スピネル結晶(Spinel Crystals)


 
ビルマ、ヴェトナムとパキスタンのスピネル結晶
( Spinel Chrystals from Mogok, Vietnam and Pakistan )

 美しい八面体の結晶で産するスピネル結晶は一般に1cm 程度の小さな結晶として発見されます。
したがって、カットされた宝石も1カラットほどが大半です。
 宝石質の大きく美しいスピネル結晶はたとえスミソニアンやロスアンゼルス等の世界的な博物館でさえも見ることはできません。

                    ビルマ・モゴクのスピネル(Burma・Mogok Spinel)
     
 スピネル結晶団塊 82x40x28mm 182g 結晶大理石上の宝石質スピネル 12x8mm  20mm 32.6ct 
   
天然の結晶  天然の結晶の表面を研磨した結晶(エンジェルカット)
(Polished natural spinel crystals : Angel cut) 
0.46ct(5x4.5mm) - 6.13ct (11.3x11.3mm) 0.52ct (4.9x4.3mm) - 3.55ct (10.8x10.7mm) 
  ビルマのモゴクは近年、ヴェトナムやタンザニア等新しい産地が台頭しては来ましたが、依然として世界で最大かつ最良のスピネル産地です。
 とりわけ、モゴクの北数 ㎞ にある Chaung Gyi 渓谷にて数年前に発見された新産地の Man Sin, Pyan Gyi, Dattaw, Pain Pyit, Ta Yan Shan 鉱山から
採掘される最上のスピネルは 素晴らしく透明度が高い、輝かしい赤や、濃いピンクの色合いのルースがカットされ、最上級のルビーとほぼ同等の評価
を受けるようになっています。
 長年馴染みのない宝石として不当に低く評価されていましたがようやくスピネルの真価が認められるようになったわけです。
 おかげで上質のスピネルは、一介のコレクターには到底手の届かない高嶺の花になってしまいました。
 182gのスピネル結晶団塊は20年近く昔に入手したものです。ただの石ころのようで全く美しくはありませんが、スピネルの産状を示す興味深い標本です。
 結晶大理石上の赤い結晶は如何にもスピネルらしい端正な結晶形と色合いを示す標本です。 やや透明度に欠けるためにカットされずに結晶標本として
市場に出たものです。 32.6ctのは全く透明度がありませんが正八面体のを示すスピネル結晶としては珍しく大きなものです。
 下段の結晶はいずれも宝石質の結晶の、左は自然のもの、右はコレクション用に結晶面を研磨した、エンジェルカットと呼ばれるものです。
ビルマのモゴク産のスピネルは、初生鉱床から採集させるため、美しい正八面体を示します。 

スリランカのスピネル
      スリランカでは、スピネルに限らず殆どの宝石が二次鉱床である漂砂鉱床から、水摩礫として採集されます。
このため、スリランカ産の美しい8面体のスピネル結晶を見かける機会は皆無に近いといっても過言ではありません。
 稀に母岩付きのスピネルのマトリクス結晶が採集されると Gems and Gemology 誌の Gem New に写真付きのニュースとして掲載せれるほどです。
 写真の結晶形がはっきりと認められるマトリクスは、したがって極めて稀な標本です。これはスリランカ人の宝石商から Embilipitiya 産として入手したものですから、産地についてはまず間違いありません。
 
 31x28x25mm  Embilipitiya, Srilanka  


 ヴェトナムのスピネル結晶
     
大理石上のスピネル結晶 50x40x38mm  
     
     
 19x15x14mm  14x10x6mm 13x12x9mm   12.7x9.9x7.2mm  10x10x7mm
Luc Yen, Vietnam 
  1980年初頭頃からヴェトナム各地でルビーとともにスピネルが発見されました。ビルマのモゴク、スリランカ、タンザニア等の産地に匹敵する美しいスピネルです。
 赤、ピンク、ラズベリー、青、紫と、あらゆる色のスピネルが採れますが、特筆すべきは写真の表な素晴らしく明るい青い色合いの結晶です。 この発色はコバルトに因るものと考えられます。
 この色のスピネルは、他にはパキスタン産のみが知られています。
惜しむらくは、小さく、透明度に欠ける結晶しか採れないようで、この色合いの宝石質のルースは合成スピネルにはいくらでもあるのですが、天然のスピネルではついぞ見た記憶がありません。

