緑柱石(Beryl)

 

1. グリーン・ベリル、イエロー・ベリル、ヘリオドール、ゴールデン・ベリル
   (Green Beryl) (Yellow Beryl) (Heliodor)  (Golden Beryl)


世界各地のヘリオドール (Heliodor from world's locality) 1.34 - 14.14ct


 

17x11mm 11ct
Minas Gerais
18x12mm 12.2ct
Espirito Santo 
14.14ct 23.11x13.08mm 5.70ct 13.84x11.03mm
Brazil


5.10ct 12.50x8.77mm 2.95ct 10.52x8.29mm 2.55ct 10.00x7.88mm 2.47ct 13.38x7.25mm 2.41ct 12.0x7.4mm
Brazil


1.60ct 8.80x6.91mm 3.52ct 10.60x7.41mm 8.17ct 21x11mm 4.55ct 18x11mm 1.31ct(8.0x6.1mm) - 2.54ct(10.5x7.8mm)
Andora Pradesh, India Pakistan Wolodarsk, Ukraina Pamir Mtn. ???



中央 40ct 40.4ct  4ct             2ct 62ct 24x21mm
Klein Spitzkoppe, Namibia Colatina, Espirito Santo, Brazil Roebling Mine, Upper Meryall
Connecticut, U.S.A.
Luumäki, Finland



化学組成
(C0mposition)
結晶系
(Crystal System)
モース硬度
(Hardness)
比重
(Density)
屈折率
(Refractive Index)
Be3Al2Si6O18 六方晶系
(Hexagonal)
 71/2 - 8  2.68-78 1.571-583

 

 緑柱石は多彩な美しい色を持つ宝石ですが、最も一般的な色は若葉色の淡黄緑色でグリーン・ベリルと呼ばれます。
良く似た色合いで黄色はイエロー・ベリル、黄緑色のものはヘリオドール、金色はゴールデン・ベリルと呼ばれます。
 ヘリオドールとはギリシア語で ”太陽の贈り物” という典雅な意味を持っている上に言葉の響きも美しいため、最近ではこの系統のベリルは全てヘリオドールの名で呼ばれる事が多くなっているようです。
 いったいヘリオドールの本当の色とは何なのか、様々な宝石の資料に当たってみましたが、あるものは金色とし、他の資料では黄緑色から黄色・オレンジと様々で、即ち冒頭の写真の全ての色をヘリオドールと呼んでもあながち間違いではありません。
 美しい名前のおかげでこの宝石に人気が出るのならそれはそれで結構な事ではないかと思います。
 それぞれ微妙な色合いですから,いちいち色合いによって詳細な呼び分けをするよりヘリオドールと呼ぶのが相応しいでしょう。
 ところで、産出量も多く魅力的なパステルカラーのヘリオドールですが,不思議な事に宝石店ではあまり見かけることがありません。
 と言うのは、今日、ヘリオドールに限らず、一般に黄色から黄緑の宝石は人気がありません。
 一方、同じ緑柱石でもアクアマリンの青い色は大変人気があリます。 
そのため、淡緑、淡黄、淡黄緑、淡桃色、等々の色合いの緑柱石は加熱処理によって淡青色のアクアマリンに変身して市場に出回っているのです。
緑柱石の構造と 発色の仕組み
       
アクアマリン
(淡青色)
不純物として含まれる二価の鉄イオン
(濃青色) 二価の鉄イオンが酸素イオンを介して三価
の鉄イオンとの間で電子を交換し合う電荷移動
ゴールデンベリル 酸素と三価の鉄イオン間の電子電荷移動
グリーンベリル 青と黄色の組み合わせ
 

 こうした酸素と二価、または三価の鉄イオンとの結合エネルギーのバランスが加熱処理によって変り、ヘリオドールからアクアマリンへと変身する

加熱処理によって変化した色は安定していて半永久的に保たれる
青緑:SiO4 紫:BeO4 赤:Al 黒:O 橙:H2O
黄緑の緑柱石青いアクアマリンに変身 緑柱石の構造
 緑柱石はSiO4の4面体、BeO4の4面体とアルミニウムを囲む酸素原子の8面体
とが酸素を介して螺旋を描くように成長して結晶となります。
 図の青緑色のシリコン環の中空のトンネル中には天然の緑柱石は水が入ってきます。
 このシリコン環に遷移金属分子が不純物として含まれると ;

