マダガスカルのルビーとサファイア
(Ruby and Sapphire
from Madagascar)
マダガスカルのルビーとサファイア 0.64−9.68ct |
マダガスカルは30億年昔の始生代以来の古い地層がモザンビーク造山活動や、複雑な熱変成や交代作用、花崗岩ペグマタイト脈の貫入などの数多くの地殻変動を経てきました。
このため、多彩な色合いのトルマリン、ガーネット、エメラルドやベリル、ダンベリー石、フェナカイト、サフィリン等世界屈指の多様な宝石の産地です。
ルビーとサファイアも各地から鉱物標本級が報告されていました。
ところが1990年代以降、各地で有望なルビーとサファイアの鉱床が次々と発見され、世界の注目を集めています。
1993年に島の最東南部の Andranondambo で発見されたのは世界で屈指の高品質のサファイアでした。
1996年には最北部の Anbonadromfehy でアルカリ玄武岩起源ですが素晴らしく透明度の高いサファイアが発見されました。
1998年に発見された中南部の Ilakaka 周辺の広大な漂砂鉱床からは、スリランカやタンザニアと同じく、ガーネット、ジルコン、アレクサンドライト等のペグマタイト性の宝石と共に多彩な色合いのサファイアが採掘されるようになりました。
2000年には首都アンタナナリボの東50kmの、2001年には東海岸といずれも熱帯雨林中から高品質のルビー鉱床が発見されました。
アンドラノンダンボのサファイア(Sapphire from Andranondambo)
2.99ct 8.1x7.0mm | 2.56ct 10.0x6.3mm 非加熱 | 0.85ct 6.7x5.0mm | 0.72ct 6.7x5.0mm |
結晶大理石中のサファイア鉱床 | 結晶 0.48 - 0.96ct | 非加熱のサファイアの吸収特性 | |
ペグマタイト起源 Kashmir | スカルン起源 Burma | スカルン起源 Srilanka | 玄武岩起源 Antanafotsy |
マダガスカル南部のアンドラノンダンボにて1993年に発見されたのはスカルン型のサファイアの鉱脈でした。実はここは1952年にフランスの鉱物学者が10mmほどの結晶を発見し報告されていたのですが、何故か忘れ去られていたのです。
土地の牛飼いによって再発見され、後にその結晶を入手して調べたタイの宝石商により、伝説のカシミール・サファイアに匹敵する高品質のサファイアと評価されました。
ニュースは瞬く間に広がり、一時は島中から15000人の鉱夫が殺到し、他の産地の宝石の産出が激減したほどでした。
硬い大理石岩盤に深さ20−30mの縦鉱を掘り、更に水平に伸びるトンネルをシャベルとツルハシで掘り進み、バケツとロープで運び上げる一連の作業を全て人力のみで行うという過酷な労働で、3kmx1kmの広さの鉱区は穴だらけのスイス・チーズのようになっています。
サファイアは結晶大理石岩盤中にペグマタイト脈が貫入した変成作用によるスカルン起源です。
鉱床を調査した専門家によると、サファイア結晶は様々な鉱物が混ざったスープ中に浮かぶ豆のように発見され、ペグマタイト脈と輝石岩とが接触した空洞中に生成したと考えられます。
毎月100kgほど採掘されるサファイアの多くは白濁した、いわゆるゲウダと呼ばれる結晶ですが、80%が宝石質で、その90%は加熱処理後にカットされます。
結晶の多くは数mmと小さくカットして1カラット未満が大半ですが、15%ほどの結晶からは2カラットを越えるルースが得られます。15−20カラットのルースも少なからずあり、最大では54カラットの素晴らしいルースが報告されています。
特筆すべきは、その色合いです。写真と吸収特性のグラフから明らかですが、カシミールの最上級のサファイアに匹敵する石があります。
ビルマ、タイ、スリランカ、オーストラリア等世界の主要産地の資源が枯渇した現在では、アンドラナンダンボのサファイアは世界で数少ない最上のブルー・サファイアの産地です。 不思議なことに、これほどの高品質でありながら、当初は2カラットを越える最上品でもカラット当たり数万円、1カラット以下の小さな石に至ってはカラット当たり数千円と、ありふれた色石並みの値段でした。新産地のために、真の評価が浸透してなかったためでしょう。
2005年頃から上質のブルー・サファイアの値が高騰し始めました。中国の富裕層に人気があるとのことです。主要産地がほぼアンドラナンダンボに限られているため、今や市場ではダイアモンドを凌ぐ評価となっています。潤沢に供給が可能なダイアモンドと比べて、高品質のブルーサファイアが遥かに稀少な宝石とあれば、それも当然のことです。
いずれ幻のカシミール産の値段に限りなく迫ってゆくでしょう。
アンボンドロミフェイのサファイア(Sapphire of Ambondromifehy)
採掘光景 | 母岩中の結晶 14mm | 上 (inset)
多色のルース 8.25、3.26ct 下 (bottom) 1.04 - 2.98ct |
