シンハリ石(Sinhalite)
シンハリ石 (Sinhalite) 0.48 - 5.9ct |
0.48ct 5.5x4.2mm | 2.30ct 11.0x7.0mm | 2.87ct 12.0x8.7mm | 5.89ct 12.0x8.3mm | 漂砂鉱床の水磨礫 |
Eherigoyada Srilanka | Srilanka | Kenya or Tanzania | Srilanka |
化学組成 (Composition) |
結晶系 (Crystal System) |
モース硬度 (Hardness) |
比重 (Density) |
屈折率 (Refractive Index) |
MgAl(BO4) | 直方晶系 (Orthorhombic) |
6 1/2 | 3.48 | 1.668-707 |
シンハライトの名は,サンスクリット語でスリランカの古名、シンハラに因んで命名されました。
この宝石は既に20世紀初頭には(あるいはそれよりずっと以前から)カットされて存在していましたが、長い間茶色のペリドットと考えられていました。
博物館や宝石商、宝石コレクターの手元にあった普通は淡黄から暗褐色の、稀に金色や緑色を帯びた茶色のカットされた宝石は、注意深く検査されなければ、クリソベリルやジルコン、トルマリン、あるいは緑柱石と混同されていたものと思われます。
また比重や屈折率が調べられたとしても、一般の専門家がぺりドットのフォルステライトーファイアライト成分のファイアライトに近い、鉄を多く含む褐色のペリッドットと判断してしまったとしても不思議ではありません。
しかしながら二軸性の複屈折率、ベータとガンマの差の少なさに慧眼の専門家なら疑問を抱く余地はあったはずです。
例えば、Hallimond博士は当初クリソベリルとされた宝石を、検査の結果クリソライト(ペリドットの古名)と判定しましたが、しかし更なる検査が必要と注意書きを付け加えたのでした。 けれども再検査は行われませんでした。 1912年のことです。
またイギリス宝石学協会.C.J.Payne博士も、ゼベルゲート島や、コンゴ、アリゾナ、ハワイ産のペリドットを測定しいずれも光学性が正(Positive)なのに、何故、問題の褐色のペリドットが光学性で負(Negative)を示すのか不審に思っていました。*宝石の光学特性について*
鉱物は結晶系によって異なる光学特性を持ちます。
ダイアモンド、スピネル、ガーネット、螢石等、三本の結晶軸の長さが等しくそれぞれが90度で交わっている等軸晶系の結晶に入射した光は全ての方向に同じ速さで進むので一つの屈折率を示します。
これに対して結晶軸の長さや傾きが異なる他の結晶系の鉱物の場合には入射した光の進む早さが結晶軸の方向により異なるため複数の屈折率(複屈折)を持ちます。
正方晶系と六方晶系(三方晶系)に属する結晶は二つの屈折率を持ち、結晶内の方向に関わらず常に一定の値を示す屈折率オメガと方向によって変動する屈折率イプシロンとを持ちます。
オメガがイプシロンより小さい場合は光学的に正(Positive)その逆は負(Negative)と呼ばれます。
直方晶系、単斜晶系、三斜晶系に属する鉱物は三つの方向に異なる長さと傾きとを持つ結晶軸を持ち、あらゆる方向に速さの異なる三つの屈折率を持ちます。最も小さい値をアルファ、中間をベータ、大きい値をガンマで表し、中間値ベータがアルファに近ければ光学的に正(Positive),ベータの値がガンマに近ければ負(Negative)といわれます。
さらに、一般の茶色のペリドットの比重の3.34に対して、この茶色の石のそれが3.48と重いことにも注意が注がれるべきでありました。
しかしながら、こうした疑問は実に40年近くも放置されていたのです。
冴えない褐色で、とりわけ美しい宝石ではなかったシンハライトの宿命であったのかもしれません。
アメリカ国立博物館のGeorge Switzer博士が茶色のペリドットの筈がない、この褐色の宝石の正体を突き止めようとこの茶色の宝石のX線検査を行ったのは1950年6月のことでした。
その結果は明らかにペリドットとは異なるものでした。
それを受けてイギリスの自然史博物館のClaringbull博士、ターファイトの化学分析を行ったM.H.Hey博士、宝石学者のRobert Websterとが1951年に検査を行い、この鉱物が珪酸分を全く含まず硼酸とアルミニウムとマグネシウムからなる、新種の鉱物であることが判明しました。
主な産地はスリランカですが、稀にミャンマー、ロシア、タンザニアにも宝石級の結晶を産し、またアメリカからも標本級を産するということです。
冒頭の写真でケニア産に?をつけたのは、確かに入手したときにはケニア産と表示してあったのですが、タンザニア産の宝石の大半がケニア経由で流通する例が多く、その原産地は恐らくタンザニアと思われるためです。
シンハライトは比較的稀な鉱物であり、さらに今日では全く人気のない褐色の宝石ですから、もっぱらコレクター用にカットされるのみです。
値段もカラット当たり20〜30ドルと手軽な水準です。
しかしながら、こうして写真撮影をしてみると、褐色ながらファセット面に反射,屈折する光は黄金から黄色、淡褐色から濃いチョコレート色へと眩しく煌き、どうして中々美しいものです。
スリランカの漂砂鉱床に産するため,気の遠くなるような長年の河川での流浪の旅を経て、見付けられた時には本来の結晶形を僅かに留める不透明な水磨礫でしかありません。
けれども、誕生した当時は端正な美しい姿の結晶であった筈に違いありません。
ただの石ころに過ぎない磨耗礫が、人の手にかかって再び美しいファセットカットに磨き上げられて生命を吹き込まれ、かつての美しい姿を凌ぐ魅力を現すと言う事実にこそ,宝石のロマンというものがあるのではないかと、感じ入った次第です。参考までに、各地のペリドットとシンハライトの屈折率と比重とを下記に示します ;
屈折率 複屈折率 比重 淡黄色のシンハライト 1.6667 1.6966 1.7048 0.0381 3.47 褐色の シンハライト 1.6691 1.6988 1.7069 0.0378 3.48 暗褐色のシンハライト 1.6708 1.7000 1.7081 0.0373 3.49 ゼベルゲート島のペリドット 1.6541 1.6721 1.6900 0.0359 3.347 ビルマ産の緑色のペリドット 1.6525 1.6659 1.6870 0.0345 3.330 スリランカの褐色のペリドット 1.6562 1.6719 1.6920 0.0368 3.35