アフリカのエメラルド(African Emerald)

アフリカ各地のエメラルド (African Emeralds)  0.29ct - 1.68ct

  アフリカのエメラルドは古くは古代エジプト時代に紅海の近くに”クレオパトラの鉱山”と呼ばれる有力な産地がありましたが、今日では廃墟が残るのみです。詳細は宝石読本のエメラルドの歴史を参照してください。
 現在のアフリカでエメラルドが採れるのは、ザンビア,ジンバブエ,南アフリカ、ナイジェリア,タンザニア、モザンビークとマダガスカルの7ヶ国です。
 特にザンビアはコロンビア,ブラジルに次ぐ世界第3位のエメラルド生産国です。ジンバブエは非常に小粒ですが、しかし色が濃く美しいエメラルドを産することで知られています。
ザンビアのエメラルド (Zambian Emerald)

最高品質のザンビア産エメラルド 14.29ct 0.55 - 5.69ct Kagem Mine 0.66 - 1.35ct Chantete Mine 1.68ct 10.8x6.6mm 0.50ct 6.8x5.2mm

ザンビアのエメラルド産地  カフブ エメラルド鉱区 (Kafubu Emerald area) カフブ鉱区の 19のエメラルド鉱山

露天掘り鉱床
Hope Mine, Musakashi area
8x6mm Musakashi area Grizzly Mine,  Kafubu area Kagem Mine 40g Chantete Mine
Chama/FwayaFwaya/F10 pit Kafubu Emerald area, Zambia 石英上の結晶 10.7cm Kagem Mine 
Collector's Edge Minerals Inc. collection
8cm Chantete Mine


 ザンビアには1976年に発見されたカフブ鉱床と2002年に発見されたムサカシ鉱区と二つのエメラルド産地があります。
 最初に発見されたカフブ鉱区の原石からカットされた石はエメラルドにしては殆ど傷がなく余りにも美しかったので、当初は合成品と疑われたほどでした。
 しかし程なく天然のエメラルドと判明し、世界の宝石業界から熱い注目を浴びました。 
 早速イスラエルとインドのシンジケートがザンビア政府と共同で最大の Kagem 鉱山の運営に当たり、ザンビアのエメラルドはコロンビア産のそれに匹敵する品質で世界に浸透し始めたのです。
 その輸出額は1980年代のピーク時には年間1億ドルに達した程でした。
 ザンビアのエメラルドを有名にしたのは、しかしその美しさよりは、世界のエメラルド生産量の10%近くを占める量の大半が密輸で取引されるという皮肉な現実です。
 と言うのも、エメラルドを重要な資源と認めた政府が、1980年代後半に鉱山運営から研磨までを政府の管理下において、原石の輸出を禁止したためです。
 そしてブラジルの企業と契約して50人の研磨技術者を招聘し、数百人のザンビア人の訓練を始めました。
 アフリカのような地域で資源を単に輸出するだけではなく、国内での産業の発展と雇用の確保を目指すのは当然の判断であります。 
 しかし研磨技術者が一朝一夕で育つ筈はなく、またザンビア産エメラルドを研磨するために莫大な投資を行い、大勢の研磨工を抱えるイスラエルとインドの企業にしてみれば、突然の原石の供給停止は死活問題でした。
 かくしてスイスを拠点とし,アフリカ西海岸のイスラム教徒のセネガル人が介在するザンビア産エメラルドの密輸が開始され、政府の厳重な取り締まりにも拘らず、大半のエメラルドが盗掘され、また政府の管理する鉱山や処理工場からも密輸されると言う事態が恒常化する事となりました。
 政府管理下のカゲム鉱山の川向こうではザンビア人鉱夫達が ”エメラルドなんぞ聞いたこともありませんぜ!”と言いながら何トンもの岩を運び続けています。
 政府は一方的に原石買取価格を押し付けて、殆ど価値の無い現地通貨で、その支払いも遅れるのが常です。 
一方セネガル人ブローカーは国際価格にて、そのうえ国際通貨でキャッシュで買い取ってくれるとあれば勝負になりません。
 エメラルドは隣国のザイールを経由してスイスのジュネーヴに入り、イスラエルの最新の研磨ロボットが林立する工場へと運ばれます。 
 イスラエルのロボット達が処理できないような原石の屑はその後まとめてインドに送られて80万人から100万と言われる研磨工たちが加工し、ザンビアのエメラルドが世界の宝石市場へ供給されると言う仕組みです。
 カフブ鉱区のエメラルドはコロンビア産と比べてやや青みがかった暗い色合いで、一般的には黄色みがかったコロンビア産が高く評価されています。 同じ透明度のコロンビア産の1カラットの最上級品がカラット当たり7,000〜12,000ドルに対して、ザンビア産は4,000〜7,000ドルとやや落ちますが,それでも際立って高い値段で、高級ダイアモンドに匹敵する評価です。


