タイのサファイアとルビー
(Ruby and Sapphire from Tahiland)



     
   ルビーとサファイア Sapphire Crystal 3mm - 10mm Kanchanaburi 

         
 
タイのルビー・サファイア産地の地図  1980年代の採掘光景  現在の小規模な採掘光景の  
  タイの南東部からカンボジアのパイリンにまで広がるおよそ9万平方キロメートルの広さの一帯には120~212万年前に噴出したアルカリ玄武岩が風化した粘土と砂利の層に覆われています。
 タイのサファイアは首都バンコクの北西120㎞のカーンチャナブリとバンコクから南東へ330㎞のチャンタブリーの2か所に広がっています。
南東部のカンチャナブリは同じ地層がカンボジアのサファイア産地であるパイリンまで続いています。 
 もともとパイリンはタイ領でしたが1907年にフランスの植民地として分割されたものです。
 地図で灰色で示されている新生代第3紀のトラット(Trat)と呼ばれる玄武岩層からはルビーを産します。
タイのサファイアとルビーは19世紀半ば頃から知られていましたが、不純物の鉄を多く含むため、暗い色合いで魅力がなく、原始的な採掘が行われているに過ぎませんでした。
 しかし、1960年代後半ごろから、加熱処理により暗い色を取り除くことが可能になったこと、更にビルマの社会主義政権によって鉱山が国有化されて、非効率な経営によって産出が激減したこと、その後軍事政権に対する経済制裁により、ビルマ産のルビーとサファイアの供給が止まったことも重なり、タイの産地で機械化された大規模な生産が開始されました。

 タイの鉱床は、地表近くから地下8mの深さに、風化した玄武岩と砂利の中にルビーとサファイアを含む厚さ15㎝から1mの層があります。
 冒頭の写真の結晶は最大でも10mm程度の全く透明度の低いものです.
しかしながら、ルビーやサファイアの結晶は、,玄武岩起源はもとより、モゴクや他の産地でも多かれ少なかれ、このような産状が大半です。
 したがって、カットして1カラットを超える大きさのルースは、ルビーはもちろん、サファイアでも本当に稀にしか採れません。
採掘は重機により地表の土砂をはぎ取り、ルビーとサファイアを含む層を大規模な処理工場で選鉱する方法です ;
 24間稼働で週に8000トンの土砂から20㎏の原石を得るといった鉱山がタイの産地のあちこちで一斉に始まりましたが、広大な鉱区はたちまち枯渇し、残された大地の荒廃と環境破壊とは大きな社会問題となりました。
 こうした、タイでのサファイアとルビーの産出は1990年代半ば頃には激減しました。
現在も小規模な採掘が地図で示された、チャンタブリ近郊で細々と続けられてはいますが産出量は少なく、従って、タイ産のサファイアやルビーを見かける機会はめったにありません。
 しかしながら、タイでは、経済制裁で表向きは輸出が激減したビルマの宝石の加工や流通、更に20世紀に入ってタンザニアやマダガスカルで発見された宝石の流通や宝飾品への加工等々、世界の宝石産業の中心地として発展を続けています。
タイのサファイアとルビーの品質
     
