曹灰長石(ラブラドール石 : Labradorite)
多彩な色合いを見せる曹灰長石の結晶とルース | ラブラドール石の研磨片 右 7.5cm Labrador半島, Canada アメリカ自然史博物館 |
地味で控えめな長石族の中にあって、ひときわ華やかな彩りを見せるのが曹灰長石(ラブラドール石)です。
ラブラドール石は灰長石成分が60%、曹長石成分が40%と、斜長石族の中では灰長石と曹長石の中間の組成を持つ固溶体です。
複雑な色合いのサンストーン、青い閃光を放つムーンストーン、透明な中に虹色の変彩を見せるスペクトロライト、正長石のような黄金のルース、そして熱帯のモルフォ蝶のような金属的な煌き等々、とても同一の鉱物とは思えないほど変化に富んでいます。
市場の長石族の宝石の大半は曹灰長石の多彩な変種が一手に引き受けていると言っても過言ではありません。
サンストーン 5.4ct 16.9x10.2mm Ponderosa鉱山 Oregon, U.S.A. |
透明なルース 1.13ct 7.8mm Madagascar |
ムーンストーン 13ct 21x13mm India |
ムーンストーン 10.8ct13x12mm Madagascar |
レインボー・ムーンストーン 左6ct 14x10mm 右12.2ct 20x13mm Madagascar |
正長石のような曹灰長石 7.62ct Ø13x9mm 5.22ct 24.4x4.0mm 結晶 2830ct 33x20x16mm Mexico |
スペクトロライト 0.41、0.50ct 6x4mm Finland |
微妙な角度差で現れる ラブラドレッセンス 左46ct 31mm 右35ct 28mm Madagascar |
ラブラドレッセンスを示すスペクトロライト 右上 55g 53x35x16mm Madagascar |
ラブラドール石の発見と主な産地1.カナダ、ラブラドール地方での発見
曹灰長石がラブラドール石と呼ばれるのは,それがカナダのラブラドール地方で初めて発見されたためです。1770年、モラヴィア(当時は神聖ローマ帝国内のオーストリア・ハンガリー帝国領、現在はチェコ共和国)の布教団がカナダ北東部の海岸地方で不思議な石の塊を発見しました。
原住民達はこの石を”火の石”と呼んで装飾品として身につけていましたが、ともあれヨーロッパ人にとっては初めて見る珍奇な石でありました。
この石は海岸沿いのあちこちに発見されました。とりわけ北緯57度8分の海岸にあるNainの町の周辺50km内、北方のNunaengoak湾、Tunnularsoak島、Nepoktulegatsukgor島,更に西のTesseksoak湖岸等に産地が集中しています。
青く閃光を放つ石の発見はヨーロッパで大評判となって、1777年には早くも大英博物館に長さ60cm,幅30cmの塊が展示されました。
18世紀末から19世紀初めにかけてラブラドール石は研磨石であれ、原石であれ大変な高値で取引されました。
2.ロシアのサンクト・ぺテルブルグでの発見
1781年にロシアのサンクト・ペテルブルグに近い氷河の堆積中の転石から最大では長さ1.2m,幅60cmもの宝石質のラブラドール石が発見されました。
カナダ産と共にロシア産のラブラドール石は装飾用,彫刻,工芸用,宝石用として非常な人気を博しました。
当時ルイ16世の肖像をラブラドール石で彫刻した作品が評判となって、フランスのさる伯爵が1万ルイ金貨で求めたとのことです。
ルイ金貨の価値がどれくらいか定かではありませんが、調べた所では純金5.8gを含んでいるようですから、現在の純金の価値だけでも1枚25,000円程度となります。
金貨としての価値は最低でも含有する金の量の数倍となりますから、ルイ金貨で1万枚は現在では250万円くらいの価値があると考えられます。
3.フィンランドでのスペクトロライト鉱床発見
ラブラドール石鉱山 Ylämaa, Finland 遊色を示す母岩中の結晶 研磨片 スペクトロライト結晶
拡大写真 20x
ロシアで氷河の堆積中からラブラドール石の転石が発見されたとなれば、その原鉱脈は当然かつての氷河の上流に当たるフィンランドにあるに違いないと、20世紀になってフィンランドの地質学者による探索が何度か行われましたが結果は失敗に終わりました。
ところが、やはり原鉱床はフィンランドにあったのです。発見の知らせは思いがけない時にもたらされました。
第2次世界大戦の初め、フィンランドのロシア国境に接するイレマアの前線基地で対ロシア戦車防御陣地を指揮していた将校が、落とし穴を作るために爆破した岩盤のほこりを払うと、そこに青く輝く岩が現れたのです。
奇しくも将校はフィンランドの地質調査研究所長の息子でありました。
フィンランドのラブラドール石は青のみではなく、赤や黄色,緑など光の全てのスペクトルが現れるために、後に地質研究所長によってスペクトロライトと名付けられました。
ラブラドール石の全てが鮮やかな閃光を見せるわけではなく,それは稀な例です。
フィンランド産のスペクトロライトが顕著な虹色の遊色を示すのは曹長石と灰長石の結晶とが薄層状に重なっていること、さらに結晶が繰り返し双晶で、これらの層の厚さが光の可視周波数の波長とほぼ一致すること、更に結晶にチタン鉄鉱や磁鉄鉱の針状の結晶が含まれていてブラック・オパールのように背景が暗いために、虹色の遊色が際立って見える、と様々な条件が重なっているためです。
