ブラジルのトルマリン(Brazilian Tourmaline)


1. パライバのトルマリン (Paraiba's Tourmaline)

Paraiba Tourmalines  0.10 - 4.35ct
Paraiba, Brazil



2.14ct 9.6x8.2mm 1.09ct 7.2x6.4mm 4.35ct 12.8x9.1mm 3.34ct 10.8x8.3mm
   
   
0.29ct   -   0.52ct
(5.2x3.6mm)  (6.1x4.6mm)
0.11ct    -   0.39ct
(3.8x2.6mm)   (5.2x4.2mm)
0.74ct  
6.3x5.8mm
0.38ct
7.0x3.7mm
0.23ct
4.0x3.6mm
0.91ct 6.2mm 0.30ct 4.1mm
0.47ct 5.3mm 0.41ct 5.0mm
  1989年2月、アメリカ、アリゾナ州のツーソンの町で開催された世界最大の宝石ショーに登場した熱帯の珊瑚礁の海の色を思わせるトルマリンは、産地に因んでパライバのトルマリンとして一躍世界の宝石業界の脚光を浴びました。
 目にも鮮やかな色合いの原因は、トルマリンだけではなく、ベリルやトパーズ等、その他のペグマタイト性の宝石には、かつて報告されたことの無い高濃度(0.4 − 2.5% CuO)の銅とマンガンイオンとによる発色によるものと判明しました。
 ペグマタイト起源の鉱物に銅が含まれていたという事実は鉱物、宝石の専門家にとって大きな驚きでした。
何故なら銅は地殻に含まれている濃度が0.01%と希少な元素であり、一般には塩基性岩盤に含まれますから、珪酸分に富むペグマタイト鉱物が高濃度の銅を含んで鮮やかな発色を示すという事実は全く想定外でありました。
 ともあれ、魅力的な色合いのため、ショーの初めにはカラット当たり200ドルと提示された値段は忽ちにしてその10倍に高騰し、トルマリンとしては破格の値段がつくほどの人気を博しました。
 しかしながら、鉱脈は細く、結晶は多くの場合鉛筆の芯ほどの細さで、そのうえ殆どが破片状態で産出し、1カラットを超える大きなルースが採れる結晶は非常に稀だったので、価格は果てしなく高騰する一方でした。
 さらに産地での採掘権を巡る訴訟が続いたため本格的な採掘も、また現地での地質調査も行われず、鉱脈は枯渇したとのまことしやかな噂が飛び交って、価格の上昇は止まるところを知らず、ついには最上級の3カラット級ではカラット当たり2万ドルと、最高級のダイアモンドに匹敵する水準まで跳ね上がると言う事態にまで至っています。

パライバ・トルマリン産地
  1987年8月の鉱脈発見以来、相次ぐ採掘権の訴訟で、鉱山がまともに稼動したのは1991年までで、その間に採掘された15kg程の結晶がパライバのトルマリンの供給の大半であったと考えられます。
 が、1998年にようやく訴訟問題に決着がつき、最初の発見者のエイトール・バルボーサがほぼ鉱区の80%を、残りの20%をデ・スーザ一族が入手しました。
 以前は全く人手のみの採掘で最深60mもの縦坑が掘られて、1万立方メートルに及ぶ岩石も人力にて運び出されていました。
 その後の価格高騰によってブルドーザーや空気ドリル等の機械力の導入、坑道の照明や換気装置、電動ウィンチによる鉱石の搬出等の措置がとられ、それまでに掘られた膨大なズリの堆積を処理して結晶片を取り出す選鉱設備も新設され、2002年初頭から、こうした近代化された鉱山運営が本格化するため、以後は潤沢な生産が進む、と期待されましたが、それに反して以前のような大きく美しい結晶の産出は途絶えました。
 
パライバ州のトルマリン鉱山
  このトルマリンが発見されたのはお馴染みのミナス・ジェライス州ではなく、ブラジル北東部のパライバ州でした。
  パライバ州では以前から余り重要ではありませんが宝石質のトルマリンの産出は報告されていました。
が、むしろタングステン、クロム、ニオブ、タンタル等、金属資源の産地として知られていました。
 パライバ・トルマリン鉱床も実はブラジル政府によるタンタル資源の探鉱調査がきっかけとなって発見されたのでした。
 パライバのトルマリン産地は下記の写真と地図にあるように北のリオ・グランデ・ド・ノルテ州との州境から20km程の地点にあります。



Quintos Mine 0.16-0.24ct Mulungu Mine 0.41-0.50ct
パライバ州とリオ・グランデ・ド・ノルチ州の鉱山 リオ・グランデ・ド・ノルチ州の鉱山


パライバ州の鉱山
Moro Alto Mtn. Batallha Mine 発見者のバルボーサ バタリャ産19ctの結晶 バタリャ産ルース 2.45-9.60ct

