灰簾石(黝簾石:Zoisite)
 タンザナイト(Tanzanite)

 

タンザナイトとゾイサイト(Tanzanite and Zoisite) 0.18ct - 3.08ct

タンザナイト(Tanzanite)
2.21ct 10.7x7.7mm 2.46ct 9.7x5.7mm 1.50ct 8.4x5.7mm 0.72ct 8.1x5.2mm
     
 
       
 1.12ct 6.8x4.5mm  0.65ct 6.1x5.9mm  0.22 - 0.34mm 5x4mm ea.  
 Merelani Hills, Tanzania   
 黝簾石(ゾイサイト)の中でクロムとヴァナジウムを含み青〜青紫の変種が産地に因みタンザナイトと呼ばれます。 
天然にも鮮明な青ー青紫はありますが、多くは加熱処理によって美しく変貌したものです

黝簾石(ゾイサイト)
3.08ct 8.9x8.2mm 1.04ct 9.5x4.6mm 0.49ct 6.3x4.0mm 0.38ct 4.7x3.2mm
       
     
 3.43ct 11.08x8.72mm  1.78ct 9.2x6.6mm 1.87ct 8.1x6.1mm   0.18ct Ø3.6mm
 Merelani Hills, Tanzania   
 ゾイサイトは本質的には無色の鉱物ですが、それは非常に稀で、不純物によりさまざまな色合いを示します。
タンザニアでは青ー紫が圧倒的に多いのですがその他にも様々な色合いの宝石質のゾイサイトを産します。
 近年コレクター向けに様々な色合いのゾイサイトがカットされ、市場に姿を現し始めました。 
写真の緑や朱、無色の他に、黄色、ピンク、橙ー赤等、いずれも極めて稀ですが、ゾイサイトらしからぬ美しい色合いの変種があります。

 

タンザナイト結晶
 高さ 48mm
”タンザニアの眠れる美女”
と呼ばれる結晶 177g 55mm
C軸、b軸、a軸 から見た色
多様な色彩のタンザナイト
左上 黄色 9.36c 左下 緑 2.54ct

 

化学組成
(Formula)
Ca2Al3[O/OH/SiO4/Si2O7]
結晶系
(Crystal System) 
直方晶系
(Orthorhombic)
モース硬度
(Hardness)
 6−7
比重
(Density)
 3.10−40
屈折率
(Refractive Index)
1.688−700

 日本語の鉱物名はかつては黝簾石(ゆうれんせき)と呼ばれていましたが、現在は灰簾石が一般的です。
緑簾石(エピドット)とは結晶系こそ違いますが、成分や特性が近い鉱物です。
 英語名はZoisite(ゾイサイト)で、オーストリアの自然学者、フォン ツォイス男爵(S. von Zois 1747〜1819)に因む命名です。
 古い和名の青黒い緑簾石のとおり、かつては灰色、暗緑、褐色の見映えのしない鉱物でした。
 僅かにノルウェーやアメリカ、ニューメキシコ州等に産する不透明ですが美しいピンクの桃簾石(チューライト : Thulite) と呼ばれる変種と Anyoliteと呼ばれるタンザニア産のルビーを含む緑色のゾイサイトとが不透明ながら美しい色合いのため、装飾用の置物や彫刻用途に使われることがありました。 
 が一般にはゾイサイトが宝石鉱物とは考えられてはいませんでした。


桃簾石(Thulite)

     
 研磨された桃簾石(Polished Thulites) 29mm - 61mm
新潟県 糸魚川(Itoigawa, Niigata, Japan)
13.04ct 21x13x8mm
静岡市(Shizuoka, Japan)
 2.41ct 11.8x6.9mm
Souland, Norway