 何時か、この色の宝石質のルースを見る時が来ることを期待するのみです



パキスタンのスピネル結晶
         パキスタンではフンザ渓谷のルビー・サファイア産地から宝石質のスピネルを
産するとの報告があります。
 しかしビルマ(コランダム:スピネル比が5:1)と比べて10:1と少ないためでしょう、
パキスタン産の結晶標本もカットされたルースも滅多に見かける機会がありません。
 素晴らしくきれいな色合いの結晶標本を20年ほど昔に入手したまま、その後全く
見かけましせんでしたが、最近ちらほらと市場に再登場するようになりました。
 この色合いで宝石質の透明な結晶、あるいはカットされたルースが出ないかと、
長年空しく待っている次第です。
 近年ヴェトナムから、同じような色合いの結晶が出ましたが宝石質には程遠い
品質です。
   
 結晶 8x8mm 結晶 12mm   9.2x7.0x6.5mm  
Aliabad, Hunza Valley, Pakistan     

パミール高原のスピネル( Spinel from Pamir Mtns.)
       
   マトリクス 95x53x42mm   結晶 13x10mm  マトリクス 60x52x40mm   結晶 21x13mm 
   
  パミール山脈,とアフガニスタン産のスピネルは古代から知られていました。
イギリス王室の所有する”黒太子のルビー”、”チムール・ルビー”と呼ばれるネックレス、ロシア王室の王冠等々を飾る、
かつては巨大なルビーとされていた宝石の多くが、実はアフガニスタンやパミール産のスピネルでした。
 現在も、時折100カラットを超えるような巨大なルースが採れる結晶を産します。
 が、標高の高い山岳地帯で硬い岩盤を掘る採掘作業は困難を極めるためでしょう、結晶もカットされたルースにもごく稀にしか遭遇する機会がありません。
 写真の結晶マトリクスは20年以上昔に入手したものです。 マトリクスについている黄色の鉱物は斜ヒューム石です。


ガーノスピネル(Gahnospinel)
       
  スピネルの成分のマグネシウムの一部が亜鉛と置換された、ガーノ・スピネルと呼ばれる
変種があります。 
 化学組成は (Mg,Zn)Al2O4 と表され、酸化亜鉛の成分が 0.15%~30% までと、重い亜鉛
の含有率が多くなるにしたがって、比重が 1.716-752、屈折率も 3.60-4.05 と普通のスピネル
より高い値を示します。
 前述のヴェトナム、パキスタン、パミール山脈産の目の覚めるような青い色の結晶は、
どうやらガーノスピネルと考えられます。

 左の写真はチェコ共和国産の結晶、スリランカ産と推定されるルースと共に Mindata. の
ガーノスピネルに掲載されているものです。
 ガーノスピネルはスリランカでも採れますが、一般にスリランカ産のガーノスピネルの多く
は、沈んだ色合いの青が大半で、カシミール・サファイアのような鮮烈な青ではありません。
 ひょっとすると、手持ちのスリランカ産のスピネルにもガーノスピネルが含まれている可能性
があるので、いずれ、じっくりと比重と屈折率とを調べてみようかと考えています

 
 9x6mm Jizerská, Czech Republic  Srilanka ???  


