ヨーロッパのエメラルド(European Emerald)

 

11.5x6.5cm 2800ct
Takovaya River, Ural Mtns.
アメリカ自然史博物館

(Natutal History Museum
New York, U.S.A.)
0.32〜1.77ct
Marysheva Mine, Ural Mtns.
オーストリア ハーバッハタール産結晶 15cm
Habachthal, Austria
イギリス自然史博物館
(Natural History Museum, London)
スペイン産結晶 7x5cm
La Franqueira, Spain
 エメラルドは紀元前2000年以上昔から知られていた宝石で、古代メソポタミア、古代エジプト,古代ローマの等各地の遺跡から発見された装飾品を博物館で見る事が出来ます。
 特に充実した美術館や博物館が無数にあるヨーロッパのエメラルド展示品は詳細な分析の結果、エジプトの紅海近くにあった古代のレオパトラの鉱山”や、遠くバクトリア(現在のアフガニスタン,パキスタン,タジキスタン)の鉱山等に加えて,オーストリア・アルプスのハーバッハタール産のエメラルドが使用されていた事が判明しています。
 ハーバッハタールでは20世紀初頭までエメラルドや水晶等を採掘する鉱山が稼動していましたが、今日では鉱物コレクターが訪れるのみで、エメラルドは標本程度の結晶が採れるのみとなっています。
 更に、冒頭の写真の様に,一般には殆ど知られてはいませんがスペインでも標本級ですがエメラルドを産します。
 この産地、ラ・フランケイラは恐らくガリシア地方と思われますが、ウラル山脈のエメラルドに良く似た、金雲母片岩中の結晶で、クロム含有量が高く,かなり透明度が高い部分もあり、宝石級のエメラルドの産出もあり得ると思われます。
 スペインには40ヶ所ほど緑柱石を産する場所があり、,とりわけサラマンカの西のペレ‐ニャでは直径20cm高さが50cmもある巨大な緑柱石を産した記録があり、10カラットを超えるアクアマリンもカットされています。
 ポルトガル国境に近いガリシア地方,オレンセの近くにも長さが2kmを超えるペグマタイト脈があり、長さ15cmもの半透明の宝石級のアクアマリン・ベリルを産しました。

 

ウラル山脈のエメラルド (Emerald of Ural Mtns. Russia)
1890年当時のタコワヤ鉱山
(TokowayaMine ca. 1830)
川岸の鉱山での選鉱作業
(Sorting at riverside)

アレクサンドライト結晶群 12x7cm
(Alexandrite crystal cluster) 

英国自然史博物館

(Natural History Museum, London U.K.)
エメラルド鉱石の選別作業 1927年
(Sorting of emerald rough ca. 1927)
  ヨーロッパの本格的なエメラルドと言えば,やはりウラル山脈東部の産地が世界的な存在です。
ウラル山脈に始めてエメラルドが発見されたのは1830年の秋、エカテリンブルグの北東100km程のタコワヤ川流域でした。
 嵐の後に森の中を通りかかった農夫が倒木の根本に緑の石を発見した事から本格的な鉱山の開発が進められました。
 川といっても森の中のせせらぎといった趣きでしかありませんが,冒頭の写真のような見事なエメラルド結晶を産する巨大なエメラルド鉱床でありました。
 この鉱山ではエメラルドの発見とほぼ同時に新種の宝石アレクサンドライトも発見されました。
その後スリランカ,ブラジル,タンザニア,マダガスカルでもアレクサンドライトが発見されましたが、ウラル山脈のそれが最上の品質であるとされています。
 