Glorious Mine   ラフ 2-5mm ルース 0.15-0.34ct Mineração Batalha Mine と 採掘された標本質の結晶

パライバ州のトルマリン鉱山

モロ・アルト山、バターリャ鉱山
  前述のように、バターリャ鉱山は実質的に1991年頃までしか稼動せず、採掘権を巡る訴訟が決着した1998年以降、ようやく大掛かりな機械化と近代化とが進められ、2002年初頭から本格的な採掘が始まりましたが、最初の3年間で発見されたような透明の高い大きな結晶は発見されていません。
  おそらく最初の3年間の採掘で鉱脈が枯渇してしまったものと思われます。
 が、新しい鉱脈の探索と開発は引き続き行われ、2006年にバタリャ鉱山の北東15kmの場所にグロリアス鉱山が発見され、20人ほどの鉱夫と重機による採掘が始まりました。
  宝石質の結晶片はしかし2-5mmと小さく得らるルースのしたがって0.15−0.34カラットとやや透明度に欠ける小さなものでしかありません。
 またバタリャ鉱山から北に4kmほどの地点にも2007年4月に銅とマンガンを含むトルマリンの鉱脈が発見され、ミネラソン・バタリャ鉱山として20mほどの縦坑を掘っての開発が進められています。
  現在のところ1cm余の長さのトルコ石色の外周と内部がピンクー紫のトルマリン結晶が発見されていますが、不透明で宝石としてカットできる品質ではありません。
 
リオ・グランデ・ド・ノルチ州のトルマリン鉱山
 パライバ州のバターリャ鉱山とは地続きのリオ・グランデ・ド・ノルチ州からも銅を含むパライバ型のトルマリンが発見され、1990年代半ばからパライバ・トルマリンとして結晶やルースが市場に流通し始めるようになりました。
 最初に発見されたのは1991年、バターリャ鉱山から北に60km程、パレーリャスの町の北北東5kmにあるムルング(Mulungu)鉱山の崩積鉱床からです。
 1999年になって長さ200m、最大幅10mの1次ペグマタイト鉱床からも結晶が発見されて、3本の縦坑と露天掘りでの採掘が行われています。 
  パライバ型トルマリンと共に、普通のトルマリン、スポジューメン、燐灰石、燐酸塩鉱物に加えて、ペグマタイトとしては稀な硫化銅鉱物の Chalcocite (CuS)と Digenite、硫化ビスマス鉱物を産するということです。
 ムルング鉱山産のパライバ型トルマリンは含まれる銅の量が平均0.41〜0.69%と低いため、バターリャ産の最上品と比べると色が淡いのですが、しかしトルコ石のようなきれいな淡青色はなかなか美しいものです。
 パレーリャスの町の9km南の丘に露出する長さ150m、幅20mのペグマタイトからも2000年と2001年にファセット可能な結晶が発見されました。
  Wild Mineとも呼ばれるこの鉱山は現在はキントス( Quintos ) 鉱山と呼ばれています。
 この鉱山は燐灰石、緑柱石、コルンブ石、スポジューメン、リシア雲母、ガーナイト等多様な鉱物を産し1995年から1996年には結晶標本級の25cmもの長さの多色のトルマリン結晶を産出しました。
 パライバ型のトルマリンの大半は不透明で宝石質ではありませんが、一部半透明〜透明な部分がカボションまたはファセット・カットされて”スカイブルー”のメレー(0.25ct以下の小粒)が”パライバ・トルマリン”として出回っています。
 

アフリカでのパライバ・トルマリンの発見
 1989年のブラジルでの発見に続いて、2001年にナイジェリア最南西部の2ヶ所で、正確な産地は不明ですが2007年にもナイジェリアから銅とマンガンとを含むパライバ型のトルマリンが発見されました。
 さらにモザンビークからも2001年にパライバ型のトルマリンが発見されていましたが、公式に発表されたのは2005年であり、その間採掘され、カットされたルースはブラジル・パライバ産として市場に流通していたことが、後に明らかになりました。
  ナイジェリアとモザンビークの産地については別途 ナイジェリアのトルマリン” と ”アフリカ大地溝帯のトルマリン” を参照ください。
 
