新着宝石展示室 (New Gemstone Gallery)


2021 May : ブラジルのトルマリン (Brazilian Tourmalines)


   
Particolored Tourmalin Carving  10.62ct  Tourmalin 4.47ct Tourmalin-matrix on cookeite 8.3㎝
Tourmaline-matrix 3㎝
 Brazil Golconda Mine, Minas Gerais

奇跡のパーティカラートルマリン
     
10.62ct 26.0x7.3x6.9㎜ 

   パーティカラー ( Parti-colored) とはまだらの、縞々のという意味です。 
その名の通り、一つの結晶が何色かに色分けされているものを指しますが、とりわけトルマリンにはこのような色合いの結晶をよく見かけます。
 このようなまだらの色合いの結晶の成因は : 結晶の成長の過程で発色要因となる様々な元素イオンが熱水により交互に供給されて結晶に取り込まれたためです ; 
青  二価の鉄イオン緑 : 二価の鉄イオンと四価のチタンイオン黄緑 : 二価のマンガンイオンと四価のチタンイオンとが酸素を介して電子を交換する電荷移動、 緑ー黄色 : 二価のマンガンイオン、 ピンク・赤 : 三価のマンガンイオン橙 : 二価と三価のマンガンイオンの組み合わせ、と実に複雑な金属イオンの組み合わせで多彩な発色が起こります。 
 トルマリンのパーティカラーは珍しいものではなく、ブラジル、北米東海岸のメイン州、西海岸のサンディエゴ、アフガニスタン、パキスタン、アフリカのマダガスカル、モザンビーク、イタリアのエルバ島等、世界のペグマタイト鉱床から広範に発見されます。

 写真のトルマリンは青ー青緑ー朱色と見事な色変わりを見せる結晶をそのまま彫刻したものですが、注目すべきは驚異的な透明度です。 一般に多色のトルマリンは、発色の原因となる不純物の金属イオンを含む熱水溶液の成分が交代することで起きるのですが、結晶の成長には長い時間がかかります。 
 ロシアで試みられたトルマリン合成の実験では温度が750~800℃、圧力が100ー200メガパスカル(1000ー2000気圧)の条件下で一日の成長速度が0.1㎜、と極めて高温、高圧を長期間保つ必要があります。
 即ち3cmの結晶の成長には少なくとも1年間はかかるため、商業的な生産の試みは時間と費用と技術的な兼ね合いからほぼ不可能であり、かつて行われたことはありません。
 因みに同じ熱水法によるエメラルドの合成は温度が600℃前後、圧力は150メガパスカルの条件下で、成長に要する時間は3か月から6か月と遥かに緩くなります。
 同じ熱水法による合成水晶では温度が190~650℃、圧力は5~30メガパスカルと低くて済むため、数千リットルもの大きなオートクレーヴ(圧力容器)を使って、30日程度の短期間で最大10㎏もの単結晶が主に産業用途向けに生産されています。
 一方、3㎝ 程の小さな結晶でもトルマリンの成長には1年近い時間がかかりますが、その間、異なる成分の金属イオンを含む熱水が一定期間をおいて温度や圧力の変化が全く起きずに交代したと考えなければ、こんなにも透明度の高いこのような色合いの結晶が成長できません。
 しかしながら、自然の条件下ではこのような条件はまず起こりえないと考えられます。
天然の結晶成長時には温度や圧力、供給される成分濃度の変化等がしばしば起こり、そのために結晶の欠陥、位相のずれ等による亀裂、他の鉱物結晶や、水滴、炭酸ガス等の気泡の発生や混入により透明度が損なわれてしまうことが殆どです。
 あえて”奇跡のトルマリン” と題したのは、このトルマリンがパーティカラーにもかかわらずほぼ完ぺきに近い結晶として成長した事実に感嘆せざるを得ないからです。
  一般に市場でパライバ以外のトルマリンの詳細な産地が明記されることはまずありませんが、あえて、これが、ほぼブラジル、おそらくはかつてゴルコンダ鉱山で産した結晶を研磨したものと考えるのは次の理由からです ;
 
他の地域の鉱山のパーティカラー・トルマリンは、透明度が低く、このように例え5㎝以下の小さなものでも、結晶をそっくり研磨加工できるような結晶はまず採れません。
 
 一般的な宝飾品用としてカットされるルースから、純粋にコレクション用として自由な形のカーヴィングが試みられるようになったのは1980年代半ばころから、ドイツの宝石研磨産業の中心地であるイダー・オーヴァーシュタインのベルント・ムンシュタイナーを嚆矢として、以後世界に広まったものです。 
 とりわけ大きく透明な結晶が得られる、トパーズ、アクアマリン、クンツァイト等の博物館級の結晶を熟練したカッターたちがフリーフォームで研磨したものは、単なる宝石ルースではなく、工芸作品として位置づけられ、当時数千ドル~数万ドルもの値が付けられていて、ただただ感嘆して見ているだけでした。
  このカーヴィングは数十年来のコレクターの放出品を入手したものですが、恐らくは当時発見されたばかりのゴルコンダ鉱山の冒頭の写真の結晶と同等の大きさの透明な結晶が研磨されたものに違いない見当を付けています。
 

グリーントルマリン (Green Tourmaline)
     
4.47ct 14.1x6.5x5.2mm 

 トルマリンと言えばかつてはブラジル産が大半でしたが、近年はケニア、モザンビーク、ナイジェリア、マダガスカル等々、アフリカ産の台頭が目覚ましく、ブラジル産を見かける機会が随分少なくなっています。
 そんな中で、久しぶりにブラジル産のトルマリンを見かけました。 
 ブラジル産の緑のトルマリンはコレクションに少なからずあるのですが、写真が余りにもきれいで、その上カラット当たり1000円ならためらうまでもなく思わず入手してしまった次第。
 実物は、写真のごとく、カット、透明度共に完璧なルースです。 第一級の宝飾品に仕上げることも可能な掘り出し物です。
ブラジル産の緑のトルマリンによくある褐色味が見られないのは、おそらくその原因となるチタンイオン成分が少ないためと思われます。
 こうなると何処の鉱山産か興味がありますが、ブラジルで無数にある緑のトルマリンの産地をルースの色合いだけから突き止めるのはほぼ不可能なことです。 いつの日か産地の分かる同じ色合いの結晶に巡り合うことを期待するのみです。


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