黝輝石(リシア輝石・スポジューメン)
Spodumene : Triphane, Kunzite, Hiddenite


 

スポジューメンのルース 7.7ct - 56.45ct スポジューメン結晶 5cm − 24cm
Afghanistan


9.97ct 12.2x12.0mm
Brazil
14.2ct 17.8x11.8mm
Brazil
8.76ct 14.6x10.0mm
Brazil
8.92ct 14.1x9.40mm
Afghanistan


56.45ct  32x15mm
Brazil
15.28ct 15.1x12.9mm
Afghanistan
10.91ct 16.2x11.3mm
Brazil
9.01ct 13.8x10.3mm
Brazil

Triphane 15.5ct 15.5x13.0mm
Madagascar
Hiddenite 10.16ct
15.6x11.7mm
Ural Mtns. Russia
7.7ct 12.2x10.5mm
Minas Gerais, Brazil
11.07ct 15.1x12.4mm
Nuristan Afghanistan
7.97ct 11.50x10.60mm
Afghanistan

                        
                                  放射線照射されたスポジューメン

  純粋なスポジューメンは無色ですが、不純物の鉄やマンガンにより、様々な色合いに発色します。
左の写真は無色のスポジューメンを放射線照射により緑に発色させた例です。
 この発色は3価のマンガンが放射線照射により4価のマンガンに変わったために
鮮やかな緑に発色した例です。 しかし不安定な4価のマンガンイオンは太陽光等にて
3価に戻ってしまうので、この色はたちまち褪せてしまいます。
 この緑のルースは当初から放射線照射に因ると情報が開示されていたので、入手後は
黒い布に包んで太陽光に当たらない様にして保存していましたが、半年後には色が薄れ始め。
3年後には完全に無色になった例です。
 アフガニスタンやパキスタン産のスポジューメンには天然の放射線により採掘時にはこのような
鮮やかな緑色を見せるスポジューメンがありますが、1年と持たずに、無色に褪色します。
 しかしロシアやブラジル等、他の産地の鉄イオン発色の緑色のスポジューメンの色は安定して褪色しません。
14.02ct 15.3x11.3mm
 スポジューメンの発色の仕組みは別途 ” スポジューメンの褪色 ” に詳細な説明があります
化学組成
(Formula)
結晶系
 (Crystal System)
 
結晶形
( Crystal Form) 
比重
 (Density)
 
屈折率
 (Refractive Index) 
モース硬度
 (Hardness)
 LiAlSi2O6  単斜晶系
(Monoclinic)
3.18 1.66-68  6½ - 7 

名前と産状(Name and Occurence)

 いろいろ名前がある宝石ですから整理してみましょう。
まず鉱物名はスポジューメン(Spodumene)、その日本名が黝輝石(ゆう:青黒い,黒ずんだ輝石)です。
 18世紀の発見当時は風化して灰色で艶のない不透明な結晶であったことからギリシア語の”Spodios=(燃えて)灰になった”に因んで名付けられたもの。
 しかし19世紀末から20世紀初頭にかけて世界各地で透明な宝石質の結晶が発見され、それぞれa,b,c方向の結晶軸から見た色が変わる強い多色性に因んで,ギリシア語の"三つの顔つき”を意味するトライフェーン(Triphane)と名付けられました。
 ピンクー紫色の種類は、アメリカの宝石学者にしてティファニー宝石店の宝石顧問であったクンツ(Kunz)博士に因んでクンツァイト(Kunzite)と命名され、一般にも知名度の高いスポジューメンです。
 この色は三価のマンガンイオンによる発色です。
 またクロム発色によるエメラルド・グリーンの種類は発見を報告した鉱物学者に因みヒデナイト(Hiddenite)と呼ばれます。
 ヒデナイトはアメリカ、ノース・カロライナのStony Point周辺のエメラルド鉱山にて19世紀末以来今日に至るまで全部で1000カラット程度が採集されただけの極めて稀な宝石です。
 スミソニアン博物館の宝石ホールでさえも最大0.7カラットのルースを持っているだけという稀少中の稀少な宝石で、他の如何なる場所からも産出報告がなく、市場で見る事はまずありません。
 代わって,今日,ブラジルやアフガニスタン等で採れる鉄とマンガンイオンに因る発色の淡緑色のスポジューメンも一般にはヒデナイトと呼ばれています。
 しかし宝石学者はこの呼び方を認めていません。
 昔の黝輝石という呼び名は戦後の漢字制限で黝という漢字を使わなくなったため、リシア(リチア)輝石という呼び名に変わりました。
 この鉱物が軽金属リチウムを含む主要な鉱石であることから命名された名です。
 トライフェーン(Triphane)の名は今日殆ど使われませんが,時たまクンツァイトとヒデナイト以外の宝石質のスポジューメンを呼ぶ名として使われる事があります。
クンツァイト(Kunzite)
31.2cm  24x8x3.6cm 2kg   11x6x3cm  18x5cm
Urupuca Mine, Brazil
Vandenburg Mine
San Diego California
Afghanistan K. Proctor Collection Smithsonian Collection
11x6x3.5cm
7.5x5.5x2.5cm  10x3x2.5cm 40.82 58.52 290.87ct 396ct 
Nuristan, Afghanistan Urupuca, Minas Gerais, Brazil
   クンツァイトはスポジューメンを代表する宝石です。 市場で見かけるスポジューメンのほぼ全てがピンクのクンツァイトと言っても過言ではありません。
 かつては淡いパステルカラーの余り見栄えのしない宝石でしたが、近年はブラジルとアフガニスタンからすばらしく色の濃い結晶が発見され、魅力的な宝石として注目を集めています。
 主産地のブラジルとアフガニスタンからは30cmを超える大きく透明な結晶が採れるため、10カラットを超える大きなルースがカラット当り1000円程度、最上級のものでもカラット当り数千円と手頃な値段です。
 1902年にカリフォルニア州サン・ディエゴのペグマタイト鉱山で発見されて以来、ブラジル、マダガスカルと相次いで発見されました。
  1970年代にはヒンズークシュ山脈のアフガニスタン側とパキスタン側との国境地帯のペグマタイトから1mを超える素晴らしく透明で大きな結晶が発見されました。

