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July 2019 : アルカリ玄武岩起源のサファイア(Sapphires of Alkaline Basalt origin)
非加熱のアルカリ玄武岩起源のサファイア | ||
1.84ct 6.36 x 6.20 x 4.64mm East Africa |
2.69ct 8.94 x 7.35 x 4.21mm Australia |
2.13ct 8.23 x 5.72 x 4.24mm Thailand |
冒頭の3個のサファイアは、ごく最近入手した、それぞれ、東アフリカ(マダガスカル?)、オーストラリアとタイ産の非加熱のアルカリ玄武岩起源のサファイアです。
全てGIAの研究室での分析により、加熱処理が行われていないことが明らかであり、GIAの標本や、分析データとの比較検討により産地が同定されたものです。
詳細は後述しますが、カシミールやビルマのモゴク、あるいはスリランカのサファイアの最上品に匹敵する、アルカリ玄武岩起源の、しかも非加熱のサファイアが存在するということ自体が、驚くべきことです。
一般に、美しいサファイアはカシミールに代表されるペグマタイト起源や、ビルマのモゴクやスリランカ、マダガスカルの一部で採れる変成岩起源のサファイアが大半を占めるといって、過言ではありません。
したがってタイ、カンボジア、オーストラリアや、マダガスカル等のアルカリ玄武岩起源のサファイアは、中級以下の手ごろな価格帯の宝飾品に使われ、宝石の本等でも、美しいルースの写真する見かける機会が無かったというのが現状でした。
アルカリ玄武岩起源と言っても、実際には、これらのサファイアが形成されたのは、地下20~50㎞の沈降帯と呼ばれる、
プレートが衝突して、高温、高圧、そして珪酸分に乏しい地質条件下で、サファイアが結晶したものです。
こうして地下深くで結晶したサファイアが、さらなる地殻変動による火山活動で、珪酸分に乏しい塩基性の玄武岩マグマによって地上に運ばれたのでアルカリ玄武岩起源と呼ばれる訳です。
化学のpHで表わされる酸性とアルカリ性とは異なり、地質学の分野では岩石中の珪酸(SiO2) 分の量で岩石を分類します ;
酸性岩とは珪酸分が66%以上の岩石を酸性岩と呼び流紋岩や花崗岩が相当します。
一方、珪酸分が45-52%の岩石を塩基性岩、あるいはアルカリ性岩と呼び、玄武岩、輝緑岩、斑糲岩が相当します。
アルカリと呼ぶのはカリ長石、ナトリウム長石等のアルカリ成分を含むためです。
このような産状で生成したサファイアは一般に不純物の鉄分を多く含み、二価と三価の鉄イオンが電荷を交換し合う電荷移動という仕組みで発色するのですが、最大で1%に達する鉄の不純物のため殆ど不透明な、黒に近い深い暗緑青色のため、長年、宝石用途には使われませんでした。
しかし1960年代央頃から、還元雰囲気中で高温の加熱処理をすることにより、不純物の鉄を取り去って透明度の高い結晶に変身させることが出来るようになり、それまで顧みられなかった膨大な量の結晶が宝飾用途に使えるようになって、タイ、カンボジア、オーストラリアの地下に眠っていたサファイアが滔々と宝石市場に登場して来たのです。
宝石を加熱処理することで、暗い色を明るく改善したり、好ましい色に変えることは、スリランカやビルマ産のサファイアやルビー、さらに、トルマリン、トパーズ、アクアマリン等々、今日、大半の宝石に行われています。
採掘されたままで手を加えず美しい色合いの宝石がないわけではありませんが、これらも実は地下の高温による加熱作用の恩恵を受けて美しく変身したものと言えるものです。
したがって、自然による加熱が不十分だったものを、経験を積んだ専門家の熟練した技術で、最良の変身を遂げさせることが加熱処理と考えるべきでしょう。
もちろん、加熱処理をせずに美しい宝石には、それなりのプレミアムの対価が付加されるは当然なのですが、しかし、非加熱だからと言ってむやみに尊重するほどのことはありません。
宝石にとって大切なのは、何よりも美しいことであり、加熱処理によって眩いばかりの美しい石に変身したのであれば、こんなに好ましいことはありません。
東アフリカのサファイア(East African Sapphire)
1.84ct 6.36x6.20x4.64mm
