モゴクのルビーサファイア
MogokRuby  Sapphire)

 

     
 Carmen Lúcia Ruby 23.10ct    Bismark Sapphire 98.57ct
 Smithsonian Institution Collection, Washington D.C. U.S.A.
 
  4.742ct 10.53x7.91x6.29mm          3.13ct 14.13x7.15x4.13mm        3.23ct 10.00x8.30mm
 
   ビルマのモゴクは疑いなく世界で最も豊穣な宝石産地です。
ルビー、サファイア、スピネル等々、他では決して得られないような大きく美しい宝石を産出し続けてきました。
 しかしながら、流石のモゴクも20世紀の末ごろには鉱脈の枯渇が顕著になり、こんにち、モゴク産の大きく美しい
ルビーやサファイアを市場で見かける機会は少なくなりました。
 幸いなことに、宝石市場の成熟により、かつてのモゴク産の逸品を誂えた宝飾品が、市場に還流して来たものを見かける
機会が増えてきました。
 これらの宝飾品は、古いデザインのまま、あるいは、長年の使用でスクラッチ等があるものは取り外して再カットされ、
ル-スとして、または新しいデザインの宝飾品に仕立てられて、再販市場やオークション等、新しい流通経路にて見かける機会
が増えてきました。
 写真の3点の宝飾品に仕立てられたサファイアとルビーは、そうした流通経路を経て入手したものです。
こうしたネット等で見かける宝飾品で注意すべきは、信用のおける業者が扱っているもの、さらに GIA、日独宝石研究所、
中央宝石研究所等の信頼のおける鑑定機関での厳密な検証がされているもの以外に手を出してはなりません。
 ルビーやサファイアは、たとえ現物を見たところで、素人はもちろん、経験のある宝石商でもその素性を見極めるのが不可能です。
合成品、ベリリウム等の拡散処理品等々、多様な種類の紛らわしい偽装品を判別できるのは専門機関による検証のみです。
 
ルビー(Ruby)
 15.97ct
個人蔵
(Private Collection)
”Delong Star Ruby”
100.3ct
アメリカ自然史博物館
(American Museum of
Natural History
New York
”Hixon Ruby” 196ct
ロサンゼルス自然史博物館
Natural History Museum
of Los Angeles
サファイア(Sapphire)135.2ct
パリ植物園内自然史博物館

Musé de Histoire Naturelle
Jardin des Plantes
Paris
Star of Asia” 330ct
スミソニアン自然史博物館

(Smithsonian Institution)
Washington D.C. U.S.A.

 

 ビルマのモゴク地方は、既に紀元6世紀頃からルビー等の宝石の産地として知られていました。とりわけルビーは他の産地には見られない ”鳩の血の色” と呼ばれる深紅の色合いと高い透明度を持つ世界で最上のルビーと評価されています。
 ルビーの影に隠れた感がありますが、モゴク産のサファイアもまた、伝説のカシミール産が枯渇してしまった現在では、その深い色合いで、世界で最も高品質と評価されています。
 さらに同じくモゴクの町の北方、10kmの地では素晴らしく大きく深い緑の色合いとで、これまた世界で最上のペリドットを産出します。
 その他スピネル、トルマリン、ダンベリー石、ジルコン、トパーズ、スカポライト、等々多彩な宝石を産出する世界で有数の宝石の産地であります。 

ビルマ・モゴクのルビーとサファイアの逸品


     モゴクのルビーの中でも、加熱処理がされていないピジョン・ブラッド(Pigeon Blood :鳩の血)と呼ばれる色合いが最上とされています。
 しかしながら、色の判定には個人差があり、例えGIAの専門家によって”鳩の血色”と最上と判定されたルビーであっても典型的なタイのルビーのような赤黒い色合いのルビーもあり、あくまでも参考にすぎません。
 写真のルビーは加熱処理が行われており、また色合いも太陽光下でややピンク味を帯びるので、ピジョン・ブラッドとは呼ばれません。
 が、稀に見る美しい色合いのルビーではあります。素晴らしく透明度が高く、実物を見たときには合成品ではないかと思ったほどに内包物が少ない、3カラットを超える稀なる逸品です。
 下のグラフがそれぞれ紫外線・可視光とフーリエ変換赤外分光光度計による吸収特性です。
 これらの測定データにより産地の特定と、加熱処理の有無が確認出来ます。 
 加熱ルビー 3.13ct 14.13x7.15x4.13mm  
     
   
   
      このサファイアはモゴク産の非加熱サファイアであることが下記の分光光度計による測定で明らかです。
 ただし中央宝石研究所は紫外ー可視分光分析データによる産地の特定までは言及しない方針のようです。
 このため、長年の経験のある宝石商でもこれがモゴク産とは思わずスリランカ産として扱っていました。GIAではこれらのデータと世界各地のサファイアとの比較から、積極的に産地の同定を行っていますが、担当者によっては、この吸収スペクトルに気づかず、産地をスリランカと誤っている例を見かけます。
 このサファイアはガードル付近に水泡・気泡を包有する面が見られますが、しかし全体として素晴らしい透明度と色合いの大きく美しいものです。恐らく半世紀以上昔の奥ゆかしいデザインの枠にセットされています。      
 非加熱サファイア 4.74ct 10.53x7.91x6.29mm  
     