       

 アメリカのクンツァイト

6.0ct 7.5ct 6.5ct
2009年 12月発見のクンツァイト結晶 最大 12cm 300g
Ocean View Mine, Pala, California

2009年 Ocean View Mine でのクンツァイト晶洞発見時の様子 2008年 Elizabeth R Mine の晶洞から
採集されたクンツァイト結晶

結晶 10cm ルース 121ct、192ct
Pala, San Diego, California
アメリカ自然史博物館、New York 
2008年7月発見のクンツァイト
 結晶 4.3cm 11.5g と 
ルース 12.47 - 19.32ct

Elizabeth R. Mine, Pala, California
クンツァイト結晶 14cm
Pala, San Diego, California
パリ 鉱山大学標本 

 前述のように、世界で最初に宝石質のスポジューメンが発見されたのはカリフォルニア、サン・ディエゴに近いペグマタイト地帯です。
 サン・ディエゴ一帯のペグマタイト鉱床は全て花崗岩地帯の硬い岩脈を掘って、運がよければ宝石鉱物を含む晶洞を掘り当てることが出来るという産状です。 
 人件費の高いアメリカでは従って、東部のメイン州のペグマタイトも含めて、商業的に安定した経営が困難なため、半ば趣味と道楽とを兼ねた採掘が断続的に行われているというのが現状です。
 そしてブラジルやアフガニスタン等、主要産地のような大規模な鉱脈ではなく、小規模な鉱脈が多く、たまたま晶洞を掘り当ててもごく少量が博物館や一部のコレクターが入手できるのみで、市場に広く流通するには至りません。
  20世紀初頭にサン・ディエゴ周辺のペグマタイトでクンツァイトが発見された後は、目ぼしい産出が途絶えていましたが、100年後の21世紀初頭になって、ようやく、少量ながら高品質のクンツァイト発見の報が聞かれるようになりました。


アフガニスタン北東部の宝石産地


 

 アフガニスタンからは素晴らしい結晶を産します。
1.ジャララバードから北に60km程,ヌーリスタン村から徒歩で丸2日もかかる辺鄙なAlingar,Kolum川渓谷地帯のKorgal,Mawi,Nilaw周辺
2.同じくヌーリスタン村の東方100km程のKonar川渓谷地帯
3.歴史的なラピス・ラズリの産地Sar-e-Sangの南東のパキスタンとの国境の山岳地帯です。
この山岳地ではパキスタン側でもクンツァイトを産します。

左の図の太字のアルファベットが産出する宝石の頭文字です  

 E  :  Emerald   K  :  Kunzite
 T  :  Tourmaline   A  :  Aquamarine
  L  :  Lapislazuli   R  :  Ruby
 