ネット市場にてGIAのレポート付きの東アフリカ産、非加熱とある、このサファイアの写真を初めて見た時には、マダガスカル、アンドラナンダボにて1993年に発見されたスカルン鉱床起源の最上のサファイアかと思いました。
しかし、実物を受け取って、よくよく眺めてみると、やや緑色を帯びた色むらが見えるので、これがアルカリ玄武岩起源のサファイアではないかと思われます。 しかしながら、東アフリカでモゴクの最上品を偲ばせる、これほどのサファイアを産するのは一体どこの鉱山なのか思い当たりません。
GIAに問い合わせてもらったのですが、彼らにも東アフリカとしか見当がつかないとのことです。
東アフリカでこのようなサファイアはケニア、タンザニア、モザンビーク等がありますが、この大きさと品質を勘案すると、マダガスカルが最も有力な産地と考えられます。
オーストラリアのサファイア(Australian Sapphire)
2.69ct 8.94 x 7.35 x 4.21mm |
オーストラリアの東海岸北部からブリスベーン、シドニーを経てタスマニア島に至る4000㎞に及ぶ海岸沿いの至る所に新生代(6600万年昔以後)に噴出したアルカリ玄武岩が風化した Lava Plains と呼ばれる堆積が広がっており、ほぼ日本の面積に相当する35万平方kmの広大な土地にサファイアを産します。
しかし、採算が採れる鉱床はクイーンズランド東部のアナキー (Anakie) の数平方kmの鉱区と、ニューサウスウェールズ州北東部の400平方kmの New England Fields に限られます。
サファイアが発見されたのは1854年ですが、商業的な採掘は40年後の1894年、Anakie 鉱区で1913年までの20年間に2トンのサファイア原石が採掘され、大半がドイツ商人により、帝政ロシアに輸出されたという記録があります。
ロマノフ王朝が消滅した後、採掘が再開されたのは1960年代半ば、加熱処理で低品質のサファイアの色を劇的に改善できる様になり、タイの宝石商が独占的にオーストラリアの原石を買い取り、タイにて加工するようになりました。
オーストラリアのサファイア生産は1965年に100万オーストラリア・ドルから1977年には5000万ドルと50倍になるほど激増しました。
宝石加工の知識も技術も持たないオーストラリアの鉱山関係者は単なる素材の供給者として薄利多売でサファイアをタイの業者に買いたたかれていたのですが、1970年代のオイルショックで原油価格や人件費等の高騰により採算が取れなくなり、同時に新たに台頭してきたアフリカ各地のより安い原石との競争にも敗れて、現在ではオーストラリアでのサファイア採掘は中断されたままです。
写真のルースは色合い、透明度、大きさ共にビルマ・モゴクの最上級品に匹敵し、かつ非加熱という稀有な標本です。
かつて採集され、宝飾品に使われていたものが市場に還流し、再カットされたものです。
オーストラリアのサファイアにこれ程の逸品があったとは、これまで如何なる資料にも見たことがありませんでしたが、GIAのレポートで明記されているとなれば、まず間違いありません。
タイのサファイア(Thai Sapphire)
オーストラリアとタイのサファイア産地は地質が驚くほど似ています。
カンボジアのパイリンも実はタイとは地続きで、元はタイ領でしたから、この3つの産地のサファイアが驚くほど似ているのは当然と言えるでしょう。
にも拘らず、宝石の専門家が調べると、それぞれ特徴があり、詳細に調べると産地が特定できるというのは感嘆するしかありません。
実はカシミール、ビルマのモゴク、スリランカのサファイアは可視光ー紫外線分光吸収特性を見ると、それぞれ独特の特徴を示すので、産地の識別ができるのです。
一方、アルカリ玄武岩起源のサファイアも同様に特徴のある吸収特性を示すのでそれと分かるのですが、タイ、パイリン、オーストラリア、マダガスカル、ケニア、タンザニア、コロンビア等々、産地別の吸収特性がどうなのか、資料を見たことがありません。
詳細は宝石読本 : ブルーサファイアの色と品質 参照
2.13カラットのルースも前述の東アフリカ、オーストラリアのサファイア同様、玄武岩起源にもかかわらず、非加熱でありながら、ビルマ・モゴク産の最上品に匹敵する透明度が高く、美しい色合いを見せる稀なる逸品です。
数ある中には、不純物の鉄分が少なく、大きく美しい結晶が成長することもあるという例でしょう。2.13ct 8.23 x 5.74 x 4.24mm