ラモナのスペッサータイン
(Spessartine Garnet from Ramona)

15.93ctのルースと結晶 
Spessartite鉱山 Ramona
合計165ctのスペッサータインのネックレス
中央の石は39.63ct Michael Scott氏所有
 The Light of Ramona
中央の石は27.3ct
トルマリンとクリーヴランダイトを
伴うラモナのスペッサータイン結晶
下のルースは5.15ct
  スペッサータイン・ガーネットは鉱物としては、マンガン鉱床、ペグマタイト、結晶片岩等の変成岩中に発見される柘榴石で、産出量は多くはありませんが世界各地に広汎に発見されます。
 しかし宝石級の産地となると極めて限られ、量も少ないためにかつては殆ど市場に出回らず、一般には知られることのない宝石でした。
  しかし、現在ではスペッサータイン・ガーネットは比較的に妥当な価格で豊富な供給が望める宝石です。 というのは、この10年程の間にアフリカ各地を始め、パキスタン、ブラジル等に次々と新産地が発見されたためで、それ以前はアメリカのヴァージニア州とカリフォルニア州と、サン・ディエゴのラモナから細々と供給されるのみでありました。
  とりわけ、ラモナのペグマタイト鉱床に産するスペッサータインはその魅力的な色合いと、時に10カラットを超える大きく美しいルースが採れることで世界にその名を知られていました。
 が、その産出量たるや微々たるもので、1956年から1994年までの40年間に4万〜5万カラット、すなわち年平均では1000カラット程度と極めて少なく、しかも原石の大半は近くのPalaの1業者が買い取って研磨と販売とを行っていたのみですから、広く市場に出回らなかったのも当然です。 
 ラモナのペグマタイト鉱床は発見以来100年の歴史を持ち、ブルー・トパーズ、暗緑色のトルマリン、アクアマリンやモルガナイト、スペッサータイン等の宝石結晶を数多く産出して来た産地ですが、その割には殆ど情報がありませんでした。
 今回ラモナの鉱床についての情報がようやく掲載されましたので(Gems & Gemology Winter 2001)そのダイジェストを紹介します。



 
サン・ディエゴの主要ペグマタイト  ラモナのペグマタイト鉱脈(赤)と主な鉱山
淡緑はDiorite、淡緑はTonalite、淡黄は花崗岩
左の地質図は ;
淡黄部分が新生代第四期の堆積、淡緑部分が新生代・中生代の堆積岩、中央部分を占めるピンクの部分は中生代白亜紀(およそ1億年前)の深成岩(火成岩)と変成岩、右上のサン・アンドレアス断層に沿う茶色は先カンブリア代(5.7億年以前)の火成岩と変成岩の堆積。
 因みに口径5mの反射望遠鏡を備えたパロマー山天文台はラモナの真北30km程の地点にある。
 

