薔薇輝石(Rhodonite)


 
 薔薇輝石 (Rhodonite) 0.32 - 8.50ct

0.32ct 8.0x3.0mm 8.50ct 18.0x7.4x5.6mm 1.64ct 13.14x5.88mm 0.68ct 7.85x4.10mm 0.78ct 10.2x3.6mm 0.47ct 5.7x4.4mm
ブラジルの薔薇輝石(Brazilian Rhodonite)
5.0x3.2x1.1cm 5.2cm 6cm 6x5cm
Morro da Mina mine, Conselheiro Lafaiete, Minas Gerais, Brazil
 ブラジルのミナス・ジェライス州、コンセリェイロ・ラファイエテに近いモロ・ダ・ミーナ鉱山が唯一の宝石質の薔薇輝石の産地です。
 かつては、数mmほどの、亀裂や包有物の多い小さなルースがカラット当り数百ドルの高値でごく稀に姿を見せるほどでしたが、2005年以降は、優先的に宝石質の結晶を採掘するようになったために息を呑むような結晶やルースがかなり豊富に市場に出回るようになりました。
 後述するオーストラリア産と比べて、鉄の不純物が少ないため純度の高い濃いピンク色が特徴です。

オーストラリアの薔薇輝石(Australian Rhodonite)
3.72, 3.96, 0.86, 1.00 2.09ct 4.89ct
Smithsonian Collection
宝石質結晶 70.5、 51.52ct 5.5cm
Chapman Collection
2.9cm
R.Noble Collection
2.2cm
R. Clark Collection
3.3cm
G. Stacey Collection
2.5cm
R.Olsen Collection
North Mine Zinc Corporation Mine
Broken Hill, New South Wales, Australia

 1970年代後半、オーストラリア南部の Broken Hill 一帯の鉛や亜鉛鉱山群の脈石として発見された薔薇輝石が唯一ファセット・カットが可能な結晶でした。最大で10.9カラットのルースがカナダ・トロントの博物館に展示されています。
 写真の右の4つはいずれも薔薇輝石としては例外的な美しい結晶として世界各地の著名なコレクターの間を転々としています。
 鉄分の含有量が多いため、やや赤黒い色合いが特徴です。
上の写真の5個のルースは最もカットが困難とされる薔薇輝石を実験用にカットしたものです。
 透明度が低く、包有物が多い等、最上の標本ではありませんが、ともあれカットできるような結晶が圧倒的に少ないのが薔薇輝石なのです。
5x4cm
Block 14 mine
3.5cm 南部石を含む薔薇輝石の彫刻
Sherris Chottier Shank carving
中央のラフ 55mm と カボション
Woods Mine
Broken Hill, Australia

 研磨されたロードナイト
 
Yukon River Region
 Canada
鳥に彫刻された薔薇輝石 15cm
 
Madagascar
薔薇輝石の平板状結晶 3cm
Franklin Mine, New Jwesey, U.S.A.
 ペルーの薔薇輝石(Rhodonite of Peru)
Pyrrgitute(FeS)を伴う薔薇輝石 3.2cm 薔薇輝石 9cm 6.7cm Huanzala mine
San Martin Mine, Chiurucu, Dos de Mayo Province, Peru Peru
 ペルーのアンデス山脈には無数の鉛や亜鉛等の重金属鉱山があり、とりわけウワンサラ鉱山の薔薇輝石が美しい鉱物標本として古くから有名でした。
 1989年にチウルクのサン・マルティン鉱山にて真紅から濃ピンクの美しい薔薇輝石が発見されました。
美しい色の標本の産出は一時途絶え、懸命な捜索の結果2006年と2007年に新鉱脈が発見され、2008年に薔薇輝石の鉱脈が尽き、鉱山が閉山となりました。

日本の薔薇輝石(Japanese Rhodonite)

