スリランカのサファイア
(Srilankan Sapphires)


多彩な色合いのスリランカのサファイア 0.24 - 15.00ct

スリランカの地質と宝石の成因(Geology and Occurence of gemstones)
  Cenozoic  新生代
 Precambrian 古生代 前カンブリア紀
  Highland Group    ハイランド グループ
 Vijayan Complex    ヴィジャヤン 複合帯
 Southwest Group    南西グループ
 Gem Mining Areas 主な宝石産出地帯 宝石質サファイア結晶 5.1x27mm
  スリランカの水田,地下の井戸、河川等での宝石採集光景 
 スリランカは世界で最も多彩な宝石の産地の一つです。
宝石の大半は川床や水田の、深いところでは18mの地底に堆積したイラムと呼ばれる漂砂鉱床の砂利の中から水磨礫として採掘されます。
 島の大半は5億年以上昔の前カンブリア紀の岩石層に覆われています。
中央部を南北に貫くハイランド・グループと呼ばれる、紫蘇輝石、珪線石ー柘榴石、黒雲母ー柘榴石片麻岩や大理石の広域変成岩から成る最も古い地質帯に宝石産地が集中しています。
 その他のヴィジャヤン、南西グループの地帯にも至るところに花崗岩ペグマタイトや柘榴石ー黒雲母ー角閃石片岩や菫青石ー白粒岩片麻岩からなる広域変成岩層があって、様々な宝石が採掘されています。
スリランカのサファイアの特徴(Srilankan Sapphires)

 スリランカの数多い宝石の中では、サファイアが最も量が多く代表的な宝石です。
スリランカのサファイアの特徴は他産地と比べて透明度が高い多彩な色合いと、高品質のスター・サファイアを産することです。
 スリランカのサファイアの高い透明度は成因が広域変作用と言う、暗い色の原因である鉄の不純物が少ない成因のためです。
 ほぼ全ての宝石が漂砂鉱床から産出するために、サファイアが結晶した母岩が何であったか、20世紀初頭から半世紀余りに及ぶ追跡と研究の結果、現在までに5ヶ所でサファイア結晶を含む母岩が発見されています ;    
1903年 Kandy の風化した斜長石性の白粒岩中に不透明なサファイア結晶
1904年 Haputale の鋼玉ー珪線石岩塊中に青い柱状のサファイア結晶
1935年 Matara に近いApareka のペグマタイト岩脈と接する風化した白粒岩中に
斜長石と雲母を伴う2.5cmの六角形のサファイア結晶
1956年 Ohiya の結晶大理石と閃長岩脈の雲母中に淡紫のスピネルと共に
青い宝石質のサファイア結晶。
 石灰岩によって閃長岩マグマの奪珪酸化
が起こってサファイアが結晶したと考えられる。
1960年 Gangodo の片麻岩中に斑晶状に点在する鋼玉結晶
        と、いずれもスリランカのサファイアの特徴を裏付ける産状が確認されています。

ブルー・サファイア(Blue sapphires)
5.54ct 9.50x8.65x7.50mm 0.24 - 1.92(8.9x6.1mm)ct 1.10/1.21ct 7.2x5.2mm Ø 2.6(0.11ct) - 3.2mm(0.15ct)

 サファイアといえばかつては青玉と呼ばれたくらいですから青が代表的な色合いです。
しかし青玉の名に相応しいサファイアは滅多にありません。
 5.54カラットのサファイアはまさにスリランカの最上のサファイを象徴する逸品です。
ヒマラヤの山頂で見るような深々とした、しかし決して暗くも黒くもならない空の青というべきでしょうか。
 10倍のルーペで拡大して僅かに極小の包有物が認められだけで、良く出来た合成かと思われるほどに純度が高く、色むらがありません。
 この色が非加熱か加熱処理なのか、包有物が余りにも少なすぎて見ただけでは分かりません。
それには専門家の赤外線走査検査等が必要ですが、そんなことはどうでも良い、と思わせるほどの存在感のあるサファイアです。
 この5年ほどでこの水準のサファイの産出は激減し、値段が数倍になっています。単に数が減っただけではなく、趣味と投機目的とを兼ねた中国の富裕層にブラックホールのように吸収されているのだそうです。
 次の写真の色むらがあったり、よくぞカットしたと思うような小さなサファイアが、一般的なスリランカのサファイアです。
緑がかっているのは、二価と三価の鉄イオンが電荷を交換し合う、電荷間電子移動と呼ばれる仕組みの発色が混じっています。
 一方、澄んだ青の発色は鉄イオンとチタンイオンによる電荷移動の仕組みで起こります。
しかし、結晶内に鉄とチタンの分布が一様に起こらない例が大半なので、多くのサファイの青に斑が出来てしまうのが現実です。

