ジルコン : 風信子鉱(Zircon)

 

多彩な色合いを見せるジルコン 0.76〜14.57ct

  

  化学組成
(Composition)
結晶系
(Crystal System)
モース硬度
(Hardness)
比重
(Density)
屈折率
(Refractive Index)
副屈折
(Birefringence)
分散
(Dispersion)
 ジルコン(Zircon)  Zr(SiO4  正方晶系
(Tetragonal) 
 6½ -7½   high 4.70±0.03 
 low  4.00±0.07 
 high 1.925-984
 low  1.
810-815±0.030 
 0.042-065  0.005-059
キュービックジルコニア
(Cubic Zirconia)
 ZrO2  等軸晶系
(Cubic)
8−8½  5.6−6.0 2.17±0.03    −  0.058-066 
 ダイアモンド(Diamond) C  等軸晶系
(Cubic)
10   3.52±0.01 2.417    - 0.044

名前と産状 (Name and Occurence)
 ジルコンの名はアラビア語やペルシア語の ”ザルグン=金色・朱色” に由来し、2000年以上昔の紀元前からスリランカ産が広くアラビアやペルシアにまで伝わっていたことを物語ります。
 橙色系のジルコンはヒアシンスと呼ばれ,日本名の風信子鉱とはその当て字ですが、何となく風情があって捨てがたい名前です。
 ヒアシンスとはギリシア神話に出てくる美少年に因む花の名前ですが、現在普及している、ユリ科の球根の青、白、ピンク等の色のヒアシンスではありません。古代ギリシアでは菖蒲や杜若がヒアシンスと呼ばれていました。 
 ジルコンは、古代からの産地であったスリランカの他に、カンボジアやタイ、ビルマ、ヴェトナム、オーストラリア等アジア各地が主産地でしたが,近年ではアフリカのケニアとタンザニア、ナイジェリア,ブラジル等世界各地から発見されるようになりました。
 かつては強い煌きを示す無色透明なジルコンがダイアモンドの代用品として珍重されたこともありました。
 しかし今日では合成宝石のキュービック・ジルコニアや、より鮮やかな色彩の宝石がいくらでもあるため、青い色以外のジルコンはコレクターの宝石となってしまいました。

ジルコンとキュービック・ジルコニア  

 今日ジルコンを宝石店で見かけることは稀ですが、ダイアモンドの代用品として使われるキュービック・ジルコニアと呼ばれる良く似た名前の宝石があります。

 
キュービック・ジルコニアの詳細は別途展示をご覧ください。 

 化学組成から分かるように、名前が似ているのは,いずれもジルコニウムと言う金属が主成分になっているためです。
ジルコンは珪酸とジルコニウムの化合物で正方晶系の結晶として産出します。
 一方キュービック・ジルコニアは酸素とジルコニウムの化合物で、ジルコニアとも呼ばれます。
本来、常温,常圧では単斜晶系の鉱物ですが、酸化イットリウム,酸化カルシウム,酸化ハフニウム等が添加されて人為的に等軸晶系の結晶で安定するように作られています。このためモース硬度が高く副屈折がなくダイアモンドにもっとも近い究極のイミテーションとして年間10億カラットも合成されています。 天然には殆ど存在しません。
ジルコンは結晶軸の方向により大きく密度が異なり、そのために結晶内部を進む光の速度が異なるために大きな副屈折を示します。このために上面から底面方向を見たときにカットされた稜面の線が顕著に二重に見えるため識別は容易です。
 共通の特徴はいずれも比重が大きいために屈折率と散乱の価が大きく、ダイアモンドに近い特性を示し、ファイアーが顕著に現われます。
無色透明なジルコンとキュービック・ジルコニアとがそれぞれ新旧のダイアモンドの代用品として用いられて来たのはそのためです。
 ダイアモンドとジルコンやキュービック・ジルコニア等の類似品とは、専門家がじっくりと調べれば識別は簡単ですが、少なくとも宝飾品として身につけている限り外見からは区別がつきません。