1996年にマダガスカル島最北部のアンボンドロミフェイの近くでサファイアが発見されました。島の最北の町アンツィラナーナから3500km2の裾野を持つアンブル火山の南のアンカラーナ(Ankarana)特別自然保護地帯に至る舗装された国道に近い密林地帯のほぼ40−100km間の至る所からサファイアが発見されます。
この地のサファイアはアルカリ玄武岩起源です。地下8mほどの深さの風化した石灰岩層の堆積中に不透明な結晶が集積しています。多くは手作業で掘られていますが、機械化された採掘も行われ、10時間で3−5kgの結晶が採掘されます。そのうち12−16%ほどが加熱してカット可能な宝石質です。5kgの結晶から900カラットのファセット石が得られます。1カラット以上の大きさのルースは1%と歩留まりはきわめて低く、その他に不透明なスター・サファイアが得られます。玄武岩起源のサファイアの品質と歩留まりとは大体この水準です。
写真のルースは例外的に大きく美しいものです。色むらがありますが、玄武岩起源としては異例の高い透明度を持った美しいサファイアです。
1998年に政府が自然保護のために1万人もの鉱夫が殺到した無秩序な採掘を禁止したことと、南部のイラカカに豊かなサファイア資源が発見されたこととが重なり、この地での採掘活動は殆ど止まってしまったようです。
イラカカのサファイア(Sapphire from Ilakaka)
採掘光景 | ”スイス銀行” と呼ばれた豊穣な鉱床 |
イラカカ川辺での選鉱光景 | Ilakaka 1999 |
漂砂鉱床からの宝石水磨礫 最大1cm Ilakakaのサファイア 右上 1.40ct 0.64ct 5.2x4.5mm 1.21ct 7.2x7.2mm
マダガスカル西南部海岸の Toliara から中南部の町 Ihosy に至る数万平方kmに及ぶ一帯から時折宝石が採れることは古くから知られていました。が、余りにも広大な土地に散発的に発見されるため、充分な調査が行われたことがありません。現在に至っても充分な情報は得られないのが現実です。
しかし1998年に二つの町をつなぐ道路沿いのイラカカ川に豊かなサファイアの漂砂鉱床が発見されました。余りにも宝石がざくざくと採れたので ”スイス銀行”と呼ばれた鉱床もありました。多彩な色のサファイアだけではなく、ガーネット、トパーズ、トルマリン、ジルコン、スピネル、クリソベリル、アレクサンドライト、ベリル、カイアナイト、アンダルーサイト、水晶等々、世界で屈指の豊穣な宝石の産地であることが明らかになりました。
マダガスカルのサファイア生産は1995年の140kgから2000年には9500kg以上に急増しました。政府の厳しい規制にも拘らず、2000年代以降は毎週50kgのラフが主にタイ向けに密輸されていると言われ、2000年から2005年の世界のサファイア市場の25−40%はマダガスカル産が占め、その大部分がイラカカ周辺産です。
サファイアではありませんが、ある鉱夫が採掘した砂利の袋には後に24カラットのアレクサンドライトにカットされた水磨礫が入っていて、10万ドル相当が支払われました。その石は遥かに高い値段で日本の業者に転売されたとの事。
噂は忽ちのうちに広がり、2ヵ月後の11月には東の Isalo山から西の Sakaraha に至る200kmに及ぶ鉱区にマダガスカル各地から1万人を越える鉱夫が押しかけました。
採掘と取引の中心となったイラカカの寒村は1年後には都会へと変貌を遂げました。
イラカカの地質
広大なマダガスカル南部の地層は2億5000万年〜1億年昔の堆積層で覆われています。そこには熱水鉱床、ペグマタイト鉱床、広域変成鉱床等々、多様な起源の多彩な鉱物結晶が長年の風化により水磨礫となって堆積しています。場所により1m〜から30mと様々な深さの堆積層から産出する宝石は種類や色合い、品質共に、スリランカやタンザニアのウンバ川流域産と共通しています。これらの産地は元々ゴンドワナ大陸が分裂する前はほぼ隣接する土地にあったためと考えて間違いありません。
イラカカ一帯は広大な土地から多様な宝石を産する世界最大の宝石産地の一つです。
ここで採れるサファイアはスリランカ同様、多彩な色合いがあります。不確かですが、前述の Andranondamboに匹敵するサファイア産地が発見されたとの情報もあります。
ともあれ、新たな産地が次々と発見されているのがイラカカ周辺なのです。
一般に90%以上のサファイアが加熱処理をされているといわれています。
バトマンドリーとアンディラムナのルビー
(Ruby from Vatomandry and Andilamena)
熱帯のジャングルに出現したスラム街とルビーの採掘光景 Andilamena | Vatomandry | Andilamena |
Vatomandry | Andilamena | ||||||