   
         
      このサファイアもごく最近ネット・オークションで入手したものです。上のサファイアと同じ中央宝石研究所の測定データが付いていて、言及されてはないが、間違いなくモゴク産の非加熱サファイアと判断しました。
 が、扱っている業者は産地までは分からず、非加熱を強調して、最上級サファイアとして扱っていました。
 ダイアモンドのメレーを大量に1.62カラットも使っている、おそらく仰々しいデザインの枠だけでも20万円以上する代物ですが、バブル時代にはこういうデザインが流行ったのです。
 しかし枠にそれ程の手間と費用をかけるに値するサファイアであることも確かです。
 業者もオークションの競争相手も、モゴク産と気づかなかったのでしょう、このサファイアは、枠代相当の値段で落札出来ました。枠はともかく、こんにち、これほどの大きく透明度の高いモゴクのサファイアにお目にかかれませんから、まさに掘り出し物でありました。
 前述のルビー・サファイア共に、還流品の宝石市場では、時に思いもかけない逸品にめぐり会います。
 非加熱サファイア 3.23ct 10.00x8.30mm  


ビルマの普通のルビーとサファイア

 
1.22ct 7.35x5.60mm 2.32ct 9.20x6.85mm 1.796ct 7.1x8.2mm
Mogok, Burma

 ビルマはかつては世界で最も高品質のルビーやサファイアの産地でしたが、しかし冒頭の写真のような逸品は、まさに博物館でしかお目にかかれません。
 1990年代後半から高品質の原石の産出が激減し、大型の美しいルビーやサファイアは勿論のこと、ごく普通の1カラット程度の大きさのルースでさえ、近年は滅多に見かけなくなりました。
 写真の青いサファイアもしたがってごくありふれた標本級のカボションに過ぎません。
 ピンクと赤とはいずれも2000年初頭にルビーとして入手したものです。
これらは、最上級
ではありませんが、しかし他の産地と比べれば格段に美しいルビーと言えるでしょう。
 このクラスのルビーも現在では、市場価格が入手当時の数倍の水準に高騰しています。
モゴクの地質
ビルマのルビー鉱山 モゴクの町の周辺の地質図
 実は一つの土地から、そうした多様な宝石が発見されることは、地質学の立場からは驚異的な事実です。
 何故ならルビーとトルマリンとペリドットとではそれぞれ生成条件が全く異なるためです。
しかし上右のモゴクの地質図を見ると、何故,成因の異なる多様な鉱物を産出するのかが明らかになります。
 即ち、モゴク地方の大部分は片麻岩からなる地層(白い部分)ですが、柱石や柘榴石を含む黒雲母片岩、石灰ー花崗岩、石英岩、柘榴石ー珪線石を含む片麻岩、角閃石片岩ー片麻岩等の変成岩が随所に見られます。 
このような地質に結晶大理石の脈(青の部分)が貫入した場合にルビーやサファイアとスピネルが生成します。
 また地下深くマントル上部から超塩基性の橄欖岩が上昇してゆっくりと冷えた場合に橄欖石(ぺリドット)の大きな結晶が成長します。
 モゴクの町の北と西方の大部分(黄色の部分)には花崗岩が噴出していますが、この中にペグマタイト鉱脈が形成され、トルマリン、ガーネット、ジルコン、トパーズ等の結晶が成長したものです。
 極めて複雑な地層が狭い地域に入り組んでいるため、成因が多様な様々な宝石を産出するわけです。
 それにしても、こうして出来た鉱物がいずれも世界でも屈指の高品質の宝石質結晶というのはやはり驚異と言えるでしょう。
 モゴクのルビーは分かっているだけでも1000平方kmと言う広大な範囲に広がる産出が報告されています。 
近年の調査で、ルビーの産出は南のマンダレー周辺からモゴクを経由して北のミッチーナ(Myitkyina)に伸びる南北400kmの地帯の Nanyaseik,Namhsa,Nawarat,Momeik と、さらにマンダレーの東のシャン高原の Pyinlon、Monghsu に至る広範な地点で新しいルビーの産出が報告されています。   
 とりわけモンスー(Monghsu) 近郊では1992年にルビーの漂砂鉱床が何ヶ所にも発見され、既に相当の量のルビーが採掘され世界市場に流通するようになりました。
 
 さらに、世界屈指の翡翠の産地は、北部カチン高地の町、MyitkyinaとNannyaseikの中間にあるMogaungにあります。
 翡翠は5000〜7000気圧の高圧、しかし温度は150℃〜300℃の低温という特異な条件下で生成する広域変成鉱物です。 ビルマのモゴク周辺に何故こうした多様な地質が存在するのか ? 
 