 

ジルコンの特徴 

結晶形  
単結晶 38x30x23mm
Finnmork、Norway
一部透明な結晶 10〜19mm
Minas Gerais, Brazil
単結晶 膝型接合双晶 不透明な天然の結晶 加熱処理後の青い色

 ジルコンは火成岩や変成岩、ペグマタイト、アルプス型の熱水鉱床,それらが風化した漂砂鉱床と、広範に発見される鉱物です。しかしながら天然には大きな宝石質の透明な結晶は皆無といっても過言ではありません。
 宝石としてカットされるルースは全て写真のように不透明な結晶を熱処理して得られたものです。青い色を発色させるためには還元雰囲気中で1000℃の温度で2時間程度加熱します。 金色は酸化雰囲気中にて加熱すると得られます。 無色透明なものはいずれの条件でもある程度の割合で得られるとのことです。


 冒頭の特性表にモース硬度、比重、屈折率共に数値に大きな開きがあるのは、ジルコンにはロー・ジルコンとハイ・ジルコンとその中間の異なるタイプがあるためです。
 ジルコンの主要元素であるジルコニウムはしばしば一部がウランやトリウムなどの放射性元素によって置き換えられています。
これらの放射性元素は、核分裂を起こし、鉛へと変って行きますが、その過程で放射されるアルファ線や中性子線等が長い期間にはジルコンの結晶格子を傷つけて格子欠陥を引き起こします。
 更に,例えばウラン235の分裂で生成されたセシウム137、ネオジウム147、ルテニウム106,ストロンチウム90等の質量の大きな原子核や中性子は高いエネルギーでジルコンの結晶内を走って、フィッション・トラックと呼ばれる長い傷跡を残します。 数億年〜30億年もの長い間、こうした高エネルギーの放射に曝されつづけたジルコンの中には結晶構造が殆ど破壊されてしまいますが、そのようなジルコンはメタミクトジルコンと呼ばれます。
 結晶構造が破壊されているために比重,屈折率等が著しく小さくなるので、これらの価が低いためにロー・ジルコンとも呼ばれます。
このタイプのジルコンの大半は緑色や灰色で、内部に微細な傷が無数にあって光が乱反射するため透明度が下がって潤んだような光沢を持つのが特徴です。
 興味深いことですが、そうしたメタミクト化された結晶は加熱することで結晶格子が再生され、本来のハイ・ジルコンに戻ります。



世界各地のジルコン


スリランカのジルコン  (Srilankan Zircon)

9.39ct 14.5x9.2mm 10.06ct 13,9x10.4mm 10.21ct 12.8x10.4mm 2.09ct 7.9x5.5mm 2.15ct 8.55x5.66mm  1.87ct 8.55x5.70mm

3.27ct 9.9x8.2mm 3.07ct 9.8x8.0mm 3.44ct 10.0x8.2mm Horana 3.16ct 8.7x7.2mm 3.35ct 9.10x7.05mm

           
            4.52ct Ø9.5mm Embilipitiya 1.73ct 7x7mm 4.07ct 10.0x7.1mm 2.74ct 9.3x6.8mm

  多彩な美しい色合いのスリランカのジルコンですが、これらの色合いはこんにちではまったく人気がなく、宝飾品に使われることはまずありません。
 緑色は前述のメタミクト(metamict)可されたジルコンです。結晶構造が破壊されているために、光が内部で乱反射されるため、透明度にかける潤んだような光沢を示します。
 かつてはジルコンの大半がスリランカ産でしたが、現在はアフリカ産の原石をスリランカでカットされ、市場に出ているため、詳細な産地を記したもの以外にはアフリカ産もかなり混入しているかと思われます。

ビルマのジルコン  (Burma Zircon)