 鉱脈の発見直後の1831年1月にはロシア皇帝直属のエメラルド鉱山として大掛かりな採掘が始まりました。
 しかし鉱山運営費用の高騰により、1889年には鉱山は英仏共同の鉱山会社にリースされました。 
1916年までの18年間のリース期間中に4千万カラットを超える原石が輸出されました。
 1918年にロシア革命により設立されたソヴィエト政府が鉱山を国営化し、更に大規模な開発が行われました。
1930年代まで,年によっては年間250万カラットを超える結晶を産出し、ロシアのエメラルドは世界の宝石市場でコロンビアを凌ぐ程の地位を確立し、エカテリンブルグをはじめ、ベルリン、パリ,ロンドン,ニューヨーク等々,世界の市場にてウラル産のエメラルドが加工され販売されました。
 1940〜50年代になると、鉱山はベリリウム資源の採掘を目的に稼動されるようになりましたが、それでも副産品として相当の量の宝石用のエメラルドやグリーン・ベリルが産出し、1950年代には年間300〜400万カラットの結晶の産出が記録されました。
 1970年代に入ると世界各地にて採算性の良いベリリウム鉱脈が発見されるようになり、宝石用のエメラルドの需要が高まったため、鉱山運営は再び宝石結晶採掘に向けられ、毎年の産出量は8百万〜1000万カラットに達しました。
 しかし最終的に宝石用エメラルド・ルースの量は年間2万カラットに過ぎなかったという事ですから、0.2%程度の極めて低い歩留まりです。 
 コロンビア産よりは一桁低い歩留まりで、原石の質の違いは明らかです。
 残りの低級品の結晶の大半はインドへ輸出され、ビーズ等に加工されました。インドでは結婚の贈り物として伝統的にエメラルドのビーズが愛好されているのだそうです。
 1991年にロシアとイスラエル,パナマとの合弁企業, "Emural" が設立され,最新の技術で原石の処理と研磨とが行われるようになり、ロシア産のエメラルドが世界の宝石市場に再び出回るようになり始めました。

 *ウラル山脈産のエメラルドはコロンビアのようなファセット級ではなく、カボションやビーズ用の不透明な品質のものが大半であったと考えられます。即ち上述の年産250万カラットものエメラルドとは殆どが鉱物標本級の結晶であり、コロンビアのエメラルドとは全く異なる品質であったと考えるべきでしょう。
ウラル山脈のエメラルド鉱床 (Emerald Mines of Ural Mtns.)

 

   ロシア・ウラル山脈のエメラルド鉱床 (Emerald mines of Ural Mtns.)                
  歴史的なタコワヤ川エメラルド鉱山は現在では一般にマルシェワ鉱山と呼ばれ、ほぼ北から南に20km、東西に8kmの幅の中に主力の Mariinsky の他、Aulsky, Perwomaisky (以前はTroitzky), Krupsky (以前はLubinsky またはTokovsky)、Sverdlovsky (以前はStretjensky)、Tsheremshansky, Ostrowsky, Krasnobolotsky と Chitny と、合わせて9つの鉱山が存在します。
 この地のエメラルドは古生代(2.25〜5.7億年前)中期の花崗岩ペグマタイトと橄欖岩、蛇紋岩、閃緑岩、斑糲岩からなる塩基性,超塩基性岩との接触鉱床に生成したもので、フェナカイト、クリソベリル、アレクサンドライト,ユークレース、燐灰石、螢石等を伴います。 
 エメラルドは主に金雲母と角閃石片岩から成る1mの厚さで長さが25〜50m,時には100mにも達する鉱脈の中に、多くは、長さが 2〜3cm(9〜12cmの長さも珍しくはない)の単独または集合した結晶として発見されます。
マリインスキー鉱山 (Mariinsky Moine)
地下深度200mの良く整備された坑道
(Modern minning tunnel at -200m level)
低圧爆破によるエメラルドの採掘
(Minning by low pressure explosion)
回転ミルによる鉱石の選鉱装置
(Sorting mill)
  第2次世界大戦前までは9つの鉱山全てが稼動していましたが、1945年以降は Aulsky、Mariinsky、Chitny とTsheremshansky の4鉱山での操業が行われています。 
 しかし近年の探鉱により、停止している鉱山にも豊かな鉱脈が再確認されているため、操業の再開が予定されています。
 1970年までは主力のマリインスキー鉱山では主に露天掘りと100m程度の深さの地下での採掘が行われていました。1950年代に精力的な探鉱と開発とが行われ,現在では平均500mの深さでの縦坑やトンネルによる採掘が主になっています。
 探鉱には物理探鉱や地質学的な検討が行われ、携帯用のベリロメーターによる,岩盤のベリリウム含有量の分析による鉱脈の追跡等の最新の技術が駆使されています。
 採掘時には、脆いエメラルド原石を破壊しない様に順次点火低圧爆破法で注意深く母岩を削岩する方法が採用されています。
 この様に、宝石鉱山としては、南アフリカやオーストラリアのダイアモンド鉱山と同じような,近代的な設備と最新の技術による探鉱と採掘が行われていて、コロンビアやブラジルとは全く異なるのが印象的です。

