嫋やかな野の花たち

トパーズ (Topaz)

 

トパーズ トルマリン スポジューメン スピネル
   
 ルビー,サファイア、エメラルドを花に例えれば、それぞれ豪奢で華やかな薔薇や、蘭、牡丹か芍薬に相当するでしょう。
  いずれも長い年月をかけて人間の手で改良を重ねて、完璧なまでの姿と色合いとに仕上げられた,花の世界の貴婦人の風格を備えています。
 一方では、しかし人の手を借りることなく,自然の中で多様な美しさを競い合う高山植物や野の花も無数にあります。
 山や森の散策の途中で、名も知らぬ野の花の思いもかけない姿や色合いの美しさに歩みを止めて見とれた経験を持つ方も多いのではないかと思います。
 宝石の世界にも,一般に余り知られることなく、野の花のように多彩な姿と多様な色合いをもつグループが存在します。
 今回は,とりわけ素晴らしい結晶形と色彩の変化を持つ、トパーズ、トルマリン、スポジューメンとスピネルとを特集しました。
  化学組成 結晶系 モース硬度 比重 屈折率
トパーズ Al2[F.OH/SiO4] 斜方晶系 8 3.53 1.62-64
トルマリン Na(Mg,Fe,Li,Al,Mn)3Al6(BO3)3Si6O18(OH,F)4 三方晶系 7 - 7½ 3.0-14 1.62-64
スポジューメン LiAl[Si2O6] 単斜晶系 6½ - 7 3.18 1.66-68
スピネル MgAl2O4 等軸晶系 8 3.60-90 1.711-730

 

1.トパーズ
  トパーズの名が何に由来するのかは確かではありません。 
紅海にトパソス島と呼ばれる島があり,その名は、常に霧に包まれていて探すのが困難なためギリシア語の ”トパソス=探し求める”に由来して、命名されたと言われます。 
 この島は現在ではアラビア語でゼベルゲート島と呼ばれ,古来から緑の宝石、ペリドットを産出する事で有名でした。そしてペリドットはかつてトパーズと呼ばれていたのです。
 もう一つの説では,サンスクリット語でトパーズとは火を意味するのだそうですが、黄色やオレンジのトパーズの名がサンスクリットの"火”に由来すると言う方が説得力があると思います。
 ともあれ,トパーズは珪酸アルミニウムに水酸基と弗素とが結びついた,どちらかと言えばありふれた元素からなる鉱物です。
 そして、ペグマタイト鉱床、気成鉱床、熱水鉱床,交代鉱床と多様な成因をで出来るため、大きく美しい結晶が世界各地で発見されます。
 したがってエジプトやローマ時代から人気のある宝石でした。中世以降人気が薄れていましたが、18世紀にドイツのエルツ山脈
のシュネッケンシュタインから淡黄色のトパーズが発見され数百kgもの結晶がカットされ、スペインやフランスで人気を博して、ダイアモンドと共に多くの宝飾品に使われました。
 ドイツ産の黄色のトパーズが広く普及したため、以後トパーズは黄色い宝石との認識が一般的になりましたが、和名が黄玉と翻訳されたのもそのためです。
 19世紀初頭にもフランスとイギリスにて紫水晶と並びトパーズのイアリングやネックレスが流行し、その人気はビクトリアチ朝からアール・デコの時代にまで続きました。
 こうしてトパーズが一時大変人気のある宝石だったために一般に似た色合いの宝石がトパーズと称されるようになりました。
  シトリン・トパーズ : 現在でも良く使われますが、黄水晶です。濃い黄褐色の黄水晶はマデイラ・トパーズ或いはリオ・グランデ・トパーズと呼ばれます。その他、スパニッシュ、サクソン,ボヘミアン・トパーズと呼ばれるのも黄水晶です。スコッチ・トパーズ、バーント・トパーズ、スモーキー・トパーズと呼ばれるのは煙水晶です。 
 黄色のサファイアはオリエンタル・トパーズと呼ばれます。その他Oriental**と呼ばれる宝石は30種類ほどありますが大半はサファイアです。