4cm
栃木県鹿沼市加蘇鉱山
6.5x5.6cm
 群馬県桐生市茂倉沢鉱山
8.5x4.5cm
茨城県東茨城郡岩間
Japan

 上述のブラジル、オーストラリアと並び、日本産の薔薇輝石がファセット・カットに値する結晶の産地であると、古くから知られていました。
 とは言え、そうした鉱山が日本各地で稼動していたのは1950年代から1980年頃までです。
とりわけ足尾山地に近い鹿沼に散在していたマンガン鉱山からはブラジルのモロ・ダ・ミーナ産に匹敵する濃ピンクの2cmに達する透明な結晶が発見されたこともあったのです。
薔薇輝石と類似の鉱物
 
マンガン輝石(Pyroxmangite)
0.68ct 6.53x4.87x3.07mm 
カボションカットされた
ブスタム石 14ct 20x13mm
方解石上の橙色のブスタム石
結晶 3cm 結晶全体は7cm
Zinc Corp鉱山 Broken Hill

Australia
透石膏上の南部石結晶
 右側の結晶 1cm
Kombat鉱山 Namibia
南部石結晶 9cm
Kombat Mine, Namibia
Desmond Sacco Collection
Johannnesburg, South Africa
不透明だが宝石質
の南部石
Namibia
 
  化学組成 結晶系 モース硬度 比重 屈折率
薔薇輝石(Rhodonite) (Mn2,Fe2,Mg,Ca)SiO3 三斜晶系 5½-6½  3.30‐70 1.73‐74
マンガン輝石(Pyroxmangite) (Mn,Fe)7(SiO3)7 三斜晶系 5½- 6 3.80 1.726-764
ブスタム石(Bustamite) (Mn,Ca)3(SiO3)3 三斜晶系 5½- 6  3.32-37 1.64-71
南部石(Nambulite) (Li,Na)Mn++4[Si5O14(OH)] 三斜晶系 3.51 1.707-730
  ロードナイトとはギリシア語の”rhodon=薔薇”に因んでつけられた名前です。
和名はその直訳ではありますが、しかし日本語の鉱物名としてはまことに美しい名前です。
 世界のマンガン,銀,鉛,亜鉛等の鉱山に主要なマンガン鉱石として産出する鉱物で、美しいものは冒頭の写真のように,宝飾品や彫刻用に用いらます。
 かつてウラル山脈のエカテリンブルグに近い鉱山で濃いピンクの薔薇輝石が採れました。エカテリンブルグで加工された彫刻は、同じくロシアの特産品であった孔雀石の壷や貴石が象嵌されたテーブルと共に、ロマノフ王朝からヨーロッパの王室への結婚の際の贈り物に用いられたものです。
  しかし透明でファセットにカットされるほどの結晶は極めて稀。大半は団塊状、粒状で産し、稀に透明でも数mmの平板状の小さな結晶しか採れませんでした。
 かつてはオーストラリアのBroken Hillが唯一のファセット可能な透明な結晶の産地でした。
方鉛鉱の中に10cmに達する宝石質の結晶があり、透明な部分から最大で2〜3カラットの無傷のルースが得られる事がありました。 
 現在はブラジルからも稀にファセット級の結晶が採れますが、普通は貴重な鉱物標本として保存される例が大半です。 
鉱物標本に向かない透明な結晶の断片が時々コレクター向けにファセットされますが、遭遇できれば大変幸運と言えましょう。
 と言うのは、薔薇輝石は数ある宝石の中でカットが最も困難な鉱物の一つだからです ;