クロム : エメラルド、 マンガン: モルガナイト、レッドベリル
二価と三価の鉄の組み合わせ :  
淡青濃青淡緑黄緑金色 

と様々な色合いのベリル一族の発色が起こります

世界のヘリオドール産地
  ヘリオドールは他のベリルと同様,ペグマタイト鉱床に産する代表的な宝石鉱物ですが、全てのペグマタイトに産出するわけではありません。
 代表的産地は永らくブラジルのミナス・ジェライス州とエスピリト・サント州、ロシアのウラル山脈、アフリカのマダガスカルやモザンビーク等が有名でしたが,近年になり,フィンランド,ウクライナ、等々、新しい産地から宝石級の結晶の産地が報告される様になりました。
 3.4x0.6cm
Espirito Santo
Brazil
13.5x6cm
 
Joerana,Minas Gerais
Brazil
9.6x4.6cm
Minas Gerais, Brazil
14.3cm
Marambaia, PadreParaiso
Minas, Gerais, Brazil

 

14x6.6cm
Nagar Parkar, Pakistan
17.5x9cm              16cm
Wolodarsk Ukraina
7.8cm
Mursinka, Ural Mtns.
A. E. Felsman Museum
結晶 7.5cm Siberia
ルース 59ct 
Srilanka
アメリカ自然史博物館

 

3.1x1.6cm
Mursinka, Ural
2.9x3.2cm
Wolodarsk Ukraina
3.1x2cm
産地不明
2.2cm
Old Columbia Mine
Springfield,
New Hampshire

4.5cm
East Hampton,
Connecticut, U.S.A.
結晶 高さ 6cm
Colatina
Espirito Santo Brazil
 ウクライナのWolodarsk のペグマタイト鉱床は19世紀末から知られており、20世紀前半からトパーズ、水晶等 70 種類近い鉱物と共に緑柱石が採掘されていました。
 とりわけ緑柱石は 2m にも達する巨大な結晶が産出する事で知られていました。 
 1990年代初めから写真のような。表面が著しい融触作用を受けた,黄緑から金色の最大では長さが 1.7m, 直径 20cm,重さが70kgに達する宝石質の結晶が産出し世界中に出まわりました。
 結晶は 100m から 150m の深さの地点で採掘され、20cm から 30cm もの結晶も稀ではなく、出始めた当初はグラム当たり100円程度の格安の値段でコレクター達を喜ばせたのですが、間もなくこの結晶の鉱脈が枯渇してしまったので、現在では偶に見かけるとかつての 100 倍以上とルースよりも高くなっています。
 ヘリオドールは枯渇してしまいましたが,代わって 1994 年頃からバイカラーのトパーズ鉱脈が発見されました。
 結晶の大きさが 8kg もあり、1000 カラットを越えて 4000 カラットにも達するルースが採れる、歴史的なトパーズ産地となりました。 
 この地の正確な場所はキエフの西 120km 程のジトミール (Zhitomir) の近郊のヴォルニー (Volhnie) です。
  この地域はスカンジナヴィア南部にまで広がる26億年以上昔のバルト楯状地にあります。
そこへ18〜20億年ほど昔の火山活動により Rapakiwi 花崗岩が至るところに貫入してペグマタイト層が形成されました。
 Volhnie のペグマタイトは 300m から 1.5km の幅で 22km の主に水平のレンズ状の広がりを持っていて、しばしば数十m に達する晶洞が発見され、数 m の長さに達する結晶で充たされていますから,ブラジルやマダガスカルに匹敵する,世界でも有数のペグマタイト鉱床に数えられるでしょう。
 因みに Rapakivi 花崗岩とは次に述べるフィンランド南部の花崗岩のことで,同じ地質に出るヘリオドールが良く似ているのは,地質が同じだからでしょう。