ザンビアでの新しい採掘技術

 一般に鉱山では母岩にドリルで深い穴を穿ってダイナマイトを挿入し、爆破して鉱石を取り出します。 
この方法は普通の金属鉱石の採掘には効率がよいのですが、宝石の採掘では結晶が衝撃で粉々になってしまいます。 
 カゲム鉱山で2005年以降新たに発見された水晶脈内の大きく美しいエメラルド結晶を無傷で取り出すために、コロラド州の菱マンガン鉱結晶の採集に開発された新しい技術を2009年から採用し始めました : それは水晶脈に深さ1−2m、直径7cmの穴を開け、水圧駆動のダイアモンド・チェインソーで水晶脈をそっくり剥ぎ取るという方法です。
 写真の10.7cmの結晶はこの方法で採集されました。

ジンバブエのエメラルド (Emerald from Zimbabwe)
”イングランド銀行” と呼ばれる近代的な設備のゼウス鉱山
(Modern Zeus Mine called  "England _Bank")
 Machingwe Mine



透閃石,金雲母とペグマタイト
接触層のエメラルド鉱脈
Zeus鉱山
粒状の曹長石中に結晶した
エメラルド Orpheus鉱山
一部半透明でカボション,ビーズ級
の結晶 104/65ct Orpheus鉱山
小さいが透明度の高いルース
0.29ct 4.8x2.9mm
サンダワナ特有の透緑閃石結晶
包有物 50x
インドで研磨された140個で1カラットのメレー 典型的なサンダワナ産エメラルド 
0.28〜1.87ct
上は異例の大きさの3.67ct
中も同様に大きな0.8ct
下列が普通の0.09〜0.18ct
直径4〜7mmのビーズ1000個以上
のエメラルド・ビーズネックレス
 ジンバブエとエメラルド鉱山の歴史
  ジンバブエは古来のソロモン王の時代から黄金の産地として知られていました。
19世紀末には欧州の列強が次々とアフリカを植民地として争奪戦を繰り広げていましたが、1889年にはデ・ビアスシンジケートを設立したセシル.ローズが代表者の大英帝国南アフリカ会社が南ローデシアを支配化に置きました。
 20世紀初頭には南ローデシアにてダイアモンドも発見されましたが、採算に乗らず,鉱山は放棄されました。
現在のジンバブエが南ローデシアとして正式に大英帝国に植民地化されたのは1923年のことです。 
 第二次世界大戦後の1950年代半ばに精力的なベリリウムとリチウム資源の探鉱が行われ、1956年10月に豊かなエメラルド鉱脈が南東部の Mweza 丘陵地帯に発見され、”ヴァルカン(Vulcan)” 鉱山と名付けられました。
 翌年5月にはヴァルカン鉱山の北西2.5km地点で新たな鉱脈が発見され”ゼウス(Zeus)”鉱山と名付けられました。 
 当初は簡単な露天掘りと選鉱だけの操業でしたが、鮮やかな濃緑のエメラルドは世界に広く認められ、1959年末に鉱山は英国の世界的な鉱業資本、RTZ(Rio Tinto Zinc) の現地の子会社の傘下に入りました。 RTZは1993年に新しい Sandawana 鉱業社に売却するまで44年間、大規模な資本を投下して,近代的な設備のエメラルド鉱山を運営しました。 
 サンダワナの鉱山の他にも周囲の数十km の範囲の、いずれも蛇紋岩と花崗岩ペグマタイトとの接触変成帯に多くのエメラルド鉱床が発見され、30ヶ所程にて、多くは人手やブルドーザー等による簡単な露天掘りの採掘が行われています。
 サンダワナ・エメラルド鉱山
  ジンバブエのエメラルドは26億年昔の始世代の時代の地殻変動の時に生成した、非常に古いものです。
ジンバブエ安定陸塊の褶曲や断層を引き起こした大規模な地殻変動により、幅4km,長さが530kmの大断層が出来ると共に広範な火山活動が起こり、クロム,金、ニッケルに富む古い地層にベリリウムに富む花崗斑岩脈が貫入する変成作用でエメラルドが生成したと考えられています。