   ビルマのジルコンを市場で見かけることは滅多ににありませんが、多彩な宝石産地のビルマであれば無いわけはありません。
 真紅のジルコンは中でもひときわ美しいもので、ジルコンを見直すきっかけになりました。
いずれもモゴク産として入手しました。モゴクは確かにビルマで最も重要な宝石産地でありますが、それゆえにビルマ各地の宝石の集散地にもなっているので、本当は何処か他の場所で採れた可能性もあり得ます。
5.44ct 10.6x8..5mm 4.26ct 9.0x7.8mm

カンボジアのジルコン (Cambodian Zircon)

原石と加熱処理後の青いジルコン 風化した玄武岩溶岩流の縦坑の採掘光景 加熱処理後の青いジルコン エメラルド・カットの石 30.45ct

6.40ct 11.60x8.55mm 2.74ct 8.4x6.5mm Cat's eye 4.98ct 10.7x8.1mm 0.58ct(Ø4.80mm) - 1.74ct (Ø6.65mm) 0.92ct 6.0x5.2mm

こんにち、宝石店でジルコンを見かけるとすれば、それは青いジルコンです。これは加熱処理により魅力的な青い色に変貌したものですが、どこの産地のジルコンも加熱すれば全てが青くなるわけではなく、唯一カンボジア産のみが宝石に相応しい青に変わります。
 カンボジアの何処でそのようなジルコンが採れるのか長らく不明でしたが、近年になりそれがプノンペンから北東へ600km程の行程の、ヴェトナムとタイ国境とに近いラタナキリ(Rattanakiri)一帯であることが明らかになりました。 この地域は風化したアルカリ玄武岩の溶岩流に覆われていて、ジルコンは2m〜15mの深さの縦坑から採掘されています。小さな鉱床が無数にありますが、100を超える鉱床をそれぞれ2〜3人の鉱夫が人力で採掘しているので1日の収穫は宝石質のジルコン結晶を500g程度にすぎません。
 加熱処理で青く発色するカンボジアのジルコンは20世紀初頭に初めて宝石市場に登場しました。
 世界各地で採れるジルコンですが加熱処理で美しい青に発色するのはカンボジア産のみです。その理由は不明ですが、ラタナキリのジルコンの大半はテネブレッセンス(可逆的光互変性 : 詳細はハックマナイトを参照ください) を示します。
 即ちカンボジアのジルコンには他の産地とは異なる元素が高い濃度で不純物として含まれていて、それがテネブレッセンスや青い色の発色の原因ではないかと考えられます。

アフリカのジルコン (African Zircon)

7.30ct 11.4x11.4mm
Kenya
7.46ct Ø11.2mm
Kenya
8.64ct 12.3x9.6mm
Kenya
0.62 - 0.78ct(Ø4.8mm)
Kenya

3.49ct 11.3x5.9mm
Kenya
2.90ct Ø8.2mm
Nigeria
1.23ct      1.44ct
7.0x5.1mm   7.6x5.1mm
Nigeria
14.57ct 15.2x14.1mm
Kenya

3.28ct 10.8x5.5mm
Tanzania
2.64ct 8.0x6.3mm
Tanzania
1.53ct 7.1x5.1mm
Tanzania
152.47ct 26.1x25.9x20.1mm
Pala International Collection
Tanzania

 近年アフリカが重要なジルコンの産地として台頭してきました。 他の産地のジルコンと同じく、いずれも加熱処理により宝石質に変わりますが、ナイジェリアとケニアからは無色透明なルースが、またタンザニアからは赤紫、赤、金色と、ジルコンらしからぬ魅力的な色合いの石が続々と姿を現し始めました。


ジルコンの発色の仕組み 

 ジルコンが天然には不透明な褐色の結晶でしか発見されず、加熱処理によって透明で様々な色合いのものが出来ることは簡単に説明しましたが、ここではもう少し詳しく解説します ; 

