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2025 July : 合成宝石 (Synthetic Gemstones)


 
 Forsterite 2.44ct 10.68x8.66x3.97mm  Bi-Color Beryl 1.18ct 8.95x4.85x3.30mm
 Minsk, Belarus Thairuss, Bangkok 

合成フォルステライト(Synthetic Forsterite)
       
キューブ 0.5cm ルース 0.83-1.18ct  結晶片(3.50、5.75ct) と ルース 2.10~6.15ct
2.44ct 10.68x8.66x3.97mm   三井金属中央研究所 Minsk, Belarus 

  フォルステライト合成の試みは1985年頃から行われていました。
 1960年のルビーによるレーザー発振の成功を受けて、その後アレクサンドライト、サファイア、エメラルド、さらに、天然にはない、イットリウム、ガドリニウム、ガリウム等の元素を組み合わせた、各種のガーネット(YAG,GGG)等の結晶が、主に産業、医療、コンピューターのメモリー用等々、広範な分野での応用に向けて開発されました。
 フォルステライトも天然に豊富にある結晶ですが、成分は珪酸マグネシウムと、即ち宝石のペリドットと同じ成分です。
が、前述の各種の宝石と同様に、天然の結晶には内部に格子欠陥による結晶の転移や亀裂、気泡や水泡、他の鉱物の結晶等々、無数の包有物があるためレーザー発振用には使えません。
 したがって、様々な手段による結晶の合成が試みられました ;
1990年代末の Gems & Gemology 誌には、何度か合成フォレステライトの記事が掲載されています ;

三井金属の合成フォルステライト

 東京都上尾市にある三井金属の研究所では1994年にチョクラルスキー法にて直径が2.5㎝、長さが20cmもの全く内包物の無い結晶の成長に成功しました。
 写真は、切断された結晶片上のキューブとカットされたルースです。
青い色はレーザー発振用に添加されたクロムによる発色で、近赤外線用のマイクロウェーヴ発振用に開発されました。
 宝石として使えるほどの透明度の高さから試作品として小さなルースがカットされましたが、産業用として開発されたのみで、宝石として市販されることはありませんでした。
 
ベラルーシの宝石用途の合成フォルステライト

 ベラルーシの首都、ミンスクにある SOLIX 研究所では1990年代末にやはりチョクラルスキー法にてフォルステライトの合成に成功し、”Tanzanion” の名称で、タンザナイトの代替品として純然たる宝石用途に販売を始めました。
 青の発色にはクロムが使われていますが、ベラルーシ製にはその他にコバルトと微量のヴァナジウムによる発色の結晶も製造したようで、これは天然のタンザナイトと同じく結晶軸の方向で青とピンクの多色性を示します。 

新たに入手した合成フォルステライト
 と、30年近く古い資料にて合成フォルステライトの存在は記憶していたのですが、実物を見る機会は皆無でした。
それが主にオパールを扱っている宝石商のオークションのページに一点のみ登場し、競争もなく落札できました。

 稀少な宝石専門の業者ならともかく、ほぼオパール専門の宝石商が、何故、このような珍しいルースをどのような経緯で入手したのか尋ねたところ、下記のような状況が分かりました ;

 このルースは天然のタンザナイトとして他の宝石業者から入手したのですが、その素性に疑問をもって、別途、鑑別を依頼したところ、トルマリンとタンザナイトに近いが、別の天然鉱物で、その正体は分からない !!!! との答えだった。
 そこで改めて中央宝石研究所にソーティングを依頼したところ、これが合成のフォルステライトであり、極めて珍しい存在であることが判明した次第、とのこと。
 まさに宝石学の試験を地で行くような経緯を辿った次第ですが、しかし、極めて珍しい種類のルースとは言え、専門の宝石鑑別機関が、その正体を突き止められなかったというのは、いささか驚かされます。
     参考までにこのルースと紛らわしい種類の手元にある宝石の屈折率を測ってみました ;
 宝石種 産地  組成  屈折率 
今回入手したフォルステライト  合成 Mg2SiO4   1.689-1.704 
無色のフォルステライト  Mogok Mg2SiO4  1.691
ペリドット  Mogok   (Mg,Fe)SiO4  1.690-1.704 
 ペリドット  Pakistan 同上   1.686-1.704
タンザナイト   Tanzania   Ca2(Al・OH)Al2(SiO4  1.691-1.704
エルバイト・トルマリン 緑 Brazil  Na[Li1.5Al1.5]Al6Si6O18(BO3)3(OH)3(OH)  1.643-1.647 
アクロアイト・トルマリン 無色  Nigeria   同上  1.616-1.629

