フラックス法合成ルビー
(Flux Synthetic Ruby)

 Chatham (チャザム)
Kashan (カシャーン)1.07ct - 4.36ct Ramaura (ラモーラ) 0.76ct - 1.92ct 1.26ct 6.8x5.5mm  1.03ct 9.1x4.9mm
 フラックス法合成ルビーとは各種の金属化合物から成るフラックス(融剤)の中にルビーの材料の酸化アルミニウムと発色材のクロムとを混合し、1000〜1400℃の温度で熔けた融剤中でじっくりと2〜3ヶ月かけてルビーの結晶を成長させる合成法です。
 様々な合成ルビーの製法の技術と歴史の詳細は "宝石読本 5 合成ルビーとサファイア ”を参照ください。
 

 天然のルビーはあらゆる宝石の中で最も稀少な種類の宝石です。
ビルマ、タイ、ヴェトナム、アフガニスタン、タンザニア、マダガスカル等が主要な産地ですが、とりわけビルマとマダガスカルとが質、量共に他の産地を圧倒する存在です。
 ルビーは絶対的な産出量が年間数百万カラットと少ない上に、1カラットを越える大きく、透明度が高く、濃い色合いのルースが滅多に採れません。
 最上のルビーを産出してきたビルマでさえも、”鳩の血の色(ピジョン・ブラッド)”と呼ばれる透明度の高い濃い色合いの1カラットを越える大きさのカット石はごく僅かしか産しません。
 5カラットを越える最上のルビーは極めて稀、サザビーやクリスティー等のオークションでカラット当り1億円もの値が付けられるほどです。
 稀少なルビーを人の手で造ろうと言う挑戦は19世紀半ばにはフランスの化学者たちによって成し遂げられ、1904年にはフランスのヴェルヌイユが火炎溶融法による量産技術を確立し、1910年頃には年間1000万カラットを越えるルビーが製造され、宝石市場に流通するようになりました。
 火炎溶融法によるルビーは現在も年間10億カラットも生産されていますが、その大半は時計や精密機械の軸受けやエレクトロニクス等の分野に向けられ、宝飾用途には使われません。
火炎溶融法(ヴェルヌイユ)法のルビーとサファイア
サファイア結晶 75.15g(376ct) 74x22mm
ルビー結晶   56.72g(284ct) 81x21mm
  40.2ct 21.8x17.5mm   4.5ct 10x10mm
 美しく、透明度が高い高品質の火炎溶融法合成ルビーは化学組成も物理特性も本物のルビーに違いないのですが、宝飾品に用いられないのは次の理由からです ; 
天然ルビーには必ずある内包物が皆無で余りにも美しすぎて本物に見えない
  200-400カラット超の大型結晶が数時間で大量に製造できるためコストが格安
カットしたルースの原価がカラット当たり10円にもならず希少性が皆無
と、先人が苦心して達成した合成技術が却って仇となり、宝石として見向きもされません。この合成ルビーは現在中国でのみ宝飾品として人気があります。
 
ルビー生成時の環境の違いによる結晶成長

天然 火炎溶融法 フラックス法 熱水法

 全ての鉱物には成長時の温度や圧力、時間等の条件の経緯が結晶成長模様として記録され、詳しく観察することで、その違いが分かります。
 天然のルビーとサファイアは地下20〜50kmの1000℃前後の高温下で地殻中の酸化アルミニウムが発色元素であるクロームや鉄とチタンとを取り込んで成長したものです。
 その様子は三方晶系の結晶形が積み重なった模様として残されます。

 合成ルビーにも成長環境の違いが結晶内部に記録されます ;

火炎溶融法
 2000℃を越える酸水素バーナーの炎の中をアルミナの粉が熔けて降り積り、棒状の結晶を成長させる方法です。
 天然とは全く異なる条件で本物のルビーが短時間に出来てしまいます。
光学顕微鏡でも見えない超微細な結晶が同心円状に重なっている様子が、取り込まれた空気の泡と共に見えるのが特徴です。