 それは6500〜5500万年前に、インドがユーラシア大陸に衝突した際のインドシナから中国南部、ネパール、チベットからパキスタン、アフガニスタンに至る広範な地殻変動が起きた時に、その中心にモゴク変成帯が位置していたからということです。
 詳細は ”角閃石族の宝石”を参照ください。

 モゴクでの採掘
   モゴクでのルビー等の宝石は前述の様に6世紀頃から知られていましたが、採掘の方法は小川や畑の砂利層から原石を拾うという、小規模で原始的なものでした。 
 1886年、大英帝国はビルマの豊富な宝石資源の略奪を目的に武力侵略を行い、植民地化後、直ちにビルマ・ルビー鉱山会社を設立して機械化された採掘を始め、操業は1925年まで続きました。
 しかし欧州での地質に基づく設計の採掘機材は、地質や気候の異なるビルマでの操業に適合せず、利益が出たのは1890年から1908年までの期間であリました。
 その後は合成ルビーの出現による天然ルビーの価格の暴落や第一次世界大戦の勃発などにより不振を続け、1925年に会社は解散となりました。 
 第二次世界大戦、独立、そして閉鎖的な社会主義時代の鉱山の国営化等の紆余曲折を経て、もっぱら原始的な採掘による不安定な生産が続いて、長い間、ルビーは世界的な品不足となっていました。
 ルビーの採掘が活発になるのは、軍政による国営化が柔軟な方針によって、国と個人や企業との合弁の採掘会社が多数誕生した1990年代初頭からのことです。
 現在ではモゴク近辺に7つの国営鉱山と159の合弁企業とが鉱山の経営に当たっています。
国営鉱山の内、二つは一次鉱床からの採掘ですが、他の殆どは昔ながらの漂砂鉱床での採掘です。 
 モゴクの鉱床は第四紀,更新世後期の200万年前という、非常に新しい地層にありますが、熱帯に特有の雨や気候による風化作用が激しく、漂砂鉱床は2m から場所によっては25mに達する厚い土砂の堆積物に覆われています。
 したがって採掘には大掛かりな重機による堆積した土砂の除去が欠かせませんが、20世紀末になってようやく本格的な採掘が始まったと言えましょう。

 
国営鉱山による
一次鉱床の採掘
厚い堆積層を掘り下げて漂砂鉱床を露出させ、土砂の中から宝石を選鉱する

 

大理石上のルビー結晶 1cm 大理石中のサファイア結晶
10x7x6cm
漂砂鉱床のサファイア 8-18mm
モゴク産のルビー、サファイアとその他の宝石 

1990年以降の国との合弁事業が始まり、採掘が活性化されて効率上がると共に、大型の結晶が続々と発見される様になりました。
 しかし、こうした逸品が何時でも発見されるわけではもちろんありません。
一般には米粒のような大きさがごく普通のルビー原石のサイズです。
 ルビーが含まれる一次鉱床を直接採掘する鉱山では、写真の様に大理石脈に結晶したルビーが採れます。 面白いことに、宝石の基準ではこの標本の色は深紅ではありませんからサファイとされますが、鉱物の世界では少しでもクロムを含む,ピンクや紫の標本はルビーと呼ばれます。
 前述の様に、モゴク周辺の鉱山ではルビー以外に多様な鉱物を産しますが、モゴク近辺10km内の43の主な鉱山で採れる宝石の構成は、ルビーのみを産出する鉱山が14、ルビーとサファイアの鉱山 が26、サファイアのみを産する鉱山が2、ペリドットの鉱山が1ヶ所です。

モゴクのルビーとサファイアの産出量
 ビルマのルビーの生産量は今まで全くの謎に包まれていましたが、生産が本格化した1990年から3年間の政府直営の7つの鉱山の生産量の、ビルマ政府発表の公式な数字がありますので、下記にまとめました。
  ルビーとピンクサファイア サファイア その他の宝石 合  計
1989−90  10,526 ct   171,127 ct   16,246 ct   197,899 ct
1990−91  38,223 ct   226,665 ct   60,252 ct   325,140 ct
1991−92  39,098 ct   122,083 ct   12,190 ct   173,371 ct
平 均  26,116 ct   173,292 ct   29,563 ct   232,137 ct
  数字はラフ(原石)ですから、歩留まりとしては20〜30%程度が宝石用のルースとして出荷できるでしょう。
 その他の宝石の30%程度がスピネル、30%程度がペリドット、残りがその他の諸々の宝石と推定します。
 年次により、産出量は変動しますが、ダイアモンド以外の宝石の採掘と言うものはこのように一定しないのが普通です。
 この他に157の合弁企業とそれ以外の個人等の違法な採掘等がありますが、ビルマの鉱山の状況を考慮すると国営鉱山の産出量の最大でも3〜5倍程度が全ビルマの宝石の産出量と考えられます。
 となると宝石用途として市場に供給されるのはルビーとピンク・サファイアとで数万カラット、サファイアが20万カラット、スピネルが2000カラット、ペリドットは最大で5000カラット程度と推定されます。
 これはそれぞれの結晶の特徴を勘案した数字ですが、いずれにせよ、市場に流通しているビルマ産の高品質の宝石の絶対供給量は依然として極めて少ないと言えます。
 供給量の少なさと,品質の高さとがビルマ産の宝石の特徴と言えましょう。

 

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