 灰簾石の変種でマンガンを含みピンクの色合いのものが桃簾石(チューライト)と呼ばれます。
不透明な団塊として産出しますが、美しい色合いから工芸品や建築資材等に使われることがあります。
 日本では本州を縦断する糸魚川ー静岡構造線の最南北端の静岡と糸魚川から、工芸品に使えるような桃簾石が発見されます。
 糸魚川産のものはピンク翡翠と呼ばれていますが、翡翠ではなく桃簾石です。
写真のノルウェー産の桃簾石は石英中に含まれている桃簾石を研磨したものです。
不透明ですが、透明な石英中に入っているためにカボションではなくファセット・カットされたものです



ゾイサイトの結晶形 ゾイサイト結晶
Pakistan
天然の非加熱タンザナイト
 
0.51ct            0.52ct
    5.7x3.8mm        6.5x4.3mm
ルビーを伴う緑の不透明な
ゾイサイト (Anyolite) 6cm
Tanzania

タンザナイトの発見

 ところが1960年初頭に、キリマンジャロ山の南斜面のメレラニ丘陵にて青く透明な種類が発見され、新種の青いゾイサイトと判明し、一躍脚光を浴びることになりました。
 仕立て職人のマヌエル・ド・スーザがルビーを探していて偶然発見したと記録されています。
発見した本人はサファイアと思ったのですが、1962年にゾイサイトと識別されました。
 新種の宝石に目ざといアメリカのティファニー宝石店が、唯一の産地であるタンザニアに因んでタンザナイトと命名し1968年から積極的なプロモーションを行ったため、今日ではタンザナイトの名が広く定着しています。
 鉱物学会はこの名を公認していないのでブルー・ゾイサイトとしています。 
その後緑の変種が発見され、今度はグリーン・ゾイサイトと呼ぶかあるいはグリーン・タンザナイトと呼ぶか等々、欧米の宝石学者や鉱物学者の間で論争が巻き起こりましたが、いずれにせよ宝石級の結晶はタンザニアのみの産出ですから、今更ややこしい名前を持ち出したところで混乱を引き起こすばかりです。
 近年、タンザニアからはさらに多彩な色合いが出現し、宝石業者が勝手な名前をつけて売り込みに躍起となっている例を見かけます。
 大半を占める青と青紫をタンザナイトと称することには、全く違和感を感じません。
しかしその他の色合いは、何しろ余りにも量が少なすぎますから、特別名前を命名する必要もないでしょう。
 例えばピンクであれば、ピンク・ゾイサイトと呼ぶのが、その色と鉱物としての素性を簡潔に表す呼称として相応しいと思われます。
 


タンザナイトの発色の特徴
 

 タンザナイトはなによりもサファイアのような濃い青が印象的ですが、非常に強い多色性を持つことが特徴で、冒頭の写真に見られるようにa、b、cの結晶軸の方向により青、紫、朱色と異なる色を示します。
 宝石にカットする際に、タンザナイトは普通はa軸かb軸の方向でカットされますから青か青紫が際立って見えますが、見る方向によっては赤の光が混ざって来て、独特の色合いを示します。
 最初に発見された結晶は青い石でサファイアと間違えられたほどですが、その後本格的な採掘が始まると、殆どの原石は褐色がかっているので、大半は加熱処理によって、濃い青または青紫になります。
しかし、写真の様に少数ですが、黄色、ピンク、青緑と多彩な色があります。
 これらの多彩な色は、不純物として鉄、チタン、クロム、ヴァナジウム、マンガンがアルミニウムを置き換えて含まれていて、それらの比率の違いにより異なる発色が起こります。
 一般に含まれる、酸化ヴァナジウム(V2O3)/酸化クロム(Cr2O3)の比率が2倍以上の場合に褐色がかった青い色を示しますが、2倍以下の場合には緑になります。
 酸化チタンを多く含む淡青色の結晶は加熱処理でも濃い青になりにくいといわれます。
 パキスタン産の緑のゾイサイトとインド産のピンクのゾイサイトは鉄分を多く含みます。
紫色は三価のヴァナジウムイオンによる発色です。ここに酸化のクロムイオンが加わると青く見えます。
 加熱により、青が褐色が薄まり濃い青となるのはTi3++V4+がTi4++V3+の組み合わせに変わるためと考えられます。