新しいブルーサファイア産地
結晶 4.5g 3.98 - 6.48ct  4.6 - 6.2ct 2.04 - 8.52g
Thammannawa, near Kataragama, Southern Srilanka

新たに発見された初生鉱床(黄色の点線内)
スリランカ最南部タムマンナワのサファイア産地 初生鉱床を掘る人々 最初に発見された道路工事現場
  スリランカのサファイア資源が枯渇してしまったと思われていた2012年2月中旬に新たな鉱床が発見されました。
島の最南端の町、カタラガマに近いタムマンナワの道路工事中に、トラックの運転手が道路にばら撒かれた土砂の中に輝くサファイア結晶を発見したのです。
 うわさは忽ちのうちに広がり数千人が道路を掘り返す騒ぎとなりました。
しかしサファイアは工事現場から1km程離れた場所から運ばれた土砂に含まれていたものと判明し、新聞やテレビの報道を聞きつけた数千人が僅か60平米ほどの土砂採掘現場に殺到して採掘を始めたのです。
 が現場は直ちに警察と軍隊によって警備され、2月24日にはそれぞれが22平米の広さの49鉱区に分けて採掘権のオークションにかけられるという手際の良さでした。
 が、発見からオークションまでのたった2週間の間に、道路と鉱区とで採掘されたサファイアは1億USドルに達したであろうと政府の専門家は推定しています。

タムマンナワのサファイアの産状と起源

雲母層にペグマタイト脈が貫入して
サファイア結晶が生成された
チャーノック岩質の白雲母片麻岩帯に発見されたサファイ産地の地質図
地殻変動
に因る凄まじい褶曲が起きた

 2週間の短期間に採掘されたタムマンアワのサファイアが1億ドルにもなったのは、結晶とルースと宝飾品の写真から明らかなように、素晴らしく透明度が高く深い濃青色で、最大では20カラットを越える最上級のサファイであったためです。
 サファイア鉱床はスリランカのヴィジャヤン複合帯中に散在するカタラガマ・クリップと呼ばれるハイランド複合体の飛び地に発見されました。
 地質図 が示すように前カンブリア紀の地殻変動によって複雑な褶曲作用を受けたチャーノック岩(主に石英、斜長石、白雲母と紫蘇輝石を含む花崗片麻岩)中にペグマタイト岩脈が貫入した際の熱水交代作用でサファイア結晶が生成されたと考えられます。
 これはカシミール・サファイアの産状と共通であり、極めて純度の高いサファイア結晶が一次鉱床から発見されたという、スリランカでは空前の発見でありました。
 

橙、金色、パパラチャ・サファイア(Orange 、Gold, Padparadscha Sapphires)

0.44ct(4.9x4.1mm) - 1.72ct(7.9x7.1mm) 32.50ct
Harry Winston
パパラチャサファイア
 30ct
火炎溶融法合成サファイア 14ct
Los Angeles County Museum

火炎溶融法とチョクラルスキー法
合成サファイア
4.15ct
 10.24ct(14x12mm)
1,126ctの結晶からカットされたルース サファイア結晶 1,126ct 京セラ合成パパラチャ 5.03ct
23.55ct 47.00ct 13.92ct
 金色、ピンク、橙の発色の仕組み 

 金色のサファイアはスリランカに特有の色合いです。
三価の鉄イオンが二価の酸素イオンとの電荷移動、それに三価のチタンイオン、或いはペアの三価の鉄イオン同士の組み合わせと、この発色は複雑な組み合わせで起こっています。
 黄色と金色とは同じ色合いですが、電子の量が多いときらきらと金色の輝きになります。
 合成サファイアはクロムの代わりにニッケルを添加して黄色、橙、パパラチャの発色をさせています。
 ピンクは三価のクロムイオンがサファイアの結晶中の八面体の結晶格子間に配置されて起こる発色です。
クロムの量が多いと赤のルビーになりますが、スリランカではルビーは極めて稀にしか採れません。
 ピンクに橙が加わるとパパラチャと呼ばれる、蓮の花色になります。
とりわけ日本では大層人気のある色合いですが、しかしパパラチャと称する石の殆どはただのピンク・サファイアでしかありません。
 橙色の発色はピンクと同じ三価のクロムイオンの八面体配置に加えて三価の鉄イオンが絡んだカラーセンター、更に二つのアルミニウム原子を置き換えた二価のマグネシウムイオンが八面体配位された四価のクロムイオンとのカラーセンタとが絡んだ発色です。
 こんな込み入った組み合わせは簡単には起こりませんから美しいパパラチャ・サファイなど滅多に採れるものではありません。

