ヘソナイト(Hessonite Garnet)


ヘソナイト・ガーネット (Hessonite Garnet) 0.48-17.92ct

 

 17.92ct 19x13.8mm
Sri Lanka
17.32ct 19x13mm 
Sri Lanka
5.44ct 11.5x10.6mm
Sri Lanka
0.48ct 5.9x2.1mm
Sri Lanka
2.36ct 10.6x7.2mm
福島県東白川郡
塙町長久木(矢塚)

 

4.24ct 11.9x8.8mm
 Matara, Srilanka
 4.33ct 11.2mm 
Madagascar
1.44ct 8x6mm
 
Tanzania
 1.17ct 6.6x5.4mm 
Tanzania
 2.64ct           7.39ct           3.51ct
Afghanistan

 

ヘソナイト(濃緑の緑泥石と淡緑の透輝石と)各 3cm
Vald'Ala Piemonte, Italia
8面体のヘソナイト結晶 5mm         幅 5cm
Pizzo Tremogge Val Malenco Italia

 

化学組成
(Composition)
結晶系
(Crystal System)
モース硬度
(Hardness)
比重
(Density)
屈折率
(Refractive Index)
 Ca3Al2(SiO43  等軸晶系  6½ - 7  3.64−68  1.734−760

 グロシュラーライト・ガーネットの中で金色、糖蜜色、黄色、肉桂色,赤橙を帯びたヘソナイトと呼ばれる種類があります。
 宝石質のグロシュラーライトの産出が少ない中では比較的多く産出するため、グロシュラーを代表する宝石として昔から様々な名前で呼ばれて宝飾品に用いられて来ました。
 肉桂色のものはシナモン・ストーン(Cinnamon Stone)、橙色はJacinth、赤,橙、褐色の混じった色はいずれもヒヤシンス(Hyacinth))と呼ばれます。
 実は赤褐色のジルコンもかつてはヒヤシンスと呼ばれ,またかつてはサファイアもヒヤシンスと呼ばれていたとのことです。 
ヒヤシンスとは早春に見られる花の名ですが、こうした赤褐色のヘソナイトやジルコン、さらに青いサファイアのような色合いの宝石に似ても似つかな色合いを持つ花の名前で呼ばれるのは不思議です。 調べてみて、ようやくその真相が判明しました。
ヒヤシンスとヘソナイトの名の由来 
 花の名前のヒヤシンスは、ギリシア神話で太陽の神、アポロンに愛された美少年、ヒュアキントスに由来します。ヒュアキントスはアポロンと円盤投げをしていた時に、アポロンの投げた円盤に当って死にましたが、その時に地面に流れ落ちた血のあとから生えてきた紫色の花が、ヒヤシンスと呼ばれるようになったと言うものです。
 紫色ならサファイアがヒヤシンスと呼ばれても不思議ではありません。 しかし赤褐色のジルコンやヘソナイトとなるとまるで色が違います。 さらに調べたところ、かつてギリシアでヒアシンスと呼ばれていたのは、三色菫かアイリスであったと言うことです。 これで色の由来がようやく分かりました。
 さて、ヘソナイトと言う名前はギリシア語の”hesson=より小さい”と言う言葉から、1822年にフランスの鉱物学者、アウイ(Haüy)が名付けました。 
 アメリカの宝石の本によると、ヘソナイトは市場での評価が低いのでこの名前がつけられたと、もっともらしい説明をしています。 確かに市場であまり人気がない宝石には違いません。
 しかし碩学アウイが市場での評価に基づいて鉱物の命名をするなど到底考えられません。 
より小さいとは、ヘソナイト(グロシュラーライト・ガーネット)が他のガーネットより比重(S.G.)と屈折率(R.I.)とが小さいことを指すものです(パイロープとは殆ど重なります)。 
 比重や屈折率の精密な測定が鉱物の識別の手段として確立されたことを示す歴史的な名前と言って良いでしょう。

しかしアウイに先立って1803年にドイツで発見され、初めはシナモン・ストーンと名づけられ、その後1806年にスグリの実の色に似た淡緑色に因んでグロシュラーと命名された柘榴石と同じものと判明したため、正式な鉱物名はグロシュラーライトとなりました。
 けれども、糖蜜色や赤褐色のグロシュラーは今日でもヘソナイトとしてその名が一般的に残されています。


    写真のガーネットは(左上から時計回りに)マダガスカルのヘソナイト、モザンビークとザンビアのスペッサータインーアルマンダイン、ブラジルのアルマンダインとタンザニアのパイロープ・スペッサータイン(マライア)