フラックス法

 金属化合物の融剤中に酸化アルミニウムが溶け込んで1000℃〜1400℃の高温でゆっくりとルビーが成長します。
 天然ルビーと似た条件なので結晶の成長模様や内包物の特徴が天然ルビーに良く似ています。
 使用する融剤の種類により融点や冷却速度が異なりますが、一般に10mmの結晶成長に3ヶ月ほどかかります。
 即ち大変歩留まりが低いのが特徴です。
 従って得られるルースも天然同様に1〜2カラットと小さいものが大半です。
熱水法

 カシミールや一部のスリランカ、マダガスカル等のサファイアにはペグマタイト性の熱水中で結晶したものがあり、不純物が少なく透明度の高いのが特徴です。
 熱水法はそれを人工の環境下で再現する方法です。
が、熱水法のルビーとサファイアはロシア等で産業用に試験的に製造されたのみで、宝飾品用途に商業的な生産は行われていません。
フラックス法合成ルビーの登場

 前述のように、天然のルビーと良く似た条件で結晶を成長させるフラックス法では天然に極めて近いルビーの合成が可能です。
 フラックス(融剤)として使われるのは ;
 酸化リチウム(LiO2)、酸化モリブデン(MoO3)、弗化鉛(PbF2)、酸化鉛(PbO, PbO4)、弗化アルミニウム・ナトリウム(Na3AlF6)、酸化タングステン(WO3)、タングステン酸ナトリウム(Na2W2O7)、酸化タンタル(Ta2O5)、酸化ビスマス(Bi2O3)等の金属化合物を単独或いは複数使います。使われる融剤により溶融温度、結晶成長時間(2ヶ月〜数ヶ月)が異なります。
 高品質の結晶が得られますが、時間がかかる上に得られる結晶は一般に数カラットと小さく、最大でも数十カラット程度と生産効率が低いため、フラックス法合成ルビーの実用化は進展しませんでした。
 が、1960年5月、カリフォルニア州マリブにあるヒューズ研究所のセオドア・メイマン(Theodore Maiman)の実験室で長さ4cm、直径1cmの合成ルビーの棒から3億分の1秒ときわめて短い時間でしたが、赤い光のビームが出ました。世界最初のレーザー光の発振でした。
 この成功をきっかけに光学特性の良い合成ルビーの研究が盛んになり、様々な技術が開発、検討されました。
 レーザー用のルビーには欠陥の少ない大きな結晶ができる引き上げ法や浮遊帯域法が使われます。
 フラックス法のルビーは天然のルビーに最も近いため、30社余りが宝飾用途に製造に進出しました。
 最も早かったのがテキサス州ダラスの Ardon Associate Inc.(後に Kashan Created Ruby)が1969年以降1984年まで生産と販売を続けた ”Kashan" ルビーでした。
 
            Kashan(カシャーン)フラックス合成ルビー
4.36ct 10.5x8.5mm 3.41ct 8.2x6.2mm 1.85ct 8.1x6.1mm 1.08ct 7.1x5.1mm 1.35ct 6.1mm
 カシャーンのルビーは弗化アルミニウム・ナトリウムのみを融剤とし、種結晶を使ってルビーを成長させる方法で合成していました。
 アルミナの純度が平均で99.57%と天然、合成を問わず、あらゆるルビーの中で最も純度の高いルビーです。光学用の浮遊帯法やチョクラルスキー法のルビーと比べても純度が高いのは驚異的でさえあります。
 不純物としてはチタンの値のみが僅かに高いのですが、恐らく種結晶に含まれる合成ルビーのチタンのためかと思われます。
 フラックス特有の指紋状の内包物等がありますが、却ってモゴク産の最上品を偲ばせる透明度と色合いです。 惜しむらくは1984年に倒産しました。
 15年間で生産、カットされたルビーは44,528カラットと、全盛時のビルマのモンスーのほぼ1日の生産量でしかありません。
 が、それは天然の最上のルビーに匹敵する、合成ルビーの ”ロールス・ロイス”と称された逸品なのです。
Ramaura (ラモーラ)フラックス合成ルビー
 
 
1.92ct 8x8mm 0.76ct 5,5x5,5mm 1.49ct 10.1x5.1mm 1.12ct 10.2x5.2mm 0.87ct 7.1x6.1mm 1.19ct 7.1x5.1mm
0.82ct 6.2x4.2mm 0.75ct 6.2x4.3mm