確かにペリドット(フォレストライト)とタンザナイトとを屈折率のみで識別するのは不可能です。
しかし、トルマリンの屈折率は遥かに低く、識別は簡単です。
 クロム添加により、タンザナイトのイミテーションとして売られたら、経験のある宝石商でも識別は不可能でしょう。

合成リル(Syntehtic bicolor Beryl)
         
1.18ct 8.95x4.85x3.30mm   合成紫水晶の結晶 3.9g とルース 10.10ct 

 エメラルドの合成は何と18世紀末にはフランスの科学アカデミーによって試験的には成し遂げられていました。
さらに20世紀初頭からドイツの化学薬品企業の I.G.ファルベン社が膨大な時間と費用とをかけて合成技術を確立し、1930年代から40年代にかけて市販を試みました。
 しかし事業としては莫大な損失を出し、ドイツの敗戦とともに、姿を消しました。
 合成エメラルドの商業化に成功したのがアメリカの化学者、キャロル・チャザムで、1940年代半ば、第二次世界大戦中のことでした。
 量産化に成功したチャザムのエメラルドは、市場に安定して供給され始めましたが、天然にしては余りにも美し過ぎる相当量のエメラルドが出回ったために、その素性が疑われ、宝石業界と、宝石の専門家との大がかりな検証の結果、これが天然ではなく、合成のエメラルドであることが判明しました。
 この出来事は天然と合成、本物と偽物とを識別する、”宝石学”を大いに発展させる契機ともなりました。
チャザム社はその後も3人の息子たちが合成宝石の事業を引き継いで拡大させ、今日では世界最大の合成宝石企業として健在です。
 その後、エメラルドの合成は宝石用途に加えて、可視光より波長の長い赤外線領域の電磁波を発振させるマイクロウェーヴ発振装置、メーザー(Microwave Amplification by Stimulated Emission of Radiation) を目的とする開発が日本の企業や大学を含む世界各地で行われ、それに続く、ルビー、アレクサンドライト、フォレストライト、各種の合成ガーネットのレーザーに繋がる、宝石合成技術の嚆矢となったものなのです。 
  チャザムに続いて1980年以降、世界各地で続々とエメラルドやルビー、アレクサンドライト、オパール等の合成宝石が登場しましたが、その多くは後継者難と、経営難とで姿を消し、現在ではアメリカのチャザム社、日本のキョーセラ(京都セラミック)、さらに主に軍事用途に莫大な費用と人材とを投入した旧ソ連の生き残りがタイとの合弁で設立したタイルス社とが、今日の主な合成宝石の生産者です。

 写真のバイカラー・ベリルとは、実はエメラルドの中心に同じ緑柱石である、しかし赤い色合いのレッドベリルの縞が入っているという不思議なルースです。
 年に1~2回、ネットオークション市場に姿を見せるので随分昔に入手していたものです。
以前から、この縞模様はどうやって造った物なのか、入手してあれこれ思案していたが分からずにいたものです。
 今回、この製造方法の見当が付いたので、めでたく紹介に至った次第です。
 上の写真の合成紫水晶の結晶とルースの写真を見て、この赤い縞入りのエメラルドの製造過程が判明しました。
合成紫水晶の中央部に見られる縞こそは、紫水晶結晶の成長が始まる種となる水晶の結晶片です。
 この種結晶を水中に溶かし込んだ酸化珪素を含む溶液中に入れて密封し、オートクレーヴと呼ばれる容器の中で、種結晶を中心に水晶の結晶が成長するという仕組みです。
 バイカラーベリルも同様に、レッドベリルの結晶片をエメラルドの材料を溶かし込んだ高温高圧の溶液中に入れて半年ほどかけると、種となったレッドベリルを中心にエメラルドの結晶が成長するという仕組みです。
 様々な色の、中心に無色透明な種結晶の層のある.合成水晶の結晶は30年以上も昔から持っていたのに、ごく最近まで、この仕組みに気が付かなかったのは迂闊の限りだったと反省するのみです。
 手間ばかりかかって、大して売れもしないであろう、この縞入りエメラルドを合成したのは、まず、バンコクにあるロシアとタイの合弁の合成宝石製造企業のタイルス社であろうと考えます。
 エメラルドの部分は赤い合成レッドベリルと同じ熱水法によるものと考えます。


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