 ジンバブエの南部、南アフリカ共和国に近い Mweza 丘陵地帯に豊かなエメラルド鉱床が存在し、一般にサンダワナ (Sandawana) 鉱山と呼ばれます。 
 最南端のオルフェウス(Orpheus)鉱山から北東に延びる約20kmの鉱脈中に、エロス(Eros)、ヴァルカン(Vulcan)、ゼウス(Zeus)、アーレス(Aeres)、Machingwe と、主にギリシア神話の神々の名で呼ばれる7つの鉱山が存在します。
 とりわけゼウス鉱山は ”イングランド銀行” とも呼ばれるほど豊かなエメラルドを産出する中核の鉱山です。
 当初は地下15mまでを露天掘りしていましたが、現在では地下150mの深さまで,総延長40kmに及ぶトンネルとシャフトとが縦横に走り、全ての地下の採掘は1000分の1の3次元モデルにて精密な地質データに基づく最新技術の管理が行われています。
 採掘された原石は慎重に母岩と分離されて、毎月60kg程度の結晶が採掘され、10〜20%の高い歩留まりで研磨用の結晶が得られています。 最新の技術を駆使した鉱山ならではの高い生産性が実現されています。
 サンダワナ・エメラルドの特徴
  サンダワナのエメラルドの特徴は,まず輝かしい濃緑色にありますが,平均して非常に小さい事です。
写真は140個ものルースでようやく1カラットに達するほどの微少なルースの例です。
 こうした小さなルースの研磨は殆どインドで行われ、1時間当たり数セントの格安の賃金で働く研磨工無しには不可能です。
 しかし大変美しいため、スイス製の1個数百万円もする時計の装飾等に使われるのです。
 この鮮やかな緑色は、平均で 0.38〜1.48wt% という高いクロムの含有量によります。
エメラルドの結晶は、針状と薄片状の透緑閃石の結晶のインクルージョン、またそれぞれ2%を超えるマグネシウムやナトリウムを多量に含み、パキスタンの Swat 鉱山、Makhad 鉱山産とよく似た特徴があります。

 

タンザニアのエメラルド (Tanzanian Emerald)
 1.90ct
Lake Manyara
マニアラ湖付近のエメラルドとアレクサンドライト鉱山
(Emerald and Alexandrite Mine)
Lake Manyara
2.29ct
Sumbawanga, Tanzania

タンザニアはダイアモンド,ルビー、サファイア,アレクサンドライト等々,数十種類の宝石を産する世界有数の宝石産地です。 
そして余り重要ではありませんが、二つのエメラルド鉱山があります。
 一つはケニア国境のキリマンジャロ山から西南西に200km程のマニアラ湖 (Lake Manyara) 付近に1969年に発見されたマヨカ鉱床です。 
 エメラルドの他にもアレクサンドライト、アメジスト、クリソベリル、ルビー、サファイア、スピネル、ガーネット、燐灰石等、多様な宝石を産出します。
 この地域は始世代(25〜30億年昔)のタンザニア大陸塊とモザンビーク造山帯(12〜4.5億年昔)と中生代(2.25億年〜6500万年昔)とが重なる大変複雑な地質構造の場所で、黒雲母片岩層に貫入して散在する花崗岩ペグマタイトによって出来た接触変成鉱床です。
エメラルドはウラル産と良く似ていて包有物と亀裂が多く、ファセット可能な品質は少ないとされています。
 鉱床発見直後の1970〜1973年の3年間に232kgの結晶が採掘されたと報告されています。
23区に及ぶ広範な鉱区が存在し、政府による国営化やその後の民営化等を経て,現在でも小規模な採掘が行われています。
 二つ目の鉱山はタンガニーカ湖南部付近に1988年に発見されました。
アクアマリン、ベリルと共にエメラルドも産出する Sumbawanga 鉱山です。
 タンガニーカ湖南部付近の原世代(16〜8億年昔)のアフリカ大地溝帯と、中生代の堆積地層との重なる地帯に花崗岩ペグマタイトと黒雲母片岩との接触変成鉱床です。
 しかしエメラルドはマニアラ湖産より更に品質が悪く、白濁していて彫刻用やカボション用程度にしか使えません。