 左上の写真の最上段左端の1.7ctの石はやや橙を帯びたピンクですが、色が淡すぎてパパラチャとは呼べそうもありません。
隣の1.44ctの橙色は素晴らしく濃い色合いで稀な色です。普通なら到底手の届かない値段となりますが、幸いなことに2mm程の球状の白い包有物があります。
 宝飾品には使えないので手頃な値段でコレクションに納まった次第です。
その他のスリランカ特有の金色のサファイアは、入手したのが1980年代半ばでした。
 当時はベリリウム添加など行われていなかったので、何の心配も無くこういう色のサファイアを入手できた良い時代でした。

 
パパラチャ・サファイアの本当の色

 パパラチャとはサンスクリット語で蓮の花を意味するとの事です。
現地の宝石学者によると Padmaraga(パドマ :蓮の花、ラーガ :色)と呼ぶそうですが誤ってパパラチャの呼び名が広まってしまったとのことです。
 橙色を帯びたピンクの蓮の花と言っても多様ですから、その名の付いたサファイアの色にも幅があるのは当然ですが、しかしそれはどんな色なのか、調べてみました ;

 世界一の宝石商であるハリー・ウィンストンの32.5ctのパパラチャのサファイアはやはりこれぞパパラチャ・サファイアと呼べるものでしょう。
 続く30ctの指輪の石もGIAや多くの専門家によって典型的なパパラチャと認められたものです。
 14ctのロサンジェルス自然史博物館の石は1955年に寄付を受けて、最上の色合いのパパラチャとして展示されていたものですが、1982年頃に実は火炎溶融法の合成サファイアと判明したものです。
 世界的な宝石コレクションを持つ博物館の専門家をも欺いた合成品の美しさが優ったと言うことでしょうか。
京セラはチョクラルスキー法による合成パパラチャ・サファイアを世に出しましたが、これはかなり橙色が濃いものです。
 ニューヨークの自然史博物館にある100カラットものパラチャ・サファイアも殆ど橙色です。
 1983年にスリランカで発見された1126カラットの結晶からカットされた大型のルースのうち中央の47ctのものがパパラチャとされています。
 ついでながら、ベリリウムを添加した淡いピンク・サファイアが極上のパパラチャ・サファイアに変身します。
ひと時それが世界市場に大量に出回って大問題となり、以後パパラチャと称するサファイアは日本以外ではまず姿を消しました。
 

ピンク・サファイア(Pink sapphire)

0.71ct
6.6x5.1nn
1.41ct
Ø6.0x5.3mm
0.26ct
4.3x3.2mm
0.11ct(Ø3.0mm) - 0.19ct(3.4mm) ルビー (Ruby)
0.43ct 5.24x3.61mm
 ルビーとサファイアとは Al2O3、即ち2個のアルミニウムと3個の酸素との化合物である鋼玉(コランダム)と呼ばれる鉱物のそれぞれ赤とそれ以外の色の宝石名です。
 地球の地殻を占める元素の内、重量比で酸素は50%、アルミニウムは25%と、この二つの元素で凡そ4分の3を占めています。
従ってルビーとサファイアは何処にでもありそうなものです。
 ところが実際には稀にしか見つかりません。 まして宝石質の結晶は極めて稀です。
というのは、地殻を構成する岩石には酸素と珪素から成る珪酸塩の鉱物が大きな割合で含まれていて鋼玉が結晶するような温度と圧力の条件下では、珪酸が先にアルミニウムといち早く結合して、珪線石、紅柱石、藍晶石の鉱物が出来てしまうためです。
 従ってルビーやサファイアは奪珪酸化が起こるような比較的稀な地質条件下で初めて生成することが出来る宝石です。
 1−3%程度の二酸化クロムが含まれるとルビーになりますが、スリランカではその比率が0.01−0.09%と低いためにルビーにはならずに、濃淡の差はあれ、ほぼ全てがピンクのサファイアとなります。
 しかしクロムの含有率が高いルビーも稀ではありますが採れることがあります。
 写真の0.43カラットの濃紅色のルースはプロの宝石商がどう判断するかはともかく、一般的にはルビーと呼べる色合いです。
 二酸化クロムの含有率が1%程がルビーとサファイアとを分ける濃度になるようです。
合成ルビーの場合は1〜2%の2酸化クロムを添加して赤の発色をさせています
 やや紫色に見えるのは、鉄とチタンが含まれ、サファイアの青い成分が混ざるためです。
紫がかったピンクサファイアも美しいのですが、純粋なピンクサファイアの方が人気があるのでしばしば青の原因である、鉄とチタン成分を薄める加熱処理が行われています。