プラチナの坩堝を取り出す
Judith Osmer
結晶 8.67ct ルース
3.57ct
2.62ct
6.4x5.2mm
1.45ct
6.5x4.8mm
1.25ct
4.2x3mm
12.88ct
18x16x14mm
16.13ct
22x21x11mm
10.83ct
23x18x18mm
5.73ct 12x10x10mm
 1983年に ”Ramaura" ルビーを発売したのは永年ヒューズ研究所でレーザー用ルビー製造の第一人者として名を馳せたジュディット・オスマーが設立した J.O.Crystal社です。
 彼女の造るルビー結晶の優秀さは余りにも名高く、アメリカ空軍がわざわざテレビ番組の撮影に訪れたほど。 カール・セーガン原作の映画 ”コンタクト”でジョディー・フォスターが演じる エリー・アロウェイのモデルとなったのが何とジュディット・オスマーです。
 作中で空間移動マシーンをエリーに提供する大富豪のハディンがエリーとの最初の出会いで、彼女をランタン添加合成ルビーのスペシアリストとして始める件でオスマー女史が如何に有名か知れようと言うものです。
 "Ramaura" とはヒンズー教の最高神である ” Rama : ラーマ”が発する”Aura :オーラ" のような最高の宝石を意味するとのこと。
 ラモーラ・ルビーは酸化ビスマスと弗化鉛を融剤として使用し、さらに微量の酸化ランタンを添加して、紫外線で黄橙の蛍光を発するので天然ルビーとの識別が可能です。
 さらに結晶成長促進用の種結晶を使わず、自然に結晶を発生する方法を採っています。
この方法では大きな結晶の成長が難しく、カットに不適な平板状の結晶が花びらのように成長します。
 このため6台の炉を使っても年間6000〜8000カラットと僅かなルースしか生産できません。
 2004年に活動を停止し、ラモーラもまた幻のルビーとなりました。
 
チャザムの合成ルビーとサファイア(Chatham flux ruby & Sapphire)
1.26ct 1.03ct ルビーとサファイア結晶片 4.77ct 2.17ct 5.18ct
6.3x5.5mm 9.1x4.9mm 3 - 7mm 12x12x5mm 9x8x3mm 15x9x4mm
 1930年代末に独力でフラックス法によるエメラルドの合成技術を確立したアメリカのキャロル・チャザム(1914-1983)は不世出の天才であったと言えましょう。追随する他社に20年以上先行しての快挙でした。キャロル亡き後は二人の息子のトムとジョンとで年間100万カラット以上のエメラルド、ルビー、サファイア、ダイアモンド等の生産とマーケティングを引継ぎ、名実共に合成宝石市場でのリーダーとして世界に君臨しています。
 余りにもエメラルドが名高いので陰に隠れていますが、フラックス法のルビーも実はチャザムが1966年には試作品を発表していました。
 現在はルビーの他にピンクとオレンジとパパラチャ・サファイとを商品化しています。フラックス法のオレンジとパパラチャとは発色が極めて困難な色合いであり、実用化に20年近くかかりました。
 チャザムは融剤としてモリブデン酸リチウムと弗化鉛ー酸化鉛の複合材を使い、さらに火炎溶融法の合成サファイアを種結晶として合成結晶を造っています。ルビーの発色材のクロムは平均で1%近く、天然や他社の合成ルビーと比較するとかなりの高濃度で濃い色合いのルビーを商品化しています。写真の1.26ctのルースはしたがってルビーというより濃いピンク・サファイアと呼ぶべきかもしれません。実は市場で余りチャザムの合成ルビーを見かけません。大半はルースではなく宝飾品として販売しているようです。