メレラニ丘陵の地質構造とタンザナイトの成因

 現在のところ、キリマンジャロ山の南麓に広がるメレラニ丘陵一帯がタンザナイトの唯一の産地です。
 ここは12億年前に始まった古いモザンビーク造山地帯に中生代(2億2500〜6500万年前)の比較的に若い地層が堆積した褶曲の頂を形成しています。
 激しい地殻変動を受けたドロマイト大理石、黒鉛片麻岩や片岩等の変成岩からなり、周囲とは大断層で切り離されています。 
 タンザナイトは、熱水が断層の割れ目に貫入して、元からある岩脈と反応して結晶したと考えられています。
 メレラニ丘ではタンザナイトとともにツァヴォライトと呼ばれるエメラルド・グリーンのグロシュラー・ガーネットを産します。
 実はグロシュラー・ガーネット(灰礬柘榴石 : Ca3Al2SiO4)は灰簾石とは化学組成がよく似た鉱物です。
この両者が一緒に産することは、タンザナイトはツァヴォライトから派生して生成した鉱物であると推定されています。 
 即ち、黒鉛を含む片麻岩中に高温の変成作用で生成したクロムとヴァナジウムとを含むツァヴォライトが、その後の地殻変動で貫入した熱水により分解され、その成分の珪酸アルミニウム・カルシウムと熱水の水分から成るタンザナイトという新しい鉱物に生まれ変わったと考えられています。
 ツァヴォライトの美しいエメラルド・グリーンの発色を演出したクロムとヴァナジウムとはタンザナイトでは青、青紫、緑の発色を担っています。
 
メレラニ丘陵でのタンザナイト採掘
 

 1971年に鉱区は国営化されて、以後2万人を超える正規の鉱夫と、さらに25000人を超えると推定される非合法の鉱夫とが採掘に従事しています。
 1995年の時点では、メレラニ丘陵は四つの鉱区に分けられ、それぞれに200ほどの鉱山があります。
 鉱山といっても、大半は原始的な手掘りの縦抗とトンネルとが無秩序に走っていて、坑道の深さは300mに達し、さらに水平に全長3000mもの狭いトンネルが無数にある、いわば人間の掘った蟻の巣のようになっています。
 縦坑の昇り降りはロープが大半で、照明も換気装置もなく、掘るのも鉱石を引上げるのも全て人力という危険な作業ですから、事故が起こらないのが不思議といった環境です。
 1998年4月の大雨で大洪水が起こり、無秩序に掘られた坑道に流れ込んだ水で、200人を超える鉱夫が溺死しました。 しかし洪水でなくとも、転落や、爆破等による怪我や死亡事故は日常茶飯事。
 換気設備がないため、ダイナマイトの爆風による埃で鉱夫は珪肺病は必至。 
300mもの縦抗のロープでの昇り降りが困難なため、鉱夫は一度降りると照明も何も無い地下の坑道に、塩と固めたおかゆだけで2〜3日止まり、這いつくばって掘り続ける・・・・等々、まるで強制収容所の様な有様です。 
 それでも他に仕事も無く、あわよくば高価な結晶を掘り当てることを夢見て、大勢の人々が絶えることなく仕事を求めてやってきます。
 世界中の宝石店に流通しているタンザナイトは、こうした悲惨な状況で掘り出されたものです。

メレラニの鉱夫 鉱石等の引上げ作業 大量の洪水の水が流れ込んだ縦抗
珍しく梯子がある縦抗 普通
はロープのみ 深度250m地点 
地下300mでの採掘 坑道の高さは僅か60cm
 
