つの波長のみを通すフィルターで、宝石,とりわけエメラルドの鑑別に用いられる。 
 このフィルターを通してみると天然のエメラルドは淡い赤に、フラックス法合成エメラルドは濃赤に見える。 しかしその後ブラジルで発見されたエメラルドはこのフィルターに反応せず、また新たに開発されたロシア等の熱水法合成エメラルドも全くこのフィルターに反応しない等,様々な種類のエメラルドの出現したため、このフィルターによる鑑定は慎重を要する。

チェルシー・フィルター   普通の光で見た様々なエメラルド

 上の結晶は左がバイロンの熱水法と
 右はチャザムのフラックス法合成結晶
 その間の5個のルースはマダガスカル
 の天然エメラルド

   チェルシー・フィルターを通した画像
 左下8個のルースはバイロンの合成品。
 指輪の石はコロンビア産の天然エメラルド
 その右上の8個のルースはチャザムの合成品 
 右端5個のルースは赤い3個がフラックス法
 緑に見えるのは熱水法でいずれもロシア製


エメラルド論争
  ブラジルで発見されたクロムの含有率が極めて低く,主にヴァナジウムと鉄による発色の緑柱石をエメラルドと呼ぶべきか否かで、それはエメラルドであるとする主にアメリカの宝石学者と、クロムを含まないからエメラルドとは呼べないとする主にイギリス,オーストラリアとの二派に分かれての大論争が起こりました。
 アメリカ派の主張は、本来クロムは緑柱石の主成分ではなく、不純物のクロムによる緑の発色は、偶々エメラルド結晶内での不純物のクロムのエネルギー準位の問題だけで、クロム以外の鉄であれ、ヴァナジウムであれ、同じエネルギー準位で同様の緑に発色するのならそれはエメラルドであるとするものでした。
 一方イギリス派はあくまでも従来のクロムを含む緑柱石が正統的なエメラルドであると主張しました。
 結局,当時アメリカ宝石学協会の会長であった Richard Riddicoat 氏の、何であれエメラルド色に見える緑柱石はエメラルドなのだ、との鶴の一声で決着が着いたような形になりました。 
 その後,天然,合成とも多様なエメラルドが出てきましたから、アメリカ派の主張の方が妥当であったと言えましょう。

カルナイーバ鉱山 (Emerald of Carnaíba Mine )
 
 サリニーニャのエメラルド発見後間もない1965年、同じバイア州のほぼ中央部を北から南に150kmに伸びるジャコビナ山地一帯に豊富なエメラルド鉱床が発見されました。
 とりわけ Campo Formoso の南 30km 地点に鉱脈が集中していて、この地帯一帯がカルナイーバ鉱山として知られる様になりました。
 たちまちエメラルド・ラッシュとなり、国中から無数の老若男女が押し寄せて,あちこちに一大鉱山町が出現しました.
 エメラルドの成因は超塩基性の蛇紋岩の層に花崗岩脈が貫入した接触変成鉱床で、黒雲母や鉄電気石を伴います。
 エメラルドの結晶は2〜3cmと大きく,透明なものは稀ですが,濃く魅力的な色合いです。
 冒頭の写真は、色石では世界でも屈指のブラジルの宝石商,アムステルダム・サウエルのコレクションですから,極め付きの逸品には違いないのですが、コロンビアの最上品と比べても遜色がありません。
 しかし、近年では,至るところに掘られた縦坑の深さが150mにも達し、排水等の困難に直面して,エメラルドの生産は大幅に減少しています。
 広大な面積に豊富な鉱床が至るところに存在するのは間違いありません。 
 しかし、貧民達が押し寄せて来てたちまちのうちにスラム街が形成されるのを地主達が嫌って、例えエメラルド鉱脈の存在が発見されても公表されず,隠されているのだそうです。

ミナス・ジェライス州のエメラルド
(Emeralds of Minas Gerais)
 ブラジルの宝石や金属資源の宝庫として知られているミナス・ジェライス州にて,1979年ついにエメラルドが発見されました。
 州都ベロオリゾンテから東に100km程の、金,ボーキサイト,鉄,マンガンなどの大鉱床があるイタビラ近郊のベウモンチ(Belmont) で、一般にイタビラ鉱山と呼ばれます。
 有数のペグマタイト地帯ではありますが、ここでのエメラルドの成因はむしろ、主に黒雲母と金雲母片岩の接触変成鉱床で,地下10m程度の比較的浅い場所に鉱脈があります。
  イタビラ地区のエメラルドは更に東に10数kmの脈が伸びていて、1988年には Capoeirana に鉱山が発見され,更に1998年にはベウモンチとカポエイラナの中間地点に新たに Piteiras 鉱山が発見され、この一帯が有望なエメラルド産地である事が明らかになっています。
 因みにベウモンチ鉱山の北西 15km 程のエマチータ (Hematita) には1990年代初頭に、ロシアのウラル山脈産に匹敵するアレクサンドライトが発見されています。
 イタビラ産エメラルドはやや黄味がかかった,最も理想的な深い緑色をしているといわれます。
 上の右下の写真はイタビラ鉱山での原始的な選鉱作業の様子です。