世界の博物館等のトパーズ



271kgの結晶 Brazil
アメリカ自然史博物館
”The Lady”トパーズ 44472ct ”American Golden”
22982ct 17x15x9cm
スミソニアン博物館
35000ct 25x11x16cm 
Barra Vermelha Minas Gerais
36840ct Minas Gerais, Brazil 3273ct Brazil
スミソニアン自然史博物館
Brazilian Princess
21005ct 15cm
アメリカ自然史博物館
117kg 40cmのトパーズ
Ponta da Raiz, Brazil
ウィーン自然史博物館
 
ブラジルのトパーズ


5x2.5cm 
Saramenha Mine
紫のトパーズ 51.46ct
Ouro Preto
同じ結晶からカットされたトパーズ
左 加熱処理後 右 処理前 各48ct
結晶 10kg ルース182ct
シャンダ(Xanda) Mine
  1735年、ブラジル,ミナス・ジェライス州のオウロ・プレト近郊にて金色やシェリー色の美しいトパーズが発見されました。
 当時ヨーロッパのトパーズの主産地であったザクセン産の黄色に対して輝かしい色合いを持っていたので、その優位性を示すため、インペリアル・トパーズと名付けられて市場に参入してきました。
 その後周辺の120km四方に多数の鉱脈が発見され,今日に至るまでオウロ・プレトは世界の宝石用トパーズの大半を供給する産地です。 
 今日では金色は人気薄のため、産出するトパーズ結晶の殆どが加熱処理によりピンクやシェリー、サーモンと呼ばれる色合いに変えられています。
 また、同じミナス・ジェライス北部のシャンダ鉱山等では青いトパーズを産出します。一般には青いトパーズは色が淡く宝石用に用いられる事は稀です。
 しかし大きな結晶をカットした場合には写真の様に濃い色合いになりますから、博物館等に展示されます。 
その他ブラジル各地で巨大なトパーズの結晶を産出し、世界各地の博物館に大きな結晶やルースが展示されています。
ブラジルのトパーズの詳細は宝石ホール"ブラジルのトパーズ”を参照ください。


ドイツ・エルツ山脈のトパーズ
トパーズの絵葉書 同トパーズ産地画集の1部 トパーズ結晶 1.8cm
Freiberg山岳博物館
同産地トパーズのルース

  ドイツとチェコの国境に沿って南北に延びるエルツ山脈は鉱床山脈(Erzgebirge)の名に相応しく、中世より鉄,錫、石炭、ウラン、銀、コバルト等々,豊富な鉱物産地でありました。
 18世紀には黄色や金色のトパーズが発見され、欧州各地に輸出されて大変な人気となりました。 
 トパーズ産出の中心となったシュネッケンシュタイン(蝸牛岩の意味)の町は一躍有名な観光地となって、無数の絵葉書やポスター、画集などが残されています。
    
ロシアのトパーズ
現在のムルジンカ鉱床 12x7cm Nerchinsk
ロンドン自然史博物館
煙水晶とトパーズ 10x8cm
Murzinka ウラル山脈
合計 200ct以上の
トパーズ 
ウラル山脈
     
 ロシアは古くからウラル山脈北部のムルジンカで青いトパーズを、また1850年代に発見されたバイカル湖の東,ネルチンスク近郊のペグマタイト鉱床ではアクアマリンと共に,時には14kgもの大きさのワイン色のトパーズを産出し,その美しい結晶は世界中の博物館やコレクターの垂涎の的でありました。
 ウラル山脈の東部のサネンコ川流域から世界でも稀な濃いピンクのトパーズを産出した事があり、上記の写真のネックレスとイアリングはイギリス国王ジョージ三世が1795年に注文したと言われています。
 残念ながら,これらの産地のトパーズは鉱脈の枯渇や、社会体制の変化により,今日では殆ど市場に出てくることはなくなってしまいました。
 しかし、今日ベラルーシとなったウクライナ、ヴォロダルスクのペグマタイトから1990年代央に、世界でも稀な多色のトパーズを産出するようになりました。淡い朱色と空色の素晴らしく透明な8kgを超える結晶が採掘されています。
ロシアのトパーズの詳細は宝石ホールの"ロシアのトパーズ”を参照ください。