  亜鉛スピネル・ガーナイト (Gahnite)


        
 石英上の亜鉛スピネル結晶
(Gahnite on quartz) 90mm
 亜鉛スピネル結晶
(Gahnite) 5mm
 磁鉄鉱結晶(Magnetite) 20mm
 Brokenhill, Australia  Tiziolo, Italia  Chester, U.S.A.  スピネル族鉱物のff結晶構造


   スピネルには主成分のマグネシウムが他の金属と置換され、スピネル族と呼ばれる正八面体の結晶形を示す20種余りの鉱物群
があります。
 単にスピネルと言えば MgAl2O4のことですが、その他に鉄スピネル(Hercynite : FeAl2O4)、亜鉛スピネル(Gahnite : ZnAl2O4)、
マンガンスピネル(Galaxite : MnAl
2O4)、磁鉄鉱 (Magnetite : FeFe3+2O4)、クロム鉄鉱 (Chromite : FeCrO4)等があります。
 ガーナイトはマグネシウムの大半が亜鉛に置換された鉱物です。 この名前はスウェーデンの化学者 J. G. Gahn ( 1745-1818)に
因んで命名されました。
 比較的に珍しい鉱物ですが、オーストラリアのブロークン・ヒル、ニュー・ジャージー州のフランクリン鉱山、等の亜鉛l鉱山では時に
20cmもの正八面体の結晶を産しました。
 ナイジェリアでは宝石質の結晶を産したとのことですが、おそらくは、マグネシウムが100%ではなく、部分的に亜鉛に置換された、
ガーノスピネルに近い成分ではないかと考えられます。 
  


合成スピネル結晶
       
失敗した火炎溶融法の結晶
(Failed flame fusion crystal) 
天然の結晶を模してカットされた結晶
(Flame fusion spinel, cut like natural crystal) 
フラックス法によるガーノスピネル結晶
(Garnospinel crystal by flux method) 
30x18x12mm 12g 33x19x17mm 21g  35x25x23mm 22g  1.40ct 7.4x7.4mm 6.65ct 12.6x12.6mm  14x11.5x11mm  10.05ct  14x10x9mm 9.63ct  19x14x10mm 13.8ct
Russia   Science Academy, Nobosibirsk, Russia   Bell Laboratory 1970's

 合成スピネルは1880年ころにフランスで実験的に作られましたが、大量生産技術は1900年代初頭に、当時はサファイアの青の発色の仕組みが分からなかったため、酸化アルミニウムに様々な金属を添加する試行錯誤の過程にて偶然マグネシウムを加えたところ、スピネルが合成されてしまったものです。
 火炎溶融法による合成スピネルは、しかし酸化マグネシウムと酸化アルミニウムとの混合比や、結晶生成の際の温度の精密なコントロールが困難で、しばしばひび割れが出来たり、透明度が損なわれる等々、写真のように失敗する例が多く、簡単ではありません。
 その後、火炎溶融法を改善したファルケン・バーガー法による合成技術が確立されて、合成スピネルが市場に登場しましたが、宝石として知名度の低いスピネルではなく、クロム、コバルト、銅、マンガン、チタン、鉄等の様々な金属添加物により、赤、ピンク、黄、緑、紫の発色をさせたものが、ルビー、ピンクサファイア、エメラルド、トルマリン、ジルコン、アクアマリン、サファイア、アメシスト、アレクサンドライト等々、ありとあらゆる宝石名がつけられて、市場に溢れたものでした。第2次大戦後、10年余りを経て、日本が少し豊かになり始めた1950年代後半の頃でした。
 1970年代には、様々な電子材料の用途に、マグネシウム成分の一部が亜鉛に置換されたガーノ・スピネルの合成が試みられました。
 高温の火炎溶融法では亜鉛が蒸発してしまうので、より低温のフラックス法での製造がロシアとアメリカの研究所で行われました。
 天然のガーノスピネルはコバルトと鉄による発色で青系統の色合いを示しますが、ロシア、アメリカ製のいずれもクロムによる、天然のルビー・スピネルと呼ばれる赤の発色を意図して合成されたのでしょう。


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