薔薇輝石のカットの困難さ

 薔薇輝石はモース硬度は6と決して低い鉱物ではありません。しかし結晶の全方向に劈開性があり、カット時に欠けてしまう危険があります。
 その上に結晶軸の全方向に著しい色変わりを示します : 92.5度で交叉する2面の{110}方向に完全な劈開と{001}方向に強い劈開性があります。
 さらに結晶軸のXとZ方向では黄色味を帯びた赤になるため、最も好ましい濃ピンクに見えるY軸方向のみがテーブル面となるようにカットする必要があります。
 元々包有物が多く、透明度が高い大きな結晶が採れない上に、こうしたカット時の制約と困難のため、カットされたルースが極めて少ないのです。
 さて、1970年代頃までなら、この薔薇色の鉱物は簡単なテストで薔薇輝石と識別できましたが、その後似たような鉱物の出現によってX線散乱パターン分析等の高度な手法による検査でもしないと、本当のところ、どの鉱物なのかを識別するのは出来なくなってきました。
マンガン輝石(パイロクス・マンガン石)
  マンガン輝石は、昔からマンガンの主要鉱石として日本のマンガン鉱山でも採掘されていました。見た目は薔薇輝石にそっくりです。
 40年も昔の事ですが,栃木県鹿沼市の山間部に在る加蘇鉱山というマンガン鉱山を何度か訪れましたが、ここではブラジルのラファイェット産とそっくりの半透明な結晶塊が採掘されていて、薔薇輝石ということでした。
 小さな鉱山ですが、ささやかな研究室があって秘蔵の2cm位の大きさの完全に透明な結晶を見せてもらいました。
 日本の鉱山でも、こうした宝石質の薔薇輝石を産出したことがあったのですね。 
 その後採集した標本を,大学の鉱物学の教授に調べてもらったところ,本当はマンガン輝石であると教えられました。
 しかし未だに、この二つの鉱物の違いは分かりません。 日本の鉱山で薔薇輝石と混在してマンガン輝石が産出した事はF.パフ博士も指摘しています。そして識別はほぼ不可能だと述べています。

  写真の0.68ctのルースは Gems & Gemology Winter 2006 に掲載されたもの
化学組成、分光分析、比重、屈折率では薔薇輝石との区別が出来ませんが、唯一、X線散乱分析により識別が可能とのことです : 
薔薇輝石では結晶格子当り5個の珪酸4面体がありますが、マンガン輝石では7個あり、それがX線散乱分析のパターンの違いとなって現れます。
ブスタム石(Bustamite)
 一般に英語読みでバスタマイト(Bustamite)と発音されます。19世紀メキシコの詩人で、将軍、かつ1930年から1941年にかけて3度大統領を務めたアナスタシオ・ブスタマンテ(Anastacio Bustamante)に因んで命名されたのでブスタム石と呼ぶのが正しい読み方です。
 この鉱物も薔薇輝石の双子の兄弟のような鉱物ですが、比重と屈折率とが少し低いため、識別は可能です。
 20世紀初め,この鉱物の正体が知られてなかった時代ですが、当時の英国宝石学の重鎮、Basil Anderson が同僚のRobert WebsterとC.J.Paineと共に、小さなブリリアント・カットされたサンプルを測定器を一切使うことなく判別したという事です。
 屈折率,複屈折率、モース硬度をその光り具合から判断し、重さ(比重)も勘で読み、多色性とを考慮した上で,正しい結論に達したとの事。 昔は凄い人たちがいたものです。 ただただ脱帽するのみ !!! 
 ファセット・カットされるような透明な結晶は、しかし市場ではまず見かける事はありませんが,珊瑚のようなカボション・カットの石は時々見かけます。カラット当り20〜30ドル程度とかなりの値段です。
後述するオーストラリアのブロークン・ヒル鉱床が主要な産地です。
南部石(Nambulite)
 1967年に、岩手県,北上山地の舟子沢鉱山で赤褐色柱状のリチウムとナトリウムとを含む新種の鉱物が発見され、マンガン鉱物の研究で名高い東北大学の南部松夫教授に因んで南部石と命名されました。
 舟子沢鉱山産の結晶は最大でも8mmと小さく、宝石質ではありませんでした。 
その後1970年代末にアフリカのナミビア各地で宝石質の結晶が発見され、その美しい色合いから、宝飾用途や、彫刻された装飾品が市場に出回るようになりました。
コンバット鉱山からは完全に透明でファセットが出来るような結晶も発見されています。
 ナミビアのコンバット鉱山には銅ー鉛ー銀の硫化物層と、マンガンの珪酸塩、炭酸塩,酸化物を含むレンズ層との二種類の鉱床があります。 
 後者の層から1978年、南部石の宝石質の透明な結晶が発見されました。
 薔薇輝石グループとは組成が少し異なりますが、実際には薔薇輝石と一緒に,あるいは成分に含まれる形で産出する場合もあります。