ラモナのスペサータイン鉱山の歴史 

 カリフォルニア州サンディエゴ郊外のラモナにはじめてペグマタイト鉱脈が発見されたのは1903年の5月でした。
発見者のH.W.Robbと2人のパートナーとに因み、鉱山はthe Little Three Mineと名付けられました。
 実際にスペッサータインを産出したのは近くの別の鉱床でしたが、素晴らしいトパーズやトルマリン等の産出でこの地域の代表的な鉱山であった the Little Three Mine産とされたというのが実情です。
 1903年末までにラモナ地区の520ヘクタール程の鉱区の何ヶ所かの鉱山が稼動を始めました : the Little Threeを含む、A.B.C. (Dagget), Hercules 等の鉱山の露天掘りやトンネルでの採掘により相当の量のトパーズ、トルマリン、ベリルとスペッサータインが採集されました。 
  ティファニー宝石店のクンツ博士の報告によると1903年から1905年の間に合計 8kg のスペッサータイン結晶が得られ、最大のルースは 8 カラットでした。
 1912年にトルマリンの最大の顧客であった中国市場が壊滅したため (当時中国はカリフォルニア産の彫刻用途のトルマリン最大の輸入国でありました。西大后が赤いトルマリンを愛好したので、清国では赤いトルマリンの彫刻に人気がありました。
 が、清帝国は1912年に滅亡しました) カリフォルニアのペグマタイト鉱山は休山の運命を辿り、その後40年近く、殆ど採掘は停止されたのです。
 1947年、Spaulding 親子がラモナ地区のいくつかの鉱区を買って、1955年から活発な採掘が再開されました。
ラモナ一帯でスペッサータインが採掘されますが、最も豊穣な鉱山は1903年8月に発見された Hercules-Spessartite 鉱脈でした。 1905年までに 6.8kg の結晶が採集されました。
 40年間の活動停止の後に小規模な調査と採掘が行われましたが成果がありませんでした。
 その後持ち主が変り、1965〜66 には有名な宝石学者であり宝石カッターでもある John Sinkankas が採掘を試みたこともあります。
 1970〜84年には B.Harris と E. Buzz Gray が鉱区を買って採掘していましたが成功しませんでした。
1955年12月に発見された Spaulding 岩脈からは0.5〜1.5ctの小さなルースが採れる結晶を多く産出しました。
 1956〜59の3年間に3000カラットのファセット級の結晶が採取され、1964年〜1974年には9000カラットのファセットが得られましたが 6ct を超えるルースは3個に過ぎませんでした。
  Hercules-Spessartite 岩脈の南側の部分では Spaulding 一家が採掘を行い Spessartite 鉱山と呼ばれました。
 後にこの鉱山が最も豊穣なことが判明しました。
 Spaulding Jr. が露天掘り鉱区を拡大した1975年以降、10カラットを越えるルースが採れる結晶が何個も採集されました。
 冒頭の写真の39.63ctのルースは1987年8月に採取された72.5ctの結晶を Buzz Gray が研磨したもので、1987〜90年の間にラモナで採れた2300グラムの宝石質結晶から取れた最大のものです。
同じく冒頭の写真の27,3ctのルースも93〜94年に Spaulding Jr. によって採集されたものです。
 他の鉱山でも96〜97年まで散発的な発見がありましたが、その後スペッサータインの重要な発見は途絶えています。



Little Three Mine Hercules Mine Hercules岩脈で採掘する
Sinkankas Jr. 1966年
スペッサータイン鉱山
Spessartite Mine
宝石ポケットで採取する Spaulding Jr.
1910年
 
ラモナ産の最も貴重なオレンジ色の石
 Buzz Gray Collection
Spessartite鉱山で1975年に発見された石
1.28ct 8.2x5.8mm 
9.67ct 11.17ct  2.5ct ea. 10.25ct 4.1ct

ラモナの地質とスペッサータインの産状
 
 カリフォルニアのペグマタイトはアメリカ、カリフォルニア州最南端のサン・ディエゴ市郊外という交通至便の地にあるため世界で最も綿密な調査が行われています。
 この地帯は世界で有数の地震地帯で、サン・アンドレアス、サン・ハシント、エルシノールと3本の大断層帯がほぼ20kmの幅で海岸に平行して走る只中にあります。
 主なペグマタイト脈はおよそ一億年ほど昔、中生代白亜紀の半ばに噴出した花崗岩脈の一部です。
ラモナ地区のペグマタイト脈は南東方向から北西方向に走り、西から南西方向に沈み込む、長さが4.5km、幅が1.5kmの帯状の地帯にあります。
 それぞれのペグマタイト脈は産出する鉱物の種類が異なり、Spaulding 鉱山ではスペッサータインのみ、A.B.C.鉱山ではトルマリンのみ、他の鉱山ではトパーズや緑柱石のみと際立った特徴を示します。 
 もちろん同じペグマタイトで様々な異なる鉱物が採れることはあるのですが the Little Three Mine や Surprise鉱山では、それらが同じ場所で一緒に発見されることはなく、数m離れた場所に別々に発見されます。 そしてスペッサータインが発見されるのはエルバイトが発見されないペグマタイトに限られると、SinkankasもSpaulding Jr. も報告しています。