産地のイレマアでは現在も活発な探鉱と採掘とが行われています。
1997年に新たに発見された鉱脈は幅5m、長さ40m、深さが80mあり、 既に650トンの原石が掘り出されました。
鉱山は永久凍土帯にあるために、採掘活動が出来るのは年に3ヶ月のみです。
4.マダガスカルのラブラドール石
現在宝石質のラブラドール石の産出はフィンランドと共にマダガスカルが主な供給国となっています。
マダガスカルからは主にチタン鉄鉱の針状結晶により、地が黒く青い閃光が映えるラブラドールの他にも、無色透明な地のもの、インクルージョンが無く、ファセット・カットに虹色の遊色を示すもの、レインボー・ムーンストーンと呼ばれる虹色のムーンストーン等,多彩なラブラドール石を産します。
多くの資料にマダガスカルの名が引用されますが、不思議なことに産出の詳しい情報は皆無に近いのが現状です。
国中の至る所にペグマタイトやアルプス型熱水鉱床があるマダガスカルでは宝石質の長石族鉱物は広範に産出するものと考えられます。
しかし確かな情報は、島の南部西岸のTulear から中央部の Bekily 周辺一帯には豊富にラブラドール石が年間何十トンの単位で採掘されているというのが, 私の調べた限り、たった一つ見つかったのみです。
5.アメリカ・オレゴン州のサンストーン
多色のサンストーンルース Ponderosa鉱山 |
透明度の高いルース 左1.8ct 9.6x7.6mm 右0.6ct Ponderosa鉱山 |
多色のフリーフォーム・ルース 6.79ct 22.3x9mm Plush Oregon, U.S.A. |
アメリカ、オレゴン州南部、ネヴァダ州境に近いPlush近郊にてサンストーンの産出が報告されたのは1932年のことでしたが、余り注目されなかったようです。
しかし1980年夏に Plush の北およそ150kmに新しい産地が発見され, 年間数百kgと豊富な量の宝石質サンストーン産地、ポンデローサ鉱山が開発されたことで, オレゴン州のサンストーンが脚光を浴びました。
それまでサンストーンといえば南インド産が代表的なものでした。
これは灰曹長石(オリゴクレーズ)に赤鉄鉱片を含んでアヴェンチュリン効果によりきらきらと光るものですが、不透明で大量に採れるためカラット当たり100円程度と安価で、手頃なアクセサリーとして普及している宝石です。
ところがオレゴン州のサンストーンは灰長石成分が70%と高い曹灰長石で、赤鉄鉱ではなく自然銅の微細な結晶片によりアヴェンチュリン効果を示す新しい種類のサンストーンでした。
大半はカボション級ですが, 中にはファセット・カットされる透明な品質のものがあり、含まれる銅片の大きさにより、真紅〜橙〜緑〜無色と多彩な色合いを示します。
長石族の宝石としてはとりわけ美しいもので上質のトルマリン並のカラット当たり数百ドルの高価な値段で取引されるようになりました。 別途サンストーンの展示で詳細を説明します。
6.その他のラブラドール石産地
ラブラドーライト・ムーンストーン
一般にはムーンストーンは玻璃長石から曹微斜長石の組成を持つもので主にスリランカが主産地です。乳白色のものと、青い閃光を放つものがあり、後者が高級なものとされています。
一方,近年インドやマダガスカル産でロイヤル・ムーンストーン、ブルー・ムーンストーンと呼ばれるものを良く見かけるようになりました。
これらは曹灰長石を主成分とするものです。
一般に内部に亀裂やインクルージョンを伴うもの、針状のチタン鉄鉱を含むため、地が暗い灰色と、識別は比較的簡単です。
ただしインド産の曹灰長石のブルームーンストーンの上質なものにはスリランカの最上級品とそっくりなものがありますから肉眼での識別は困難です。
比重と屈折率とを調べれば、カリ長石系が 1.52 前後と 2.56−59、曹灰長石の場合は 1.54−56 前後と2.68 前後で明らかに異なりますから識別は困難ではありません。
もっとも間違えたところで価格水準は似たようなものですから被害はありません。
ムーンストーンについても別途展示にて説明します。
黄金の透明なラブラドール石
7.62ct Ø13.0x9.0mm | 5.22ct 24.4x4.0x5.4mm | 3.19ct 10.8x8.2x5.6mm | 1.22ct 8.0x6.0x4.1mm |
Mexico | Congo | Nei-Mongolia |
メキシコからは透明で金色のラブラドール石が採れます。
マダガスカルの Itrongay 産の正長石に良く似ていますが、やや淡い色合いですが、肉眼での識別は困難です。 しかし比重と屈折率とを測定すれば正長石 (2.56±0.01、1.518〜526) と比べてラブラドール石はそれぞれ 2.70±0.05、1.559〜568 と高い価を示します。
コンゴや内モンゴルからも似た色合いのラブラドール石を産します。
ラブラドール石の値段について
最初に発見された頃、ヨーロッパやアメリカでは人気が沸騰し大変な高値で取引されたラブラドール石ですが、マダガスカル等、新産地が相次ぎ産出量も年間数百トンと増えた結果、普通のラブラドール石の値段はカラット当たり100円程度と、手頃な水準です。
オレゴン州産のサンストーンだけが例外でファセット級の美しいものではカラット当たり、数十ドルから100ドルを越えるものまで長石族としてはかなり高価ですが, それでも美しさからすれば手頃な値段と思います。