アジアのトパーズ
無色のトパーズ 2.1〜2.9ct
Srilanka
放射線照射と加熱で青く着色
されたトパーズ 
淡青色のトパーズ 205ct
36x31mm 
内モンゴル自治区
トパーズ結晶 7x3cm
Gunadao Hill, Katlang, Pastan

 

標高3000mを越えるペグマタイト鉱床 
Shengus Pakistan
煙水晶とトパーズ結晶
Sussy Pakistan
曹長石とトパーズ 4.5cm
Dusso Pakistan
トパーズ結晶 5cm
 Laghman Afganistan
    スリランカのトパーズは大半が透明なトパーズで中々美しいのですが、宝石としては殆ど価値がありませんでした。
 しかし1970年代半ばからこの無色のトパーズに中性子や電子線等の高エネルギー照射と加熱処理とを施して安定した青い色に発色させる技術が開発されました。
 今日では年間5億カラット(100トン)もの無色のトパーズが最高級ノアクアマリンのような青いトパーズに変身しています。 もとがただ同然の無色のトパーズですから、カラット当り1ドル〜10ドルと大変手軽な値段で宝石市場を席巻するまでになっています。
 ビルマのモゴクはルビーやサファイア,スピネル,トルマリン,アクアマリン、ペリドットと多彩な宝石を産し,トパーズの産出も報告されていますが、余り市場で見かける事はありません。
 内モンゴル自治区の大興安嶺に近いシリンゴル(Xiling Gol)は10kgを超える大きなトパーズを産したとの記録があります。
 写真の205カラットのトパーズは始めは淡い朱色でしたが3ヶ月程窓辺において眺めていたら何時の間にか淡青色に色が変わり、更に褪色して今では無色になっていました。
 一般にトパーズは熱や強い光に対して変色したり、すっかり褪色して無色にに変ってしまうことがあります。
 1972年、パキスタン北西部のカトランにてピンクのトパーズ鉱脈が発見されました。 
天然のピンクのトパーズはかつてウラル山脈にて一度発見された記録があるだけで、今や世界唯一の産地です。詳細は宝石ホール”
パキスタンのトパーズ”にて。
 またカラコルム山脈とヒンズークシュ山脈とが連なるアフガニスタンとパキスタンにはペグマタイト性のトパーズが各地から産出します。しかし宝石として好まれる色合いではないため、大半はカットされることなく結晶標本として出まわります。

日本のトパーズ
15x10cm 滋賀県田上山 11x7cm 岐阜県苗木 11x10cm 岐阜県恵那郡田原 稀な双晶結晶 2cm    1.14ct Ø 6,3mm
 岐阜県苗木
    日本産の宝石が話題になることは滅多にはありません。が、明治時代初期、日本のトパーズは世界的に有名でありました。
 ニューヨークのアメリカ自然史博物館には1463カラットもある淡青色のトパーズのルースが展示されています。
 トパーズは主に岐阜県の苗木、恵那郡と滋賀県大津市の田上山から採掘され、無色、淡青色、ピンク等、大きく、見事な結晶が採れました。
 標高600mの田上山は全山にペグマタイト鉱脈が走り、かつては水晶やトパーズ等、多くの鉱物結晶を至る所で採集できました。
 岐阜県のかつての産地では現在でも川原の砂利の中から小さなトパーズの結晶片を採集することが出来ます。
 2cmの結晶と1.14ctのルースは近年採集されたものです。

    
アフリカのトパーズ
  アフリカにはタンザニア,マダガスカル等,ブラジルやスリランカと並ぶ世界で有数の宝石産地があります。 
 当然トパーズもと、期待されます。 確かにアフリカ各地からの産出が報告されていますが、宝石級の産地は数える程で余り資料がありません。 その中ではジンバブエとナミビアのトパーズは古くから知られていました。
 