写真の2.29カラットのルースは包有物が多く、透明度に欠けますが、スムバワンガ産としては最上の辛うじてファセット級の標本です。


ナイジェリアのエメラルド (Nigerian Emerald)
 7.3cm    1.56ct 13.0x3.9mm  結晶 27mm 13.4ct 1.56ct 13.0x3.9mm  0.8ct 8.3x5.1mm
Jos Plateau, Nigeria

 ナイジェリアの中央のジョス高原は先カンブリア紀(5.7億年以上昔)の超変成岩,角閃岩、様々な片岩や片麻岩から成る古い岩盤にそれぞれ、先カンブリア紀後期と中生代の白亜紀(1.36億〜6500万年昔)とに貫入した花崗岩とから成る岩盤とが風化した地層の土地です。
 この高地には主に錫やトリウム等の金属鉱床とトパーズ、アクアマリン,トルマリン等の宝石鉱床とが広範に存在します。
 1990年末に,中央高地北西部の Gwantu 近郊と北東部の Nassarawa Eggon 近郊から大変美しい緑柱石が発見されました。
 ベリルにしては色が濃く、しかしエメラルドにしてはやや緑の輝かしさに欠ける大変微妙な色合いの緑柱石で、これをエメラルドと呼ぶべきか、あるいはグリーン・ベリルと呼ぶべきか、クロム・アクアマリンと呼ばれることもある等、ちょっとした論争となりました。 
今日ではやはりエメラルドと呼ぶ事で納まっているようです。
  1.56カラットのアクアマリンのような色合いのエメラルド・カットのルースはヴァナジウム・ベリルと表示されていました。
 色は淡いのですが、エメラルド・フィルターには反応してうっすらと赤みを帯びます。 
この淡い色合いは,クロムの含有量が少なく、鉄とヴァナジウム含有量とが高く、即ちグリーン・ベリルとエメラルドとの中間に位置するものです。
 大変美しく透明度の高く大きな結晶が採れるため、20カラットに達する,透明でほぼ無傷のファセット・カットの石が得られるなど、アクアマリンのような透明度の高い独特の存在感のある変り種のエメラルドと考えれば良いかと思います。
そんなわけで,値段もエメラルドというより、グリーン・ベリルとアクアマリンとの中間の大変手頃な水準です。

 モザンビークのエメラルド (Emerald from Mozambique)


  1950年代、アルト・リゴーニャの南凡そ100km程ペグマタイト地帯にあるジレ(Gilé)近郊にエメラルド鉱床が発見されました。
 Maria-II, III, 鉱山、Niame鉱山、等、いずれも黒雲母ー滑石片岩の古生層に5億年ほど昔、花崗岩ペグマタイトが貫入した接触変成作用によりエメラルドと共に長石、石英、輝水鉛鉱、黄鉄鉱、灰重石、曹長石、燐灰石、方解石、蛍石等が生成した鉱床です。
 ニアメ 鉱山では25cmを越える大きなエメラルド結晶が採集されました。
 クロム発色による青みを帯びた濃い緑色のエメラルドですが、殆どが標本級の品質です。 しかしイスラエルの資本などによる断続的な採掘や探鉱が行われています。
 ジレから大西洋岸に45kmほどの Morrua のタンタル採集のペグマタイト鉱山からも少量のエメラルドが報告されています。
雲母片岩中のエメラルド結晶  Niame Mine


エチオピアのエメラルド (Emerald from Ethiopia)