* ウクライナのペグマタイトの詳細な情報は ”ロシアのトパーズ” に紹介しています
フィンランドのヘリオドール産地
  さて、世界のペグマタイトで様々な宝石が産出しますが、一体それぞれの結晶がどのような鉱床で,どんな状況で産出するかといった情報がもたらされる事は殆どありません。
 しかし1982年にフィンランドのヘルシンキの 180km 北東,ロシア国境から 40km 程のルーメキ(Luumäki) にて、素晴らしい宝石級ヘリオドールを産するペグマタイトが発見されました。
 このペグマタイトは鉱物ファンが石英の露頭から発見したもので、15kgのベリルと多少の宝石級トパーズを産しました。
 15億〜18億年昔と、古い年代の前カンブリア期の花崗岩から成るフィンランド南部には無数のペグマタイトがありますが,宝石級の鉱物は,過去に水晶類,トパーズ、クンツァイト、モルガナイト、ヘリオドールと、トルマリンとが僅かな量,稀に産出したとの記録があるのみです。
 1982年に発見されたルーメキのペグマタイト鉱床は小規模でたちまち鉱脈は枯渇してしまいましたが,詳細な記録が残されましたので,参考までに紹介する次第です ;

 

 ”Elina” 9.5cm 620g 左手前の結晶は620g 62ct 24x21mm
Luumäki, Finland

 

2004年5月雪解けを待って再開された緑柱石鉱山での採掘光景 
 

加熱,照射処理されたベリル

加熱と照射処理を受けた無色のベリル
Pakistan Palermo Mine, New Hampshire, U.S.A. Afghanistan

 これらの写真はアメリカ、ニュー・ハンプシャー州、グロトン (Groton) 在住のパレルモ (Palermo) 鉱山所有者であり、鉱物コレクターでもあるボブ・ウィットモア (Bob Whitmore) が手がけた無色、あるいは淡色のベリルを加熱と照射処理でヘリオドールに変えたもの ;
パキスタン産 大きな結晶は淡色のアクアマリン、他は無色のベリルを加熱後、400メガラドの照射処理
パレルモ産 パレルモ鉱山は天然のヘリオドール鉱山ですが、これらはいずれも無色の結晶片を加熱後に
: 左上と右下のラフは200メガラド、左下と右上は1000メガラドの照射処理
アフガン産 いずれも無色のベリルに加熱後、400メガラドの照射処理

ラド ( rad : radiation absorption dose ) とは放射線吸収総量の単位
1ラドは物質1kg当たり0.01ジュールのエネルギーを吸収したときの吸収線量。 (メガラドは100万ラド)

無色あるいは淡色のベリルが放射線照射で金色、黄色に変わる理由

 ヘリオドールの広範な色合いの発色の原因は 0.09 - 1.8 wt. %の鉄の不純物に因るものです。
 しかしながら、二価あるいは三価の鉄イオンはベリルの結晶構造のアルミニウムやベリリウム・チャンネルに不純物として含まれていても赤外線領域の吸収しか起こさないために発色要因とはなりません。
 鉄イオンが発色要因となるのはシリコン・チャンネルに入っている場合のみ、二価の鉄イオンが青の、三価の鉄イオンが黄色や金色の発色の原因となります。 
 放射線の強いエネルギーを受けると二価の鉄イオンから電子が剥ぎ取られて三価の鉄イオンに変わるために黄色または金色のヘリオオドールに変わるというわけです。
 これはヘリオドールが何故アフリカ、ウラル山脈、ブラジル、アメリカ東海岸等、10億年を超える古い地層のペグマタイト鉱脈に多く発見され、3000万年と年代の新しいパキスタンやアフガニスタンのペグマタイトには少ないかを説明する理由となります。
 即ち、ペグマタイト鉱脈にはウラン、トリウム、カリウム40等の天然の放射性元素が含まれており、その量は極めて微量ですが10億年もの時間をかければ鉱脈中で無色、あるいは淡色の緑柱石が上記の写真のように 200−400 メガラドに達する量の放射線を浴びてヘリオドールに変わったと考えられるからです。

疑惑のパミール産ヘリオドール

パミール産ラベルの貼られたヘリオドール (Pamir labeled heliodor)
 1.8 - 2.2cm 3.3cm          3.6cm 1.31ct(8.0x6.1mm) − 2.54ct(10.5x7.8mm) 曹長石上のヘリオドール
 3cm とショール

Pakistan ?