宝石質のスペッサータインが稀な理由 − 成因についての考察 −


   花崗岩ペグマタイトに宝石質のスペッサータインが成長する条件

 
花崗岩ペグマタイトに長石や石英、ショールと共にスペッサータイン-アルマンダインの2mm以下の小さな結晶が発見されることは珍しくありませんが、宝石質のスペッサータインを産するペグマタイトは稀な存在です。 
 ラモナの鉱山では侵食された正長石に富む岩脈の晶洞に限ってスペッサータインが発見されます。
 ブラジル北東部のアルト・ミラドール (Alto Mirador) の宝石質スペッサータインについても同様の成因が考えられます。

 
 写真はアルト・ミラドールのペグマタイト晶洞
 ハンマーの下は黒いショールで縁取られた正長石の大きな結晶

 
 
ラモナでは初めにペグマタイト岩脈が結晶し、その後の残留熱水液によって第二次のスペッサータイン等の鉱物の結晶が起こったと考えられています。
  それぞれの鉱脈や鉱物の同位元素の研究の結果、ラモナの the Little Three Mine や Hercules-Spessartite Mine の鉱物は閉鎖系の条件下で結晶したと推定されました。

 これに対して一般的には開放系のペグマタイトでの結晶作用があります。これは常に様々な元素を含む熱水液が外部から供給される場合で、豊富に成分が供給されるために、時には1mを超えるような大きな結晶が成長することがあります。

 宝石質のスペッサータイン (Mn3Al2SiO4) が結晶するためには下記の環境が必須の条件となります;

  
熱水液内に高濃度のマンガン成分が存在すること

一般にマンガン成分は花崗岩溶液には多くは含まれません。マンガンは閉鎖系のペグマタイト晶洞内で分別結晶化作用の結果、リチウムやベリリウム、硼素等と共に濃縮されて行きます。


  
*分別結晶化とは、晶洞内に閉じ込められた多くの元素を含む溶液内で次第に温度と圧力が下がって行く過程で、まず高温、高圧化で結晶する鉱物が生成し、続いてより低い温度と圧力の条件で結晶する鉱物が次々に生成する作用です。残された成分は次第に濃縮されて行きます。*

 マンガンはペグマタイトの大部分を構成する石英や長石にとり込まれない為、この分別結晶作用の結果、他の希元素や揮発物と共に次第に濃縮されて、最終段階の熱水に蓄積されて行きます。 スペッサータインの主要成分であるマンガンは既に結晶済みの鉄−満礬柘榴石に含まれるマンガン成分に由来すると推定されます。
 それにしてもペグマタイト晶洞にはスペッサータインは稀にしか発見されません。
 それは同じく熱水溶液の最終段階に残されるリチウムの存在がマンガンを含む鉱物の結晶化を阻害するためと考えられています。 というのは、スペッサータインより先に結晶するリチア雲母やエルバイトが優先的にマンガンをとりこんでしまうのです。
 マンガンをとりこんだピンク色のリチア雲母や、黄色や赤、ピンクのエルバイトを産出するthe Little Three Mineにはスペッサータインが発見されないのもこのためと考えられます。
 同様に燐の存在も鉄、マンガンの燐酸塩鉱物の結晶化という形でマンガン成分を奪ってしまいます。
 スペッサータインは鉄分が少ない場合に輝かしいオレンジ色となります。 ところがペグマタイト岩脈には鉄はマンガンよりずっと豊富に存在する元素ですから、一般には鉄分を多く含んで茶褐色の宝石質ではないスペッサータインや、アルマンダインとの固溶体であるロードライト(鉄ー満礬柘榴石)にな
ってしまいます。 
 