タンザナイトの値段 

 タンザナイトの生産量がどれくらいになるのか全く資料がありませんが、発見以来40年経って、今や一般にも広く人気のある宝石として定着しているという事実を鑑みると、少なくとも年間100万カラットを超える量が安定して供給されていると考えられます。 
 一般的な青や青紫の2〜3カラットのタンザナイトはカラット当たりの単価が200〜400ドルくらいで、5カラットを超える最上のものが500〜800ドルといった水準です。 
 20カラットを超える大きな石も稀ではありませんが、大きい石でも値段がそれほど跳ね上がりません。 
 かつて40カラットの極上の石がオークションにて10〜12万ドルの評価にもかかわらず、結局買い手がなかったという興味深い事実がありました。
 その他の色は殆ど市場に出まわりませんが、恐らく緑の石が出たとしても青や紫の水準にはならないでしょう。やはり青と紫とが美しく人気があり、高く評価されます。
 似たような色合いのサファイアと比べると大きく美しい石がかなり割安ですから人気が高いのも当然でしょう。


無数のイミテーションの出現 

 タンザナイトの人気を反映して、1995年頃から驚くほど多様なイミテーションが報告されています。
 その種類の多さときたら、ダイアモンドやルビー、エメラルドを遥かに凌ぐほどです。
タンザナイトはロシアで1991年に合成されたとの未確認情報がありますが、今日現在では正式な報告は未だありませんから、世にあるのは全てそっくりのイミテーションです。
 そしてその大半が、ユーロピウム添加のYAGやクロム添加のフォレステライトや、希元素添加の特殊な光学ガラス等、最先端技術のレーザー用途の多様な素材であるというのが興味深い事実です。

タンザナイトとイミテーション

上段:左二つが天然のタンザナイト 3.03と5.89ct
   右は6.9ctの燐酸カルシウムガラス
   (Mg,K,Fe,Co,Sr,Zr,Zn等の不純物を含む)
下段:
左 Coraniteと呼ばれる合成コランダム 1.64ct
2番目 イッテルビウム添加のYAG 1.99ct
右二つ 鉛ガラスのイミテーション 2.89 0.92ct
 (鉛の比率が38.5〜51%と異常に高い)


Eu添加のYAG Purple Coranite
 結晶 112.5ctとルース 0.72ct
Eu(ユーロピウム)添加のYAG
7.07ct 12.9x8.8mm
クロム添加の合成フォルステライト(橄欖石)
結晶 とルース クッションカット 6.15ct

1994年 三井金属鉱業中央研究所製
マシーシェ型ベリル 16.4ct 合成スピネル・トリプレット 
3.84ct      4.01ct
左のトリプレットの側面写真
Nd 添加ガラスの接合面が見える
 これらのイミテーションはいずれも、類似した色合いですが、天然タンザナイトの特徴である多色性を持たないため肉眼での識別は可能です。 
 ただし上尾市にある三井金属鉱業の中央研究所にてチョクラルスキー法で製造されたクロムを添加した合成フォルステライトは多色性を持ちます。
 直径4cm、長さが20cmもの全く内包物を含まない結晶はレーザー用途として合成され、一部が試作品としてカットされたようです。現実に宝石用途に量産されることは、製造コストの高さからあり得ないと考えられます。
 YAG系のイミテーションは比重が大きいため、カラット比の寸法が小さくなります。
 淡色の緑柱石にX線やガンマ線等の高エネルギー照射で濃い青の発色をさせたマシーシェ型ベリルの色は太陽光や、白熱光の強力な光で1週間ほどで褪色しますから、ショーなどで強い照明下に展示は出来ません。
 したがって遮光した包装から取り出したタンザナイトの出物等に出会ったら、その素性は怪しいと疑わねばなりません。 本物のタンザナイトなら褪色しませんから、きちんと展示できるはずです。
   そんな訳で、呆れるほどのイミテーションが次々と出現して、収集家を喜ばせてくれるタンザナイトでもあります。

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