  エチオピアは近年オパール、サファイア、ジルコン、ペリドット、モルガナイト、等々多彩な宝石の産地として台頭してきました。
 2009年ごろにはケニア国境から70km程の南部の Dubuluk 近郊でエメラルドが発見されました。
 最初の試掘で数百グラムの結晶標本が得られ、最大で数cmに達する結晶からは小さいながら、透明度が高く鮮明な色合いのルースがカットされます。
1.36ct   Dubuluk,  Ethiopia


南アフリカのエメラルド (Emerald from South Africa)


Cobra Emerald Mine,
Gravelotte, South America
近代的な採掘と選鉱 1976年 黒雲母片岩中のエメラルド 
12mm 25mm

 南アフリカのヨハネスブルグから北東へ400km余り、フラフェロッテ(Gravelotte)郡にエメラルドが発見されたのは1890年。
 1930年代の8年間に66万カラット余りのエメラルドが採掘されました。 露天掘りと地下のトンネルによる近代的な採掘が行われました。
 およそ100年に渡り断続的に稼動されたエメラルド鉱山は1990年に閉鎖されました。
 が1998年に小規模な採掘が再開され、また周辺では個人的な採掘も行われ、鉱物標本が時折市場に姿を見せることがあるとのことです。
 フラフェロッテはハンス・メレンスキー自然保護区内にあり、その東にクルーガー国立公園、さらにその東、国境を越えてモザンビークのリンポポ自然公園という、地質学的に興味深い一帯にありますから機会があれば、エメラルド探しも兼ねて訪ねてみたいものです。 
 ここで採れるエメラルドはクロム着色による濃い緑色ですが、多くの亀裂や不純物の多い鉱物標本級が殆どです。
採掘されたエメラルドも大半はビーズ級の低品質だったと思われます。
 エメラルドは黒雲母ー緑泥石ー角閃石から成る片岩層に貫入した花崗ペグマタイトに長石、輝水鉛鉱、黄鉄鉱、青い蛍石、ショール、水晶等を伴います。 最大では5cmの結晶と10カラットのルースが得られました。
 南アフリカではフラレッテの他にヨハネスブルクの西南西200km程のシュヴァイツァー・レネケ (Schweizer-Reneke) の Palmartin Emerald 鉱山と、さらにその西50kmの Uitvalskop とにエメラルドが発見されています。
マダガスカルのエメラルド
Morafeno鉱山 マダガスカル 雲母片岩中のエメラルド 最大10cm
Morafeno Mine
27x18x14mm 70ct  0.45ct 6.7x4.3mm 透緑閃石と水晶(右中央)の
インクルージョン
 マダガスカルはタンザニアと並び50種類以上の宝石を産する世界で有数の宝石産地です。
とりわけ1990年代末に相次いで島内の各地からビルマやスリランカ産に匹敵するルビーとサファイアの産地が発見されたことは、マダガスカルの宝石資源の潜在的な豊穣さを世界に強く印象付けたものです。
 またアクアマリンやヘリオドール等の緑柱石の存在は19世紀末のフランスの植民地時代から有名でした。
そしてエメラルドもまた20世紀初頭には報告されていました。
 島の東海岸の中南部、マナンジャリー (Mananjary) の南西部のおよそ50平方kmの広さの雲母片岩と角閃石片岩地帯を花崗岩ペグマタイト脈が貫く、豊かなエメラルド鉱床が発見され、1980年代初頭から採掘が始まりました。
 1990年代初めにはおよそこの一帯に主要な鉱山だけでも9ヶ所、その他にも多数の鉱山が稼動しています。
 マダガスカルのエメラルドの産出量や品質についての情報は殆どありませんが、結晶の大半は半透明から不透明で、主にカボションやビーズなどの用途に使われます。 
 透明な結晶も最大で3カラット程の大きさのルースがカット出来る程度です。 
 この地域のエメラルドの特徴として透緑閃石や水晶の結晶をインクルージョンとして含む事と、青みがかった緑色である事で、ブラジルのミナス・ジェライスのイタビラ鉱区のベウモンチ鉱山やカポエイラナ鉱山産と識別をつけ難いくらい似ていることです。


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