チタン石・くさび石(Titanite・Sphene)
世界各地のスフェーン 0.43-3.42ct |
結晶系 | 結晶形 | 化学組成 | モース硬度 | 比重 | 屈折率 | 分散 |
単斜晶系 | CaTiSiO5 | 5−5½ | 3.52 | 1.90ー2.03 | 0.051 |
名前と産状
くさび石はその結晶形がくさびのような形をしているためにギリシア語の ”sphenos=くさび” に因むスフェーン(Sphene),あるいはその成分に因んだチタナイト(Titanite)とも呼ばれます。
さて、スフェーンは火成岩、熱水鉱床、変成鉱床に比較的稀に発見される鉱物です。
主な産地はアルプス型の鉱床で、スイスやイタリア、オーストリア・アルプス、ドイツのアイフェル産地の他にノルウェー、スェーデン、ロシア、カナダ、U.S.Aの山岳地帯です。
宝石質の結晶はブラジル、ミナス・ジェライスやパキスタン・アフガニスタンのペグマタイト、スリランカの漂砂鉱床、マダガスカルのアルプス型鉱床から産出されます。
スフェーンはモース硬度が低く傷つきやすいために宝石として実用には向きませんが、宝石の中では屈指の高い屈折率による眩い煌きと、ダイアモンドを凌ぐ高い光の分散による顕著なファイアーとでコレクターに人気がある宝石です。
しかし1990年代末からマダガスカルやブラジルから高品質の結晶がかなりの量産出されるようになったために、スフェーンを宝石店で見かけるようになりました。
一般には知名度の低い宝石ですが稀少なために最上のものはカラット当り200ドルとかなり高価な宝石です。
光の分散と屈折率 太陽光線のような白色の光がプリズムや水滴等を通過すると、七色の虹となって見えます。
これは白色光に含まれる様々な色がその色毎に(正確にはそれぞれの色の光の波長によって)異なる屈折率を持つために、元の色に分解されて出てくるためです。
このような現象は分散と呼ばれます。
波長の長い赤い光(686.72nm)の屈折率は小さく、波長の短い青い光(430.79nm)は大きな屈折率を持ちます。赤い光と紫の光の屈折率の差が分散値として表されます
このように光の波長により屈折率が異なるため、一般には可視波長のほぼ中間のナトリウムの発する黄色の光589nm前後での波長の屈折率を屈折率としています。屈折率とは光の曲がる度合いですが、実は物質中の光の速度を表す数字でもあります。
光の速度がおよそ秒速30万kmとは良く知られた値です。
が、これは真空中での速さです。空気や水、透明なガラスや鉱物等を通過すると速度が落ちて、進行方向が曲げられます。
その度合いが屈折率として表されるのです。 例えば2.417というダイアモンドの屈折率は、即ちダイアモンド中を通過する光の速度が30万kmの2.417分の1のおよそ12.4万km/秒であるということを示します。
一般的に質量の大きな物質を通過すると速度が低下し、大きな屈折率となります。
最も屈折率が高いのは金紅石(ルチル)の2.616〜2.903で、次いで鋭錐鉱(Anatase:TiO2)の2.493〜2.554、ダイアモンド、ストロンチウムチタナイト(2.409)、閃亜鉛鉱(2.37)、キュービック・ジルコニア(2.17)、GGG(2.02)、紅亜鉛鉱(2.013〜2.029)、ジルコン(1.780〜1.984)、スフェーンと続きます。水は1.33、空気の屈折率は1.0028です。
高級なグラスや装飾品等に使われるクリスタルガラスは鉛を加えて重くして屈折率を高めることで眩い輝きを見せるのです。
等軸晶系に属する鉱物の屈折率はどの結晶軸の方向でも屈折率の値は同じですが、その他の鉱物は結晶軸の方向により値が変って複数の屈折率を持ちます。
ダイアモンドの分散値は0.044と一般的な宝石の中では際立って高く、赤から紫の可視光のスペクトルがより多く分離されて出てくるために、ファイアーと呼ばれる虹色の光の煌きを示します。
ブリリアント・カットはその最大の効果を得るために正確に光の反射と屈折とを起こさせるように計算されたカットです。
因みに分散が最も最も高い宝石はチタニアとも呼ばれる合成ルチルで0.300、続いて閃亜鉛鉱(0.156)、人工石のストロンチウムチタナイト(0.109)、錫石(0.071)、デマントイド・ガーネット(0.057)、チタナイト(0.051)、ダイアモンドと続きます。
一般的な物質では珪酸ガラスの分散値は0.010、水晶は0.013です。
等軸晶系に属して複屈折のない螢石は分散値も0.007と低く、即ち通過した光の色収差が最も少ないために、精密さを求められる望遠鏡や顕微鏡、そして最新の半導体製造装置の露光用のステッパ-の心臓部のプリズムとして用いられます。
5cm | 16x16mm | 6.6x3.5cm | 2cm |
Natutal History Museum, Vienna | Bolland Collection | ||
Northern Pakistan | Mendes Pimenttel Minas Gerais, Brazil |
Habachtal, Austria Alps | |
20mm St. Gothard Pass, Swiss |
14x8mm Lake Cassandra, Val Malenco Italia |
スフェーン群晶 最大6cm 3.5cm Madagascar ミラノ自然史博物館 ( Museum Storia Naturale Milano) |
