オレンジ・サファイア(Orange Sapphire)


 
天然のオレンジ・サファイアと、引き上げ法と火炎溶融法の合成オレンジ・サファイア  

   紫、青、緑、金色、黄色、ピンクと、多彩な色合いを示すコランダムですが、橙色は極めて少ない色です。
橙色の発色はクロムと鉄を不純物として含むことで起こります。
 クロムの含有率が高いとルビーになり、含有率が低い場合にピンク・サファイアとなります。
したがって、赤とピンクの中間程度のクロムを含み、そこに三価の鉄が加わると、橙色のサファイアになるのですが、自然のさじ加減により、実に微妙な色合いのサファイアが出現します。
 例えば一般にパパラチア・サファイアと呼ばれる橙色とピンクを混ぜたような滅多に起こらない発色のサファイアですが、日本ではとりわけ人気が高く、最上級のルビーに匹敵するほどの高値を呼ぶ宝石です。
 パパラチアというのはシンハリ語で Padpa-Radsca ; 朝焼け を意味し、発音はこちらが採用され、もう一つ、シンハリ語で蓮の花の色を意味する、パドマ・ラーガ : Padma Radjan/raga が色合いの説明に使われています。
 朝焼けであれ、蓮の花の色であれ、時の移ろいに連れ、刻々と色が変化してゆきますから、広範な色合いがあります。 
 したがって、その色の定義は曖昧で、そのため、一時期、人気が高騰した日本の宝石市場では、どう見てもただのピンクでしかないサファイアにパパラチアと称して法外な値が付いたものでした。
 橙色の発色は、ルビーほどにはクロムの成分が多くなく、適度な鉄の不純物の配合で起きますが、それは極めて稀にしか起こらず、したがって天然の橙色のサファイアに遭遇する機会はなかなかありません。

天然のオレンジ・サファイア
         
1.44ct 7.4x6.0x3.5mm     0.62ct 5.64x4.46x2.46mm 
Srilanka     Afghanistgan

   スリランカ産のオレンジのサファイアは30年以上昔に入手したものです。
内部に直径2㎜程の球状の白濁した内包物を含み宝石として使えないのでコレクション用のルースとして格安で放出されたため入手できたものです。
 これが非加熱の天然の色合いであると確認できるのは、この白濁した内包物のおかげです。
1800℃もの高熱で加熱されると、この内包物は破裂してしまうからです。
 しかしその後30年近く経って、アフガニスタン産に出会うまで、他に出会った記憶がありませんから、やはりオレンジ色のサファイアは極めて稀な色というべきでしょう。
 あまりにも珍しく、一般にほとんど知られていないため、パパラチア・サファイアのように暴騰するということにならないほどです。
 簡易ソーティングではありますが、非加熱と判定されたアフガニスタン産のサファイアは、ベリリウム・ドーピングを疑ってしまうほどの美しい色合いです。
 数が少ないながらルビーや青いサファイアを産するアフガニスタンにて極めて稀なオレンジ色のサファイアが発見されることは可能性としてないとは言えません。
 敢えてアフガニスタンと称するのであれば天然の非加熱の可能性が大きいと考えています。
 
合成オレンジサファイア
  天然では珍しいオレンジのサファイアですが、合成ではいとも簡単に作り出すことができます。
発色剤のクロムと鉄とをほどほどの割合で酸化アルミニウムの粉末に混ぜて高温で溶かすのみですから。
 ルビーとサファイアの合成法は、用途に応じて多々ありますが、宝石用としては火炎溶融法、フラックス法と引き上げ法と熱水法とが主なものです。 詳細は宝石読本の ”合成ルビーとサファイア” をご覧ください。

火炎溶融法合成オレンジサファイア (Flame Fusion Synthetic Orange Sapphire)
         
 7.50ct 10.3x10.1x6.6mm  4.16ct 12.2x7.0x4.8mm  3.84ct 11.6x7.9x4.5mm  4.20ct 13.5x8.0x5.0mm 3.70ct 10.8x8.0x4.0mm 