ウラル山脈産エメラルドの特徴
ウラル産エメラルド (Ural emeralds)
3.11ct 11.0x8.3x5.2mm
Ural Mtns.
2〜3ctの高品質のルース
(Figh quality loose 2 - 3ct)
コロンビアの最上品に匹敵する
ルース 0.3〜3.05ct
ウラル産では最大級
(The largest loose)
”Vitaly”ルース 37.5ct
高さ 7.5cm 
 
フェルスマン鉱物博物
(A. Felsman
Museum, Moskva)
結晶 8x9x12cm 石英と金雲母中の結晶 
(Emerald in
quartz and phlogopyte)
 
3cm 6.5x7cm

 

  ウラル山脈のエメラルドは近代的な設備の鉱山で採掘され、発見以来,毎年200万から時には1000万カラットにも達する結晶を産出してきました。
 しかし宝石ルースとなると極めて歩留まりが低く,2万カラット程度にしか過ぎませんでした。 
 写真の様に、不透明で亀裂が多く、コロンビアとは比較にならないような結晶が多いのは、接触変成鉱床を成因とするエメラルドの特徴です。
 それほど量の多くないルースも近年の産出は大部分が淡色の魅力に欠ける水準で,半ば忘れられた存在でありました。
 しかしながら、1831年に発見され,モスクワのフェルスマン鉱物博物館に展示されている 11000 カラットの"Kochbey's Emerald”、1978年に発見され,ロシア宝物館に展示されている 3370カラットの ”Glorious Ural Stone” 、同じく1989年に発見された1万カラット、10x12x30cmの ”Miner'sGlory" 結晶、また1990に発見された4400カラット、6x7x10cmの非常に透明な ”New Year's Stone” 等、記録的な大きさの結晶が次々と発見されるなど、代表的なエメラルドの産地であることは間違いありません。
 1990年以降、最新の技術による原石処理と研磨が行われるようになって,多少歩留まりが向上したとしても,数量的にはウラル山脈のエメラルドは依然としてマイナーな存在に止まるものと思われます。
 ごく最近になり、上記の写真の様に3カラット程度の大きさの透明度が高く深い色合いのルースが報告されるようになり、このような品質のエメラルドが継続して産出されるのであれば、ウラル産のエメラルドが市場で再認識されるでしょう。
 とりわけ、透明度の高い青みがかった緑色は最上級のコロンビア,特にチボール産エメラルドやナイジェリア産のエメラルドを彷彿させますが,これは0.15〜0.25%,時には0.38%という高いクロムの含有量によるものです。
  が、上記の写真のような高品質のエメラルドは極めて稀であり、大半は3.11カラットのルースのような内包物が多く、透明度に欠ける低品質のルースしか採れません。


オーストリア ハーバッハタールのエメラルド (Emerald from Habachthal, Austria)


雲母片岩中のエメラルド結晶 (Emerald in biotite schist)
Glau Kogel Mtn. 2834m 標高2300mの鉱山跡
(Mine at alt. 2300m)
2cm 3.5cm
 オーストリアのザルツブルクの南200km程のアルプス、ハーバッハ・タールにエメラルド鉱山がありました。グラウ・コーゲル山の2300m地点にエメラルド鉱脈があり、写真のように宝石質の結晶を産しました。
 3000〜4000万年昔のアルプス造山運動時の変成作用でエメラルドが生成したことは、結晶周囲の雲母片岩が示しています。
一般に変成作用によるエメラルドは内包物や亀裂が多いのですが、写真のように大きく、透明度が高い、コロンビア産に匹敵する高品質の結晶を産しました。
  この地のエメラルドは古くからから知られていたと考えられます。 古代ローマの遺跡から発見されたエメラルド装飾品の分析によ
ハーバッハタール産のエメラルドがあったことが判明しています。
 本格的な鉱山経営は19世紀後半から20世紀初頭にかけて行われ数万カラットの高品質結晶が採掘されたことがあります。
 その後、鉱山は閉鎖され、現在はコレクターが訪れるのみですが、1975年には49カラットの結晶が採集され10カラットのルースがカットされました。

ノルウェーのエメラルド (Emerald from Norway)