スフェーンはアルプス型の鉱床(造山活動で出来た亀裂に侵入した熱水によって出来る鉱床)に多く見られますが、上記の写真のように世界各地で採れる標本は2cm程度の小さなものが大半です。
したがってルースも3カラット以下の小さなものが殆どです。
大きく美しい結晶はカットするよりも結晶そのままの方が商品価値がありますから、博物館やコレクターの秘蔵品となります。パリの鉱山学校の博物館には20x30cmもの緑の結晶が展示されています。
写真の一部にピンボケのように見えるルースがありますが、これは大きな複屈折のために稜線が二重に見えるためです。
スフェーンの発色
スフェーンには淡黄、淡黄緑、黄色、金色、橙、褐色、緑とありますがいずれも鉄分による着色です。
ウラル山脈産のエメラルドのような鮮やかな緑はクロム発色で大変稀なものです。
近年パキスタン北部とアフガニスタンとの国境地帯から濃い緑から赤橙に色変わりをするスフェーンが産出し、クロム・スフェーンとしてかなりの高値で市場に姿を見せています。
が、実際にはクロムは殆ど含まれてなく、2400ppmW と高濃度のヴァナジウムによる発色と判明しています。
資料によればマンガンによりピンクの種類もあるとのことです。
マダガスカルのスフェーン
1.21ct 7.9x6.1mm 1.10ct 6.4x5.3mm 2.32ct 7.45x7.30mm 3.11ct 11.3x6.8mm
1996年発見のアルプス型鉱床 Daraina, Madagascar |
76.06カラットのルース |
スフェーンが比較的稀な鉱物で、特に宝石としてカット可能な結晶はかつては少なかったのですが、近年ブラジルやマダガスカルにて有望な鉱脈が発見され、かなり豊富にルースを見かけるようになりました。
とりわけマダガスカル北部には至るところにアルプス型鉱床の露頭や、10〜15mの厚い堆積に覆われた漂砂鉱床があって、見事なスフェーンの結晶が発見されます。
1996年以降、マダガスカルとイタリアとの合弁企業が精力的な探鉱を行い、1998年に800kg余りの水晶やファーデン水晶、さらにルチル、曹長石、燐灰石等と共に数十kgの宝石質のスフェーン結晶が得られ、写真のような記録的な大きさのルースがカットされ、市場に登場し始めました。
マダガスカルは今後もスフェーンの有力な供給地として大きな潜在力を秘めている土地です。
パキスタン、アフガニスタンとパミール山脈のスフェーン
(Sphenes from Pakistan, Afghanistan and Pamir Mtns.)
2.02ct 9.9x5.3mm 1.10ct 7.7x5.0mm 1.09ct 7.6x5.7mm 1.37ct 8.6x5.0mm 3.42ct10.3x8.9mm 1.27ct 6.4x5.0mm Pakistan Pamir Mtns.
パキスタンとアフガニスタン国境地帯及びパミール山脈では昔から宝石質のスフェーンを産していました。
アフガニスタン産であっても宝石の大半はパキスタンのペシャワル経由で世界市場に流通しますから、これらのスフェーンの正確な産地を知ることは困難です。
2005年頃から従来に増して、国境地帯にて続々と続々と新たな産地が発見され多彩な色合いのスフェーンが市場に姿を現しました。
さらに近年、パミール山脈産の多彩な色変わりを見せるスフェーンが姿を見せました。
結晶 幅 2.4cm ルース 1.47 -6.21ct 0.16-1.16ct 〜 1.7ct Shigar Valley Area Afghanistan-Pakistan border Shigar Valley Area, Pakistan
1.28 - 1.95ct | ヴァナジウム発色による色変わり型スフェーン 左 自然光 右 白熱光 | |
Badakhshan, Afghanistan | Pakistasn - Afghanistan border |
とりわけ注目を集めたのが2010年頃に発見された、ヴァナジウム発色により濃緑色から橙色に色変わりを見せるスフェーンです。
市場では他地域の濃緑色のスフェーンに倣ってクロム・スフェーンと呼ばれていますが、新たに発見されたスフェーンには2000ppmwと高濃度のヴァナジウムに因る発色で、クロムは全く含まれていません。
元々宝石質のスフェーンは数が少なく高価ですが、濃緑色のスフェーンはとりわけ稀少で高級宝飾品にも使われるため大変高価です。
その他の産地のスフェーン
2.62ct 10.3x8.6mm クロム・スフェーン 0.43ct 1.75ct Ø7.5x4.8mm Brazil Ural Mtn., Russia Mexico
2.82ct 8.6x7.0mm 2.12ct 8.5x6.8mm 0.77ct 6.0x4.6mm Srilanka India
世界各地の熱水鉱床、ペグマタイト鉱床や変成鉱床に発見されますが、宝石質のスフェーンは量が少なく、大きな宝石フェアでも稀にしか見かける機会がありません。
中ではブラジルはマダガスカルに次いで主要な産地です。
スリランカ産と称するスフェーンは結構多いのですが、実際の産地はマダガスカルであり、カットのみスリランカという例が大半です。
インドからも小さいながらスフェーンが登場してきました。正確な産地は不明ですが、東海岸に面したペグマタイト地帯産と思われます。
ウラル産のクロム発色の緑のスフェーンは極めて稀、写真の0.43ctのルースは20年ほど昔にミュンヘン・ショーで偶々遭遇したものです。