 主成分の珪酸ジルコニウムそのものには発色要素がありませんから純粋なジルコンの結晶は無色透明です。
天然の結晶の褐色や朱色は、ジルコニウムを置換したウランやトリウム等の放射線によって起きる結晶内の変化で引起されます ;
 ウランやトリウムは核分裂を起こし、アルファ線、高エネルギー電子線や中性子線を放射しますが、それによってジルコンの結晶格子を形成するイオンから電子を剥ぎ取ります。剥ぎ取られた電子群はシャワーとなって結晶内を走り、あちこちの原子核にぶつかり,散乱されながら次第にエネルギーを失い、最後に結晶内の格子欠陥等の様々なエネルギー・レベルが異なる ”エネルギー井戸” に落ち込みます。捕獲された電子は未だ高いレベルのエネルギーを持ってはいますが,井戸から飛び出すには不充分です。
 結晶内部の電子の振る舞いが完全に解明されているわけではありませんが、最新の量子理論では、酸素原子に囲まれてエネルギー井戸に落ち込んでいる電子は持っているエネルギー水準に応じて、入ってきた光を吸収します。ジルコンの場合は様々のエネルギー・レベルを持つ電子が存在するために光の吸収帯域が広く、赤ー橙ー黄色ー緑ー青、と広範な発色の原因となると考えられています。

 加熱処理によってロー・ジルコンが元のハイ・ジルコンに再生するのは、加熱によって電子が井戸を飛び出すことの出来るエネルギーを獲得することで元のイオンに戻り、破壊された結晶格子が再生されるためです。


地球の歴史を記録しているジルコン結晶


 ジルコンに含まれるウランやトリウムの放射線によって結晶格子が破壊されたり,また加熱作用によってそれが修復されることが結晶を詳細に分析すること分かります。

こうしたジルコンの特性を利用して地球の年齢や過去の歴史を知ることが出来ます ;

 例えば南アフリカ,ナミビアの大古代の地層にあるリンポポ変成岩中の直径0.2mmほどのジルコンの結晶に含まれるウランと鉛の量とをSIMS(二次イオン質量分析法)で調べた結果、次のような歴史が判明しました ; 

 ジルコン結晶の中央部は28億年前の火山活動で形成されたが、その後17億年前に大陸が衝突した際に地下35km、850℃での変成作用にて、周辺部に新たな結晶が成長した。
 同様に、およそ5000万年前にインド大陸がユーラシア大陸に衝突した際にビルマのモゴク地方を中心としてヒマラヤからマレーシア,ヴェトナム,中国南部一体に及ぶ地殻変動の様子がこの一帯で採集されたジルコン結晶に記録されていることが最近の研究で明らかになっています。


オーストラリアのジルコンの分析結果

ジャック・ヒルズの礫岩層
イオン・マイクロ・プローブの分析に使われたジルコン結晶 10セント硬貨上の結晶  拡大写真 100x
中央の赤い粒 0.4mm 電子線に因る青い発色
 

 日経サイエンスの2006年2月号に従来考えられていた地球科学の概念を覆す画期的な論文が載りました。

 この説を発表したのはウィスコンシン大学、マディソン校のジョン・ヴァリー教授で、彼はアメリカ鉱物学会の会長を務めています。
最新の地球物理学の精髄が盛り込まれた大変充実した論文ですから、鉱物に興味のある方は是非日経サイエンス誌を購入して全文をじっくりとお読みください。ごく簡単に結論だけを紹介します ;
 地球はおよそ45億年ほど前に灼熱状態で誕生し、5億年ほどかけてゆっくり冷えたと考えられていました。
ところがオーストラリア南西部、パースの北800kmにあるジャック・ヒルズの礫岩(30億年昔の堆積層)から採取されたジルコンの分析の結果、実は44億年前には地球は十分に冷えていて、大陸も海も存在していたと言う説です。 
 
 今日では宝石としてはすっかり忘れら去られてしまったジルコンですが、今や全地球史解読の重要な手がかりをもたらす鉱物として、地球物理学の分野では熱い注目を浴びています。