 タイ産の最上級のサファイア 結晶とルースの逸品 2.75ct 


         
 非加熱 2.13ct 8.23x4.72x5.24mm 1.52ct  8.0x6.1mm
Kanchanaburi
 0.96ct 6.4x5.0mm 6.26ct
 10.2x8.2mm 
1.95ct
 7.8x6.2mm 
1.00ct
6.9x5.0mmmm 
0.85ct
8.6x4.8mm 
1.50ct
6.0x6.0mm 
 一般にアルカリ玄武岩起源の他産地同様に、タイのサファイアは不純物の鉄による発色の暗い色合いで、魅力がありません。
1960年代に、加熱処理により多量の不純物の鉄を除去することが可能となって、ようやく宝飾品に使えるようになりましたが、殆どは中級品以下の手頃な価格帯の宝飾品用に使われるものでした。
 1980年代から1990年代初頭にかけて、タイのサファイアが世界のサファイアの50%を占めるほどに増加しましたが、大半は中級以下の品質で、3カラットを超える最上の色合いのルースでもカラット当たり1000ドル以下と、スリランカの3カラットクラスの最上品の3分の1程度の評価しかされませんでした。
 したがって、コレクションにも、とりあえず入れておこうと入手した僅か点数があるのみでした。
ところが、ごく最近入手した写真の2.13カラットのルースは、GIAのレポートで非加熱、タイ産と明記してあり、ビルマ、モゴクの最上品を思わせる色合いに思わず衝動買いをしたものです。 
 これを入手してから、タイ産のサファイアのサファイアの最上級品とはどんなものかと調べてみましたが、意外なことに、GIAの Gems & Geology の80年余りのバックナンバーの他に、手持ちの宝石図鑑や、宝石関連の本の何処にも、まともな写真すらないことに気付きました。
 写真に掲載するに値しないほどの品質であったということなのでしょうが、それでも何とか探して見つけたのが上の結晶とルースの写真です。
 確かにこれならモゴクやスリランカと肩を並べる水準のものも極めて稀ではあったにせよ存在したと判明しました。
今回入手したルースは、色合いといい、包有物が殆どない透明度の高さと言い、タイ産サファイアの稀なる逸品であると
納得できました。
 再研磨されたルースとのことです。 おそらくは1980年代末から1990年代初頭のタイでの生産最盛期に産した、稀なる美しい原石を宝飾品に仕立てられたものが最近宝石市場に流出し、昔の古風なデザインのリングでは商売にならないので、ルースのみを再研磨したものと考えられます。
 カンボジアのパイリンや、フランスのオーヴェルニュ等、アルカリ玄武岩起源のサファイアの中にも稀に、ビルマやスリランカに劣らず、美しい色合いのサファイアがありますが、タイでも、かつては加熱処理を必要としないほどに、美しい結晶を産したこともあったのです。 
 次の3点は、ごく普通の、しかしなかなか美しい、典型的なタイのサファイアです。
最後の無色のサファイア3点は、かつてツーソンで、タイ在住の稀少宝石専門業者から紛れもなくタイ産の無色のサファイアとして入手しました。 
 本来、純粋なサファイアは無色ですが、ほぼ全てが不純物の鉄やチタン、クロムを含有して様々な発色をしますが、スリランカでさえも、無色は極めて稀、まして普通のサファイアでさえ大量の鉄を含んで真っ黒なタイのサファイアで、この無色は ”激レア” としきりに勧められ、カラット当たり30ドルもの高価な買い物をしてしまったのですが、今となっては、あれは ”激安”  だったと懐かしく思い出します。
 もっとも1980年代のツーソン・ショーでは、レッド・ベリル、アウイン、ロードクロサイト、ベニト石のルースや、トパーズ、アクアマリンの結晶等、現在と比べればただみたいな値段でありました。

タイのルビー
           
 3.41ct 3.04ct  2.98ct  4.10ct  10.5x10.0mmd 0.68ct  6.4x5.0mm  0.29ct Ø4.5mm ea. 0.90ct 5.6x5.0mm 

 サファイア同様、アルカリ玄武岩起源のタイ産のルビーは、鉄の含有量が高く黒ずんだ赤の色合いのために、宝石市場ではビルマのモゴク産と比較すると半値ほどの低い評価しか得られません。
しかし1970年代、ビルマからの供給が途絶えた時代には、タイのルビーが世界のルビー供給の70%を占めた時代もありました。
 現在では新たな産出は激減しているため、タイのルビーを見かける機会もありませんが稀に見るタイのルビーにもサファイアと同様、美しいものがあります。
 ペンタゴンにカットされた4.01カラットのルビーはやや内包物が多いのですが、しかしタイのルビーに多い黒味がありません。
昼の光ではややピンクの色味が強く、宝石の専門家にはピンク・サファイアと評価されるかもしれません。
 しかし、白熱光下ではしっかりとルビーの色合いを示します。 実は30年昔のツーソン・フェアで見た時も会場の強い白熱光下で美しいルビーとして、提示され、この大きさのルビーは稀少と勧められて衝動買いしたものです。
 次の0.68カラットのルースは小さいながら、同様にモゴクのルビーのような色合いです。
2点の小さなルースは、タイ産ですがこれは色が淡くピンク・サファイアです。 
最後のリングはシンガポールの、宝石店の夜のショー・ウィンドーに飾って あったものですが、光沢の強さに惹かれて入手したもの。小さいながら、殆ど内包物の無い濃いピンク・サファイアです。
 と、いずれもあまりタイ産らしくないルビーとサファイアですが、殆どタイ産を見かける機会がなくなった今となっては、ともあれ鉱床が枯渇する前に入手できたのは幸いでありました。



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