クニシュカのフラックス合成ルビー (Knischka flux ruby)
0.43ct 6x4mm 3ct 9.5x5.2x4mm 52.6ct matrix 10mm 40.65ct 40x18mm
 オーストリアの P.O. Knischka が1980年に発表したルビーはフラックス法としては異例の大きな結晶とルース、ガラス状の2相の内包物と、特異な特徴があります。
 さらに、タングステン酸リチウム、弗化鉛、酸化鉛、タングステン酸ナトリウム、酸化タンタルと複雑な融剤中で結晶を成長させています。大きく複雑な形の結晶の成長は多種の融剤に因る低い融点で長期間の結晶成長の結果と思われます。
 鉄とクロム成分がサンプルにより10倍以上の濃淡があり、左の写真のルースと結晶は右の赤黒いルースや結晶と比べると両極端の見本のようです。
 クニシュカは1994年に亡くなり、生産が途絶えました。
 ドゥーロスのフラックス合成ルビー(Douros flux ruby)
結晶 10-20mm ルース 10mm 結晶 44.74ct 平板状結晶
493ct 2.55ct 2.14ct 3.51ct 13.97ct
 ギリシアで貴金属の精製業を営んでいたデゥーロス兄弟が何年かの研究の後に1983年初頭、フラックス合成ルビーを発売しました。月間の生産量は2000カラットとのことです。
 主に酸化鉛に酸化弗素を加えた融剤を使用し、種結晶を使わずにゆっくりとした冷却法で結晶を成長し、最大で350ctの結晶、ルースでは8.5ctの大きさのものが得られるとのこと。
 不純物の鉄の含有率(0.005-0.241%)に大きな差があり、比較的に低い場合と高い場合で色合いが激変します。天然のルビーと同じくフラックス法のルビーでは同じ炉で造られたものでも個々の結晶の発色に大きな差が出てくるのです。
 専門家に拠ると、ラモーラのルビーに最も似ていて、ルーペや顕微鏡にて、坩堝のプラチナの破片が内包物として発見されないものは高度な分析機器を使わない限り、天然との識別はほぼ不可能とのことです。
その他の合成ルビー
Kyocera Pulled ruby and sapphire XL flux ruby
1.30ct 7x5mm 0.96ct 7x5mm 0.54ct 6x4mm
京セラの引き上げ法ルビーとサファイア

 京セラはフラックス法で合成エメラルドを製造販売していますが、ルビー、サファイアとアレクサンドライトはチョクラルスキー法を使っています。これは半導体のシリコンやニオブ酸タンタル等の光学素子等に使われ、内包物が殆ど無い高純度の結晶を短い時間で造れる技術です。しかし融点が2030℃と高いルビーの場合は坩堝の材料にプラチナ(融点1,772℃)は使えずイリジウム(融点 2410℃)やオスミウム(融点 3,054℃)との合金の坩堝が必要となり生産コストが高くなります。
 結晶成長に恐ろしく時間のかかるフラックス法か熱水法しかないエメラルドは止むを得ないとして、ルビーは、コストが高くても短時間で高純度の結晶が出来る技術を選択するという経営判断でしょう。
 
XL合成ルビー

 アメリカでは宝飾用の合成宝石は安定した人気がありますが、誰でも造れるわけではありませんから、各メーカーから仕入れて独自のブランドで販売することが良くあります。XLもその一つです。

天然またはフラックス法合成ルビーの模造品
36.66ct 28.0x17.5mm 39.55ct 28.5x18.2mm 6.92ct 12.1x9.6mm 5.87ct 10.9x8.8mm
 あらゆるルビーの中で最も美しいのは実は大量生産が可能で、カラット当り10円もしない火炎溶融法の合成ルビーです。が、ガラスのようにしか見えないため、誰も宝石として扱わないのが現状です。
 そこで天然、或いは天然と見分けが付け難いフラックス合成ルビーに見せかける贋物が登場してきました。
 急冷ひび割れガラス充填処理(Quench crackled glass filled)をした火炎溶融法の合成ルビーです。
 これは火炎溶融法のルビー結晶を加熱して水中に投げ入れ、罅が入った隙間をガラスで充填し、再カットしたものです。
 この処理によって透明度が落ちますが、却って最上の天然を偲ばせる適度の内包物のあるルビーに仕上げられると言うわけです。
 左の写真はチャザムの合成ルビーとして、右はこのような処理がされたものと明記して、いずれもカラット当たり100円程度で売られていたものです。