オスロの北60kmにあるエメラルド鉱床
(Emerald Mine , 60km north from Oslo)
エメラルド鉱山坑道入り口跡
(Galleries excavated for emerald extraction)
 Byrud 鉱山のエメラルド結晶 最大 9mm
(Emerald crystals from Byrud Mine max 9mm)
白雲母中の結晶 1.2cm
(Emerald in muscovite)
エメラルド結晶マトリクス 5cm
(Emerald crystal matrix 5cm)
 1860年代にノルウェイのオスロの北60kmの Byrud にエメラルドが発見され、欧州各地の博物館に標本が残されています。
 1899年から1907年までの短期間、30人ほどの鉱夫による採掘が行われました。
 宝石質の結晶が採れたものの、採算が取れず、鉱山は10年足らずで閉鎖されました。 
その後はコレクターが訪れ、時折エメラルドが採集されることがあります。
 この鉱脈では古生代ペルム紀(凡そ3億年〜2.5億年昔に、明礬質の頁岩層に小規模なペグマタイト脈が貫入して緑柱石、トパーズ,カリ長石、水晶、白雲母、紫の蛍石等が生成されました。
 エメラルドの緑色は頁岩層に含まれていたヴァナジウムによる発色です。 
結晶の空洞中に含まれる水とガスからメタンが検出されたこと、さらに縞状の発色を示す結晶があり、これはオーストラリアのトリントン産のエメラルドに似ていることとが、Byrud のエメラルドの特徴です。

スペインのエメラルド (Emerald from Spain)

エメラルドが採集されたペグマタイト
(Emerald found at pegmatite vein)
エメラルドマトリクス
(Emerald matrix)
黒雲母片岩中のエメラルド 1cm
(Emerald in phlogopyte)
巨大なアクアマリン結晶
(Huge aquamarine)
Franqueira, Galicia, Spain Senhora da Assunção
Portugal
  比較的に新しい発見ですが、1995年にスペイン北西部、ガリシア地方のフランケイラにてエメラルドが採集されました。
 蛇紋岩層にペグマタイト脈が貫入した接触変成作用で黒雲母片岩層にエメラルド,フェナカイト、アレクサンドライト、トルマリン、燐灰石、柘榴石等が生成された鉱床です。
 いずれも結晶標本級で宝石質ではありませんが、エメラルドは最大10cmの結晶が採集されました。
小規模な鉱床で、現在は枯渇してしまいましたが、実はポルトガルとスペイン国境地帯にはヨーロッパ有数のペグマタイト鉱脈地帯として知られていて、宝石質のアクアマリンがカットされたこともあります。
 写真のアクアマリンは隣接するポルトガルのセニョーラ・ダ・アスンソンで発見された巨大な結晶です。
ブラジルやマダガスカルを偲ばせる見事な結晶です。

その他のヨーロッパのエメラルド (Other European emerald )
 ルース 0.99ct と結晶 曹長石と雲母片岩中のエメラルド 長石中のエメラルド 5cm
Emerald Christal in Feldspat

Lake Urdini, Rila Mtns. Bulgaria
Val Vigezzo, Lepontiner Alps, Italia
 イタリアのエメラルドは1975年にスイス国境に近い Vigezzo 渓谷で発見されました。
長石のバヴェノ双晶で名高いマッジョーレ湖畔のバヴェノ採石場からは西に凡そ10km程の場所です。
 雲母片岩層にペグマタイト脈が貫入した接触変成作用で曹長石、石英、燐灰石、コルンブ石、トルマリン、ジルコン等を伴いエメラルドを産します。最大で5cmの結晶が採集され、中にはファセット級の透明度の高い結晶があります。発色は主に鉄とヴァナジウムイオンが原因です。
 ブルガリアのエメラルドは1985年に中南部の Rila-Rhodope 山地の Urdini 湖で発見されました。
片麻岩、角閃岩と大理石から成る母岩帯に小規模なペグマタイトが貫入した鉱脈が形成され、石英、斜長石、白雲母、金紅石、燐灰石、ジルコンと共に緑柱石が生成されました。
エメラルドは最大6cmの長さがあり、亜透明で微量のクロムと鉄イオン発色の淡緑色です。

 ヨーロッパのエメラルドはルースはもちろんですが、結晶標本すらもまず市場で見かける機会は皆無です。
いずれも堆積岩などの古生代の地層にペグマタイト脈が貫入した接触変成作用でエメラルドが生成したものです。 こうした成因では宝石質の結晶は極めて稀にしか採れず、また結晶も小さなものが大半です。 
 とはいえ、エメラルドがヨーロッパ各地で発見され、鉱山として採掘が行われたこともあるという事実には驚かざるを得ません。

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