反対に鉄分を含む鉱物、ショール(ナトリウム電気石 : NaFe32+Al6(BO3)Si6O18(OH)3) や黒雲母 ((Fe,Mg)3(AlSi3O10)(OH,F)) が共存する場合には、その結晶化の際にいち早く鉄分をとりこんでしまうので、その結果としてスペッサータインはマンガン成分が高い純度の高い結晶となります。
 ラモナの鉱脈には黒雲母は殆どありませんがショールがふんだんにあります。マンガンを最大でも0.1%以下しか含まないショールと共存することで、ラモナには輝かしいオレンジ色の宝石質のスペッサータインが結晶したと考えられます。

 
ラモナのスペッサータインはこのような、地球化学的な側面から見た場合のマンガンと鉄とリチウムと燐という元素との微妙なバランスと、閉鎖系での熱水溶液の濃縮という稀有な条件とが揃って出来た宝石なのです。

ラモナ産スペッサータインの価格
  前述のようにカリフォルニア州サン・ディエゴ郊外のラモナのスペッサータインは永らく世界のスペッサータインの主要な産地でありました。
 しかしながら、その産出量は極めて少なく、年間平均1000カラット程度のルースが採れるくらいで、その大半は博物館やコレクターの手に入って、一般の宝飾用途には出回ることは殆どなかったものと考えられます。 将来もその傾向は変らないでしょう。
 このようにラモナ産のスペッサータインは稀少な宝石でありますが、しかし値段は意外と安く、3カラットまでの大きさでカラット当たり数十ドル、5カラットとなると最上品でカラット当たり300ドル、非常に稀な10カラット級の最上品はカラット当たり1000ドル、という水準です。 
 これはルースの値段ですが、滅多に採れない母岩付の結晶となると非常に高価なものとなります。
 冒頭の写真の結晶は博物館級の結晶ですが、こうした標本には価格の相場などなく、個々にオークションで競り落とされるのが常です。
 実は、ラモナの鉱山はルースの販売だけでは到底やって行けず、高値で売れる鉱物標本が採れるので辛うじて経営が成り立っているのが実情です。 したがって美しい結晶はカットされずに結晶のまま販売されます。
 宝石としてカットされるのは結晶標本としては商品価値のない破片や団塊からですから、鉱物ファンの方々はご安心下さい。
 スペッサータインのルースはアフリカやブラジルなどでこの10年間ほどに新産地が次々と発見され、産出量もかなり豊富であるため、産地によってはラモナ産より更に手軽な価格で出回るようになって来ました。

ラモナ産と他の産地のスペッサータインの比較
体と気体の二相からなる波状
面の指紋状インクルージョン 35x
コルンブ石インクルージョンに
よる歪  10x
ジルコンのインクルージョン 20x 特徴ある平行の成長曲線 10x
  宝石質のスペッサータインは、産地を問わず、酸化マンガン成分が35〜42%程度と高く、純度の高いものが主です (ラモナ産はスペッサータイン分が94.8〜88.8%、アルマンダイン分が4.7〜11%、グロシュラー分が0.5〜0.2%)
  したがって屈折率や比重はいずれも非常に近く、その差は個々の石の測定誤差の範囲内ですから、従来の測定方法では産地別の識別は困難です。
 スペクトロ・スコープによる光の吸収特性は産地別にかなり異なるとのことです。
 しかしスペクトロ・スコープは使い方が難しく、全く異なる宝石でもその特徴を確認するのが困難です。
 したがって「、唯一、上記の写真のようなインクルージョンの違いが最も有力な産地別の識別方法と思われます。
とりわけ左の指紋状のインクルージョンがラモナ産の特徴ということです。 しかしながらナイジェリア、パキスタン、ザンビア産にも同様のインクルージョンを持つものがあります。 
 インクルージョンによる産地の識別は同一の産地の標本を数多く持って比較しない限り難しく、専門の研究室にのみ可能です。

 

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