 似たような色合いですが、成分が異なり比重と屈折率と色の違いからある程度識別が可能。
 ただし一般に柘榴石は右の図のようにかならずと言ってよいほど、他の種類の成分をとりこんだ固溶体として生成するため、各種の柘榴石の中間的な値をとる場合が多く、厳密な成分測定をしない限り正確な種類の同定は出来ない。
 
Hessonite
 4.33ct 11.3mm
Madagascar
Spessartine-Almandine
 3.34ct 9.55mm
Mozambique
Spessartine-Almandine
5.33ct 10.75x9.20mm
Zambia
Almandine
 3.59ct 11.15x8.55mm 
Brazil
Pyrope-Spessartine
3.21ct 11.6x7.7mm
Tanzania
S.G. 3.661 R.I. 1.753 S.G. 4.201 R.I. 1.805 S.G. 4.277 R.I. 1.825 S.G. 4.169 R.I. 1.809 S.G. 3.890 R.I. 1.798
 およそ200年昔、アウイは似たような色合いの柘榴石を並べては、それらがどの様な特性を持っているのか、慎重に調べ上げたことでしょう。
 当時は質量分析形はもちろん、精密化学天秤や屈折率計等々はありませんでしたから、微妙な値の違いを得るには大変な手間と時間とがかかったにちがいありません。
 "より小さい”と言う,何気ない命名の背後には、その確定に至るまでの膨大な時間の積み重ねがあったことは確かです。
 19世紀のヨーロッパの科学と技術の飛躍的な発展は、科学者たちのこうした地道な努力の積み重ねの結果として花開いたと言う事実を、何気ない鉱物の名前から窺い知る事が出来るというものです。
 と、思わず感慨にふけってしまうのは、手持ちの柘榴石のルース100個余りを、この際全部調べなおそうと思い立ち、かれこれ10日もかかってしまったからです。
 感度0.1mgの超精密化学天秤やらレーザーによる屈折率測定器を使っても、たった小数点3桁の値を確定するのに思わぬ手間と時間がかかってしまいました。
 一つの石を合計20回くらい測って平均値を出さないと、比重や屈折率の正確(と思われる)値が得られません。
 とりわけ,固溶体であるガーネットは識別が難しい宝石の筆頭に挙げられます。
 マダガスカルのヘソナイトは当初スペッサータインとして入手しました。
またタンザニアのパイロープ・スペッサータインもおよそ20年間、疑問を抱きながらもアルマンダインとして区分けしていたものですが,今回測定しなおした結果、色合い等から別種と判断しました。
 写真では色合いの違いを充分表現し切れません。 
宝石の場合,たとえ一流のプロの写真であっても、似たような色合いの石がガーネットなのか、あるいはジルコン、サファイア,スピネル、トルマリンか識別するのは困難です。 
 それがガーネット同士となると実物を手にとって見ただけではその正体が分からないという例が良くあります。
これが悩ましいところでもあり、また楽しみでもあるのですが。


ヘソナイトの産地 

  ヘソナイトは昔からスリランカの砂利の中から大量に採れる糖蜜色のものが良く知られていました。
この色は微量に含まれるマンガンによる発色です。 
 柘榴石としては異例の10カラットを超える大きなルースも珍しくはありませんが、世界的に黄色系統の宝石の人気が低い上に、スリランカのヘソナイトの多くにスワール(渦)と呼ばれる包有物が含まれていて透明度に欠けるため、長い間市場での評価が不当に低い宝石でした。
 しかし近年完璧な合成品が市場に出回るようになってからは、包有物がある事が却って天然の石を証明するものとして再び人気が戻って来ているとの事です。
 近年タンザニアやマダガスカル等アフリカ各地から、マンガンの他に鉄による着色でヒヤシンスの名で呼ばれる赤褐色のヘソナイトを見かけるようになりました。 
 少し褐色がかかっていてスペッサータイトや高級なウンバライトと見分けがつかないくらいきれいなルースが、しかし値段だけはスリランカのシナモン・ストーン並のカラット当り10〜15ドル程度と格安で入手出来るようになりました。

 鉱物フェアで見かけるのは殆どがイタリア、トリノの北西40km程のピエモンテ地方のアラ渓谷産の美しい褐色のヘソナイト結晶です。
 小さくて、不透明なため宝石にはなりませんが,いかにも柘榴石に相応しい色と、偏菱12面体の結晶が見事です。
  滅多に市場には出回りませんが、同じく北イタリアのマレンコ渓谷中のトレモッジオ山では12面体と24面体の結晶の他に "esacisottaedro(英語ではHexoctahedronか?)" と呼ばれる48面体の結晶やさらに柘榴石としては極めて稀な8面体の結晶(上記写真)も発見されるとの事です。 
 稀に透明で大きな結晶からは1カラット程度のルースがカットされることがあります。 