1.78 2.03ct | 4.85 5.02ct | 非加熱 9.68ct 13.8x12.4mm | 非加熱 1.05ct 6.20x4.60mm | 1.67ct 9.0x7.0mm |
バトマンドリーのルビー
2000年9月にマダガスカルの首都アンタナナリボの東方、東海岸沿いの町バトマンドリーから西南に30km入った熱帯雨林中にルビー鉱床が発見されました。鉱床は2m以下の浅い表土の下に30cm程の層を成しています。政府が鉱区を定め、採掘許可を与える前から既に数千人の鉱夫が至る所で採掘を始めており、忽ちのうちに70kgものルビーが市場に姿を見せました。
原石の大半は0.1−0.3グラムと小さいのですが、濃いピンクから赤い色合いで、高品質のものはビルマのモゴク産と比べて遜色の無い色合いと高い透明度を持っています。しかも今やビルまでは極めて稀な5カラットを越える高品質の大きルビーも時に姿を見せるため、宝石業界の注目を集めた所以です。
30−40%の原石は加熱処理の必要がありません。分析の結果、酸化クロムの含有率が0.6−1.2%、酸化鉄が0.5−0.7%と、ビルマのモゴク産とほぼ同じ値でした。
アンディラムナのルビー
バトマンドリーとほぼ同じ頃、タナナリボの北200kmにあるアンディラムナの町から北東に45kmの熱帯雨林の中にもルビーが発見されました。更にその周囲にも豊かな鉱床が続々と発見され、そのニュースが伝わっで僅か6週間後には4万人の鉱夫が殺到して所かまわず掘り返していました。
後に深さ10−30mの深さに一次鉱床が発見されましたが、当初は地下2−3mの風化した残留鉱床を簡単なシャベルやツルハシで採掘が行われました。土砂1立米当り100gのルビーが含まれるほど豊穣で、半年余りの2000年5月までに凡そ2トンの原石が出荷されたと推定されます。しかしながらここのルビー原石には亀裂が多く、商品にならない低品質が多いのが特徴です。
それが後述する大きな問題を引き起こしました。
熱帯雨林の急速な荒廃を危惧した政府が軍まで出動して立ち入りと採掘とを禁止しましたが、道なき道の中にある広大な熱帯雨林には何処からでも入れるため、取り締まりは不可能。周囲に次々と新たな鉱床が発見されて採掘は続き、2005年の夏現在、少なくとも1万5000人の鉱夫が定住しています。熱帯雨林の中には映画館やカラオケ店まで出現する大都会が形成されました。
主にタイを通して世界市場に流通するルビーの主要な産地となっています。
分析の結果はバトマンドリー産と同様に酸化クロムの含有率が0.4−1.8%、酸化鉄が0.9%とビルマ産に匹敵する水準です。ミラノの自然史博物館のペツォッタ博士の見解では、二つの鉱床はいずれも塩基性岩盤に珪酸分の少ないペグマタイト脈が貫入した接触変成鉱床起源であるとのことです。
ガラス充浸ルビー(Glass filled ruby)
4.59ct 9.0x8.8mm | 2.32ct 7.0x6.4mm 2.42ct 7.2x7.0mm | |||||
低品質の原石 Low quality rough |
ガラス充浸後 after glass filling |
ルース faceted stones |
ガラス充浸時の気泡
15x gass bubbles |
フラッシュ効果 20x Flash effect |
2.13 - 39.17ct |
2004年頃から世界の宝石市場に鉛ガラスを充浸したルビーが突如として大量に流通し始めました。
ガラスが充浸されたルビーは以前にも無かったわけではありません。
1980年ごろから姿を見せるようになり、それは下記のような二つの種類でした ;
* ビルマ産の大型のルースの表からは見えないパビリオン部の窪みや空洞を隠すためにガラスを充浸したもの * 1980年代頃から盛んになったルビーの加熱処理時に使われる硼酸塩が高温で溶けて硼酸ガラスとなって原石の空隙に入り込んだもの
ところが新たに登場したのはルビーの一部どころか相当の部分が大量のガラスで充浸されたルビーでした。高濃度の鉛を含むガラスは屈折率が1.44−77、比重が2.3−4.5と高く、ほぼルビーと同じ値になるため、一見区別がつきません。
その正体は、主にマダガスカルの新産地の、商品価値の無い無数の亀裂を含むルビー原石を鉛ガラスで充浸したものです。曇りガラスを水で濡らすと透明になるように、鉛ガラス充浸ルビーが写真のように上質のルビーに変貌するというわけです。
ガラス充浸ルビーと明記して手頃な値段でアクセサリーに使われるのであれば、それなりの存在価値はあります。
しかし宝石の世界では往々にしてこの手の紛い物は詐欺商法の主役を演じます。1000倍もの値で売られることもあり得るのです。
専門家が見ればルーペや顕微鏡にてガラスに混入した気泡や、青やオレンジ色に光るフラッシュ効果で比較的簡単に識別が出来ます。
従って、真っ当な宝石商はこの種の品物を扱いません。
高価な宝石はくれぐれも信頼の置けるプロの宝石商で求めることが肝要です。
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