紫のサファイア(Purple sapphires)
2.44ct 10.6x8.3mm 0.51ct(5.6x4.0mm) - 1.82ct(9.3x6.0mm)
 紫色のサファイアは、ルビーの赤とサファイアの青とが混ざった色合いです。
それぞれの発色を起こす成分比によって赤紫から青紫まで広範な色合いがあり、淡い紫の石は肉眼ではピンクにも見えます。
 高い透明度と高い屈折率とでスリランカの紫色のサファイアは魅惑的な煌きを見せる宝石です。
が、何故かサファイアとピンク・サファイアの陰に隠れて、全く目立たない存在となっています。
 カラット当たり10〜20ドルとサファイアらしからぬ手頃な値段なのが何よりです。
 

色のサファイア(Multicolor sapphire)
0.30ct 4.2x3.0mm 0.80ct 7.6x3.5mm の宝石質サファイア原石
 4.55ct
13.5x7.2x5.5mm
 2色あるいは多色のサファイアはそれほど珍しいものではありません。がカットして美しい石は稀です。
 写真の石は両端が青、内側が無色で中心に黄色の帯が入っています。 
こんな風に色がシンメトリーで配置されている例はなかなかありません。
 素晴らしいカットが施され、更に同じ色合いの原石まで揃って花を添えています。
3個はセットではなく、それぞれ別の機会に別の業者から入手したものです。
スター・サファイア(Star Sapphires)
15.04ct 15.0x11.0mm 5.31ct 9.1x8.2x6.8mm 0.53ct(5x4mm) − 2.26ct(8x6mm)
 スリランカのサファイアの特徴の一つにアステリズム(スターやキャッツ・アイ効果)を見せるものがあることです。 
 サファイアに限らず、一般に多量の包有物を含む鉱物はカボションに磨けばアステリズムが現れます。
結晶の成長に従い結晶軸に沿って包有物が取り込まれるためです。
 他の産地と比べるとスリランカ産のサファイアは透明なルチルの針状結晶を含むため透明度が高く、スター効果が際立って見えるのです。
 とは言え、スターが現れる石はファセット・カットされる石ほどの透明度はありません。
透明度の高い地に鮮明なスターが出る大きなサファイアは極めて高価な宝石となります。
 写真の石はいずれもカラット当たり3〜5ドルと全くの普及品ではありますが、如何にもスリランカ産らしいスター・サファイアです。
 

ギウダ・サファイア(Geuda Sapphire)
不透明なサファイア結晶:ギウダ 加熱処理後の結晶
 色むらの無い美しい青いサファイアはかつては稀少で大変高価なものでした。
しかし1970年代頃から大量に供給されるようになり、手頃な宝飾品として出回るようになりました。 
 そのわけは、大量に採れるものの、宝石には使えずに放棄されていたギウダと呼ばれる白濁して不透明な結晶が加熱処理をして青く透明になり、宝石としてカットできることが分かったためです。
 結晶が白濁しているのは二酸化チタンの結晶であるルチルという鉱物がふくまれているためです。
サファイアの青の発色は、不純物として含まれる鉄イオンとチタンイオンによって起こります。
 従って、結晶に含まれているルチルが溶ける1600〜1700℃で加熱するとチタンが分離され、サファイアには常に微量に含まれている鉄イオンと共に青の発色が起こって、青く透明な宝石のサファイアに変貌するためです。
 加熱時間や温度の調整等々、微妙な技術と経験が必要ですが、現在ではこの技術が広く普及して色の改良や、鮮明なアステリズムの再現等々が行われています。
 中にはこういう処理に反感を持ち、全く天然そのままの非加熱だけが純正な宝石であると主張する意見があります。
が、天然の宝石も実は結晶が生成してから、その後の高温、高圧、或いは天然の放射線を何万年、何億年と浴びて美しい結晶へと変身したものです。
全ての結晶が美しく変身するのに充分な加熱や放射線受けたとは考えられません。
 加熱処理や放射線照射とは、自然が中途半端に遣り残した仕事を人間の手で仕上げる作業と思えばよいのです。
 以前は捨てられていた価値の無い大量の結晶が美しい宝石に生まれ変わるわけですから大変結構な技術であり進歩です。
 宝石が加熱処理や放射線処理などを受けたか否かは、世界の専門家によって調べ上げられ、全くの天然そのままの石とは識別可能であり、まともな宝石商はその旨表示しています。


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