 アフガニスタンのスポジューメンはピンク‐紫のクンツァイトの他に、青、緑,黄色、無色と多彩で、しばしばトルマリンを伴います。
 アフガニスタン産の緑のスポジューメンは下記に述べるアメリカ、ノースカロライナ産の極めて稀なエメラルド色のヒデナイトに匹敵する色合いを示すものがあります。
 この色は自然界の放射線照射による4価のマンガンイオンによる発色で、極めて不安定なためにたちまちのうちに褪色し、無色になってしまいます。
 ヌーリスタン地域ではおよそ500人が宝石採掘をしていて、毎年2トンほどの宝石質結晶が産出されます。
数十cmに達する巨大な宝石質結晶も稀ではなく、20年間に及ぶ戦争にも拘らず、アフガニスタンのクンツァイト結晶が世界の鉱物フェアに大量に出品されています。



ブラジルのスポジューメン

Kunzeit 515ct
ブラジルのスポジューメン産地
Spodumen mines of Minas Gerais, Brazil
Urucum Mine Kunzeit 31x15x9cm 7kg
 
Urucum Mine
Smithonian Collection
  Green Spodumene  530ct
  
Urucum Mine


  20世紀初頭にカリフォルニア、サンディエゴのペグマタイト地帯で、続いてマダガスカルにて宝石質のクンツァイト結晶が発見されましたが量は少なく、一部が宝石としてカットされ残りの結晶が世界の博物館やコレクターの手に入ったものの、新たな発見は途絶えてていました。 
 ようやく1932年にブラジル、ミナス・ジェライスのBarra do Cuiete近郊のペグマタイト晶洞から6x2cm程の透明なクンツァイトが、少量の黄色の柱状結晶と、最大で9x5cmの緑のスポジューメンと共に発見されました。
 しかし晶洞はたちまち枯渇し鉱山は閉鎖され、忘れ去られてしまいました。
ブラジルでクンツァイトが再発見されたのは30年後の1962年のこと、Governador Valadoresの北70kmのUrupuca川に近いペグマタイト脈で、鉱山はウルプカ鉱山と名付けられました。
 当初、晶洞で発見されるのはピンクや緑のトルマリンでしたが、続いてレピドライト(リチア雲母)の濃い層に突き当たり,さらに濃い藤色の結晶で一杯の晶洞に掘り当たりました。
 鉱夫達も、宝石ディーラー達もそれが何なのか分からず、誰も買い手がいませんでした。
 しばらく経って、リオ・デ・ジャネイロの宝石商がGalileiaの町で紫のトパーズとして売り出されていた結晶を見ましたが、まるでトパーズとは似ていないので合成宝石の類ではないかと、買わずに町を去りました。
 しかし美しい石であったと、町に戻り、買い手がなく残っていた大量の結晶を捨て値で買い集めました。
 やがて,それがクンツァイトであると知れ渡り、世界の宝石ディーラーがウルプカに殺到しました。 
鉱山からはトンの単位で結晶が出荷されて世界の宝石商や博物館が争って買い求めました。 
 上記のスミソニアン博物館の結晶は、ウルプカ鉱山産の最大の結晶です。
 この鉱山の結晶の特徴は一面が濃い紫で、90度回転させると緑色という2色性を持つことです。
 ウルプカ鉱山は何トンもの結晶を産出して閉山となりましたが、1965年に最大のクンツァイト鉱脈が、Barra do Cuieteから10km程のCorrego do Urucumに発見されました。ウルクム鉱山です。
 一つは2階建ての,もう一つは3階建ての家が入るくらいの巨大な晶洞が発見されました。
 晶洞には粘土が一杯に詰まっていて、全部掻き出すのに2年間もかかったほどですが、3トンものスポジューメン結晶が、最大で24x14cm、重さが4kgもある完全な結晶を含む200kgの2色のモルガナイト結晶、正長石のバヴェノ双晶、10cmもの燐灰石結晶、膨大な水晶と共に採掘されました。
 スポジューメンは最大1.5kgもの濃い色合いのクンツァイト結晶が500kg、20cmもの長さの黄色や緑のスポジューメン結晶等々、ウルクム鉱山は宝石採掘史上で記録的な鉱山となりました。
 この鉱山は現在でも長石鉱山として稼動しているので、新たな晶洞の発見も期待できます。
 1989年には新たにウルクム鉱山から30km程南方、Resplendor近郊にて10kgを越える宝石質の結晶が発見される等、この地帯では今後も引き続きスポジューメン発見の報告があるでしょう。