Broken Hill鉱山の産状について
  オーストラリア南部、New South Wales州に在る、主要鉱山だけでも10を数えるブロークンヒルの鉱山群は1883年以来、驚異としか言いようのない180種類もの大きく,多彩な色合いと比類のない宝石質の結晶を産出して来た事で鉱物界にその名を轟かせています ; 例えば 方鉛鉱の結晶上の直径10cmもの12面体をしたワイン色の満礬柘榴石、1mの長さの板状の銀の結晶、完全な10cmの緑色の正長石の双晶、33x26cmの白鉛鉱の結晶、14x5cmの淡いピンクの柱状のブスタム石、そのブスタム石の上に横たわる10x1.5cmの青緑色の燐灰石、完璧な姿の5cmの藍銅鉱、銀や銅の樹枝状結晶で包まれた淡緑の透明な菱亜鉛鉱、薔薇輝石の1mもの結晶の団塊や、5x1cmの透明な結晶、透明な菱亜鉛鉱と白い葉巻形の白鉛鉱とでちりばめられた褐鉄鉱の柱、星状に放射する針鉄鉱をまとった30cmの鍾乳石、網状の白鉛鉱の隙間を埋めるカナリー黄色のエムボル石(Embolite:Ag(Br,Cl))と緑の孔雀石の結晶・・・等々、これらはほんの一例に過ぎません。
 鉱山の黎明期に見られたこうした鉱物の大半は収集される事も、また写真に撮られる事さえなく、溶鉱炉に投げ込まれてしまったという事ですから、何とも惜しい話しです。
 が、こうした貴重な標本が失われてしまった例は他の鉱山でも無数にあったに違いありません。
 僅かに残された標本は、シドニーのオーストラリア博物館、鉱山,地質博物館、Albert Chapmanコレクション、鉱物博物館などに残されています。
 オーストラリア、ニュー・サウス・ウェールズのブロークンヒルにこのような稀有な鉱物結晶が生まれたのは、硫化鉱床に珪酸塩結晶が漂流するという、異例の成因があったためです。
 硫化鉱床に捕獲された珪酸塩結晶は一般的に滑らかな表面を保ち、完全な結晶形に成長し、その上宝石質である事が多いという特徴があります。
 このような例は数多くはありませんが,世界に幾つか見られます。 
まずは,最近閉山となったアメリカ・テネシー州、Ducktownの磁硫鉄鉱と黄銅鉱の鉱山の例があります。
 ここではこの鉱床に2〜5cmの大きさの暗い緑色の透輝石や時にピンクの黝簾石が発見されました。
 次はフィンランドのオウトクンプ鉱山です。ここも同様に磁硫鉄鉱と黄銅鉱の鉱床にエメラルド・グリーンの透輝石と灰格柘榴石(ウヴァロヴァイト)とが成長している事で有名です。
 最後に,もっとも大規模で、際立って豊穣なのが、このブロークンヒルの主に方鉛鉱主体の硫化鉱と薔薇輝石やマンガン閃石、ブスタム石等に加えて、満礬柘榴石、正長石、ヘデンベルグ石、パイロスマライトとイネス石等の珪酸鉱物からなる鉱床です。 

 現在デ・ビアス/アングロ・アメリカンやリオ・ティントと並び、世界で有数の鉱業資本であるBHP社はこのブロークンヒル鉱山から興ったオーストラリアの企業です。

 

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