 1990年代初め頃から世界の鉱物、宝石市場にパミール山脈産と称する素晴らしく綺麗なヘリオドールが登場しました。 
 最大でも5cm程度と小さな結晶が大半ですが、透明で結晶端を持つ魅力的な結晶とカットされたルースとが手ごろな値段で豊富に出回り始めたのです。
 産地はパミール山脈の東部、産地はロシア語で Zolotaya Vada (金色の水), あるいは Zelatoya Vada (黄色の水) と呼ばれる新しく発見されたペグマタイト鉱床で、ヘリオドールの他に紫の燐灰石、トパーズ、ショール、赤−橙色のスペッサータイン・ガーネットを産するとのことでありました。
 が、不思議なことに、この産地からはヘリオドールのみで、その他の鉱物は結晶標本すら姿を見せることはありませんでした。
 通常、宝石質の結晶やルースを安定して産するペグマタイト鉱脈が発見されれば、必ず詳細なレポートが Mineralogical Record 誌や Gems& Gemology 誌 に取り上げられるはずです。
  G&G誌は 1996 Spring のGEM News欄にて現地ディーラーから仕入れた鉱物商の産地情報として ”Zelatoya Vada” ペグマタイトの産状を伝えています。 
 しかし、辺境の地ゆえ、実際に産地を訪れて調査した報告は”Mineralogical Record” 誌 も含めて全くありません。 
 そして2005年に発行されたドイツの Lapis の Beryl 特集号英語版にようやく ”タジキスタンの疑惑の金の水” なる記事に出会いました。 
 ロシア科学アカデミー会員でモスクワのフェルスマン鉱物博物館の鉱物コレクション研究員である Dmitriy Belakovskiy 氏の2ページに及ぶ記事です。 
 タイトルが示すように、パミール山脈産と称するヘリオドールの正体についての疑問です。
 ヴェラコフスキー氏の疑問は下記のとおりです ;

 1. 以前から市場に姿を見せてはいたものの、1995年にアメリカのディーラーから見せられた東部パミール産との結晶のラフと曹長石、白雲母と水晶を伴う結晶マトリクスは長年見慣れていたパキスタン産のアクアマリンそのものだった。
 が、ディーラーが言うように、もし新鉱脈が発見されたとすれば、中国のウイグル自治区との国境から20km程にあるランクル湖 (Rangkul) 周辺にあるペグマタイトかもしれないと、サンプルを入手した。

 2. 何年もタジキスタン、とりわけパミール山脈で鉱物探査に当たっていた鉱物学者に確かめたところ、ランクル湖周辺はもちろん、パミール山脈東部でヘリオドールが発見されたことはない。
 パミール北部のキルギジアのペグマタイトなら発見可能性はあるとの意見だった

 3. そうしている内にも市場にはヘリオドールが数多く姿を見せ、しかも驚いたことには、ラベルに記された産地は私が当初可能性を検討したランクル湖の、鉱山名はなんとロシア語の ”Zolotaya Vada : 金の水” あるいは "Zelatoya Voda : 黄色の水” とある。 
 パミール山脈一帯ではペルシャ語系のタジク語が使われているのに、何故鉱山の名がロシア語なのか ???
 この地域に詳しい地質学者や鉱物学者達に当たってみたが、”金の水”なる鉱山も鉱床も誰も聞いたことがないとのこと

 4. 不思議なことに、パミール産のヘリオドールはモスクワやサンクト・ペテルブルグ等、ロシアの鉱物・宝石フェアには1個たりとも出てこない。 他のタジキスタン産の標本はいくらでもあるというのに? 
 イギリス、ハロゲイトのフェアで見かけた中にはなんと中国四川省、雪宝頂山特有の平板状の結晶マトリクスのヘリオドールにパミール産のラベル付きまであった。
 この産地でヘリオドールが発見された記録は皆無だ。
 

 5. タジキスタン産あるいはパミール産と称するヘリオドールを扱っているのは一部のパキスタンやアフガニスタン産の鉱物専門業者に限られる。
 世界のまともな鉱物商達は、こうした、極めて素性の疑わしいパミール産と称するヘリオドールに何故疑いを抱かないのだろうか ?? 

 と、様々な状況を勘案すると、パミール産と称するヘリオドールは、主にアフガニスタンとパキスタン産の無色、淡色のベリルに加熱、照射処理をしたものと考えるのが妥当かと思われます。

 市場のアクアマリンの大半が加熱処理により、人気のある爽やかな淡青色に変貌させられている事実、さらに天然のヘリオドールも, おそらくは大半が地中で自然の加熱と天然の放射線を浴び続けて美しい金色に変貌した可能性が大きいと考えると、市場価値のない無色、あるいは淡色のベリルが人口の処理で金色になった事実を殊更に非難する程のこともありません。
 しかしながら、加熱、照射処理の事実を隠し、ありもしない産地を偽って商売するというやり方は改めるべきでしょう。

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