 マレンコ渓谷は有名なデマントイド・ガーネットの産地でもあります。 
アラ渓谷から南に100km程のドーラ・マイラ渓谷ではピンクの宝石質のパイロープ・ガーネットが発見されました。
 美しい柘榴石結晶を産するイタリア・アルプスは愛好家にとっては垂涎の土地と言えましょう。


アフガニスタンのヘソナイト
 

  2001年夏ごろから、アフガニスタン産のヘソナイトがかなりの量出回るようになりました。
産地はニケ所あり、Kunar 地方の Munjagai では年産1500−2000kg、隣接する Nuristan 地方の Kantiwow では年産5000kg も採れるということです。
 いずれも石灰岩質の岩盤に花崗岩が貫入した接触変成鉱床でグロシュラー ・ガーネットの典型的な産状です。
結晶の大きさは1cm程ですが,中には4cmに達する大きな結晶があります。
 結晶には多くの亀裂がありますが、透明な宝石質の部分がファセット・カットされます。
屈折率は 1.739−740、比重は 3.63−64 とやや低いもののヘソナイトの範疇です。

  もっともヘソナイトは宝石市場でそれほど人気がある宝石ではありませんから、大量に出荷されても買い手がなく,最近では採掘はすっかり下火になっているとのことです。
 

日本産のヘソナイト


 鉱物収集家による採掘風景   採集された灰礬柘榴石 10cm
カットされたヘソナイト
2.36ct 10.6x7.2mm
福島県塙町長久木(矢塚)  Nagakugi(Yazuka) Hukushima, Japan  写真提供 : Mineral Hunters

  日本ではヘソナイトの産出は稀です。 ましてファセット級の宝石質ガーネットの産出は絶えて報告がありませんでした。
ところが2003年12月に池袋で開催された国際化石鉱物ショーに国産のグロシュラーライトのファセットが何点か出品されていました。
 その中で最大で最良のルースが冒頭の福島県、塙町産のガーネットの写真です。
 塙町はかつて1mもある電気石や直径20cmの鉄礬柘榴石を産出した日本有数のペグマタイト鉱脈で知られる石川町から南へ25kmの場所です。
そこからさらに25km南下すると,エルバイトやポルックス石等で話題を呼んだ妙見山ペグマタイトがあります。
 福島県東部から茨城県南部には南北200km,東西60kmに及ぶ主に多様な花崗岩からなる深性火成岩と,角閃石片岩,珪質片麻岩,結晶質石灰岩等からなる変成岩,さらに石英安山岩質凝灰岩,洪積層,沖積層等の堆積岩から構成されています。
 およそ1億5千万年昔に変成岩の源岩が海底に堆積され,その後の地殻変動で隆起して阿武隈山地が形成された土地にペグマタイトや金,マンガン,タングステン等の鉱脈が形成されたと考えられています。
 冒頭の写真のルースはグロシュラーライトと表示されていましたが,純度の高い赤みを帯びているためパイロープやアルマンダインとの固溶体ではないかと調べてみました : 比重は 3.659,屈折率は1.760前後と,他のガーネットと比べて最もその値の小さなグロシュラーライトとしても,下限に近い測定値が得られましたので,純度の高いヘソナイトと判断しています。
 この色合いはマンガンと鉄イオンによるものと考えられます。
福島県塙町からヘソナイトが採れるという報告は寡聞にして初耳です。加えてファセット可能な宝石質とは驚きました。
 恐らく日本産では初めての宝石質のガーネットの産出ではないかと思います。
 新たにリンクした”Mineral Hunters"のホームページに塙町長久木(矢塚)の詳しい情報が出ています。
 ここは緑簾石や灰礬柘榴石灰重石、水晶を産する典型的なスカルン鉱床として知る人ぞ知る産地であったとのことです。1990年代末頃から、熱心な鉱物採集家達が一日に15人も訪れて、前述の写真のように大きな坑道が穿たれるほどの賑わいを見せるようになったようです。
 情報をいただいた”Mineral Hunters"のグループは1トンもの鉱石を掘り出し、1kgもの緑簾石結晶を得たとのことです。
 宝石質のヘソナイト結晶はその副産物であったようです。
 
学習研究社のフィールドベスト図鑑 vol.15 日本の鉱物 に福島県塙町産の長さ62mmもある見事な緑簾石の結晶の写真があり,灰礬柘榴石と共に産するとあります。この緑簾石結晶はかの長島乙吉さんの採集品とのことです。 

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