産地別のパライバ・トルマリンの識別法

 原産地はブラジルのパライバ州ですが、その後新たに各地で発見された銅とマンガンを含む独特の色合いのトルマリンは、現在ではパライバ・トルマリンとして呼ばれています。
 産地により銅やマンガン等の含有量が異なり、色合いが異なりますが、しかし色合いだけでは産地を特定することは不可能です.
  比重や屈折率など、物理的な値はいずれも同じエルバイト種のトルマリンですから違いはありません。
 さらに採掘された原石のほとんどが加熱処理によってエレクトリック・ブルー、ネオン・ブルー、輝かしいエメラルド・グリーン等の人気の高い色合いに発色させる処理が施されています。
 原産地のパライバ州、バタリャ鉱山で初期に採れた最上級の石が、最も鮮明な色合いと高い透明度とを持っています。
  当然ながら、パライバ産というだけで値段もはるかに高いのですが、しかし専門家でも見ただけでは識別が出来ないというのが悩みの種でした。
 とりわけ世界のパライバ・トルマリンの大半を吸収しているブランド志向の強い日本市場では産地の識別は大きな問題でした。
 2006年になってようやく、全国宝石学協会、日独宝石研究所  、スイスのギューベリンとの共同研究によりそれぞれの産地のトルマリンに含まれるベリリウム、鉛、ガリウム、ビスマス、マグネシウム等、極微量の元素の含有率比が産地毎に異なることが突き止められました。
  ppm−ppb といった極微量のこれらの元素の不純物は従来の技術では検出が不可能でしたが、レーザー蒸散高周波誘導プラズマ質量分析法 (LA-ICP-MS : Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry)という最新の技術により測定できるようになったためです。


化学組成の違いによる発色

 下の3つの図は198個のブラジル、ナイジェリア、モザンビーク産のパライバ・トルマリンの個々の石に含まれる ;Ga/Pb, CuO+MnO, Pb/Be比、Pb/Mg/Znと発色と相関をプロットしたものです。

図 1 図 2
図 1 : 
   ナイジェリア産トルマリンにはガリウム+鉛、酸化銅+酸化マンガンともに高い値で含まれています
   ブラジル産は3ヶ所の産地で傾向が異なりますが、いずれもこれらの元素の含有率は低い傾向です。
   モザンビーク産は色の違いによりガリウム+鉛、銅+マンガン含有率の違いが顕著に出ます
図 2 :
   酸化銅+酸化マンガン、鉛/ベリリウム比の傾向が国ごとにはっきりと異なることが分かります。が一部の
   青ー緑の石には重なるものが見られます。モザンビーク産は色毎にブラジルやナイジェリア産と重なる。
図 3
図 3 では鉛、マグネシウムと亜鉛の含有比の違いをプロットしたものです ;
     ナイジェリア産には圧倒的に鉛・亜鉛が含まれています
     ブラジル産ではマグネシウム・亜鉛が優勢です
     モザンビーク産は鉛が多いものと鉛/亜鉛比が半々です。
 これらの図は国別、産地別のパライバ・トルマリンの色の傾向を極微量の不純物の含有量を測定したデータで裏付けるものです。
 が、色の違いだけで産地の特定は困難です。とりわけモザンビーク産は全体としては特定の傾向があるものの、個々の石の色では他の産地と重なる例が少なからずあります。
  さらにモザンビーク産は前述のように2001年の発見から2005年に公開されるまでの間、ほとんどの原石がブラジルで処理、カットされ、バタリャ産として市場に流通していた経緯がありました。
 ブラジル産と色合いが酷似しているために、異常な高値でも疑われずにいたという事実が、産地の特定の困難さを証明しています。
 冒頭の写真の22個のパライバ・トルマリンは紺色の4.35ctとトルコ石色の3.34ctの二つ以外は、すべて他の産地での発見前に入手したものですからほぼパライバのバタリャ産に間違いありません。
が、最近入手した二つの大きなものは、いずれもブラジル産と称してはいますが、おそらくモザンビーク産ではないかとも考えられます。
  ブラジルで良質の大きく透明度の高い原石が採れたのは1987年の発見から1991年までの初めの期間のみ、こんな大きな石が現在まで残っていて、普通のトルマリン並の値段で売られる筈がないからです

パライバ・トルマリンの値段について

 最上のパライバ・トルマリンがカラット当たり2万ドルと、色石としては記録的な高値を呼んだのは事実ですが、一時はこの高値が指標となって、とりわけ異常な人気が集中した日本ではパライバと名がつけば包有物が多く全く透明度に欠ける石でさえも、それこそがパライバ・トルマリンの証拠として法外な値段で取引されました。
 発見当初から産出量が少なく、希少性が先行して高値がさらに高値を呼ぶという展開になり、未だにその神話が生き続けています。
 現在パライバ・トルマリン生産の大半を占めるのはモザンビークです。
埋蔵量が多く、ブラジル・パライバのバタリャ鉱山では稀であった、1カラット〜3カラットの大きさの、色合い、透明度ともにそこそこの石が安定して市場に供給されています。
 したがって値段もカラット当たり数千円から2,3万円と、一般のトルマリン並みの水準になっています。 ようやく品質と大きさに見合った値付けになって来ました。
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