首都ハラレの北東180km、マラウィ国境近くのサバンナにあるペグマタイト鉱床 天然のブルー・トパーズ 25x21mm 
7.5cm 
アメリカ自然史博物館
 
St. Anne's Mine, Miami, Zimbabwe
  
 ジンバブエのセント・アンヌ鉱山は天然には稀な濃い青のトパーズの数少ない産地として知られます。
 鉱山のあるミアミ地区はモザンビーク造山地帯の只中にあるペグマタイト鉱床地帯です。1950年代に原子炉用のベリリウムの探鉱を目的に開発されましたが、トパーズの他にアクアマリン,ヘリオドール、トルマリン、キャッツアイ・クリソベリル、アレクサンドライト、ガーネット,そして濃い青のユークレース等の宝石が発見されました。
 1975年以降、内戦やゲリラ活動などにより極端に治安が悪化して、採掘が途絶えている様で、近年はジンバブエ産鉱物や宝石の情報は久しく途絶えたままになっています。
ナミビア クライン・シュピッツコッペのトパーズ




ナミブ沙漠の Klein Spitzkoppe 山 高さ 1.4cm 高さ 3.8cm Silver Topaz 4 〜10ct
 
 ナミビアは最近、マンダリン・ガーネットと呼ばれるオレンジ色のスペッサータイン・ガーネットや魅力的な緑青色のトルマリン等の産出で脚光を浴びています。 
 ナミビア中部の大西洋から100km程内陸部のナミブ沙漠の只中に標高1560mのその名の通り”小さな尖った頂を”意味するクライン・シュピッツコッペ山があり,その周囲に小規模なペグマタイト鉱床があります。 
  この地に宝石級のトパーズやアクアマリン等を産出する事が19世紀末から知られていました。 
 宝石としての価値は殆どありませんが,しかしシルバー・トパーズと呼ばれるこの地のトパーズは素晴らしく透明度の高い美しいものです。


  アメリカのトパーズ

 


トパーズ山遠望 トパーズ山,トパーズ谷の鉱床地図
R : Red Beryl T : Topaz B : Bixbyite
P : Pseudobrookite G : Garnet
トパーズ谷での鉱物採集の様子  

 

 2.6cm  3cm 1.26ct 5.5x5.5mm 4cm  4.5cm
Pikes Peak, Colorado Topaz Valley, Thomas Mtn., Utah Little Three Mine, Ramona.
San Diego, California
    
    アメリカには東にメイン州,西にはサンディエゴと世界的なペグマタイト鉱床があり、多彩な宝石が採れますから,当然トパーズも出るに違いないのですが、トルマリンやスポジューメンなどの影に隠れて余り報告がありません。
 コロラド州デンバーの南に聳える4300mのパイクス・ピークは近年は頂上までの車での登山レースで知られますが、ペグマタイトが至るところにあり,淡青色のアマゾナイトと煙水晶の見事な結晶群で世界的に有名です。ものの本によるとトパーズも有数の産地とありますが、市場で見かける事はまずありませんし、鉱物や宝石の本等にも殆ど記載がありません。
  写真のような標本級が多く、恐らく宝石級の結晶は少ないのでしょう。
 その他サンディエゴのラモナのペグマタイトからはかつて、青い色のトパーズを産出した記録がありますが、既に掘り尽くされてしまった様で、近年トパーズ産出は全く報告がありません。
 したがって今日、アメリカ産トパーズで一般に知られるのはユタ州トーマス山脈の流紋岩の中に発見されるシェリー色のトパーズです。
  トーマス山脈の中の,その名もトパーズ山のトパーズ谷にはトパーズに加えてレッド・ベリル、ビクスビー石、柘榴石等の鉱物を産し、多くの鉱物愛好家が訪れる産地です。
ここで採れるのは如何にもトパーズといった趣きの透明で端正な姿の結晶ですが、小さな結晶のため,せいぜい1カラット程度のルースを極めて稀に見かけるのみです。
  しかし、美しい結晶標本はかなりの量が採れるため手頃な値段で市場に出回ります。

メキシコのトパーズ


1.4〜2.5ct  3.7x2.5cm   結晶 3cm
Tepetate Mexico
   メキシコのトパーズは一般に淡褐色で宝石としての価値は殆どありません。
中央の写真のシェリー色のルースは200カラットはあると思いますが、まさに博物館級の稀に見る逸品でしょう。


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