ヒデナイト (Hiddenite)
2001年に再発見されたヒデナイト (Hiddenite, rediscovered in 2001) | |
7.28ct 26.6x6.8x5.4mm 1.69ct 16.6x4.1x3.1mm | 4.69ct Smithsonian Museum |
Adam's Farm, Noth Carolina, U.S.A. |
ヒデナイトはクロムイオン発色にてエメラルドグリーンを示す、スポジューメンの変種ですが、世界で唯一、アメリカ、ノースカロライナ州にのみ産出する稀有な宝石です。
スポジューメンには様々な色合いがありますが、鉄イオン発色で淡緑色の種類もあり、慣習的にヒデナイトと呼ばれることがよくありますが、宝石の専門家は、こちらはグリーン・スポジューメンとして、真正のクロム発色のヒデナイトとは区別しています。
最初に発見されたのは1879年、P.L. Warren が農地を耕していて”緑色のボルト”を発見しました。
ちょうど、この付近の金の漂砂鉱床にて、当時エジソンが発明した白熱電球用のフィラメント用に使えないかと、プラチナ鉱を探していた鉱山技師の Wiilliam E. Hidden が聞きつけて、”緑色のボルト”が実は宝石質のエメラルド結晶であることに気づいて、鉱山の開発に乗り出したことに端を発します。
ウォレンは、以前から近所の子供たちと、” 農地や荒地に転がっている石ころ(実はエメラルドやトパーズ、水晶の結晶)をパチンコの弾にして小鳥の群れを撃って遊んでいたものだ、それが何千ドルもの価値のある代物とは知らずに” と、後に述べている。
ウォレンは、エメラルドに似てはいる、細身の多くの筋がある緑の結晶も発見しましたが、ヒデンにもそれが何かは分からなかったので、ケンタッキー州の Luoisville にいる化学者の Lawrence Smith に問い合わせました。
スミスは、その結晶が、トライフェーン (Triphane :スポジューメンの黄色の変種)と同じ鉱物のエメラルドグリーン色の変種であると判定し、送り主の名に因んで Hiddenite と命名しました。
トライフェーンは、実はその2年前にブラジルで発見されたばかりの宝石でしたから、緑の鉱物を、色違いの変種と見抜いたスミスの慧眼には脱帽するのみです。
因みに、スポジューメンの中で最もよく知られたピンクー紫色の変種のクンツァイトが発見されたのは1902年にカリフォルニア州、サン・ディエゴのペグマタイト、さらに大きい宝石質の結晶の大産地がブラジル・ミナスゼライス州にて、1950年代に、さらに1970年代には、アフガニスタンから数十㎝に達する宝石質のクンツァイトを産するペグマタイト鉱床が発見されました。
が、19世紀末、ヒデナイトを発見間もないスポジューメンの変種であるといち早く見極めたスミスの見識には改めて感嘆せざるを得ません。
ヒデナイト鉱山 (Hiddenite Mine)
露天掘り鉱床 1881年 | 10m以上掘り下げられた 鉱山 1889年 |
エメラルド結晶 10.5x2.7cm | ヒデナイト結晶 | 1.5ct | 一日3ドルの入山料で掘り当てた水晶 | |
Rist Mine | 6x2㎝ | 4x1㎝ | ロサンゼルス自然史博物館 | Rist Mine |
David Welber Collection | Harvard Collection | Granbrook Institute of Science Collection |
ヒデンが鉱山の開発に乗り出して直ぐに町の名はヒデナイトと改名され、町の周囲の畑や荒野の至るところが掘り返されました。
子供たちがあちこちに転がっていた石ころをパチンコの弾代わりにして遊んでいたという事実から、ここが風化したペグマタイトの崩落鉱床であったわけで、シャベルとつるはしで簡単に掘り返す事が出来たに違いありません。
写真のように大きな宝石質のエメラルド結晶(記録では最大で 21㎝ 255g の結晶、13.5カラットのルースが得られた)や100㎏を超える水晶が掘り出されるなど、世界でも屈指の豊穣なペグマタイト鉱床であったことが窺われます。
一般にペグマタイト鉱床にはクロムが含まれないので普通の緑柱石はあっても、エメラルドは発見されません。
しかし、ブラジルにはクロムを含む古生代の地質にペグマタイト脈が貫入してエメラルドの鉱脈が生成された例もあり、ヒデナイト鉱山も、その稀なるケースです。
宝石質のスポジューメンは典型的なペグマタイト性の結晶ですが、エメラルドと同じく、周囲の古生代層のクロムを取り込んで生成したものです。
ヒデナイトは、似たような地質条件のブラジルのペグマタイト性のエメラルド鉱山で発見されても不思議ではありませんが、しかし、世界で唯一、ヒデナイト鉱山にのみ発見されるという稀有な産状です。
この地の採掘は、主にエメラルドを目的に、周囲30平方㎞内に7か所の鉱山が開発され、断続的に採掘が行われました。
さらに、一般の鉱物愛好家に入場料を取って、採掘を営業する農場も現れ、写真のように巨大な水晶を掘り当てた幸運な愛好家も少なからずあったとのこと。
風化した二次鉱床ならではの出来事でしょう。
資料によると、エメラルド採掘時にヒデナイトを含む晶洞に遭遇した例は何度か報告され、かなりの量のヒデナイト結晶が得られたとのことです。
しかし大半はひどく溶融された薄片に過ぎず、結晶はもちろんのこと、カットされたヒデナイトを見る機会は皆無といってよいほどです。
当時の研磨技術では劈開性の強いスポジューメンを無事にカット出来ずに、多くの結晶が割れてしまったのでしょう。