カポエイラナ(Capoeirana)と ピテイラス(Piteiras)鉱山
Capoeirana鉱山のエメラルド
 
結晶 10.8ct 高品質のルース 1.5〜9ct 3.23〜10.37ct 平均的な品質のルース 0.66〜4.20ct  
Capoeirana鉱山産エメラルドのインクルージョン
水滴と成長チューブ 20x 液体,ガスと結晶(塩?)の
三相のインクルージョン 200x
黒雲母結晶 35x
 1988年に発見されたカポエイラナ鉱山は基本的にイタビラ鉱区と地続きの地層にあります。 
既にこの地域に豊かなエメラルド鉱脈が伸びていると推定されていましたので、1980年頃からの精力的な探鉱の成果発見されました。
 右上の写真がカポエイラナ鉱山の様子で、ガリンペイロ(鉱夫)による、露天掘り、トンネル、縦坑等、無秩序に所狭しと掘り返されている様子がうかがえます。
 他のブラジルの産地と同様に、ここでもまたチェルシーフィルターに反応しないエメラルドである事が明らかになりました。
 品質はイタビラ鉱山産と酷似した傾向を示し、コロンビアの平均的なエメラルドに匹敵する、かなりの上質なエメラルドを産します。 またコロンビア産と同様の三相のインクルージョンを持つ事も大きな特徴です。

ピテイラス鉱山(Piteiras Mine)
試掘用のトンネル入り口 試掘サンプルのルース 0.38〜2.04ct
 イタビラから東に10数kmに渡ってエメラルド鉱脈帯が伸びていますが、1998年に、また新たな鉱床が発見されました。 ピテイラス鉱山です。
 ブラジルには珍しく試掘用のトンネルまで掘っている本格的な鉱山の体裁を整えていますが、アメリカの資本が投入されているためでしょう。
 試掘の結果では、超塩基性岩と酸性岩との接触変成地帯に幅200〜800m、厚さが0.5〜10mに達する黒雲母と金雲母とから成るエメラルドの鉱脈の存在が確かめられています。 
 写真のルースからも、この鉱山がかなりの水準のエメラルドを産する事が分かります。


ゴイアス州サンタ・テレジーニャ (Santa Terezinha、Goias )鉱山


 
無秩序に掘られた鉱山 地下90mでの採掘 ペグマタイト性の石英中の
エメラルド結晶 8x8x8cm
黒雲母で覆われた結晶
 50x25mm
 

 

暗緑色のエメラルド スター・エメラルド 10ct

 1981年、ブラジルの首都ブラジリアから北西に230km程のゴイアス州のサンタ・テレジーニャにエメラルド鉱山が発見されました。 
  この周辺では既に1920年頃からエメラルドの発見が報告されていて、34km程離れた Fazenda das Lages で1966年に15kgほどの中級〜下級のエメラルドが採掘されていたとの記録があります。
 サンタ・テレジーニャのエメラルドは実は、正式な発見の何年か前に、農場への道をブルドーザーが造成した際に子供達が ”緑の石” を発見し、鳥をめがけて投げていたと言うことでした。
 酸化鉄に覆われた汚らしい石だったので誰も宝石とは気づかなかった,というのが実情だったようです。 
 同様の逸話はパキスタンのミンゴラのエメラルド鉱山の発見の際にもありました。こちらでは、六角柱状の結晶を,やはり羊飼いの子供達がパチンコの弾として,鳥を撃つのに利用していたとの事。
 18世紀始めにミナス・ジェライス州にてダイアモンドが発見された時も、砂金採集の鉱夫達が金と一緒に採れる透明なダイアモンドの結晶を、それとは知らずに賭博用のさいころ代りに使っていた事が契機になったものですが、宝石発見にはこうした逸話が少なからずあります。
 カルナイーバ鉱山地帯は11〜16億年昔の先プレカンブリア代半ばに形成された,厚さ800m〜2000mの主に滑石片岩と珪岩から成るブラジル楯状地帯にあります。 ここへ数億年前、地下深度から上昇してきた花崗岩脈から生じた熱水が貫入した変成地帯にエメラルドが出来たと考えられています。
 鉱山はガリンペイロ(鉱夫)達による無秩序な採掘が行われており,深度100mに達する縦坑が無数に掘られています。
 結晶は平均して1cm未満と小さいのですが、1立方メートル当たり11カラットと,ミナス・ジェライスのベウモンチ鉱山の50倍もの高品位です。
 他のゴイアスのエメラルドと比べるとクリーンな透明な結晶が多いと言われます。
 サンタ・テレジーニャ鉱山はキャッツ・アイやスターといった、サイモフェーン効果を示すエメラルドの産出が多いことが特徴です。
 キャッツ・アイ・エメラルドは他にも報告がありますが、スター・エメラルドは大変稀で、サンタ・テレジーニャの特産です。
 主なインクルージョンは黄鉄鉱、クロマイト、方解石、滑石などです。チェルシー・フィルターに反応が無いか,あるいはピンクのものとがあります。


 この地帯には30km四方に滑石片岩の露頭が発見されていて、地質的に新たなエメラルド発見の可能性が有望と見なされています。

 

トカンチンス州のエメラルド (Emerald of Tocantins State)


 1996年、更にゴイアス州の北にあるトカンチンス州、Paraiso にてもエメラルドが発見されました。
 片麻岩の層をペグマタイト岩脈が貫入して出来た接触変成鉱床によるエメラルドです。
 チェルシー・フィルターには僅かに反応し,フィルターを通してオレンジがかった色に見えるとの事です。
 左のルースはそれぞれ 1.12と5.0ctです。
パライソのエメラルドの包有物はアフリカのサンダワナやザンビア産のエメラルドと酷似した特徴があります。

 16世紀来、400年に及ぶ長いエメラルド探索の果てに、20世紀後半になり、次々と新たなエメラルド鉱床が発見されはじめました。 改めて、ブラジルと言う世界で屈指の宝石王国の豊饒な大地の奥深さに感嘆するのみです。


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