その他のスポジューメン産地


 
宝石の本によると、ビルマやスリランカにもスポジューメンを産出するとありますが、様々な資料を探しても,写真すらなく、余り重要な産地とは考えられません。 
 マダガスカルも近年は全く産出の報告がありませんが、他のガーネット,サファイア,ルビー,スピネル等新しい宝石産地が相次いでいますから、いずれスポジューメンの再発見も期待して良いでしょう。
 2000年の秋にナイジェリア北部で小規模な宝石質のクンツァイトの発見が報告されましたが、量は年間2〜3kgと極めて少ない様です。 



ヒデナイト(Hiddenite)

Hiddenite Mine  1889年 結晶 4cm  16mm 最大 11mm ヒデナイトのルース 1.10ct
Natural History Museum
Los Angeles
 
 宝石や鉱物の本に必ず取り上げられているのがヒデナイトです。 
 1879年にアメリカ、ノースカロライナ州、Stony Pointのエメラルド鉱山で初めて発見された、クロム着色のスポジューメンであるヒデナイトはしかし、その後他の如何なる産地からも発見の報告がありません。
  恐らく今後も他の産地から報告される可能性は限りなく少ないであろうと思われます。
 即ち、偶然エメラルドを産する地層にスポジューメンが少量のクロムを含んで結晶した,いわば例外的な鉱物としてヒデナイトが出現したのだと考えた方が良いと思われます。
 他のスポジューメンと異なり,結晶の大きさは最大で数cm,多くは破片状で,全てが濃いエメラルド・グリーンと言うわけではなく、したがって結晶も、またカットされたルースも極めて少なく、その大半はノースカロライナ州の博物館に数えるほどの標本があるのみと言うのがこの鉱物です。 
 世界的なコレクションを誇る自然史博物館の宝石ホールでさえもワシントンのスミソニアンに0.7ct,ロス・アンジェルスが1.1ct,ロンドンに2.4ctのルースが一つづつ見られるのみです。
 しかし名前だけは堂々と殆どの宝石の本に取り上げられているものの、満足な写真すらありません。
したがって、今日宝石業界では,主にブラジル産の淡緑色のスポジューメンがヒデナイトとして流通していますが、ヒデナイトの名前を使うのは誤りであるとの主張があります。
 着色の原因が何であっても、美しい緑色の種類をヒデナイトと呼んで一向に差し支えないと考えます。
ノースカロライナに出現したクロム着色のスポジューメンが極めて特異な例外であって、それに固執する事は意味がありません。 


ヒデナイトの再発見

      
 結晶 3.7p  ルース 5.53, 1.16ct 50x7x6o  27x16x8o
 Adams Farm, Hiddenite Town, North Carolina, U.S.A.

   
 1.69ct 16.6x4.1x3.1mm  7.28ct 26.6x6.8x5.4mm

  2001年にヒデナイトの町の郊外のAdams農場でヒデナイト結晶が再発見されました。
かつて最初にヒデナイトが発見されたのと同じ場所です。
 以前はWarren農場と呼ばれ,エメラルド鉱山として間欠的に採掘が行われていました。
1970年代には一般に有料で採掘が開放されていましたが,その後当地での採掘は停止状態となっていました。 
 新たな農場の持ち主が2001年に採鉱を試みて直ぐ2,3個の結晶を発見し,2年間の採掘の結果2003年の4月から5月にかけてまとまった発見に至りました。
 1200個のヒデナイトの結晶が地下4.5mの深さの風化した変成岩の母岩の中から紫水晶,金紅石(ルチル)モナズ石,ショールといくつかのエメラルドと共に採集されました。
 結晶の大きさは数mmから9x1cmまで,平均では長さ2〜2.5cm,幅が0.5〜0.6cmで大半の結晶はヒデナイトに特有の融蝕作用を受けています。
 1200個の結晶のうち5%に当る60個ほどは宝石用に1カラット以上の大きさにカット出来ると推定されています。
 さらに採掘が継続されるか否かは現時点では不明ですが,ともあれ幻のヒデナイトが決して枯渇してしまったわけではない事が判明しただけでも朗報です。

  カットされたリースが市場に姿を見せることは全くありませんでしたが、2021年の9月に突然4個のルースがネット市場に登場しました。 その内の2個が写真のルースです。 
 1.69カラットのルースは小さいながらクロムの含有率が高く、エメラルド・グリーンです。
大きい方の7.28ctのルースはクロムの含有量が低いためでしょう、鉄イオン発色が支配的で黄緑色です。 
 しかし、7.28カラットの大きさは、ヒデナイトとしては史上最大のルースと考えられます。