1950年代にブラジルで大きなスポジューメン結晶が発見されてのですが、当時のブラジルの技術ではカットが出来ずに、アメリカに送られてようやくカットできたという逸話が残っているくらい、スポジューメンのカットの難しさが伝えられています。
あちこちの資料に当たっても、わずかにスミソニアン博物館に1カラットの、ロスアンゼルス自然史博物館に1.5カラットの、ロンドンの自然史博物館に2.4カラットのルースが存在するようですが、写真でさえ見る機会がありません。
2001年の再発見( Hiddenite, rediscovered in 2001)
50x7x6mm | |||
2003 Fall Gems & Gemology誌に報告された 新発見のヒデナイト結晶 3.7cm と ファセットカットされたルース 5.58ct 27x5.4mm 1.16ct Ø5.4mm Mountain Gems & Minerals Specimen |
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1.69ct 16.6x4.1x3.1mm | 7.28ct 26.6x6.8x5.4mm | 27x16x8mm | |
Adam's Farm, Hiddenite, North Carolina, U.S.A. | |||
Hiddenite Mine location | 近年の採掘光景 |
2003年の Gems & Gemology 誌にヒデナイト再発見の記事が掲載されました ;
場所は120年昔に最初にヒデナイトが発見されたのと同じ、現在はアダム農場と呼ばれる農地です。
2001年に採掘が開始され、少量の結晶の発見後に、地下4.5m まで掘り進んだ2003年mの4月から5月に、風化した変成岩の母岩中の破砕された鉱脈に遭遇したとのこと。
紫水晶、金紅石、ショール、モナズ石とを伴って採集された1200個の結晶は数㎜から最大で9x1㎝、平均では長さが2~2.5㎝、幅が5~6㎜。殆どの結晶はひどく溶融されていて、5%、数十個の結晶は1カラット超のルースにカットされると見積もられました。
さらなる採掘は周囲の森を伐採、開発する必要があるので直ちには進められないとのことでしたが、以後20年経った現在、新たな発見の報告はありません。
その後2006年秋の Gems & Gemology 誌にスミソニアン博物館の研究員による詳細な調査報告が掲載されました ;
ヒデナイトは圧力が1000気圧以下、温度が250℃以下の典型的なアルプス型の熱水作用で生成したことが、同じ晶洞から採集された他の鉱物結晶との比較から判明しました。
Fe2O3の濃度が0.68~1.3wt%、Cr2O3 の濃度が0.2wt% と比較的に狭い範囲に収まっているのも典型的なアルプス型熱水鉱床の特徴であり、ペグマタイト性のスポジューメンとは成因が異なるものとのこと。
しかし鉄とクロムイオンの濃度はペグマタイト性のそれより高く、それが濃厚な発色の要因でしょう。
エメラルド鉱床地帯に発見されたヒデナイトですが、エメラルドの鉱脈にヒデナイトが発見されることは決してなく、ヒデナイトがエメラルドとは異なる成因で、異なる時期に起こったアルプス型の熱水貫入作用で生成したと考えられます。
この特異な要因が、この地が世界で唯一のヒデナイト産地である所以と考えられるとのこと。
と、ようやくヒデナイトが再発見されたとの情報があり、1カラットを超える数十個のルースがカットされた筈でしたが、ルースが市場に姿を現すことはなく、上述の Gems & Gemology 誌の記事の2個のルースと、冒頭の写真の4.69カラットのルースが、2012年にティファニー宝石店のファンドでスミソニアン博物館のコレクションに収まったというのが発見後20年間の数少ない情報でありました。
たとえ採集された数十個の結晶の全てが割れずにカットされたとしても、あまりにも数が少なく、出たにせよ、到底手の及ぶような値段ではないだろうと、ほぼ忘れかけていた 2021 年の秋に、突然 Coast to Coast の新規出品のリストに 1.69から7.28カラットの4点もの秀逸なカットのルースが掲載されました。
幸いなことに、予想より遥かに妥当な値段だったので、とりあえず1.69カラットと、小さいながらエメラルドグリーンのルースをまず入手しました。
驚いたことに、これ程の稀有なる機会にも拘わらず、残りの3点のルースは 4 か月経っても 1 個も売れずに残っていて、せっかくの好機を逃す手はないと、7.28カラットのルースも追加で入手しました。
色合いはエメラルドグリーンではなく、やや黄色味を帯びた緑ですが、この大きさはヒデナイトのルースとしては、おそらく史上最大と考えられます。
手元でじっくりと光学特性を調べたところ、同じクロム発色のルビー、エメラルド、アレクサンドライトと違って、チェルシーフィルターにも、紫外線照射にも赤色反応を示しません。
即ち、自然光、蛍光灯、白熱光、紫外線と、如何なる照明下でも、色の変化を示さないという興味ある結果でした。
恐らく、かなりの高濃度で含まれる鉄イオンの発色が支配的な為かと考えられます。
しかし、微量であっても含まれるクロムによる、深みを帯びた多彩な発色は、鉄イオンだけのグリーン・スポジューメンと異なる輝きと味わいとを示します。
今回入手した2点のヒデナイトのルースは、包有物が少ない最上の結晶が至高の技術でカットされたことで、素晴らしい色彩効果を見せる逸品です。