   火炎溶融法のルビーとサファイア合成法は20世紀初頭にフランスのヴェルヌイユが発明し、たちまちのうちに年産1000万カラットに達するほどの普及を見せました。
 天然の最上のルビーの品質の結晶が簡単、かつ大量に製造できるため宝飾用 や精密工具、機械用に生産が飛躍的に伸び、現在でも産業用途に広範な分野で使われています。
 ただし、宝飾用としては、今日まったく顧みられません。
 皮肉なことですが、完全無欠で天然の最上品をも凌ぐ美しさの火炎溶融法の合成ルビーとサファイアはあまりにも美しすぎて、エリザベス女王が身に着けているのであればともかく、一般のご婦人が身に着けたのではとても本物には見えない、ということなのです。
 戦前や第二次大戦後の昭和30年代、天然の宝石など夢のまた夢であった時代、同様に中国でもようやく豊かになり始めた1990年代末に、天然の代替えの宝飾用に大量に出回ったものでした。
 写真の火炎溶融法サファイアは、オレンジというより、ピンクを帯びた、パパラチア・サファイアを忍ばせる色合いですが、ツーソン・ショー等で1個 5 ドル程度で売られていたものです。
 天然の宝石を眺めていて、時たま、こうした合成品を売っているブースに出会うと、あまりにも美しく、手ごろな値段なのでつい買ってしまったという次第です。

チョクラルスキー引き上げ法の合成オレンジ・サファイア 
         
 10.26ct 14.2x12.5x8.0mm 9.80ct 14.2x12.5x7.3mm     1.14ct '7.0x5.0x3.7mm  0.96ct 7.0x5.0x3.5mm
      キョーセラ(クレサンベール) 

   高周波溶融炉中に溶けて液体になっている宝石材料に過冷却した金属棒を浸すと、先端に宝石の単結晶が成長し始めます。 
 それぞれの結晶の成長速度に合わせて金属棒を回転しながら引き上げると、純度の高い宝石が得られるというのが引き上げ法の宝石合成技術です。
 大きく、完全な単結晶が得られるため、主にレーザーや半導体基板等の先端技術用途に開発された技術ですが、宝飾用途にも使われることがあります。
 二つの10カラットのパパラチア・サファイアは30年以上昔に、ツーソン・ショーで入手したものです。
カラット当たり 10 ドルと、合成サファイアとしては高価でしたが、あまりにも魅力的な色合いについ手が出たものです。
 この色合いは現在は同じ製法でキョーセラが商品化し、カラット当たり10万円(あくまでも銀座の直営店での小売りの値付けです)と高価で手が出ませんから、今となっては貴重なコレクションです。
 ベル研究所製のフラックス法合成スピネル結晶等、様々な合成宝石のルースや結晶を扱っている専門業者のブースでしたが、このルースが何処製かは把握してなかったため、メーカー不明です。
キョーセラ(クレサンベール)のオレンジサファイア

  電子部品、半導体関連、情報通信等々、広範な事業を展開するキョーセラ(京都セラミック)が宝石分野に進出したのは驚くことではありません。
 会社設立時の主要な事業が半導体基盤用のセラミック製造であり、それはサファイアと同じ材料のアルミナ(酸化アルミニウム)であったからです。
 キョーセラはエメラルドをフラックス法で合成していますが、ルビー、サファイアは高純度のアルミナを溶融して引き上げ法で合成しています。 
 恐らくフラックス法では結晶成長が半年~1年と時間がかかる上に、内包物の無い結晶の合成が困難なためでしょう。
 引き上げ法で宝飾用宝石結晶を生産、販売しているのは現在ではキョーセラのみです。
というより、世界の大半の合成宝石メーカーが倒産したり、創業者が引退したりで、今日アメリカのチャザムと、ロシアの国営企業くらいしか残っていません。
 合成宝石は大半が創業者の趣味に近い仕事で、事業としては成り立たないというのが現実です。
創業時の縁もあり、本業で十分な利益があるキョーセラであればこそ、事業が続けられるのでしょう。
 1.14カラットのオレンジ・サファイアは30年ほど前にツーソン・ショーで入手したもので、当時キョーセラはこの色合いをパパラチアと呼んでいましたが、現在は左のルースと同じピンクを帯びた色合いを製造・販売しています。
  オレンジ・サファイアは製造を止めたようです。
 0.96カラットのペア・シェイプのルースはごく最近、ネットで入手したもので、恐らくは古い在庫が流出したものでしょう。
 キョーセラの合成宝石はいずれも厳選された結晶の無傷の部分をカットしたもので、内包物など皆無、天然の極上品を偲ばせるルースが比較的手ごろな値段なので、コレクターには人気があり、ネット・オークションでは意外な高値が付いたりします。
 TOP  Gemhall